ばる日記
#日記 
このページはばるさんがただ日記を書くだけのページです
ばる日記2もあります
2026/6/4
他の日記でサーカスの話題を拝見して、友人がピエール・エテックスの映画が面白いよと言っていたのを思い出した。エテックスにもサーカスの要素があるらしい。私は未見だが、興味はあるので、いつか見てみよう(カウリスマキの映画にも登場してたんだな)
https://youtu.be/8QHQykWYc4I?si=OTOn-rnKgcCo6DXM
何か出来事を書く予定であったが、何を書くか忘れた
2026/5/23
最近はずっとギターがアンプから鳴る音を録音していて、色々と勉強になった
結局SM57一本で十分なんじゃないかという結論に至った
リボンマイクを一本買うのもいいかもしれないが
マイクの種類や構造についてまとめようと思ったが案外難しかったのでやめた
アメリカにJandekというミュージシャンがいて、昔からその所在がよく知られていなかった。大量にアルバムを出している。2004年くらいから突然ライブもやるようになった。こういう人に憧れる。
https://youtu.be/u9HE2zclKFU?si=ZoNoFk2cJdJrbH-p
ラジオにブレイディみかこさんが出ていて、英国で躍進している政党リフォームUKの党首であるナイジェル・ファラージについて軽く説明してくれていた。
ファラージはイギリスの政治の場では保守的な思想と欧州懐疑主義の立場で昔から活動していた。イギリスのEU離脱(ブレグジッド)の陰で貢献したのはファラージであると言われている。彼の政治姿勢には以前から国民からも賛否両論であったようだが、英国で人気のリアリティショー番組に出演してから見方が変化した。ファラージは割と話のわかる男で、そんなに危険人物ではないのかも?という意識が国民の間に浸透したのではないかという話。(あとで個人的に調べたが、ファラージ出演時のその番組の視聴率がめっちゃ下がったみたいな情報があった)このあたりはトランプに近いという見解(トランプも2004年から『アプレンティス』という人気リアリティ番組を受け持っていて、それは地味にトランプ旋風の地盤にもなっていた)。
個人的に「エンタメから政治へ」みたいな流れはちょっと気になっていて、もちろん日本でも芸能人がその知名度を利用して政治家に転身...みたいな流れは今までもあったが、具体的に政治的に野心のある人や政治家が、エンタメを利用して支持者を獲得していく構図が増えてくるかもしれない。エンタメには、「悪い人じゃないかも?」「発言に芯のある人かも?」みたいに視聴者に思わせるマジックが存在する。さらにリアリティショーは「リアル」という仮面を被っているわけだし。この辺りは、SNSやショート動画も然りであるが.(Xこそがリアルであるという虚構性が存在する)
最近では日本でも石丸伸二さんが恋愛リアリティショーに出演していた(もちろん石丸さんが今後政治の場に出るときにその番組出演が人気の基盤になるかは今のことろ疑問だが)。
ちょっと真面目な話をしすぎた。これ日記か?
2026/5/14
繁忙期が終わったのでゆっくりしている(内容が楽というだけで出勤が減ったという意味ではない)
ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を読んでいる
実は哲学のほんもたまに読んでいるが、その内容についての何か話すときにまず私の理解が追いついてないので下手に話せないというのがある。これは火が燃える原理を、燃料とCO2が結びついて...みたいに間違った説明をするとマズいみたいな話。例えば、ウィトゲンシュタインは言葉は世界を写像しているという話をしている(楽譜なんかもそうらしい)がどういう原理で写像しているのかはよく読み解けていないので話すのが難しいみたいな話
ただまあ、ウィトゲンシュタインは限界を語ることで世界を話している印象なので読んでいると世界を自由な感じにとらえることができる。逆では?という意見もあるかもしれないがそうでもないんだ
実は、ディスコードのフォーラムという形式にはいまだに慣れていない(「一回中に入り込む」みたいにになるのが違和感があるのかもしれない)
ギターアンプから出る音をマイクで録る場合
2026/5/6
GWが終わった
私はサービス業なので労働していたが、今回のGWは直接のクレームはゼロだった。すばらしいスタッフだ。
SNSをちらっと覗いたら、文系の物書きは「働かない」「働きたくない」みたいなテーマが好きだが「それでも働いて生きていかなきゃいけない」のサンプルが少ないみたいな話をしている人がいた。確かにそうかもしれないという話
夏目漱石『明暗』を読んでいる。読んでいて不安になる小説で、個人的にここまで不安になる小説もないかもしれない。漱石というこのジメジメした作家が日本を代表する作家として評価されてる(もしくはされてきた)のは、小説はそういうもんだっていう話になるみたいな話
今年になって急速にAIに接近してみたが、その反動からAIからいかに離れるかというフェーズに突入してきているきがする。おそらくだが、将来みんなそうなるかもしれない。みんな「AI生成のもの/AI生成でない」という前提で話し始めることが増えてきていて、これはつまりAIが我々の生活に溶け込み始めているということである。AIの存在が自然になってきている。
ちょっとした創作の流れで、AI生成とAIでないものを並べてみたが、個人的にはまだ結構違和感がある。現実のものを、AIに取り込んでみた結果の場合はそこまで違和感はないかなみたいな話
https://youtu.be/6yTjOywe7zY?si=b1S46W5YgpHG4OOV
このAnnie Anxiety‎という人の音源がよかった。
個人的になんかを具体的にバラバラにしたような音楽好きなんですよ(クリスチャン・マークレーとか)。
イギリスのパンクCrassと、On-Uサウンドをつなぐ女性ミュージシャン、詩人、パフォーマーとのこと。まあ知らない人は何がなんやらわからないかもしれない。Crassの話はアープラノートに書いた記憶があるんだが、そんなことはなかったようだ。
昔こういうページを書いた
パンクはどこで生まれたか?
