フロム
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序文
序文を通じて本書の主題を次のように論ずる。
本書は近代人の性格構造についての、また心理的要因と社会的要因との交互作用という問題についての、広範囲な研究の一部である。(...)ところが現代の政治的発展が、近代文化のもっとも偉大な業績-個性と人格の独自性-にとって危険なものとなっているのをみて、私は大規模な研究の続行を中断し、現代の文化的社会的危機に対して決定的な意味をもつ一つの側面、すなわち近代人にとっての自由の意味ということに集中しようと決心した。(...)自由の意味は近代人の性格構造全体の分析をもって、はじめて十分に理解できる(....)心理学者は必要な完全性を犠牲にしても、現代の危機を理解するうえに役立つようなことがらを、すぐさま提供しなければならない
第一章
自由への闘争、そして自由からの逃走
近代ヨーロッパおよびアメリカの歴史は、ひとびとをしばりつけていた政治的・経済的・精神的な枷から、自由を獲得しようとする努力に集中されている。自由を求める戦いは、抑圧されたひとびとによって戦われた。かれらは守るべき特権をもっているものたちに対抗して、新しい自由を求めた。そしてある階級が支配からの自由を求めて自分自身のために戦ったとき、かれらは人間の自由そのもののために戦っているように信じこんでいた。(...)ある段階では抑圧に抗して戦った階級も、勝利を獲得し新しい特権を守らなければならないときがくると、自由の敵に味方した。いくたびか逆転しながらも、自由は勝利を重ねてきた。この戦いのうちに、多くのひとびとは死んだ。抑圧に抵抗する戦いに死ぬことは、自由なしに生きるよりもましだとかたく信じながら。このような死は、かれらの個性の最高の肯定であった。 だが第一次世界大戦期に勃興した「ファシズム国家」はそれを根底からつきくずした。「最初のうちは、多くのひとは、権威主義的組織の勝利の原因は少数者の狂気にあり、それゆえかれらの狂気は、やがて没落するにちがいないと考えて安心していた。また、なかにはおつにすまして、イタリア人やドイツ人たちはデモクラシーの訓練にまだ十分な年月を経ていないので、かれらが西欧のデモクラシーという政治的な成熟にまで到達するのを待ちさえすれば、それで大丈夫だと信ずるものもあった」のだ。だが現実は違った。
則「近代人の性格構造」が「ファシズム国家」と「自由からの逃走」を要請したのであり、だからこそデューイは「外国に全体主義国家が存在する」ことではなく、「われわれ自身の態度のなか」を重視するのだ。
性格構造の分析の基礎づけ
フロムは上記における性格構造を続けて分析するわけだが、その「分析は、フロイトのいくつかの基本的な発見-とくに、人間の性格のなかに働いている無意識的な力の働きと、それが外界の営業に依存しているということについての発見-にもとづいている」とする。「そこでわれわれの方法の一般的原理が、どんなものであるのか、また古典的なフロイトの概念とどのような点がおもにちがっているのかを、最初にのべたほうが、読書にとっては理解しやすいであろう」として次のように論ずる。
フロイトの理論における個人と社会との関係は本質的に性的である。個人は本来的に同一であり、社会が個人の自然的衝動に、より多くの圧力を加えたり(このばあい昇華がつよまる)、より多くの満足をあたえたり(このばあいは文化が犠牲にされる)するにつれて、個人は変化するだけである。
他方、フロムは社会を「たんに抑圧的な機能をもっているだけではなく-もちろんそれももっているが-創造的な機能ももっている」として、人類に「動的な適応」を及ぼすものとして扱う-この適応では「新しい衝動と新しい不安とが生まれる」。
個人と社会との関係は、一方に自然的な衝動をもつ個人があり、他方にその個人とは別の社会があって、それが個人の内在的な傾向を満足させたり、絶望させたりするというようなものではない。たしかに人間がだれしももっている、飢えとか渇きとか性とかいう欲求は存在する。しかし人間の性格の個人差をつくる、愛と憎しみ、権力にたいする欲望と服従への憧れ、官能的な喜びの享楽とその恐怖、といった種類の衝動は、すべえ社会過程の産物である。人間のもっとも美しい傾向は、もっともみにくい傾向と同じように、固定した生物学的な人間性の一部分ではなく、人間を造りだす社会過程の産物である。
