「光る君へ」第15回「おごれる者たち」
あらすじ:
相関図:
公式サイトの第15回まとめ:
永祚2/990年
前回に引き続き
中宮になった定子
帝と偏つぎをして遊んでいる
定子が問題を出して、帝が答えている感じ
二人が手にした二枚の札を合わせて一つの漢字ができる
「政」
ロマンチックな演出かと思ったら!
キラキラな音楽まで流しよって
キラキラリン♪
二人の指をくっつけて一つのハートを作るときみたいな音楽だったじゃん
詮子は道隆が「内裏の外の職御曹司(しきのみぞうし)へと遠ざけた」遠ざけた、とな
「皇太后様におかれましては、内裏での長年のご苦労、まことおいたわりの言葉とてございませぬ」
用が済んだらポイ捨て感が酷いな
といっても、定子に対する詮子の態度を見ると、政治的な都合がなくても定子の父親としては遠ざけたくなりそうではある
「心にもないことを」とはいえそれで気落ちする詮子でもない様子
仕事中の道長
緑の袍を着た人が書類を持ってきて去る
「大夫様。頭中将様がお越しです」赤い袍を着た人が公任を案内してきた
「邪魔してすまぬ」「いかがした?」友達っぽい
周りを気にしてから「うん…」「実は、道兼殿が我が家に居座ってしまわれ…」「…え?」そりゃ驚く
「五日前に突然我が家に参られて」
回想
副音声「座った体の傾いた道兼」俯いてる
「はらがへっておる」「なにかくいたい」機械のような喋り方
副音声「顔を上げ、うっすら笑う」
「おまえ。俺に尽くすと言ったよな?」ホラーじゃないですか
そりゃ公任も食事ぐらい出さざるをえないし、この時代の食事には酒がつきものなんだろうし、酒が出てくれば潰れるまで飲むわな
公任、道長と親しくて本当によかった
もし「公任が俺に尽くすと言った」と思いつかなかったら、下手すると為時の家に来ていた可能性もあるのでは
ドラマでは描かれなかったけど、「道兼が公任に頼ろうとする」プランのもとはこれかも
これは道長、迎えに行かざるをえない
副音声「烏帽子も外し、着物もはだけ、寝転んで酒を飲んでいる道兼」
扇子も放り出してある
飲んでる酒壺の他に、多分空になったやつがもう一つ
「おう。」副音声「濁った目で笑う」
「お迎えに来ました」駄々っ子をなだめるような感じ?
「帰らぬ」まあそう言うだろうな
「この家の者は困っております」「公任め…。(ごろん)裏切りおって」もう怒鳴ったりもしない
「兄上のこのようなお姿」「見たくありませぬ」そう来たか
「何を言うか。おまえも腹の中では笑っておろう」「笑う気にもなれませぬ」
「俺は。父上に騙されて。ずっと己を殺して生きてきた」「己の志、己の思い、全て封印してきた」
己の志に己の思いとな?
「俺だって娘を帝の后にしたかったんだ」という?
「父上母上に愛されたい」という思いはあっただろう
「そして、父にも妻にも子にも捨てられた」妻と子に捨てられたのは自業自得だぞ?
「(ふうー…)これ以上俺にどうしろなどと説教するな」「俺のことなぞ忘れろ!」やけっぱちだ
「兄上はもう父上の操り人形ではありません」「己の意志で。好きになさってよいのです」
兼家のやりようは酷かった、とは道長も思っていそう
さりとて兼家を全面的に否定しているわけでもないのだけれど
道兼がまひろの母上を殺した件については、今はどう思っているのだろう?