ジョン・ルーリーの回想録が邦訳されたらしい
ジム・ジャームッシュとのあれやこれやも書いてるらしい
https://youtu.be/CNelAIMbg74?si=B7PtV8JZUGjL528N
ルーリーのサックスは独特の雰囲気があって
ジョン・ルーリーの音楽だとラウンジ・リザーズとかが有名だけど、個人的にこれがすきである
https://youtu.be/elXW5ROvd8w?si=vIf7UCnYdgeUbaA7
私は昔の音楽の話ばかりするのでおじいちゃんじゃないかと思われてそうだが、そうでもないです。昔の音楽が好きなだけです
2026/4/23
繁忙期も過ぎ、余裕のある二週間になるはずだったが、なぜか身体はバキバキである。主力の人が抜けたので微妙に負担がきてるの🦆しれない
最近音楽をよく聴いている。ザ・レジデンツをちょっと掘ってみようかな。今まであまり聴いてこなかったけど、おもしろいアルバムがいっぱいある。レジデンツに触れてこなかったのは、おそらく『エスキモー』を最初に聴いたのが良くなかったんだろう。名盤と言われてるが、聴いた当時あれは本当によくわからなかったからね。
音楽とそれについて話すことについてなんか書こうと思ったけど、疲れているのでまた今度にしようかな
2026/4/6
久しぶりに二週間連続でセッションした
以前に比べて弾く型が変わった気がする。おもしろい
Quartal harmonyというものがある。これを意識してみた
セッションでたまに入っているスタジオのおじさんが電子機器の修理の話をしていて、おじさんはエレキギターからCDプレーヤー、ラジカセ、リモコンまでなんでも直せる。電子機器の構造がどうなっているか理解しているので修理ができる。これはおそらく電子機器に限らずさまざまな分野でそうなんだろう。スタジオはたいして儲かっていないようだし、おじさんがどうやって生活しているのか不思議だったが(最近家も改築したようだし)、おじさんは知恵があるので独立して生きていけるのだ。私は知恵がないので、会社に所属することで生きている。
友人と話した
クロード・シャブロルやエリック・ロメールはやはり共通点があるし、人間的な作品を撮るという話
ヌーヴェルヴァーグの中でもゴダールだけは(よくわからん)異質だよねという話
撮影監督で有名なラウール・クタールの意見を読むと、ゴダールは性格に難ありで、そういう点でなかなか大変だということらしいが、しかし仕事に関してはやりやすいらしい。何を撮りたいか明確なビジョンを持っているからだそうで、逆にシャブロルはそこをうまく示してくれないのでなかなか大変らしい。
色々話したが、今回は内容忘れちゃったなあ
2026/3/23
先日メルツバウ(秋田昌美)のライブを超ひさしぶりに見に行きました。
メルツバウのライブ(特に小さい箱とかでの)は、全人類が一度は体験すべき音楽体験だと思ってるのだけれど、その身体的負担から下手なことは言えん。いまだに耳鳴りが残ってるわけだから。
メルツバウの音楽はいわゆる騒音的なノイズ・ミュージックなのだけれど、ノイズが膨大な音量と音圧で壁に乱反射して戻ってきて、音の飽和で空間がみっちみっちに満たされます。その空間(箱)の存在を感じることができます
メルツバウとは元々クルト・シュヴィッタースの提唱した建築空間のことだけれど、ライブの背景に映し出されていた映像(メルツバウ自身がAIを用いて制作している)も、さまざまな建築物の崩壊と再生が繰り返される表現になっていました
具体的な音のはなしをすると、メルツバウのノイズの周波数は上から下まで出てますが、周波数と揺れの巧みな調整によって、絶妙にノイズを変化させていくので、意外と飽きません(たぶん)。ハーシュ・ノイズ・ウォールとか言ったりしますが、メルツバウは壁というよりは、低音中音高音域の層をふんだんに感じることができます。メルツバウがノイズミュージシャンとしてきちんと評価されているのは、このあたりの音のレイヤーの丁寧さからじゃないでしょうか。
今なお錯覚とも思える耳鳴りがわたしの中に残っていますが、過剰に大きな音を聴くことと、振動を身体に受けるというのは、家のリスニングでは体験できないことで、それまで忘れてた身体領域がパーっと開いて目が覚めます。この体験はフェスとかともまた違います。
ただ、この魅惑的な音楽体験は暴力的でもあるので、聴取には注意が必要です。被ってる帽子が1mm浮きました。
思い出を4コマ漫画にしました。サイズが小さいね
https://gyazo.com/748043be1df8db88551f4e170bbca5bc
2026/3/22
昨日『落下の王国』という映画を見てきました。
2006年の映画で、リバイバル上映。
衣装をてがけたのが石岡瑛子という人で、ビジュアルに一見の価値あり。三島由紀夫の映画でも思いましたが、石岡瑛子のデザインは本当に印象に残ります。
衣装の強度と、めいっぱいの遠景を使った広い世界によるビジュアルがあまり見られない雰囲気で、アート系が好きな方はそれだけでハマりそうな映画です。
おはなしの内容も落ちる男による物語りと、映画というメディアに関わることで、個人的に終盤のくだりが素晴らしいと思いました。
キリスト教のくだりが少し出てきますが、「落下」というとキリスト教だと「失楽園」のような、神の意志から離れて地(物質)へ転落するというネガティブな印象が強そうですが、終盤はその転落を武器にして逆にどん底から上昇するということになります。ここがおもしろいなと思いました。
あまり意識したことはなかったけど、ヨーロッパ圏だと、「落下」「上昇」を潜り込ませてる映画は結構あるのかもしれない。
2026/3/18
甥っ子が大学卒業とともに、就職で新しい土地に引っ越すので一緒にご飯を食べた。
最近エレキギターを始めたらしく(今!?と思ったが)、餞別に自分の機材を少し渡した。
三月は別れの季節やねん
セルバンテス『ドン・キホーテ』をもうすぐ読み終わるが、二ヶ月くらい本書と付き合ってるので名残惜しくなってきた。
2026/3/15
先日パートさんの送別会があった
10年働いて特に休むこともなく、業務内容についてもたくさん提案、改善していただいたのだ
貢献度の高い人だった
さびしきもの
杉本拓の『Opposite』というアルバムを聴いていた
https://youtu.be/33b29W4zy90?si=SoyUhTgbg9mnJZgs
職場でパートさんの娘さんが不登校という話をしたのだが、いまは不登校の生徒は多いらしい。僕も学校に行きたくないときがあったんだけど、僕の時代は不登校は許されなかった。もしかしたら当時でも許されたかもしれないけど、僕の中でもあり得ない行動だと思っていたので、頑張って登校していた。
現代は生徒たちの中でも不登校でもオッケーみたいな精神が少しずつ広がっているらしくて、それに合わせて不登校でも勉強できるような環境づくりが広がっていくといいのだけど。
短い時間のルーティンでも学校に行けるようにしたりとか。日本の学校は授業と全体行動が一体になっている側面があって、それが苦手な生徒もいると思う。コロナの時期にオンライン中心の授業のノウハウも進んだと思うのだけれど、活用できないのだろうか。
2025/6/15
先日ジム・オルーク/石橋英子の公演を見に行きました。オルークと石橋さんのデュオはラップトップが中心(しかし、そこにときたま石橋さんのフルートが入り込んでくるのがよい)。演奏時間のなかでさまざまな音が生成されながら変化していくというもの。