フロイト流精神分析論が、資本主義を絶対視し、社会それ自体の変容可能性に目を向けないこと
マルクスの下部構造が上部構造を規定する具体的な分析がされていないこと
フロイトにおける自我の発達過程の理論をマルクスのイデオロギー分析に援用して、アポリアを同時に解決しよう
現代社会におけるファシズム構造を支える基盤となる諸個人の、権威や画一性にひたすら同調するマゾヒスティックな性格心理の分析可能性を拡張する
魂なき心理学とその復興を試みるフロイト
人間がもっとも大切にしてきた希望の実現に、今日ほど近づいた時代はかってなかった。今日の科学的諸発見や技術的諸発明は、食物を求めるすべての人たちに食卓が設けられ、人類が統一的共同体をつくって、もはや、ばらばらに生活することはないというような時代を間近に想像させる。このような人間の知的能力の展開のためには、すなわち人間ののび行く能力が、社会を組織したり、人間のもっているエネルギーを有意義に集中したりすることができるようになるためには、数千年もの歳月が必要であった。人間は、それ自身の法則と運命とをもつ新しい世界を創造した。人間は、自分の創造したものを眺めながら、それは実にみごとなものだ、ということもできる。しかし自分自身を見つめるとき、人間は何といいうるであろうか?人間は、人類のもう一つの夢であるところの人間の完成ということの実現に、より近づいたであろうか?すなわち隣人を愛し、正義を行ない、真実を語り、そして人間が可能性としてもっている神の似姿を実現する、という夢に?(...)現代人は、自分たちは幸福なのだという信念にしがみついている。われわれは自分の子供たちに、過去のあらゆる時代より現代は進歩しているのだ、最後にはどんな希望でも満たされるであろうし、われわれの到達しえないものは何もないのだ、と教えこむ。われわれはたえずこのような信念をたたきこまれ、そして、さまざまの現象は、これを裏づけるかのようである。しかしわれわれの子供たちは、どこへゆくべきか、何のために生きるべきか、を告げてくれる声を聞くであろうか?ともかくかれらは、すべての人と同じように、人生は意味を持たねばならぬと感じはする-だがそれはどんな意味なのか!かれらは、ありとあらゆる機会に出くわす矛盾と二枚舌と冷笑的なあきらめとの中にそれを見出すのであろうか?かれらは、幸福、真実、正義および献身の対象を切に求めている。われわれはかれらの切ない求めを満たしうるであろうか?われわれはかれらと同様に頼りないのである。われわれはそうした問いそのものを忘れてしまっているのだから、われわれはそれに答えるすべを知らない。われわれは自分たちの生活が堅固な基礎の上に立っているふりをし、われわれに常につきまとう心配や不安や混乱の瞬に、眼を閉じているのである。 ではこうした回帰へは宗教にあるのか。
ある人々にとっては宗教へ立ち帰ることが答えになるが、それは仰という積極的な行為としてではなく、堪え難い懐疑から逃避するために外ならない。そのような人たちは倉仰からではなく、安心を求めるところからとの決意をする。教会には関心がないが、人間の魂への関心は持っている現代社会の研究家は、このような段階を神経障害のもう一つの徴候であると考える。伝統的な宗教へ立ちもどることによって解決を見出そうと試みる人々は、宗教家たちによってしばしば提起される、次のような見解の影響を受けている。すなわち、われわれは宗教か、あるいは、本能的要求や物質的快楽の満足のみを求める生活かの、いずれかを選ぶべきであり、さらに、もし神をじないとすれば、魂やその欲求を言ずる理由も-また権利も-われわれはもたない、という見解である。あたかも、僧侶や牧師は魂の問題を扱う唯一の職業的集団であって、愛、真実、および正義という理想の、唯一の代弁者であるかのようである。