急に起き上がる道兼「ならば聞くが。」「摂政の首はいかほどか」
「摂政の首が取れたら、魂だってくれてやる」道隆に対する憎しみと殺意になった
張本人は兼家だけど、もう死んでしまったものね
道兼が欲しかった兼家の愛や期待は、道隆が持っていってしまった
道隆は兼家の勝手で贔屓されていたとも言えるけど、長男だから得した分を、別に弟妹に分け与えてくれるわけではない
道兼が兼家のために尽くした、その成果だけを道隆は受け継いで、道兼に報いる義務は受け継がない
立ち上がりながら「俺はもう死んでんだ。とっくの昔に死んでんだ」てめえそれをちやはの家族の前で言ってみろ
「死んだ俺が摂政を殺したとて、誰も責められぬ」「摂政の首が取れたら、未練なく死ねる」
涙声になった「浄土に行けずとも、この世と、おさらばできる」
「兄上。」「わたしは。兄上に『この世で』幸せになっていただきとうございます」ちょちょちょっとちょっと
「まだこれからではありませぬか!」それはそう
「兄上は。変われます」「変わって、生き抜いてください」「この道長が、お支え致します」頭を下げる
道長の中でちやはのことはどうなったんですか!
道兼、がくんと座り込んだ「俺に…生きる場所なぞ…あるとも思えぬ…」泣きかける
「ありまする!」「しっっっかりなさいませ!」「父上は。もうおられないのですから」
兼家のやりようはあんまりだ、っていう面が道長の中で勝ったのかなあ
道兼、泣き出した
兼家にいいように使われたという認識がある一方、兼家に愛されたかったという本心もあるのだろうから
「兼家はもういない」はつらいこと
正暦4/993年
また飛んだな
「2年が過ぎ、摂政・道隆のもと。道兼は、内大臣に。伊周は、道長と並ぶ、権大納言に。道綱と公任は、参議となっていた」
3年後かと思ったら2年?
丸2年は過ぎたけど、丸3年は経っていないぐらいか
道兼、内大臣になってるじゃん
左大臣・右大臣の次なのでだいぶいい地位
「帝が、お出ましでございます」おっ俊賢兄上だ
除目の後、顕光「意味がわからぬ」公任「まことに」と文句を言いながら退出
「大納言殿」実資が道長を呼び止める
「権大納言」の「権」はしばしば省略されるようだ
「摂政殿と昵懇の者が、66人も位を上げられたが、どう思われる」そういう話をできる相手と認識されているのだなあ
「これで明らかに、公卿らの心は摂政殿を離れる」
「えらいことだ。内裏の中が乱れれば世も乱れる」
「心配じゃ心配じゃ」「まことに」「心配じゃあ、心配じゃ」
小右記でもよくこうやって2回繰り返されている
と思ったら4回言ったが
副音声「雪の積もる夜。火鉢に炭」
「除目で官職を頂けないのも、慣れてしまったな」そんなかなしいことを
惟規の方は大学寮の試験があった
「受かれば知らせに参ろう」「何分狭き門ゆえ、こたびも、無理やもしれぬ」
「誰が無理ですって?」本人登場
神妙に入ってきて、一礼して顔を上げたらにやけている
のだけれど、次回予告を見てると「神妙に入ってきた」部分に騙される余地がないな
「そ、その顔は、うまくいったの?」こっちから訊いちゃってよかったのかな
ちょっと溜めて「はい!」やったあ
この家で久しぶりのいいニュースじゃない?
「擬文章生(ぎもんじょうしょう)になれれば文章生まであと一歩じゃ!」うおう、まだ先があるのか
「よくやったのう」惟規が褒められてる、嬉しい
…『史記』・『漢書』・『後漢書』のうち5条を試問し、3条以上に通じたものを及第(合格)させたものである。…
「姉上が男だったら、とっくに文章生となって官職を得ていただろうけど」ここでも言っちゃう辺りコンプレックスがあるのかやっぱり
大喜びのいとさん「ただいま、お祝いの酒を」すごくいいウキウキ感
「酒なぞあるのか? この家に」「この日のために隠しておいたお酒がございます」抜かりない
「ようやくこの家にも、光が差してきたわ」
「姉上にそんなこと言われると気持ち悪いよ」そうかな?