結構わりと短い時間で(しかしゆるやかに)音のバリエーションやリズムが変化していく。ある音を意識する間に別の音響がゆっくりあらわれてくるので、聴き手側はどういった音や構造が中心となって聴かされているのか判別不可能。わたしの中で「この音楽はこれが主体になっている」みたいな意識が表立ってくる前に変化していくみたいなのは、ジョン・ケージやミュジーク・コンクレートを通過してるオルークらしい作法。つまり、「ここでこれ!」みたいな形式が期待されるような音楽とは、まったく違う音楽を体験できる。
全体的な色調が特徴的で、さまざまな音が出現してくるといっても耳障りなところはなく(ふたりともフィルターをうまく使っているのだろうこの落ち着いた音の作り方がよくわからない)、生成変化していく時間のなかにあってそれは同時に一体感をもって溶けだしてくるのであった。
今回見たライブは、下の映像の演奏に近かった
Eiko ISHIBASHI & Jim O'ROURKE_Pareidolia_PRÉSENCES électronique 2023
https://youtu.be/AkOqd-eq16g?si=Y9HxPWEjJU438HNs&t=310
2025/3/26
友人と会う
カール・ストーンという人のライブを見にいきました。
72歳なので大ベテランですが、コンピューターで音楽を作ることの先駆者みたいな人らしくて。
サンプリングを使用した音楽なのですが、サンプリングされたフレーズの重なりから、さらに不気味なもの、得体の知れないものの輪郭が出てくる感じでした。ライブだとアルバムよりその感じが強く、これはサンプリングを実用的に使って音楽を奏でるとか、そういう範疇を超えている。
コンピューターで音楽をつくるときのコンピューターとわれわれの距離感とかそういうものについてもちょっと考えさせられました。
https://youtu.be/y-N5RMgeAV0?si=zefr3Q2eGpFQdm7-
友人としたのは
ヨーロピアンな電子音楽と、アメリカのコンピューターを主にした音楽制作のジャンルは雰囲気や思想が微妙に違うという話
鳥栖のジャズ喫茶コルトレーンコルトレーンの話
マスターの弟が推理作家の原尞で、弟が亡くなってからやはり元気がないという話
九州には古墳が多いという話
諸星大二郎の漫画の『妖怪ハンター』にも、九州の古墳の調査から、怪奇を呼び寄せる話があるという話
福岡と大分、熊本あたりにまたがる山々にはちょっと独特の雰囲気があるという話
友人は最近アーサー・マッケンを読んでるという話
アーサー・マッケンを日本に紹介した平井呈一という人の話
黒沢清『カリスマ』を見たという話
関連:『カリスマ』感想
黒沢清作品における洞口依子のが演じたりする女性の話
日本人の最近の書く本は、実用的ではあるが、訳わからない面白さには欠けてるんじゃないかみたいな話
コンピューターやプログラミングの解説本などにもそれがあらわれているみたいな話
昭和の作家とかって、各々が手前勝手に考えて勝手に書いて勝手に喋ってる印象があるよねみたいな話
強力なイデオロギーの上にコミューンを作らなくてもそういう共同体のあり方もあるんじゃないかという話
『明かしえぬ共同体』の話
など
2025/1/25
昨日車の中で高橋源一郎さんのラジオを聴いていたら、中原昌也さんが出演していた。倒れて入院していたと聞いていたので、ラジオで喋れるぐらいには回復したんだなあと、安心した。糖尿病の合併症で目があまり見えないらしい。目は見えないけど映画『関心領域』を見に行ったらしい。よかったとのこと。友人も評価していたしぼくも見に行けばよかったかな。Mica Levi(ミカチュー)という人が音楽を担当している。
https://youtu.be/1RdlFQKJthg?si=yrfnozmgynVfrqX9
職場で3年働いてくれた学生アルバイトさんが昨日で最後だった。寡黙であまり饒舌ではないけれど、まかされたシフトや役割はしっかりと守ってくれて急に休むということは一度もなく、テスト期間など休む必要があるときはしっかり休んでくれるし無理はしない、しかし欠勤が出た場合には可能ならばかわりに出勤してくれたりした。学業とアルバイト、その傍ら教職の資格をとり、今年度から教師の職に就くことが決まっている。教師への道は中学生の頃から決めていたらしい。
人の評価軸はさまざまだけど、僕はこういうひとを評価したいという気持ちがある。一時的な契機や感情に流されずに自分の信念や理想のなかでコツコツとやっている人だ。その内容が保守的だろうが革命的だろうが、とにかくそれをコツコツやってる人。自分にはそういうことをあまりできていないからかもしれない。餞別を少しあげたけど、新生活に役立ててほしい。
彼は教育者として子どもたちの育成に従事する。自分の餞別も本当にわずかだがそういう新しい世代の未来に役に立つだろうか。最近年をとったからか、自分のお金を若者の未来に投資したいとか、そういう気持ちが出てきている。まだ評価の定まっていない若者の未来に投資するというのは、一種の賭けだと思う。だけどすでに評価の定まっているものに対してお金を出すよりもおもしろいことかもしれない。
3年間一緒に活動してきた同僚がいなくなるのは独特の寂しさがあるもので、こういうことはこれが初めてではない(というかこういう別れの繰り返しであるが)けれど、それでも慣れない。ある程度長い期間やってきた誰かが辞めるのはやはり寂しく感じる。
2024/12/29
友人と会う
海を眺めながらとりとめのない話をした
https://gyazo.com/2eb9a3f251e149579146b16c63848047
2024/5/4
友人と会う
オーメン:ザ・ファーストの話
コルタサルの話
ゴダール『ウィークエンド』の話
『ウィークエンド』は渋滞の話だが、何が原因で渋滞しているのかわからないという話
私たちも何が原因で渋滞しているのかわからないという話
『ウィークエンド』はコルタサルが原作という話
ジャコ・パストリアスのベースは一聴してなぜわかるのかという話
スティーヴ・ガッドのドラムはわかるか?という話
リヴィング・カラーというバンドの話
80年代のロック・シーンのオルタナティブの話
90年代にオルタナティブが主流になったという話
ダニエル・シュミットは面白いから見た方がいいと言われた
アープラでもおすすめされので、見てみようと思う
ジャン・ユスターシュ映画祭もやっていたが、多分DVDだかブルーレイ化されるのだろう
ああいうのはレア化してしまうので買っておいた方がいいよねみたいな話
メレディス・モンクのTシャツの話
韓国にノイズ・ミュージックシーンはあるのかという話
10何年か前に韓国のアーティストと話した時に、韓国には、民主化以降に日本の文化が入ってきていて渋谷系もノイズもアンビエントも全部一緒に入ってきたみたいな話をしていたみたいな話
友人はネパールにもノイズシーンがあると言っていたが、ほんまかいな
石垣の話
石垣はどうやってつくられているのかという話
松本清張記念館の話
松本清張読んだことないという話
大衆小説の話
村上春樹は読むかという話
零度のエクリチュールの話
あれはフランス人の話で、日本人にもあるのかという話
太宰治の話
寺山修司の話
タモリと三上寛の寺山修司のモノマネの話
タモリは寺山を馬鹿にしているというより自分にないものを自覚しているからこそ見たいな話
マイルス・デイヴィスとタモリの話
おそらくタモリはマイルスを尊敬しているが、タイプは違うよねという話
タモリは短時間即興的だが、マイルスは時間をかけるコンポジションタイプ
マイルスのシリアスさの話
マイルスのシリアスさと緊張感は、同時にそれが崩壊しユーモア化する一歩手前、特に晩年はみたいな話
後輩の経営している本屋さんに行く
カフカの日記(新版)が品薄な話
カフカ素描集は、海外で発売されたタイミングの方が安く買えたみたいな話
