積読山脈について 2021/10
from 2021/10
積読山脈
積読山脈について 2021/8
積読山脈について 2021/9
BBC Proms 、バルトーク・ベーラ、ハンガリー民謡、民俗音楽(フォーク・ソング)、無調、20世紀を語る音楽、20世紀、そして21世紀
それは 2021/9/14 から始まった
ハンガリー民謡のオリジナルと、それのバルトーク・ベーラとコダーイ・ゾルターンのアレンジメントが、ひたすら順番に並んでいる、という硬派なヤツ https://twitter.com/taizooo/status/1437438190399328258
discogs.icon Bartók & Kodály – Tiszta Forrás / Pure Springs, Hungarian Folk Tunes And Their Arrangements In Works By Bartók & Kodály Művek És Magyar Népzenei Gyökereik (2002, CD) - Discogs
https://gyazo.com/ca2a68c2b85dfd3213629b55fa9f7b0d
Spotify.icon Bartok / Kodaly: Hungarian Folk Tunes and Their Arrangements
「調性音楽」と「無調音楽」
ブルーグラスのルーツはスコットランド、アイルランドの民俗音楽にある
ゴスペルにおいてオルガンのない教会で代わりにスティール・ギターが使われる地域があるそうだ
ゴスペルのルーツ?
アフリカ系アメリカ人の音楽と教会音楽
ヘンリー・ネルソン
ビートルズ (新潮新書)
https://gyazo.com/dd6eddb2672a113e757e30e0d23eaffb
スキッフル
スキッフルの起源ははっきりしていないが、20世紀初めのアフリカ系アメリカ人の音楽文化にその源があると一般的に考えられている
ビートルズのルーツのひとつにスキッフルがあるのは有名な話だが、ではそのスキッフルとはどんな発展のもとで20世紀初頭のアメリカ南部からイングランドへと伝わり、何者によってそれがイギリス化されたのか
ビートルズの中にも民俗音楽が宿っているらしい
中東欧音楽の回路
https://gyazo.com/b6630155014c6fe45605aff463614b0f
〈無調〉の誕生
柿沼敏江
専門書にチャレンジ! 第42回 20世紀音楽史の神話を解体し、鮮やかな見取り図を示す https://www.ongakunotomo.co.jp/web_content/senmonsyo/42.html
〈無調〉の誕生 ドミナントなき時代の音楽のゆくえ - 音楽之友社 https://www.ongakunotomo.co.jp/catalog/detail.php?code=132050
「無調」が調性音楽を迫害? 20世紀音楽の歴史にまつわる教科書的な常識への疑問|音楽っていいなぁ、を毎日に。| Webマガジン「ONTOMO」 https://ontomo-mag.com/article/interview/toshie-kakinuma/
伝記 オリヴィエ・メシアン
オリヴィエ・メシアン
専門書にチャレンジ! 第45回 メシアンの知られざる実像が、新たな資料から明らかになる! https://www.ongakunotomo.co.jp/web_content/senmonsyo/45.php
伝記 オリヴィエ・メシアン(上) 音楽に生きた信仰者 - 音楽之友社 https://www.ongakunotomo.co.jp/catalog/detail.php?code=226010
伝記 オリヴィエ・メシアン(下) 音楽に生きた信仰者 - 音楽之友社 https://www.ongakunotomo.co.jp/catalog/detail.php?code=226020
フリッツ・クレイマーとヘンリー・キッシンジャー
ピーター・ドラッカー
傍観者の時代
ドラッカーの書籍と世界の歴史について
興味というか積読山脈というかそれらの繋がりがこんがらがってインフレーションが起きてて、なにを聴いてなにを読めばいいか、ワケワカラン感じになっている
そう私たちは路上のハイパーリンクなのです。蛇行して接続するハイパーリンクです。一瞬ごとに web に飛行機雲を残し、リファラをからませ、トラフィックをせき止め、SQLをこんがらがらせるのです。そして開発者のみなさん。あなた達はマッドプロフェッサーなのです。創造的な肉体労働者なのです。一にコーディング、二にコーディングし、三四がなくて、五にコーディング、 そしてコードに世界を刻み込むのです。 https://taizooo.tumblr.com/post/10682457205
インターネットっぽさ
20世紀初頭の マシン・エイジ について知りたい感じなんだけど、
そのために ザ・セカンド・マシン・エイジ を読むなら、 アメリカ経済 成長の終焉 も一緒に読むべき、みたいな