歴史的には必ずしもそうではない。エジプトのようなある文化の中では、僧侶は「魂の医者」であったが、一方ギリシャなどのような他の文化においては、そのような役目は、少なくとも部分的には哲学者がひきうけていた。ソクラテース、プラトーン、アリストテレースは、いささかなりとも啓示の名において語ろうとはせず、理性の権威によって、また人間の幸福と魂の展開の配慮とから語るべきことを主張した。かれらはもっとも重要な研究対象として人間を問題にしたと同時に、自分自身が目的であるような人間を問題にしたのである。哲学や倫理学に関するかれらの著作は、同時に心理学の研究でもあった。古代のこのような伝統は文芸復興までひきつがれた。「心理学」(Psychologia)という語を標題として用いた最初の書物が『人間の完成について』(Hoc est Perfectione Hominis)という副題をもっていたことは注目に値する。
しかしそうした心理学の根源的系譜、すなわち実存を与える「人間の完成」という主題は啓蒙期に忘れ去られたという。それこそ現代の自然科学的心理学、フランクルが批判する魂を欠いた心理学の成立である。
啓蒙期の合理主義は(...)新しい物質的繁栄と自然征服の成功とに酔って、人はもはや自分自身を人生における、また理論的探究における第一義的な問題であるとは考えなくなった。真理を発見したり、現象面を突き破って本質を探ったりするための手段である理性は放棄され、物と人間とを巧みに扱うための、たんなる道具としての知性がそれにとって代わった。理性の力が行為の規範と観念の妥当性とを築きうるのだということを、人は信じなくなってしまった。知的情緒的状況のこのような変化は、科学としての心理学の発展にとって大きな刺激となった。ニーチェやキェルケゴールのような例外的な人々がいるにはいたが、心理学が、人間の徳や幸福を問題とする魂の学であったという伝統は捨て去られた。アカデミックな心理学は、自然科学的方法および計量計数の実験室的方法にならって、あらゆる問題を扱ったが、魂の問題だけは除外した。それは、実験室で検査されうるような人間のある側面だけを理解しようと努め、良心、価値判断、善悪の認識といったことは、形而上学的概念であって心理学の問題とするところではない、と主張した。さらに、それは勝手にきめられた科学的方法なるものにうまく合うような、とるにたらない事柄を問題とし、人間にとって重要な問題の研究のための、新しい方法を考え出そうとはしなかった。心理学はかくして、その重要な対象である、魂を欠いた科学となった。それは機制(メカニズム)、反動形成、本能などを問題とし、とくにもっとも人間的な現象であるところの愛、理性、良心、価値というようなことがらを問題とはしなかった。魂(SouI)という語はそうした、より高い人間のさまざまの力をも連想させるので、わたしはことで、またとの書物を通じて、「プシュケー」(psyche)とか「ことろ」(mind)とかいう語ではなく、それを用いることとする。 こうして魂を失った心理学であるがしかし、これに治療を施し再び魂を再興させた心理学者がいる。それこそ彼が根ざす二十世紀心理学の権威、フロイトに他ならない。
次にフロイトがくる。かれは啓蒙期合理主義の最後の偉大なる代表者であり、その限界を示した最初の人である。かれは勇敢にも、単なる知性の凱歌を阻止しようとした。かれは、理性こそ人間のもっとも尊い、とくに人間らしい力であるが、しかもそれは情熱によって歪められること、そして、人間の情熱を理解することのみが理性を解放して、それを正しくはたらかしうることを示した。かれは人間理性の強さと弱さとを同時に示し、「真理は汝らに自由を得さすべし」をもって新しい治療法の指導原理としたのである。はじめフロイトは、自分がただある種の病気とその治療だけを問題にしているのだ、と考えていた。次第にかれは、自分が遥かに医学の領域を超えて、人間の魂の学としての心理学が、処世と幸福達成のための理論的基礎である、という伝統を取りもどしたことに気づいてきた。フロイトの方法すなわち精神分析は、もっとも細密で身近な、魂の研究を可能にした。分析家の「実験室」にはなんらこみ入った装置がない。かれは研究結果の計量計数をすることはできないが、夢や空想や連想によって、患者のもっている隠された願望や不安を洞察するのである。観察、推理および人間としての自己自身の経験だけを頼りとするかれの「実験室」において、彼は精神の疾患が道徳的問題と分離しては理解されえないことを、すなわち、患者の病気は魂の欲求をおろそかにしたためであることを見出す。分析家は神学者でも哲学者でもなく、したがって、そういう領域に対する権限を主張しもしないけれども、魂の医者として、かれは哲学や神学とまったく同じ問題に、すなわち人間の魂とその治療とに関心をもつのである。