ルイ=フェルディナン・セリーヌ『戦争』、フォークナー短編集を買う
友人は色々買っていたが、大江健三郎の初期作品など買っていた
依存の話
2023/1/15
友人と会う
ケン・ヴァンダーマーク&ポール・ニルセン・ラヴのライブを見に行ったという話
大友良英がゲストで参加していたという話
二人のプレイヤーの緊張感のある仕草に対する大友さんの仕草がゆるいという話
そのギャップがちょっと面白かったという話
フリー・ジャズのプレイヤーとしてはちょっと異質ではないのかという話
全体的にフリーの演奏家には緊張感が漂う
アーロン・ディロウェイのライブがすごかったという話
なんというか、アーロンのやっていることは変わらんのだがなんだか音響がすごいことになってたみたいな話
多分難波ベアーズのPAさんがすごいという話
厳密性みたいのにこだわると失われるものがあるみたいな話
オーケストラの話
指揮者は場を完全にコントロールするのは不可能だという話
指揮者と演奏家との関係性
演奏家と演奏家の関係性
観客のノイズ
全てコントロールするのは不可能であり
ジョン・ケージはそのノイズを暴いたわけだが、むしろ4:33のことは優秀な指揮者ほどは理解していたはずだという話
だから現代音楽が厳密性を求める結果、トータル・セリエリズム以降に完全にコントロールできそうな電子音楽に行ったのは分からんでもないという話
まああの辺の人たちって唯物論というより案外なんか神秘性が背景にあるよねみたいな話
なんかシュトックハウゼンの話もしたような
アキ・カウリスマキの映画の話
貧困とかの話
カウリスマキ映画の登場人物の表情について
無感情でしかめっつらなのかなんなのかよく分からんあの表情は、映画のスクリーンを見つめている我々の表情じゃないかという話
カウリスマキの映画は現実のフィンランドではないが、現実であるという話
つまり、映画はフィクションであるが、現実の素材を使っているので、現実ではあるのだ話
あと映画四方山話したが忘れた
武満徹のギターリサイタルの話
ここでも演者の緊張感(ストレス)の話になったか
えーと、あと忘れた(結構いい話ができて刺激になったんだけど)
2022/7/9
友人と会う
ジョージ・A・ロメロ監督『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』4kリマスター版を見に行ったという話
↓
『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』の中にあるデマ
ミケランジェロ・アントニオーニの映画はいいという話
『la notte』はいいという話
だが、ジャンヌ・モローはアントニオーニの映画にはハマってない気がするという話
モニカ・ヴィッティがハマりすぎているという話
モニカ・ヴィッティが亡くなったという話(ちなみに日記を読むと4ヶ月前もしている)
アラン・ドロンはまだ生きているという話
アラン・ドロンの話
ルキノ・ヴィスコンティがアラン・ドロンを『山猫』の貴族の役で起用した時に、どうしても貴族的な雰囲気がでないドロンを批判し、喧嘩になったという話
対して、バート・ランカスターの貴族然とした振る舞いに、ヴィスコンティは高く評価した云々。ランカスターはアメリカ人なので貴族もクソもないのだが、人間には生得的な品みたいなものを携えている人がいるのかもしれんみたいな話
モディリアーニの話
映画『モンパルナスの灯』は救いがないよねという話
モディリアーニは彫刻も彫ってるというの話
『モンパルナスの灯』でモディリアーニの友人が嫌味な画商を追い返すシーンがあるのだが、その時画商に投げつけてるのがモディリアーニの彫刻であるという話
アンディ・ストット(Andy Stott)のアルバムのジャケットにそのモディリアーニの彫刻が使われているという話
https://www.youtube.com/watch?v=PL41EXic65g
『モンパルナスの灯』にはアヌーク・エーメが出演している。
友人が好きな女優が、モニカ・ヴィッティ、アヌーク・エーメ、加賀まりこらしい。
バットマンの話
新作のバットマンが非常にエモいという話(この友人のエモいがポジティブな表現ではない気がしてそこが引っかかった)
ナイーブで、傷つきやすいバットマンらしい
ホアキン・フェニックスのジョーカーにどこかしっくりこないという話
あのジョーカーは『バットマン: キリングジョーク』のジョーカーを下敷きにしているという話
ジョーカーの設定やキャラクター性はいろいろ変化している
友人が好きなバットマンは、ティム・バートン版で、ジャック・ニコルソンのジョーカーのやつという話
異形なるものの話
フランケンシュタイン、吸血鬼
友人の中では、ムルナウの吸血鬼ノスフェラトゥが一番印象にあるという話
友人は、モノトーンの映像に惹かれるという話をしており、「そうだったのか」と思った
モンスターであり、亡霊ではないという話
ジャック・デリダの憑在論について
アメリカの映画監督ウィリアム・フリードキンは、映画フレンチ・コネクションの撮影のために自ら友人の警察官に密着し、職務や寝食を共にした。この映画には有名なカーチェイスのシーンがあるが、実はニューヨーク市の許可を取っていないという話。
↓
映画『フレンチ・コネクション』のカーチェイスはニューヨーク市の許可をとっていない
ロラン・バルトが『声のきめ』というインタビュー集?の中で、歌い手の比較をしていた記憶
何か身体性に言及したものだったと思うが、忘れた。保存していたのだがどこかにいってしまった
カラックスは、『アネット』のアダム・ドライバーやマリオン・コティヤールの歌声に対して決して透き通るような歌声というわけではないが、ある種のノイズが含まれており、そこが重要なようなことを言っていた
これはフリードキンのノイズの話に近い
友人がjosephson engineeringというメーカーのマイクを購入したという話
https://miyaji.co.jp/MID/brand.php?maker=JOSEPHSON
聞いたことのないメーカーだが、音はいいとのこと
2022/3/6
友人と会う
ちなみに3/6に会ったわけではない(で、今日は3/6でもないよね)
ロシア侵攻の話をした覚えがないので、おそらくロシア侵攻前の出来事である
友人は最近政治や国際情勢への意識が高いので、侵攻後に会ったならば、プーチンの話になったであろうから
ヤン・シュヴァンクマイエルの話
昔一緒につるんでいた女の子がシュヴァンクマイエルの映画の話をしていたという話
シュヴァンクマイエルはなぜ食事に固執しているのかという話
ハンバーガーの話
チェコ・シュルレアリスムの話
あのミラン・クンデラも若い頃はシュルレアリスムのグループに(詩人として)入って活動していたという話
チェコ・シュルレアリスムはポエティズムと関係しているという話
ダダというよりは、ポエティズムを土壌にして云々みたいな話
チェコ・ヌーヴェルヴァーグという運動があったという話
イジー・メンツェル『厳重に監視された列車』の話
ヌーヴェルヴァーグといえば、ジャン=ポール・ベルモンドが亡くなったという話
ベルモンドの濃さは異常という話
ルパン三世のファーストルパンのキャラクターはベルモンドを参考にしているという話
ファーストルパンは世界をナメているし、余力で泥棒をやっているという話
ファーストルパン(の初期)は全体的になんかシラケておる話
宮崎駿たちが入ってきたことで、シラケをなくし、活力みたいなんを入れ込んだみたいな話
友達がルパンあんましみてない話(なので、僕のルパンについての熱弁にまさに今、友人がシラケており...)