「あまり期待かけないでくれ」あっそれはわかります
「官職を得たらお祝いに弾きましょ」と繋がってるんだなーやっぱり
いつもの曲
惟規、小声で「琵琶って…なんか悲しいですね。わたしのお祝いなのに」確かに、お祝いっぽい曲調ではない
「まひろの気持ちだ。黙って聞け」
いとと乙丸も同席しているのがこの家
「不出来だった弟が、この家の望みの綱となった」「男であったらなんて、考えてもむなしいだけ」
惟規のお祝いなのに…
いやわかるけど
惟規が「姉上が男だったら」なんて言ったから考えちゃったのかもしれない
一条天皇、笛を吹いている
定子は目を閉じて聞き入っている
と書いたら開けたけど
夜、二人きりの穏やかな時間
貴子が歩いていく横で女官たちがひそひそ
「摂政様ってやり方があくどすぎない?」これは事実なので擁護しにくいところである
「中宮様も、帝を手玉に取って、いい気なものよね」「この親にして、この子あり」これは誤解ややっかみや悪意なのだが
「中宮様のお務めの第一は、皇子を産み奉ることながら、帝しか目に入らぬようになってはなりません」
後宮の長として「ここに集う全ての者」を意識せよと
「中宮様が輝けば、摂政様の政も輝きますゆえ」
今は父親の悪評が娘にも影響しているわけなので、その逆を
払拭できるかなあ?
「帝を大切にし、仲睦まじく過ごすだけではいけないのですか?」「いけません。」
…定子様にその話をするのが今というのはちょっと遅いのでは?
ともあれ、これから定子様は、視野をもっと広く持つようになるのですな
まひろ、写本を作っている
内職内職
「まーひろーさまっ」ききょうさんもう中まで勝手に入ってくるじゃん
お菓子持参
まあ持参してるのはお供の人ですが
「わたし、中宮定子様の女房になることに決まったの」
お菓子が口の中にあるので「んん?」と言葉にならない反応
これもちょっと現代的すぎる仕草かもしれない
ききょう→まひろは前から仲良し感が結構あるけど、ここでまひろ→ききょうの仲良し感も見えた気がする
貴子にスカウトされて「中宮定子様のお話し相手になってほしいって言われたの」
まひろ感心
「中宮様は漢詩も和歌もおできになるそうだけれど、そのお相手のできる女房がいないんですって」
ということは、定子様以外の同僚たちとは話が合わないかもしれない?
「内裏で女房として働くことは、ききょう様の、お志でございましたものね」「そうなの!」
やはり「宮中に出仕する」というのはそう簡単に実現することではないのね
「わたしにはもう、夫も子供も、親もいないので、この喜びを伝える人がおらず、まひろ様のところに来てしまいましたのよ、急にごめんなさい」
うっ_(:3」∠)_
まひろという知己があって本当に良かった_(:3」∠)_
「いえ」「わたしのことを思い出してくださって、嬉しいです」ちょくちょく遊びに来ていたということでもないようだ
ないようだが、にも拘らずいきなり中まで入ってきてから「まーひろーさまっ」をやるききょう様
「あ…よかった」ききょう様でも、急に押しかけてきて引かれないか気にしたりするんだ
ききょうが帰った後、書き写した書をぽつぽつ音読
「声を、尋ねて、闇(あん)に、問う。弾く者は、誰そ、と。琵琶、声、停(や)みて」
漢文の語順としては、「尋聲闇問彈者誰琵琶聲停」
きっと誰かが解説しているはず
尋聲闇問彈者誰
琵琶聲停欲語遲
白楽天の「琵琶行」
まひろは左遷されたわけではないが、ききょうが中宮の女房に取り立てられたと聞けば、取り残された気持ちにはなるわな。
琵琶を振り返る
まひろの場合は「官職を得る」わけではないけど、望みが叶うとか、社会的成功とか功績とかの象徴にもなっているのかもしれない
「わたしは一歩も前に進んでいない」
副音声「登華殿」「伊周と貴子が控える中、女房たちを従え、定子が着座する」
定子様のいる御殿
後から帝が来て奥に座るけどこの時点では空席
帝から見て左に定子、右には道隆が来るけどこの時点では空席
ここまでは畳あり
定子の隣りに伊周、道隆の隣りに貴子
ここから畳なし
定子についてきた女房たちは伊周の後ろの方に座る
ききょうは貴子の後ろにいる
こっちが外側というか、客側というか、出入り口側なのかな
「ききょう」貴子に呼ばれてききょうが出ていく
「中宮様です。面をお上げなさい」顔を上げて定子を見る
恋に落ちる音(違)
「きれい…!」
「定子である」口を開けて見とれているので「ききょう。お答えを」伊周が促す
ききょうさんの動揺が激しい
内気な人が喋れなくなってるときみたいな
「清…少納言」「今よりそなたを、清、少納言と呼ぼう」
これはインスピレーションで決めたということでいいのかな
「さすが中宮様」「ききょうの父の姓は清原、夫は、少納言でございますゆえ」
貴子のこれは解説のつもりだったんだろうか?