神学と心理学が根ざす人間存在
そこではじめにフロムは宗教とはなにか、その諸相を暴くために宗教の立脚する人間の分析をはじめる。そしてフロムは序論にて「本書の内容は、倫理に関する心理学を問題にした、『人間における自由』(Man for Himself)に展開された思想につづくものであると了解されたい。倫理と宗教とは緊密に関連しあっており、したがって重複する部分もでてくる。しかし、『人間における自由』においては、重点はまったく倫理におかれたのに対して、本書では、宗教の問題に焦点をおこうとした」と論じたように、実存分析はすでに前傾書にして成したとし、引用から本章を始める。そしてそれは人間本性の二分性と、それを克服=調和しようと試みる運動である。
理性とは呪詛であった。自然との調和を瓦解させ、不均衡をつくりだす。そして理性を与えられてしまった「人間は、自然との調和を保っている人間以前の状態に帰ることはできない」(ルソー的)。こうして「楽園を、すなわち自然との和合を失ったので、人間は永遠のさすらい人になってしまった」(絶対的異邦性)。しかし、理性とは祝福でもある。なぜならばそうした人間の歴史とは「絶えまない、避けがたい、不均衡の状態」を「その種族の生活様式をただ繰り返すととによって「過ごされて行く」ものではない」。むしろ、「理性は終始人間を強いて、解決不可能の二分性を解決しようとする課題に向かわせる」。まさに「人間固有の世界を形成させる理性の存在にこそ、人間歴史の動力は存在する」のに他ならない。我々は禁断の果実によって与えられた理性でもって楽園から追われ、その理性に力をもってして楽園へ回帰しようと試みるのである。 まったく奇妙なことに、熱心な宗教人の関心と心理学者の関心とは、この点において同じである。(...)神経症を研究しながら、かれは自分が宗教を研究しているのだということを発見する。神経症と宗教との連関を見出したのはフロイトであった。かれは宗教を、人類の集合的小児期神経症(Collective childhood neurosis)と解釈したのであるが、しかしその解釈はまた裏返すとともできる。われわれは神経症を個人的な宗教形態であると解釈することができる。もっとはっきりいえば、神経症とは公に認められた宗教様式と抵触する、原始的宗教形態への退行であるということができるのである。
したがってフロイト的にいえば、エデンの園、還元するならば無垢の黄金期とは全人類に内在する。それはひとえに世界とその残酷さに対する、無垢なる小児期に他ならない。ゆえにあまねく人類はエデンの園にノスタルジーを抱く。それは失われ、戻ることのできない小児期へ馳せる想いそのものなのだ。この夢想こそ埋まることのない神経症の源泉なのであり、父〔=神〕の庇護下にありたいと縋る小児期的な心情に別れを告げ、ニーチェ的局面を個人的事件とすることを唱えることこそがフロイト的立場の根幹である。
疎外論
マルクスにとっては人類の歴史は人間の向上的発展の歴史であり、また同時に増大する疎外の歴史である。彼の社会主義という概念は疎外からの解放であり、人間の自己自身への復帰であり、人間の自己実現である。疎外(または「疎遠」)ということは、マルクスにとっては、人間が世界を把握するにさいして自己自身を行動的主体としては経験しないで、世界(自然や他人や彼自身)が人間にとって疎遠なものとしてあることを、意味している。自然や他人や彼自身が、彼自身の創造の対象であるにもかかわらず、対象として彼の上にあったり、彼に対立している。疎外は本質上、客体から分離した主体として、世界および自己自身を受動的に経験することである。
「マルクスにとっては人類の歴史は人間の向上的発展の歴史であり、また同時に増大する疎外の歴史である」。では疎外の原初とは何であるか?