メジャーマイナーみたいな話
マイナー性の話
ジル・ドゥルーズの書いた『カフカーーマイナー文学のために』の話
作家が母語でなく外国語で書くみたいな話
サミュエル・ベケットはアイルランド人だがフランス語で書いてたみたいな話
共通の友人が院でベケット研究をしており、ベケットについての論文を書いていたよね、という話
友人が10年ぐらい前にベケットの話をしたが、僕が「ベケットよくわからん」で終わらせた話(失礼なことをした)
日本人だと多和田葉子が越境的な試みをしているという話
多和田はドイツ語で作品を書いているという話
多和田は、母国語で書くと自主的に危ないところを削ってしまい上品になってしまいがちだ。外国語は完璧に馴染んでいない分、穴が出来てくるが、そこが真剣さと滑稽さにつながり、それがいいみたいなことを言っていた。
主流なものに異質な文化を混入させる?ことで革命?する(変質していくみたいな?)みたいな話
これはいろんな文化に言えるんちゃうかみたいな話(黒人とかクレオールとか、クィアみたいなんでもいいと思う)
フランスの話
そういえばモニカ・ヴィッティも亡くなったという話
友人が、デパートに行った時に、なにかのブランドの写真にモニカ・ヴィッティが使われているのを見た、という話
何年か前にデパートでモニカ・ヴィッティの広告写真があったので眺めていた。通常写真にされ客体化された人物は一方的にまなざされるだけで、まなざしを返さないはずである。しかしモニカ・ヴィッティの鋭い目を眺めていると、僕はまなざし返されているような不安に陥った。もちろん写真のモニカが物理的に僕を見返したわけではない。これはその場で主体としての立場を持っていた僕が、モニカの目を通して逆に客体化を意識させられるーーそういう不安である。これらすべてはもちろん虚構である可能性は高い。
ロラン・バルトは『明るい部屋』で、写真の「小さな死」について語っている。写真を撮られる自分ーー主体から客体(もの)になりつつある自分は、「小さな死」を経験し、幽霊になるという話だ。客体化(もの化)した写真の中の自分を、社会がどのように利用するかは検討もつかない。いつでも利用できるように、他人によってカードのように保管される。しかし、完全にイメージ化した自分は、現実の自分と違い抵抗できないのである。これは「死者」と変わらない。
死者となり、広告写真として利用されたモニカの目は、「死者の目」である。僕が感じた不安は、いつか自分もなりうる(もしかしたらデパートでモニカの写真を眺めている僕は、それを見る第三者によりすでに客体化されている可能性はある!)死者のまなざしに対する不安でもある。
現実のモニカ・ヴィッティは先日90歳で亡くなり、その生涯を終えた。アルツハイマーを患い晩年はほとんど闘病生活であったようだ。しかし、イメージ化したモニカ・ヴィッティは今なおこのようにーー僕という他者が書く文章のためにーー好き放題に利用されているのである。自分のイメージを切り売りする女優とは、実に難儀な職業である。
https://gyazo.com/ce094eeb808996fb9b99e5b6b50afbb7
2022/1/1
年が明けたので日記らしいものを書いておこうと思った。
ばるさんの正月の過ごし方ですが、ばる一族で集まります。ばる一族といっても父母兄姉家族が集結するぐらいで、たいした集まりではありません。
そんな中でばるさんはお腹の調子がよくなかったという話。
うんちをずっとしていたんだ。
ばる兄はサッカーに非常に詳しいので、Jリーグクラブチームの話で盛り上がった。
先日アープラノートでスパイラル・ライフというバンドの話を誰かしていたが、スパイラル・ライフは兄が教えてくれたバンドだ。僕が音楽をいろいろ知るようになったのは、兄のおかげだろう。
年末からなぜか銀河英雄伝説にハマり、アニメ(旧作)をずっと鑑賞していたという話。
今年はなんとなく一度読んだ本を読み直す作業をしてみようかな、と思う。ガストン・バシュラールの空間の詩学の再読をしてみようと思った。
ハル・フォスターなど、何人かの研究家の論文を集めて作られた視覚論という本を読んでいる。視覚や視の制度について(主に西洋美術史の観点から)あれこれ書いてあり、おもしろい本だと思う。論文のあとにそれについての討論が付属してあり、本の中で本の内容にツッコミが入ったりしてユニークな作りだな、と思った。
オディロン・ルドンの画集を注文してみようかと思った(まだ注文はしていない)。
2021/12/5
友人と友人の彼女の三人でレコード屋を巡った。
ロベール・ブレッソン『やさしい女』を見たという話
ブレッソンは日本でわりと人気があるので、鑑賞する機会に恵まれる。そこはいいよねという話
カール・テオドア・ドライヤーなどはなかなか鑑賞する機会がないという話
ジャン=リュック・ゴダールが91歳になったという話
足立正生の話
ゴダールが最近、足立正生に「なんかやらへんか」って連絡したという話
足立がその返答に「ファッ○」って断った話
足立がゴダールをなぜ嫌いなのかというと、足立は元日本赤軍のメンバーであり、パレスチナ解放人民戦線のゲリラ隊に加わっていた。『赤軍派-PFLP 世界戦争宣言』という映画も撮っている。
一方、ゴダールも同時期ぐらいにパレスチナ解放闘争を撮影した映画を撮っていた。
足立はその時期ゴダールに会っているが、彼からガチな感じを全然受けなかったと、単なるポーズでやってるんちゃうかと感じたようだ。その経験から足立はゴダールに対する印象が良くないのだろうという話。足立がゴダールと会った時の話は詳しくは↓ここに書いてある。
https://www.cinematoday.jp/news/N0071039
全然日記じゃないという話
レコード屋は三軒くらい回った
友人の彼女が百貨店に行った時に、「自分の孤独を感じた」と言っていたという話
僕と友人の彼女でアッバス・キアロスタミの話をしていたら、話に食い違いが生じた
なぜだろうと思ったら、友人の彼女はアキ・カウリスマキの話をしていたのだ
アキ・カウリスマキとアッバス・キアロスタミ
2021/10/23
おじさん三人で車に乗っておじさんの展示を見にいきました
おじさんは音楽家で今回初めて映像作品をつくったという話
おじさんのつくった音楽が展示スペースに流れ、映像がスクリーンにみっつ同時に上映されていた
音楽家として有能なおじさんだが映像作品はよくわからなかった
作品を見るときに「よくわからない」というのは重要で、この「よくわからなさ」の所在を確かめる
現代に作られる3DCG映像にしては非常にチープな作りであった
初期プレイステーション時代のゲームの3DCG映像のような出来であった(僕自身はノスタルジーに浸れたが)
最近は素人でももっと流麗なグラフィックが作れるだろう。意図的にこのチープな映像にしてある?