少なくとも視聴者向けのお勉強時間っぽくはある
女房の呼び名はこういう風につけるものだった
「あのー」「夫とは既に別れましてございます」
ききょうさん復活した
「それは違う」という訂正の方が口にしやすいかもしれない
「あら…」貴子さん気まずい
「それに、元夫は、少納言でもございません」こちらは気まずいとかでなく事実誤認
というか、「清少納言」という名前に合わせて適当言いましたか貴子様?
「清、少納言…」改めて口にしてみる
めちゃくちゃにやけている
「すてきな呼び名ですので、是非! それでお願い致します」
「ふふ…。愉快である」「清、少納言。末永くよろしく頼む」気に入ってもらえた
この一言にすら大感激の模様「はっ! 仰せかしこまりました」「この上なき誉れ。一身に、お仕え申します」
「清、少納言」ってみんな一々切れ目を強調している気がするけど、「清少・納言」ではないよと視聴者向けに釘を刺しているんだろうか
つい先日会った親戚に「清少納言って清・少納言なの?」とまさにこの通りのことを訊かれたので、わりと切実な問題なのかもしれない
そこへ帝と道隆もやってきた
頭を下げたききょうが、そのまま帝の方を見やってる感じがリアル
「定子のいる登華殿は、帝と若い公卿たちが交流する、華やかな場となっていった」サロンか
ナレーションでも「登華殿」という名前がはっきり出た
詮子が梅壺、忯子が弘徽殿、定子が登華殿と、うまく別の御殿に分かれていてドラマ上都合がよかったというか
「詮子は職御曹司に移動したので梅壺が空いて、今度は定子が梅壺に入ったので、一条天皇のときの『梅壺女御』は定子のことです」とかいうことになったら混乱したもの
「摂政から関白となった道隆は」実際には3年経ってるわけだけど、ドラマだけ見るとめまぐるしいな
「一条天皇を、大人と認めることで、皇子を儲けるよう促した」そんなんばっかり
摂政は子供天皇の代わりに政治を行う立場だけれど、関白は成人天皇の飽くまで補佐
#光る君へ では「定子命名説」が採用された清少納言先輩、もし彼女が「清少納言」でなければどんな呼び名だった可能性があるかというと、藤本宗利先生が(『清少納言』新典社)「父の任国から『肥後』、あるいは『民部』」と予想しており、お、おお、、清少納言、いい響きだな……と感じております。 「肥後の君」とか「民部のおもと」とかだったら印象が全然違った
定子は新しい女房が入ることを聞いて、「肥後の君」かな、「民部のおもと」かな、それとも「清~」がいいかな、と女房名を検討していたのかもしれない
顔を見て「サ行ね」となったのかも
道長、仕事中
巻物を広げて睨んでいる
指をとんとんやって苛立っている様子
折り畳んであった紙をピッと開く
「此者過日依殿命被 定置所也爲供御覧 寫留一通也」何となく雰囲気はわかる…
「右中将道綱 大夫殿」これはわかる
「はあー…」と声に出しながら指で額をとんとんとんとん
すごいイライラしてるし頭が痛そう
道綱登場「おう。何か用か?」楽しそうというか嬉しそうというか
「お呼び立てして、申し訳ございません」「うん」ピンと来てない
「これを。お認めになったのは何ゆえでございますか?」ひえー
理由が聞きたいんですと言いながら暗に叱るやつじゃん
「あ、えだって、関白の兄上が仰せになったから」うつけを自認する人のセリフだなー
「登華殿の室礼(しつらい)替えについては聞き及んでおりましたがそのかかりを、公が賄うとはまっっったく聞いておりません」怒ってる怒ってる
定子のために国庫からお金を出そうと(お金じゃないけど)
そりゃ怒ってほしい
「俺もそれはやりすぎだろうって思ったけどさぁ」「ならば何故!」
「だからそれは関白様に言ってよ」
妾の息子としては意見しにくいところもあるかもしれない
「俺がやりたいわけじゃないし…」「わかりました。」「関白様にお伺いします」
「あんたじゃ話にならない」ということ…?