疎外という概念の全体は西欧の思想界におけるその最初の表現を旧約聖書の偶像崇拝という概念のうちに見出している。予言者たちが「偶像崇拝」と呼んでいるものの本質は、人びとがただ一つの神のかわりに多くの神がみを崇拝しているということではない。それは偶像が人間自身の手によって作られたものでありー偶像が事物であって、人びとが事物に頭をさげて、それを崇拝することなのである。つまり人間がみずから創りだしたものを崇拝することなのである。そうすることによって、人間は自分自身を事物に変形させるのである。人間は自分の創造した事物に彼自身の生命の諸属性を与え、そして自分自身を創造的な人間としては経験しないで、人間は偶像を崇拝することによってのみ自分自身と接触している。人間は彼自身の生命力、つまり彼自身の諸潜在力の豊かさから疎遠になってしまっており、そして偶像のうちに凍結してしまった生命へ服従するという間接の方法によってのみ自分自身と接触しているのである。
マルクスが疎外論で論じた労働による疎外は、主体が生みだしたはずの客体が、次第に増大していくことで現れる主体と客体の非対称性にある。ここにこそ、偶像と商品の驚くべき通有性が存在するのだ。
偶像というものの無気力と空虚のことは旧約聖書のなかに表現されている。「彼らは眼をもてども、見ることがなく、彼らは耳をもてども、聞くことがない。」等々。人間が自分自身の力を偶像に譲り渡せば渡すほど、彼自身はますます貧しくなり、ますます得像に依存するようになって、その結果偶像はほんらい彼のものであったものの小部分をとりもどすことを彼に許すようになる。偶像は神に似た姿であったり、国家であったり、教会であったり、人物であったり、所有物であったりすることがある。偶像崇拝はその対象を変える。偶像崇拝は、偶像がいわゆる宗教的意味をもっているような形態においてのみ見出されるのでは決してない。偶像崇拝というものはいつでも、人間が自分自身をその創造的行為において経験することはしないで自分自身の創造力を投入し、いま服従している或るものにたいして崇拝することである。
そしてフロムがその典型であるとするのは言語である。
疎外の多くの形態のなかで、もっとも頻繁に見られる形態は言語における疎外である。もし私が或る感情を一語で表現するなら、たとえば、もし私が「君を愛する」と言うならば、この言葉は私自身の内部に存在する現実、つまり私が愛していることの力を示していると思われる。「愛」という言葉は愛という事実のシンボルであると考えられているが、それが語られるやいなや、それはそれ自身の生命をもつようになり、それは一つの現実となる。その言葉を言うことは経験と等価値のものであるという幻覚に私は陥り、そしてすぐ私はその言葉を言って、しかも何も感じない。ただしその言葉が表現する愛という思想を除いてではあるが。言語の疎外というものは疎外のもつ複雑さの全体を示している。言語というものはもっとも貴重な人間の業績の一つである。しゃべらないことによって疎外を避けようとするのは愚かだろうしだが、われわれはいつも、語られた言葉がそれ自身生きた経験の代りをするという、その危険を確認していなければならない。同じことは他のすべての人間の業績、たとえば、観念や芸術やあらゆる種類の人間が作った対象物についても真実である。それらのものは人間の創造物である。それらのものは生命にたいする貴重な援助である。だが、それらのいずれのものも、生命を事物と、経験を人工物と、感情を降服や屈伏と混同する落し穴であり、誘惑である。
ではこのような疎外概念は誰から始まったのか。もちろんそれはヘーゲルである。
疎外という概念を作りだした思想家はヘーゲルであった。彼にとっては人間の歴史は同時に人間の疎外の歴史であった。彼は『歴史哲学講義』のなかで述べている。「人間の心が真に求めているのは、その観念の実現である。だが、そうすることによって、人間の心はそれ自身の幻想からその目標を隠して、それ自身の本質からこのように疎外されていることを誇りともし、またそれに充分満足している。」マルクスにとっては、ヘーゲルにとってと同じく、疎外の概念は存在と本質との区別に、また人間の存在が彼の本質から疎外されており、現実には人間が彼が潜在的にあるところのものではなく、あるいは別の表現をすれば、人間は人間が本来あるべきところのものではなく、また人間は彼が本来ありうるところのものであおべきだという事実に、基礎をおいている。 マルクスにとっては疎外の過程は仕事と分業とのうちに表現されている。マルクスにとっては仕事は人間が自然にたいして積極的に関係づけられていることであり、人間自身の創造を含んだ、新しい世界の創造である。(知的活動はもちろん、マルクスにとっては、手工業的活動ないしは芸術的活動と同じく、つねに仕事である。しかし、私的所有と分業が発達するにつれて、労働は人間の力の表現であるという性格を失う。