「よくわからない」部分はなぜこのようなチープな映像にしたのかということ(まあ、映像の内容もよくわからないのだが)
これはああ、ヴェイパーウェイヴ的な文脈であれこれなのかという理解をした
しかし"ヴェイパーウェイヴ的な文脈であれこれなのかという理解"で終わらせるのはつまらない
「あの展示はヴェイパーウェイヴ的な文脈であれこれ」という単純化された言葉で包括するのは危険である
ほんで思ったのは映像は彼の夢を再現しているのかな、ということ
映像による夢の再現において、初期PSの3Dのようなカクツキやぎこちなさが、しっくりきたのかも。流麗な現実により近い映像再現は彼の中でなにかしっくりこなかったのかもしれない
内容もよくわからないのは「他人の夢だから」という理解で一応落ち着いた。ここからもう一歩踏み込んで考えるべきだろうけどね
音楽については彼の音楽を長年聴いてきたので、「わかる」部分が多かった
そもそも何を「わかっている」?のかという思いもあったが、僕が何をわかっていて、何をわかっていないのか確認する
まず抽象的なピアノの旋律と具体音、グリッチ、エラー音のようなものの融合である
彼のこの形式みたいなんを理解している
ピアノの旋律やその方法論みたいなのは詳しくはちょっとわからない
おそらくバッハの対位法が念頭にある(これは彼のインタビューを読んでいて出てきた)
ただ対位させているのは声部ではなく、ピアノと具体音ではないか...ということ
何を表現しているのか?これも「夢」をイメージしたが、詳しくはわからない
他人の夢は理解出来ない
そもそも他人の表現を完全に理解することは不可能だろう
理解というのはある現象を自分の中に落とし込むことである
「わからなさ」には他人の領域がある。ここが重要だ
で、おそらく要である彼の音楽と映像の融合が何をもたらしているかだが......
なんかよくわかんなかった
これは先述した「わからなさ」と違って、そもそ投影されている映像の場所の問題だ
正直今回の展示の"され方”があまりよくなかった
色々事情があり詳しくは伏せるが、とりあえず音楽と映像に集中できる環境が整えられてなかった
ここら辺は残念
一緒に来たおじさん(イベンター)とも話したが、キュレーターが空間や環境をきちんと整えてあげないと、作家さんの命である創作物を台無しにしてしまうこともあるということ
とはいえ、もちろんキュレーターだけの責任ではないことも多い。今回は作家自身が来展出来てないのがそもそもよくない
大手でない展示の場合、場所の交渉や必要な資材の確保など、(そもそも何が必要であるか、どうすれば理想の空間を整えられるかなどがわかってないケースもある...)現実的な課題が多い
2021/7/19
また久しぶりに友人と会う
今回は何も本を貸してくれなかった
代わりにニック・ドルナソ『サブリナ』を返した
ハーラン・エリスン『愛なんてセックスの書き間違い』は僕にくれるらしい。太っ腹な人だ
『コック・ファイター』はまだ読んでないという話
『コック・ファイター』はこのご時世にマッチしてるという話
The Birthday Partyの『ジャンクヤード』というレコードを買ったという話→https://www.amazon.co.jp/ジャンクヤード-ザ・バースデイ・パーティ/dp/B0015DMNQ0%5D
友人は同バンドの『Live 1981-82』を持っているという話
The Birthday Partyに在籍していたローランド・S・ハーワードの『Teenage Snuff Film』というアルバムの話
友人はローランド・S・ハーワードとリディア・ランチが一緒にやってるアルバムを持っているという話
カンのアルバムは何が好きかという話
僕が『Tago Mago』『Future Days』をあげると、友人は『サウンドトラックス』『Ege Bamyasi』が好みだという話
友人が車内でカンの『スーン・オーヴァー・ババルーマ』をかけ始めたという話
友人はカンのヤキ・リーベツァイトのグルーヴが好きなんだという話をしたという話
ホルガー・シューカイはダモ鈴木のボーカルの影響を受けてるんじゃないか?という話
ゴーゴル・ボールデロというバンドの話
昔フジロックフェスティバルで観たという話
あの時エイドリアン・シャーウッドも観たという話
今年のフジロックはヤバイ(悪い意味で)という話
外タレ呼べないからしょうがないという話
日本の若手であんまり熱いバンドが出てきてないんじゃないかという話
そもそも僕はミッシェル・ガン・エレファントで止まってるから何も言えないという話
ワクチン接種の話
本の話
ミラン・クンデラ『『存在の耐えられない軽さ』』を読んでいるという話
人生は重いのか軽いのかという話
あの世が保証されていると現実の人生が軽く感じるのではないかという話
ニーチェがキリスト教を批判しルサンチマンだと言ったのもそれに関係あるんじゃないかという話
文化圏で重さ軽さの基準が変わってくるという話
全体主義の話
中国は政治を頭のいい人たちに任せて、資本主義やってるから手がつけられないという話
日本の政治も十分やばいんじゃないかという話
Twitterは分断が起きやすいという話
どっちにつくのか?みたいな圧力に陥りやすいみたいな話
大衆が議論より説得力を求めているという話
真実は結構曖昧なものだが、〇〇が正しいと言い切れる人間が評価されやすい
ネトウヨの話
なぜかひろゆきの話
友人はひろゆきが嫌いだという話(友人はひろゆきをネトウヨだと勘違いしている可能性あり)
コーネリアスが謝罪した話
人間性と音楽性は分けることが可能なのかという話
ワグナーもユダヤ人差別したが普通に聴けるという話
今コーネリアス聴くのは少し厳しいという話(僕はこの機会に結構聴き直したが、それは言わなかった)
結局距離感や時間の経過が関わってるんじゃないかという話
ベルナルド・ベルトルッチは『ラストタンゴ・イン・パリ』で主演女優にレイプシーンであることを伝えず無理やり撮影したという話