副音声「道隆の邸、二条邸」
参内していない道隆「朝から体がだるくてのう」
まだ死なないよね? とWikipediaを見てしまった
フラグみたいなこと言うから…
「それに今日は、伊周の弓競べがあるゆえ」そんなんで休んでいいんだな
定子の用事に公費を使いまくるなと苦言
「そんなことか」道隆はあまり相手にしていない
不快がったりもしない
「朝廷の財政は必ずしも豊かならず」「関白様が正しき道をお示しにならねば、誰もが公の財を懐に入れるようになります」
道隆自身が正に「公の財を懐に入れている」ようなものだ、と言ってるわけよね
「細かいことを申すな」「おまえは実資か?」道隆は余裕な態度だけど
「わたしは! 中宮様のお世話を万事取り仕切る中宮大夫にございますゆえ」日本史用語の勉強のお時間
「そういうことを申さぬと思うたから、おまえを中宮大夫にしたのだ」はっきり言うじゃん
身内なら文句をつけないだろうと
「わかっておらぬのう」ここ「わかっておらぬのう」なんだ
怒るとか脅すとかじゃなくて
出来の悪い弟に苛立ったような感じではある?
「まあよい。おまえも弓競べを見ていけ」ということで弓競べ
副音声「弓場。二人ずつで対戦」
矢の当たる音好きだな
女性陣が六人ぐらい見物している
伊周が真ん中近くに当てる、対戦相手は的を外す
「伊周様の一人勝ちにございますなあ」「みなも本気を出さぬか。わたしに遠慮することはないぞ」
と言ってはいるけれど実際はどうかな?
そこへ道隆と道長
「叔父上。叔父上もやりませぬか?」「みなわたしに気を遣って、本気を出しませぬゆえおもしろうありませぬ」
まあ「気を遣われている」という認識はちゃんと持てるのね
「道長。相手をせよ」ちょっとしたことでも命令してくるな
断る道長だが「怖気づかれずともよろしいではございませぬか。叔父上」
かっわいくねえ甥っ子だなあ!
「関白様と大事な話があって参ったのだ」「話はもうよい」わかりやすく一方的に打ち切る
対決
大鏡にもあるエピソードなので絶対やると思ってた
道長は弓が上手なんだぞということを時々見せてたし
伊周が左/奥、道長が右/手前
伊周は中心付近に三本、道長は的の縁の方に一本だけ
「では、伊周殿の勝ちということで」「わたしはこれで失礼します」付き合う気がないので最速で負けたということかしら
「まだ矢は残っておりますぞ」二本ある
伊周は残りを全部外しても、既に中心に三本当てている
道長は残りを全部中心に当てたとしても二本、既に当てている一本は縁の方なので、負けになる…のかな
「そうだ叔父上、この先は、願い事を言うてから矢を射るのは、いかがでしょう」
伊周は何故そんなに道長に喧嘩を売るんだろう?
大鏡では、伊周が二本負けていたので、道隆が「あと二本ずつ延長してくれ」と言ったことになっている
「願い事?」訊き返した道長が素っぽい
まず伊周「我が家より、帝が出る」的の縁に刺さった
定子が皇子を産み、その皇子が天皇になることを指す
皇子は産むので刺さることは刺さった?