つまり労働とその産物は人間から、人間の意志や計画から分離された存在となる。「労働が生産する対象、つまり労働の生産物が、ひとつの疎遠な存在として、生産者から独立した力として、労働に対立するということを表現するものにほかならない。労働の生産物は、対象のなかに固定化された、事物化された労働であり、労働の対象化である。」労働が疎外されているのは、仕事が労働者の本性の一部分であることをやめてしまっているからであり、そして「そのため彼は自分の労働において肯定されないでかえって否定され、幸福と感ぜずにかえって不幸と感じ、自由な肉体的および精神的エネルギーがまったく発展させられずに、かえって彼の肉体は消耗し、彼の精神は頹磨化する、ということにある。だから労働者は、労働の外部ではじめて自己のもとに〔bei sich〕あると感じ、そして労働のなかでは自己の外に[auBer sich」あると感じる。」このように、生産という行為において労働者の彼自身の活動にたいする関係は、「労働者に属していない疎遠な活動としての彼自身の活動にたいする労働者の関係である。すなわち、〔その活動は]苦悩としての活動であり、無力としての力であり、去勢としての生殖である。」人間はこのようにして彼自身から疎外されるようになるので、労働の産物は「労働者にたいして力をもつ疎遠な対象としての労働の生産物にたいする労働者の関係。この関係は同時に、彼に敵対的に対立する疎遠な世界としての感性的外界ないし自然的諸対象にたいする関係」になる。マルクスは、仕事の過程において、ことに資本主義の諸条件下における仕事の過程において、人間は彼自身の創造的力から疎遠になることと、そして国彼自身の仕事の対象は疎遠なものとなって、最後には彼を支配し、生産者から独立した力になるということとの二つの点を強調している。「労働者は生産の過程のために存在して、生産過程が労働者のために存在するのではない。」(...)私的所有の(もちろん使用する対象の所有ではなく、労働を雇用する資本としての)役割はまた青年時代のマルクスによってその疎外する機能の点ですでに明らかに認識されていた。彼は述べている。「したがって私有財産は、外化された労働の、すなわち自然や自分自身にたいする労働者の外的関係の、産物であり、成果であり、必然的帰結なのである。それゆえ私有財産は、外化された労働、すなわち外化された人間、疎外された生活、疎外された人間という概念から、分析を通じて明らかにされるのである。」たんに事物の世界が人間の支配者となるだけではなく、また人間が作りだす社会的および政治的環境が彼の主人公になるのである。「社会的活動がこのように定着すること、つまりわれわれが管理できぬまでに成長し、われわれの期待を出しぬき、われわれの計算を無にするような、われわれを支配する物的な力にわれわれ自身の産物がこのように凝固化することは、これまでの歴史的発展における主要機の一つである。」自然の主人になったと信じている疎外された人間は、事物や環境の奴隷となってしまっているのであり、世界の無力な付属物となってしまっているのであって、このことが、同時にわれわれ自身の力の凍結された表現なのである。 フロムはこの疎外概念の「誤解」を指摘し、そのことこそは「社会主義」にも蔓延するマルクスの誤読であるとした。一言で論じるならばレーニン的な一国家一工場構想とは、疎外そのものを意味するのである。 マルクスは根本的には労働者の経済的搾取のことを、また労働者の生産物の分け前が本来あるべきように大きくはなかったとか、あるいは生産物が資本家にではなく、労働者に属すべきであるといったような事実を語ったと言じられている。しかし、まえに示したように、ソヴェト連邦におけるように資本家としての国家が私的な資本家よりもマルクスに歓迎されたであろうというようなことはない。彼がもっぱら関心をよせたのは、収入の均等化ではない。彼が関心をよせたのは、人間の個性を破壊し、人間を事物に変化させ、人間を事物の奴隷にするような種類の仕事から人間を解放することである。ちょうどキェルケゴールが個人の救済に関心をよせていたのと同様に、マルクスもそのことに関心をよせていたのであって、彼の資本主義社会の批判は収入の分配に関するその方法にではなく、その生産の様式、その個性の破壊、および資本家によってではなくて、労働者ならびに資本家という彼ら自身の作った事物および環境による人間の奴隷化に向けられていた。
そしてフロムによればこの疎外概念とは前期マルクスのみに限定されるパースペクティヴではなく、その哲学全体を貫く概念なのであった。