そしていまだに、ITがかつての蒸気機関や電気に比べて本当にすごいのか、自動車やボーイング747や鉄骨造高層ビルや新幹線に比べてどこまでインパクトがあるものなのかについては、ロバート・ゴードンみたいに疑問視する声もあって、決してバカにしたものではない。 https://cruel.hatenablog.com/entry/2021/03/31/151327
1920 to 2020
https://copyanddestroy.hatenablog.com/entry/2020/10/05/173816
2020/10/5
100年前のことを考えている。 というか、19世紀から20世紀に生きた人たちのことを考えている。 そのままスライドさせると、20世紀から21世紀を生きる自分たちのことになったりする。いま自分たちは20世紀の余韻を引き連れながら21世紀を突き進んでいる。 100年という区切りに意味があるかどうかわからないけども、人が生きることそのものが歴史であるとするならば、 つまり20世紀を生きた人たちがいなくなって、21世紀に生まれた人たちが主役になって、初めて21世紀が立ち上がるとするならば、まんざらいい加減ということでもなさそうだ。なぜならドラッカーが生きた20世紀もそうだったから。
次は 「経済人」の終わり を読む。
ちょうど一年前だった
ドラッカー最初の著作、「経済人」の終わり (1939年)は組織論とかマネジメントの話ではなく政治の話、ナチズムの勃興、リベラリズムとヒューマニズムの衰退について書かれているそうだ 積読山脈について 2021/9#615e6077b30c0100000c2998
ピーター・ドラッカー「経済人」の終わり、20世紀って、結局どんな時代だったのか? を追っているオレにうってつけの本だったのかも(積読山脈) https://twitter.com/taizooo/status/1446046834317615114
「経済人」の終わり 読み始めた
2021/10/7
https://gyazo.com/5ab53320313543a7fc8d03c5d0cbcbd1
「20世紀を語る音楽」 第1巻が終わるところで読み始めた
20世紀を語る音楽#612740acb30c0100000236da
第2部 1933‐1945年
7 恐怖の芸術——スターリン時代のロシアの音楽
8 万人のための音楽——F・ルーズヴェルト時代のアメリカの音楽
9 死のフーガ——ヒトラー時代のドイツ音楽
「「経済人」の終わりに」は、1939年に出版された
昭和14年
ドラッカーの書籍と世界の歴史について#5f72c74bb30c010000be351d
「経済人」の終わり 、その最初に
まえがきにこう書かれている
本書は政治の書である。
その前のただし書きにはこうある
「経済人」とは経済至上主義のことであって、経済至上主義は社会を機能させ人を幸せにするかとの本書の問題意識は、今日そのままわれわれのものである。ドラッカー思想の原点に位置づけられる
ドラッカーが組織論とかマネジメントを探求するようになったその最初にはこの「「経済人」の終わり」があり、その前提として次のものがある
世界大戦前のマルクス社会主義の勃興と失墜
ヨーロッパの自由経済、民主主義の敗北
ブルジョワ資本主義
ファシズム全体主義の台頭と破壊と滅亡
自分自身が故郷、ヨーロッパを捨ててアメリカへ渡ったこと
これらの歴史を前提に読み解かないとおそらく意味がない
「「経済人」の終わりに」、第二次世界大戦が始まる前に書かれた。いわゆる戦間期。出版が1939年
/jigsaw/ファシズムの台頭
https://gyazo.com/11ff0482fe1f2eb07cb81daecdbfbbeb
1) 信条はなく否定がその綱領である
2) 権力行使の正当性の否定(権力が自らを正当化する)
3) 信条と公約に対する不信(背理ゆえに大衆は信ずる)
ジョージ・オーウェル
言語が持っていた意味を徹底的に破壊する
一九八四年 (小説)
なぜ書くか
PDFにして読んでいる
Web のまま読むとすぐにインターネットに寄り道し始めちゃうので PDF に閉じ込める。外に出ない
コルナイ・ヤーノシュ
ジェラール・ロラン「社会主義と体制移行の経済学:コルナイ・ヤーノシュの生涯と研究,1928 – 2021」(2021年10月23日) — 経済学101
著名なハンガリーの経済学者コルナイ・ヤーノシュが亡くなった.コルナイは,20世紀屈指の重要な知識人だった.ナチズムと共産主義という20世紀の2大全体主義体制の双方で,コルナイは苦難を味わった.ブダペストで若いユダヤ人として育つなかで,彼は父親と兄弟の1人をナチのために失った.ホロコーストを生き延びた中欧の若いユダヤ人たちの多くがそうだったように,彼もまた,ナチズムの大敵である共産主義を2年ほど熱烈に支持した時期があった.わずか数年のにちにコルナイは共産主義に幻滅する.とくに,1950年代序盤のハンガリーにおけるスターリニストの粛正について知ったことが大きかった.コルナイは,その頃にジャーナリストになっていた.