大鏡では道長が先手で、「我が家から帝、后が出るなら当たれ」と言って射た
これを伊周が言ったことにすると、定子がもう中宮=后になっているので、「后が出るなら」は無くなる
促されて道長「我が家より。帝が出る」
道隆、さすがに微妙な顔をした
副音声「ど真ん中。」
伊周も道隆も動揺
伊周、息を整え「我、関白となる」的を飛び越えて塀に刺さった
やっちゃった
伊周、道長を見て、次は道隆を見たのかな
道長、落ち着き払って「我、関白と」「やめよ!」道隆が止めた
道隆の前に行って、「兄上。先ほどの話は。改めて」弓を差し出し、受け取らせて去る
改めて話を聞いてもらいますよ、と
道隆が受け取ろうとしたとき、道長がすぐには手を離さなかったのは何だろう
実は道長は関白になっていないので、止めてもらった方がドラマ的にも都合がいい
射たら外したかもしれない
それとも縁に当たったかな
ど真ん中に当たったのに結局関白にはならない、というのも微妙だし
今夜は明子のところへ行った
「帝が出る」「本当にそうなるかもしれませんわね」おお普通に微笑んでいるぞ
「八歳も年下の甥相手に。馬鹿なことをした」目の横を掻いている
(準)主人公なので、大人げなかったという反省はちゃんとする
伊周の方から売った喧嘩だし、伊周というより道隆に見せつける側面もあっただろうけど
「あっ」「いま蹴りました」「おお!」
「おのこのような気が致します」「どちらでもよい。大事に致せ」
跡継ぎとしては男子が欲しいけど、后がねとしては女子が欲しいので、実際どっちでもいいような気はする(台無し)
992年生まれだからドラマではスキップされちゃった
明子が幸せそうでよろしい
復讐を終えて心穏やかになった?
自分のために生きられるようになった?
道長のことをちゃんと見られるようになった?
復讐のための道具みたいなものだったものね
まあつまりその道長の兼家を呪い殺した(少なくとも明子はその認識だろう)わけなんですが
そこに「ご無礼仕ります」「土御門殿より火急の知らせ。左大臣様、ご危篤と」
「お急ぎなさいませ」自分からすかさず言う明子
他の妻が何人いようとびくともしない感じだ
道長が邸内をダッシュしてるときはもう土御門殿かな?
雅信の左で穆子、右で倫子が見守っている
道長が来たので、倫子が下がって場所を空ける
「婿殿ですよ」穆子が呼びかけた
手を差し出されたので握る
「婿殿の、出世も、これまでじゃな」自分がついているからここまで出世してこられた、ということかな?
「不承知と、言い続ければよかった」そんな
「権大納言なら、すばらしゅうございますよ」
大臣の次なので十分高い地位ではある
太政大臣は常設されない、左大臣が事実上のトップ、右大臣がその補佐、内大臣がその下
大納言はその次で定員は二人、権大納言は一応それより下
ということは、太政大臣がいた場合でも、権大納言は上から七番目の地位になる
…思ったよりは下かな?
あのときからはかなり出世してるはずだけど
「不承知…」手を握る穆子「殿」
倫子も道長の手に自分の手を添えて「父上」「わたしは幸せでございます。ご心配なく」「不承知…」
「藤原氏全盛の世に、十六年の長きに渡って 左大臣を務めた 源雅信は、七十四歳で旅立った」
妻に対しても娘に対しても婿に対しても、最期の言葉が「この結婚を認めなければよかった」なのつらい
道長は本人だし、倫子も自分からこの結婚を望んだし、穆子も乗り気で後押ししていた
婿として土御門殿で一緒に暮らしていただろうけど、雅信に本心から認めてはもらえなかったのか…
表向きは穏やかに付き合っていただろうけど
だから却って真正面からぶつかって見直されるような機会もなかったのかしらん
一方まひろは料理中
「惟規様は~?」さわさんが遊びに来ている
「擬文章生になったら忙しいみたいなの」文章生の試験に向けて勉強勉強か
「官職を得られれば、どこかの姫のところに婿入りされてしまうんですね…」
「式部省試に受かればね」日本史用語の勉強!
「省試」って字面だけ見ると試験を免除されそうだな
「うちに婿入りしてくださいませ」「と言えるような家ならいいんですけど」「あの父と母ですし…」
つらい_(:3」∠)_
「わたしこのごろまた、家にいるのが嫌になる病になりましたの」まあだからこの家に入り浸ってるんだろう
継母の子供たちが大きくなってきたので、さわは父親にも邪魔にされている
源氏物語には継父に厄介者扱いされる継娘が出てくる
といっても、継子の苦労話はありふれているし、源氏物語オマージュだ! というほどのものではなさそう
「それで…」「気晴らしに旅に出ようと思いますの」行動力がある
「まひろ様も一緒に参りません?」「どちらに?」「近江の石山寺です」
「わたしをあの家からさらってくれる殿御に会えますように、祈願に参りますの」
「そういうお寺なの?」「そうらしいです」ほんとですか?