疎外された労働の産物というマルクスの概念は『資本論』のなかで展開されたもっとも基本的な要点の一つのなかで、彼が「商品の物神崇拝」と呼んでいるもののなかで表現されている。資本主義的生産は諸個人の関係を事物そのものの諸性質に変形させ、こういう変形が資本主義的生産における商品の性質を構成している。「それは労働者が現存する価値の自己拡大という必要を満足させるために存在するのであって、反対に労働者の側の発展の諸要求を満足させるために物質的富が存在するのではないような、生産の一様式においてはこのようでないことはありえない。宗教においては人間は自分自身の脳髄の所産によって支配されているが、それと同様に資本主義的生産においては彼自身の手の所産によって支配されている。」「機械は人間の弱さに順応して弱い人間を機械にしようとするのである。」(...)『経済学・哲学草稿』を書いた青年時代のマルクスと、それから『資本論』を書いた晩年のマルクスとの思想において疎外という概念が焦点であったし、またそうでありつづけたことを知るのは、マルクスを理解するのにきわめて重要なことである。すでに記した、いくつかの例を除いても、一つは『草稿』から引用し、もう一つは『資本論』から引用したものであるが、次の諸文章はこういう連続性を真に明らかにしてくれるはずである。このことはまたマルクスが『資本論』のなかで書いたことでもある。「資本主義的体制のなかでは労働の社会的生産性を高めるためのあらゆる方法が、個々の労働者の犠牲においてなしとげられており、生産の発展のためのあらゆる手段が生産者たちの支配および搾取の手段に変えられ、労働者を部分人間に不具化し、彼を機械の付加物に引き下げ、彼の労働の苦痛をもって労働の内容を破壊し、科学が独立した力として労働過程に合体化されるに従って、労働者から労働過程の精神的諸力を疎外する。」 そしてフロムはこの観念をさらに発展させ、カント的自己目的性へと帰結させる。すなわち、疎外の徹底的で完成された否定とは、究極の主体論であるのだ。 だからこそフロムはティリッヒに倣い、実存主義の起源をここに観る。
パウル・ティリッヒが説明しているように、キルケゴール以来の全実存主義哲学は本質上、「産業社会における人間の非人間化にたいする百年以上にもわたる反抗の運動」なのである。実際、疎外という概念は、有神論的用語では「罪」と呼ばれるであろうところのものの非有神論的用語における等価物なのであり、つまり人間の自己自身の放棄、自己自身における神の放棄なのである。(...)マルクスは疎外された世界における人間の欲求から何が生じるかを認めたし、また彼は実際に驚くべき明瞭さをもって、今日においてのみ目に見えるようになっている、こういう過程の完成を予想した。社会主義的展望に立てば主要な重点は「人間の欲求のゆたかさが、したがって、生産の新しい様式ならびに生産の新しい対象が」、「人間的本質力の新しい実証活動と人間的本質の新しい充実」であるべきなのに、資本主義の疎外された世界においては欲求は人間の潜在的力の表現ではなく、すなわち、欲求は人間的欲求ではない。資本主義においては、「どの人間も、他人に新しい犠牲を強制するために、また他人を新しい従属におとしいれて彼の享楽の新しい様式へ、だからまた経済的破滅の新しい様式へと誘いこむために、他人に新しい欲求をよびおこそうと投機する。どの人間も他人にたいして一つの疎遠な本質力をつくりだそうと努め、そこに自分自身の利己的な欲求の満足を見いだそうとするのである。だから諸対象の量が増すとともに、人間がそれに隷属させられるところの疎遠な存在の領土もまた大きくなる。そして新しい生産物のすべては、相互のだましあいや相互の奪いあいの新しい潜勢力〔Potenz]なのである。人間はますます人間として貧弱となり、敵対的な存在を我がものとするために、人間はそれだけますます多くの貨幣を必要とするのであって、彼のもつ貨幣の力は、生産の量とはちょうど逆比例して低下する。すなわち貨幣の力が増大するにつれて、人間の久乏は増大するのである。それゆえ、貨幣にたいする欲求は、国民経済によって産みだされた真の欲求であり、また国民経済が産みだす唯一の欲求である。貨幣の量がますます貨幣の唯一のかづよい特性となる。貨幣は、すべての存在をその抽象にまで還元したが、それと同様に、自分自身の運動のなかでみずからを量的な存在へと還元する。際限のなさと節度のなさとが貨幣の真の尺度となる。このことは主体的にさえ現われてくるのであって、一方では、生産物や欲求の拡大が非人間的ですれからしの、そして不自然で妄想的な欲望の奴隷、ぬけめがなくてつねに打算的な奴隷になるというかたちで現われる−私有財産は粗野な欲求を人間的な欲求にすることを知らない。私有財産の理想主義は妄想、気まま、気まぐれである。そして宦官は専制君主の寵愛をひそかに得るために、卑劣に媚びへつらい、恥ずべき手段を用いて君主の鈍感になった快楽への感受性を刺激しようと努めるのだが、そうしたやり方も産業界の宦官である生産者のやり方には及ばない。