表象
英:representation
認知科学における表象*1
表象はrepresentationという言葉の訳である。representationという言葉を英和辞典でひくと、「代表(する)」、「代理(となる)」という訳語が出てくる。代表も代理も代表する、代理となる元のものがなければ意味をなさない。「私は代表した」と突然言われれば、代表した元のものを問う「何の」という質問が当然なされることになる。
元々あるXのほうは世界、私たちが今いる状態であり、別のことがらYのほうは私たちの頭の中にできあがる世界、状況のモデルということである。私の前には今マグカップが置かれている。マグカップは私が認識しようとしまいとそこに存在している、客観的な実在である。これを私が「マグカップがある」とわかるということは、私という情報処理システムがマグカップの表象をする人頭の中に作り出したと考えるわけである。別の言い方をすれば、マグカップの代理物が私の中に生み出されたということとなる。
マグカップの代理物なのだから、マグカップ自体が私の中にできあがるわけではむろんない。またマグカップの写真のようなものが私の頭の中にできあがるわけでもない。たとえば、マグカップの持つ微細な汚れや傷などは私のマグカップ表彰の中には含まれない。その一方で、裏側にあり、私からは見えないマグカップの後部は視覚情報としては存在していないが、私のマグカップ表象には存在している。
表象は自然にできるわけではない。脳内、情報処理システム内でさまざまな処理がなされて作り出される。これを認知科学者たちは計算と呼んでいる。
表象の性質*4
知覚表象、記憶表象、知識表象といった表象には特徴がある。
表象は断片化している
表象は外界と相互作用する
一貫性を保てるように断片化している表象は動的に自己組織化される
外界からは僅かな情報のみ取得する
処理しやすいところのみが十分に処理され、そのほかは不十分な処理になる
リッチに、しかし緩く結合された内部表象群が、状況の要請に応じて、それまでの結合を断ち切ったり、作り出したりしながら、ワーキングメモリ内に呼び出される。それらは断片化されているがために一貫性を欠いているが、その状況における目標、動機、あるいは主体の信念、仮説に応じて、その場その場で新しいつながりを作り出す。その場で作り上げられたものなので、もともとの知覚、経験、知識とは大きく異なっている場合もあるだろう。しかし、これを作り上げた主体にとっては、リアルな知覚、経験、知識としてはたらく。こうして作り上げられたその場の内部表象は、もともとの内部表象に上書きされる。
これらを抽象的な形で表したのが 図4-4 である。Aは、表象が貯蔵システムに存在している状態ではあるが、まだ何も認知活動が起きていない最初の時点を表す。図中の円は、おおむね個々の記憶表象(知覚、記憶、知識)を表す。これをつなぐ線は、何らかの結合を表している(時間的、空間的な隣接関係、意味的な関係など)。三角は、円と何らかの関係はあるが、同じ場面で生じたものではない記憶表象である。ここで注意すべきことが二点ある。まずこれらの円をつなぐ線のはたらきには強弱があるが、さほど強いものではないという仮定である。もう一つは円と三角の間には自動的につながりができてしまうという仮定である。このつながりにはさまざまなものが考えられる。カテゴリー、類似などの意味記憶に関わるつながり、他の類似した出来事などのエピソード記憶に関わるつながり、手段と目標に関わるつながり、快─不快などの感情状態に関わるつながりなど、多種多様なものが含まれる。
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次に、Bは、この記憶表象が活性する場面を表している。上部にある波状のものは外界からの手がかり、あるいはその情報を受け取る人間の信念、仮説、目標などである。これらは各々強さを持ち、特に強いもの、それほどでもないもの、あるいはほとんど強さを持たないものなどが波の高さで表されている。
Cでは、この外界の情報、主体の持つ信念、仮説、目標情報がその強さに応じて内部の記憶構造にはたらいた結果を表している。強くはたらきかけられた内部の要素は表舞台に出てくる(ワーキングメモリに入る)一方、あまり強いはたらきを受けなかった要素はそのままとどまっている。また強くはたらきかけられた要素と関連する要素(△)も引きずられるように表舞台に現れる。また、状況の持つ情報もここに混入してくる(□で表している)。
最後のDでは、こうして表舞台に現れた要素間にその場で関係が作り出され、主体はそれを想起された経験として認識する場面を表している。この後、この想起された経験は実際に起きたこと、知っていたこととして、内部の記憶構造に緩いつながりを保ちつつ上書き保存されている。
table:表象の分類
1 2 3 4
表象 内的表象 一時的表象
永続的表象 エピソード
概念
手続き
外的表象 文字
文・文章
図・絵
表情・身振り
形状・配置
外的表象*2
文字・文 文字は音を表象している。「は」という文字、あるいはその視覚的なパターンは、「ハ」という音を表象している。この視覚的なパターンのどこを探しても、「ハ」という音が表されているわけではない。文化的な規約によって、「は」の視覚パターンと「ハ」という音の代理物として用いられているのである。だから子どもたちはこの規約を覚えなければならない。
文字が組み合わさった単語は二つの表象作用を持つ。まずそれはそもそも文字の組み合わせであるから、音(の組み合わせ)を表象している。「はと」という文字は「ハ・ト」という音を表象する。これに加えて、文字は意味や概念も表象している。「はと」という文字の組み合わせは、「鳩」の概念の代理物として用いられる。
ここでおもしろいのは、概念自体は現実世界のカテゴリーを表象しているということである。つまり、「はと」という文字は鳩の概念を表象することを通して、「鳩」の概念が表象している現実世界の「鳩」カテゴリーを表象するという二重の表象関係になっていることになる。
出典
*1, p26-27, p30
*2, p34
*4, p142
関連
論文
Bransford, J. D., & Johnson, M. K. (1972). Contextual prerequisites for understanding.