さわみたいな立場だと、男頼み神頼みしかやりようがないのかな
為時が帰ってきて食事中
まひろは給仕をしてるけど一緒に食べてるわけじゃないな
「さわさんと…石山寺に、お参りに行ってもよろしいでしょうか?」すごくおずおずしてる
「いいではないか。気晴らしになるなら」すごく驚いてる
「何を驚いておる」「そのくらいのかかりは、何とかなろう」そういうことか
ということで旅へ
まひろは乙丸を、さわも一人お供を連れてる
川辺で休憩
水筒は竹かな?
「わたしたち、このままずーっと夫を持てなければ、一緒に暮らしません?」「年老いても助け合いながら」
まひろはあの家を相続できるだろうしなと思ってしまった
さわは…今はいい家で暮らしてるけど、親と仲が良くないとなると将来はどうなるかしら
「それは、まことによいかもしれません」まひろは実際夫を持たない気でいるんだから、さわよりリアルに考えたかもしれない
「石山寺ではそちらをお願い致しましょうよ!」「殿御との縁ではなく、わたしたちの、末永いご縁を?」「そうでございます! 末永いご縁でございます」
二人のバックで、さわの従者さんが乙丸とこっちもにこにこしながら休憩している
よかった、よかった
さわのおつきに回されるのは、さわの家では貧乏くじっぽいので
ここでにこにこしてるような人で本当に良かった
姫様たちがきゃあきゃあしてるので、乙丸がちょっと覗き込むみたいにしてる
さて石山寺の夜
「当時、石山詣では、都の人々の間で、はやっていた」はやっていた
お経を見ながら読み上げている
さわさん寝そう?
溜め息をついたと思ったら「今宵はもういいんじゃないですか?」「まだ始まったばかりですよ?」「あきた」
誘った方がさっさと飽きて、誘われた方が真面目にやっているあるある
前の席から「しっ!」と怒られた
屏風? の向こうから乗り出して睨んできた
あら寧子さん
二人がちゃんと頭を下げたのでにっこり
誦経が終わった後、お話しすることになったらしい
「『蜻蛉日記』をお書きになった方でしたか!」まひろちょっと興奮してる
さわさんに解説「道綱様の、お母君」
「幼い頃から『蜻蛉日記』を幾度も幾度もお読みして、そのたびに胸を高鳴らせておりました」
まひろが嬉しそうな一方、さわさんがちょっと所在なさげ
さわは読んだことがないんだろうな
「随分おませなお姫様だったのですね」「はい」夫の愚痴とかいっぱい書いてあるんだっけ
「でも、幼い頃はわからないことも多かったです」
「嘆きつつ」の歌を詠んだときのこととか
繰り返し出てくるな
「今は、痛いほどわかりますけれど」_(:3」∠)_
さわさんがまひろを見た
まひろが憧れの作者の前で早口オタクになる場面、横で見ていたさわさんが
「あ、この人はやっぱり自分と違う、才がある」
となるのが寂しいし、子供の頃は分からなかった恋の歌の意味が今ではわかる、と言った際に
「経験まである……なにもかも私と違う」
と恐れまで感じてる表情が悲しい。#光る君へ
あああ_(:3」∠)_
そっちか…
「心と体は、裏腹でございますから」ふむ?