すなわち彼は、銀貨をくすねるために、キリスト教的に愛されている隣人のポケットから黄金の鳥を誘いだすために−(あらゆる生産物は、他人の本質すなわち他人の貨幣を自分の手もとにおびきよせるための餌であり、一切の現実的なあるいは可能的な欲求は、蠅がもち竿におびきよせられる弱みである−そこでは、共同体的な人間的本質が全般にわたり不当に利用されているのだが、それはちょうど、人間の不完全さのどれもが天国との紐帯であり、人間の心を司祭へと接近させる側面であるのと同様である。さし迫った必要のどれもが、このうえもなく親切なふりをして隣人を訪れて、彼にこう話しかけるためのチャンスなのだ、「親愛なる友よ、私は君に君の必要なものをあげましょう。だが君は不可の条件 〔conditio sine qua non]知っていますね。君はどのインクで私に証文を書いて身を売らねばならないかを心得ていますね。私は君に満足を与えることによって君から儲けをえるのです」、と)−隣人のもっとも卑しい出来心に便乗し、隣人とその欲求との間の取りもち役を演じ、彼のなかに病的な欲望をおこさせて、彼の弱みをすべて探知した上で、このような親切にたいして手付金を請求するのである。」このように自己の疎外された欲求に隷属するようになった人間は、「精神的にも肉体的にも非人間化された存在(...)自己意識をもった、また、自己活動的な商品」である。こういう商品・人間は、外部の世界を所有したり消費(使用)したりすることによって、自己自身をそれに関係させる方法しか知らない。彼が疎外されていればいるほど、所有や使用の感覚がますます多く世界にたいする彼の関係を構成するようになる。「君がより少なく存在すればするほど、君が自分の生命を発現させることが少なければ少ないほど、それだけより多く君は所有することになり、君の外在化された生命はより大きくなり、それだけ君は君の疎外された本質をより多く貯蔵することになる。」 しかし、その上でフロムはその疎外を労働者に限ったことのみを否定する。それはより多層的に増幅し、全人間的事件として現れたのだ。
マルクスの疎外観については、歴史が行なった訂正がただ一つある。マルクスは労働者階級がもっとも疎外された階級であったし、したがって、疎外からの解放は必然的に労働者階級の解放から出発するだろうと、信じていた。マルクスは疎外が大多数の人びとの、ことに機械よりはむしろシンボルや人間を操作する人たちのつねに増大する部分の運命とならざるをえない限度を予見していなかった。どちらかといえば事務員や販売人や幹部役員は今日では熟練した職人よりもずっと疎外されている。後者の機能はまだ熟練だとか頼だとかその他のような或る人格的性質の表れに依存しているし、また彼は彼の「人格」や彼の微笑や彼の意見を取引で売ることを強制されてはいない。シンボルの操作者たちはただ彼らの熟練のためにのみではなく、彼をして取り扱いやすく、操縦しやすい「魅力のあるパーソナリティ的包装」たらしめている、パーソナリティ的諸特質のすべてのために雇用されている。彼らは−熟練した労働者である以上に−企業体を偶像としている真のオーガニゼーション・マシである。だが、清費に関するかぎりは、職人とビューロクラシーの成員とのあいだにはなんの差別もない。彼らはみな所有したり使用したりするための物品を、新しい物品を熱望している。彼らは彼らの総合的諸要求を満足させる物品によって束縛され弱められている、受動的な受領者であり消費者なのである。彼らは生産的に世界に関係づけられておらず、世界をその充実した現実において捉えず、またこの過程において世界と一体となってはいない。彼らは物品を崇拝し、物品を生産する機械を崇拝し−そしてこういう疎外された世界のなかで彼らは見知らぬ者でありまったく孤独であると感じている。マルクスはビューロクラシーの役割を低く評価しているにもかかわらず、彼の一般的叙述は今日まで書かれることができなかったようなものである。「生産は人間を、一つの商品、人間商品、商品という規定における人間として生産するばかりでなく、この規定に対応して、生産は人間を、精神的にも肉体的にも非人間化された存在として生産する。−労働者や資本家の不道徳、不具、奴隷主義〔Helotismus]それの生産物は自己意識をもった、また自己活動的な商品である。(...)人間商品」どの程度までわれわれ自身の作った事物や環境がわれわれを支配するようになるかを、マルクスはほとんど予見することはできなかった。だが、全人類が今日自己の作りだした原子兵器の捕虜となり、同じく自分自身が作ったものである政治的諸制度の捕虜となっているという事実以上に鋭く彼の予言を証明するものはありえないだろう。恐怖を抱いた人類は、自分が作りだした事物の成力から、自分が設定したビューロクラシーの盲目的な行為から自分が救われるかどうかを、不安げに見守っているのである。