ベルトリッチは最低の野郎だが名作が多いわけだから、見ないわけにはいかないという話
僕は作家の人間性と作品をわりと割り切れるという話をした。友人は厳しい場合もあると言っており、非常に誠実な青年(中年)だと感心した
過去の作品は差別表現も多いという話
戒めのためにも差別表現はそのままにしておくことが望ましいという話
D・W・グリフィス『國民の創生』や『風と共に去りぬ』の話
何の役にも立たなさそうなことをやることは価値があるという話
なんとかアザラシの話(イタローさんが言っていたグロテスクの話を引用した)
三島の話
三島由紀夫vs東大全共闘の映画の話
芥正彦の話
芥正彦は今でもアングラ演劇をやっているという話
芥正彦は全共闘はある芸術表現のひとつと考えていた節があり、あまり本気で世の中を変えようとは考えてなかったのではないか?彼の芸術の理想の形として、解放区をつくり、いかなる権力も介在できない空間を誕生させるというものがある。これが全共闘と繋がっただけという話
かつてボアダムズの山塚アイがブルドーザーでライブハウスを壊しまくっちゃったのと一緒?という話
山塚アイが過激すぎて、昔対バンしたジェネシス・P・オリッジに常識がないと説教されたという話
友人は山塚アイに昔会ったことがあるが、よくわからないところがあるという話
日本文学の話、三島、太宰治、坂口安吾、安部公房の話
安部公房の晩年の話
『箱男』の話
安部公房とヌーヴォー・ロマンは共通点があるのかという話
アラン・ロブ=グリエは安部に比べると徹底的に事物を、客観性を持って書いているという話
冷酷な、写実的なカメラのような描写ゆえに、彼が映画に行ったのはうなづけるという話
マルグリット・デュラスもそんなとこある気がするみたいな話
J・G・バラードの話
バラードのThe Crystal World『結晶世界』は面白いという友人の談
『結晶世界』はウイルスの話であり、今だから読むべきという話読書会すると面白そうだと思った
ウイルスは生物じゃないという話
生物にくっついてそれの遺伝子を組み替えるだけで、そもそも何なのかよくわからないという話
幸福の科学が増えたんじゃないかという話
幸福実現党ができたので、幸福実現党のポスターにより可視化されるようになっただけだという話
なぜお金があるひともカルトにハマるのか?という話
自分に救いが必要というより、子や孫の安全を願うために宗教に入る人たちがいるという話
工藤冬里はエホバの証人に入会しているという話
マウリツィオ・ビアンキはエホバの証人に入会してから音楽性が変わった話
サイエントロジーの話
トム・クルーズはサイエントロジーに入会して失読症を治した。彼のアクティビティはサイエントロジのおかげという話
ただそのアクティビティは行き過ぎるとパワハラにつながるという話
電通も似たようなものだという話。電通の飲み会が酷いという話
今、若者の間で新興宗教はそこまで流行していない?という話
美輪明宏の思想には法華経の影響があるという話
ヨーゼフ・ボイスの話。ボイスはルドルフ・シュタイナーの影響が強いという話
ルドルフ・シュタイナーの現代への影響力が実はすごいんじゃないかという話
大分県立美術館はシュタイナーの理念に基づいて作られたという話
有機栽培、オーガニック系みたいな理念はシュタイナーが始めたという話
シュタイナー教育、さらに芸術家への影響の話
ドイツのオーガニックシャンプーとかはシュタイナーの影響下にある。
ただナチスが目指した農本主義とシュタイナー農法が、ファシズム時代に共有されたので、”ドイツのオーガニック”というブランドに対して、フランス人などはあまりいい顔をしないという話
神智学の話
ジッドゥ・クリシュナムルティ、ニューエイジの話
マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーとビートルズの話
ポール・マッカートニーはまだ超越瞑想やってるという話。デイヴィッド・リンチもやってる話
スーパーマンの活動って仕事じゃなくて慈善活動
実はスーパーマンは自発的にボランティアすることに意味を見出す、アメリカ的な思想を体現してるのではないかという話
ポピュリズムの話
トランプの話
竹中平蔵の話
小泉純一郎の時代の話
竹中平蔵の語るベーシックインカムは信用できないという話
コロナとベーシックインカムの話
現代貨幣理論(MMT)の可能性の話
マルコムXのXはゼロポイントの意味という話
ロラン・バルトのエクリチュールの零度の話
ロラン・バルト『明るい部屋―写真についての覚書』読書メモの話
喪の話
写真は一回死を体感するという話
写実、抽象画の話と写真と映画の発展にあまり時間差がない話
肖像画の話
おじいちゃんの遺影が実は写真じゃなくて肖像画だったという話
写真はまなざしを返さないので死を感じるという話
マイクの話
創作の話
音楽における垂直と水平の話
水平がやり尽くされた話
垂直の音楽表現へのギターの可能性の話
スペクトル楽派の話
微分音の話
ジョアン・ジルベルトの話
『マーティン・エデン』という映画をお勧めされた。ジャック・ロンドン原作の映画とのこと。
他にもいろいろ話したが忘れた
日付不明
久しぶりに友人と会う
・ハーラン・エリスン『愛なんてセックスの書き間違い』
・ニック・ドルナソ『サブリナ』
・チャールズ・ウィルフォード『コック・ファイター』を借してくれた
『コック・ファイター』は闘鶏の話で、モンテ・ヘルマン監督が映画化したらしい
友人の話では闘鶏は非合法だそうだ
闘鶏の取り扱いは危険でひとが鳥に殺されたりする話をしてくれた
オーディオインターフェースの話
ぼくがRMEベイビーフェイスを買った話をする
RMEのよさは音質もさることながら使っていてとにかくストレスがない
友人はRMEファイヤーフェイスUCXを買おうとしているという話
ファイヤーフェイスはでかいのではないか
調べたらでかくなかった
アポジーも悪くないという話をする
最近見た映画
『テネット』の話をしたが
友人はテネットを見ていなかった
『ようこそ映画音響の世界へ』という映画の話