口づけも思い返す
「それでも、殿との日々がわたしの一生の全てでございました」
「わたしは日記を書くことで、己の悲しみを救いました」これが源氏物語の執筆に繋がっていくのか
「あの方との日々を日記に書き記し、公にすることで、妾の痛みを癒したのでございます」
「妾の痛みを癒す」に当たっては「公にする」ことがなるほどポイントになりそう
「不思議なことにあの方は、あの日記が世に広がることを望みました」
「あの方の歌を世に出してあげた。それは、わたしの密かな自負にございます」
なお兼家に対する恨み言を綴ったもの、ないし復讐のための書とする学者もあるが、今西祐一郎は、兼家の和歌を多数収めているので、兼家の協力を得て書いた宣伝の書ではないかという説を唱えている。
へー
「そこまでして差し上げても、妾であることに変わりはないのだけれど」
「あなた方はおひとりなの?」「命を燃やして人を想うことはすばらしいことですけれど、妾はつろうございますから、できることなら、嫡妻になられませ」「高望みせず、嫡妻にしてくれる、心優しき殿御を、選びなされ」
ザ・妾みたいな御方にそう言われてしまうと
寧子が兼家を選んだのは高望みだったのかな?
摂関家の息子でなければ、嫡妻にしてくれたかもしれない?
さわさんは我が意を得たりとばかりに頷いているけど
まひろは途方に暮れたような泣きそうな顔をしている
そこに道綱が登場
カメラワークとしては特に注目されていないけど、道綱が来たとき、さわが心惹かれたような表情をしている?
その後で道綱をみつめてるし
「日記に出てきた道綱様にもお会いできるなんて、来た甲斐がありました!」
道綱、よくわからないけど喜ばれたので嬉しい、という感じ
乙丸たちは外で寝てるの?
寝ずの番をするはずが寝ちゃった感じなのかしら?
まひろとさわは間に几帳を立てて寝ている
几帳の方に頭を向けて
一番上に重ねていた衣がここでは布団になる
眠れないまひろ、外に出て月を眺める
「書くことで、己の悲しみを救った…」
石山寺で源氏物語の着想を得たという話がある
これがまひろの、物語を書くという目標のきっかけになった
一方その頃ソウルメイトの道長は、最高権力者になるという目標のきっかけを←
ききょうの件と同じく、さっき993年まで時間が飛んだので、あれは990年だからもう3年前のこと
世のため人のためという大義を掲げた目標は失敗したけど、自分のために始めたことが実を結ぶのかも
乙丸たちが寝てるので、道綱が侵入してきた
さわは背を向けて寝ている
「寝てしまわれましたか?」
「みちつなさま…」寝言
おい
寝ぼけたまま抱きついて、最初に「すまぬ」と言われたところまでは夢のようだったろうに
「間違っておった!」「すまぬ!」そんな引き方しなくてもいいじゃないの!
「まひろ様だと思われましたの?」「あいや、そうではなく、そう、では、なく」それは駄目すぎるということはわかる
「わたしには妻がおる。妾もおる」「ゆえに、そなたを抱こうとしていたことは間違っておったと、今、気づいたのだ」
「偽りを…」「偽りなどではない!」
「この上、悲しむおなごを作ることはできぬ」「まひろ」「…さと」「さわにございます!」「許せ!」
さわのプライドずたずたである
源氏物語では、光源氏が人妻に付きまとって寝室に入り込んだとき、お目当ての人妻には逃げられて、継娘がいたことがある #源氏物語のオマージュ それで継娘には「実はあなたに会いたくてこの家に出入りしていたのです」とか言ってごまかしてる
継娘のプライド的にはその方が救われたのかもわからないな、このさわさんを見ると
いや、道綱アホの子なので、まひろちゃんに惹かれたというよりは「蜻蛉日記で名前を拝見した道綱さんですね」というのを、え?この子俺のファンなの?と誤解した線かな...道綱だもんな #光る君へ 帰り道
まひろが笠を脱いで乙丸に渡す
「こちらで一休みしましょうか」と言うのにずんずん先へ行くさわ
乙丸が何だかいい笑顔してる
「わたしには才気もなく、殿御を惹きつけるほどの魅力もなく、家とて居場所がなく…」
まひろには全部ある
あっ、ここでタイトルの「おごれる者たち」がまひろにもかかってくるのか!
平家物語の「おごれる者は久しからず」から引用しつつ、中関白家のことを指しているとばかり思っていたら
「もう死んでしまいたい!」駆け出す
川辺に飛び出して、ぎょっとして引き返した
うわ
「このころより、都の近辺では、疫病が、はやり始めていた」