音響、SEに関して70年代→80→90→2000年代以降の変遷について語ってくれたこれはいつかまとめたい
非常にためになった
デヴィッド・リンチの意味不明な音響へのこだわりの話
デヴィッド・リンチ『ロストハイウェイ』の話
(マリリン・マンソンが出演している)
『ツイン・ピークス』3rdシーズンの話
(ナインインチネイルズが出演しているらしい)
リンチはなぜ一旦人を集合させるのか?という疑問
リンチの演技指導は意外と厳しいらしい(謎のこだわり)という話
ツインピークスでアンディ・ブレナンが車のドアを閉めるシーンだけで40回もやり直しさせられた話
リンチ映画の俳優は有能という話
ロベール・ブレッソンもきびしかった
ブレッソンは素人を新しい別人に作り変えるやり口
ブレッソンはいけすかないという派
グァルティエロ・ヤコペッティがすごいという話
『世界残酷物語』はモンド映画、見世物系ドキュメンタリー、モキュメンタリーのはしりだこれも興味深いのであとでまとめよう
金をかけてアホなことをしている
彼が『ヤコペッティの大残酷』以降、映画製作をやめたのはなぜかという話
ヤコペッティの映画にイヴ・モンタンが出ているという話(僕は出てたかな?という疑問が湧いた)
ヤコペッティのせいでイヴ・モンタンが憤死した(ほんとかな?誰かと間違えている?と思った)という話
※2023/1/31 この話を先日友人と繰り返したのだが、私はイヴ・モンタンとイヴ・クラインを間違えていたことに気づいた
ボリス・ヴィアンも自伝映画のつまらなさに憤慨してその直後死亡したよね、という話をした
憤死に関して調べたい気持ちが湧いてきた
ヤコペッティの奥さんはモニカ・ヴィッティ(そうだっけ?)
ミケランジェロ・アントニオーニはモニカ・ヴィッティと結婚したかったんじゃないのという話
この前岩田屋に行ったらモニカヴィッティがブルガリの広告につかわれていたらしい
モニカヴィッティはたしかに現代にも通じるモダンな雰囲気がある
カトリーヌ・ドヌーヴはすこしイモっぽいという話をする
『天使の入り江』の話
カトリーヌ・ドヌーヴの金髪は似合わない→ドヌーヴは元々金髪じゃないのか→ドヌーヴじゃなくてジャンヌ・モローじゃないのか
ぼくの間違いという話
映画『アンカット・ダイヤモンド』の話
サフディ兄弟は独特
ユダヤ人は早口?という話
サントラがワンオートリックス・ポイント・ネヴァー
ワンオートリックスはハードなサウンドとソフトなサウンドに分かれる
今回はソフトな柔らかい雰囲気
顕微鏡を見るときに流れてる音楽がタンジェリンドリームっぽいという話
映画音楽を劇伴専門の音楽家ではなくミュージシャンがやることが増えてきたという話をする
最近ジョニーグリーンウッド(レディオヘッド)が映画音楽ばかりしている
ジョニーグリーンウッドはクシシュトフ・ペンデレツキと演奏したりしている
ペンデレツキが最近死んだ
ピエール・ブーレーズも長生きしたが晩年は身体が動かなくなっていたらしい
現代音楽の大御所がいなくなっている
日本はそもそも武満徹や伊福部昭以降いないんじゃないか
藤倉大がいる
藤倉大では小物すぎるという話(我々は何様なのかという話)
そもそもレディオヘッドは今活動してるのか?という話をしだす
ルカ・グァダニーノ監督『サスペリア』のサントラはトムヨークが担当していたね
トムヨークはルカ監督から頼まれたらしい
ルカ・グァダニーノの『胸騒ぎのシチリア』は実はリメイクなんすよ
元は『太陽が知っている』という映画で、アラン・ドロンやジェーン・バーキンが出ているという話
ルカ監督は元々既存の音源を使用するタイプよね
『君の名前でぼくを呼んで』の話をする
これもジョン・アダムスや坂本龍一を使用していた
イタリア人はなぜ坂本龍一がすきなのか?いうほど好きかな?という話
知り合いのゲイのイタリア人も好きだった(そいつが好きなだけでは)
ゲイのイタリア人はルネサンス好きが多いイメージ(偏見が強い意見)という話
ダヴィンチのせいでは?
このあとすこしジェンダーの自覚の話をした
三島由紀夫の話
あの時代の作家は金を稼いでいたという話
安部公房がシンセを鳴らしてた話この話はアレクセイさんもしていた記憶がある
安部公房があんな風で、金持っているのを見せびらかしたのがちょっと嫌だったという話
安部公房のシンセにそんな意図はなかったのではないかという話
最近の作家は地味で金稼いでなさそうという話
又吉直樹の話
作家が和装に移行する理由
筒井康隆、京極夏彦、町田康、ほか
京極夏彦はなぜグローヴをしているのかという話
なぜオーネット・コールマンや山下洋輔やらあの時代は派手なベストを着ているのか?という話
山本晋也監督も着てるね
ぼくの中では派手なベストは山本晋也がベースになっているという話
なんか中沢新一の話をした
中沢新一はなんかしぼんだおじさんになったねみたいな話をした
作家も大御所を感じさせる作家がいないという話
春樹は?
春樹が翻訳してる外国小説は手にとりたくない気分になるという話を
知り合いのアメリカ人が春樹好き
春樹が外国で人気あるのは翻訳家の力がでかいのではないかという話
村上春樹は翻訳も自分でしているvs村上春樹は翻訳は自分でしてない論争
ネットの検索結果、していない派(ぼく)が勝つ
友人はサミュエル・ベケット三部作(新訳?)を買ったらしいがまだ読んでないらしい
そういえばベケットの研究を大学院でしてる友人がいた
彼の論文は読んだ
読んだだけだがという話
友人は最近Actress(アクトレス)というアーティストの音源を買ったらしい
ぼくは知らない
AIを使っているとのこと
AIに作曲させている?
違う
おそらく作曲は自分でやるが、ミックスなど一部の作業ををAIに任せているこれもかなりきになる話
どういうソフトを使っているかはわからない
なるほどこのスタイルはこれからの時代の主流になるかもしれない?と思った
AIの発展により音楽業界でわりを食うのはアーティストではなくてエンジニアの方かもしれない......ということだ。