マルクス
1844『経済学・哲学草稿』
私的所有の止揚を感性的な諸器官の解放として論じる。
1845『フォイエルバッハに関するテーゼ』
第6テーゼ
フォイエルバッハは宗教的本質を人間的本質に解消する。しかし、人間的本質は個々の個人に内在する抽象物ではない。現実には、それは社会的な諸関係の総和である。フォイエルバッハは、この現実的な本質の批判に携わろうとはせず、それゆえ無理矢理に1.歴史的経過を捨象し、宗教的心情をそれ自身にたいして固定化し、抽象的な−孤立した−人間的個人を前提とし 2.本質を、単に「類」としてのみ、内的な、無言の、多くの個人をただ自然に結びつける普遍性としてのみとらえることができるのだ。
第11テーゼ
哲学者たちは世界をさまざまに解釈してきただけである。しかし、重要なのは世界を変えることである。
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エンゲルス解釈
新しい世界観の天才的な萌芽が記録されている最初の文書
1845『ドイツ・イデオロギー』
われわれの以前の哲学的意識を清算することを決心した
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共産主義とは、われわれにとって成就されるべき何らかの状態、現実がそれへ向けて形成さるべき何らかの理想ではない。われわれは、現状を止揚する現実の運動を、共産主義と名づけている。この運動は現にある前提から生じる
現状を止揚する現実の運動という概念
1848『共産党宣言』
亡霊がヨーロッパを徘徊している─共産主義という亡霊が。古いヨーロッパのあらゆる権力がこの妖怪を狩り立てる神聖な事業のために同盟を結んでいる。ローマ教皇とツァーリ、メッテルニヒとギゾー、フランスの急進派とドイツの警察が。
1867『資本論』第一巻
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序文
ひょっとしたら誤解されるかもしれないから、一言しておこう。私は資本家や土地所有者の姿をけっしてバラ色に描いていない。そしてここで問題になっているのは、経済的カテゴリーの人格化であるかぎりでの、一定の階級関係と利害関係の担い手であるかぎりでの人間にすぎない。経済的社会構成の発展を「自然史的」過程としてとらえる私の立場は、他のどの立場にもまして、個人を諸関係に責任あるものとはしない。個人は、主観的にはどれほど諸関係を超越していようと、 社会的にはやはり諸関係の所産なのである。
第一篇
物神性
商品物神
それで、労働生産物が、商品形態をとるや否や生ずる、その謎にみちた性質はどこから発生するのか? 明らかにこの形態自身からである。人間労働の等一性は、労働生産物の同一なる価値対象性の物的形態をとる。人間労働力支出のその継続時間によって示される大小は、労働生産物の価値の大いさの形態をとり、最後に生産者たちの労働のかの社会的諸規定が確認される、彼らの諸関係は、労働生産物の社会的関係という形態をとるのである。
物神性を論ずるまえに、我々は物を基礎づける諸原理を理解しなければならない。それは第一に「労働生産物が、商品形態をとるや否や生ずる」謎の性質を有することである-これこそが物神性に他ならない。
そして第二に、基礎となるは「労働の社会的性格」である。それは上記にて「人間労働の等一性は、労働生産物の同一なる価値対象性の物的形態をとる」と説明される。これは換言するならば、特定の商品を生産するに要する労働力の同一性が、労働生産物の価値における同一性を示すことである。たとえば、特定の全く同一なる商品を生産するのに、人間が要する労働力は同一であり、例外を除き比類はない。これこそが「人間労働の等一性」である。そして同様に、同一の労働力で生産された同一の商品の価値は、これもまた同一である。こうして商品の価値は一元化=画一化されるのだ。
それゆえに、商品形態の神秘に充ちたものは、単純に次のことの中にあるのである、すなわち、商品形態は、人間にたいして彼ら自身の労働の社会的性格を労働生産物自身の対象的性格として、これらの物の社会的自然属性として、反映するということ、したがってまた、総労働にたいする生産者の社会的関係をも、彼らの外に存する対象の社会的関係として、反映するということである。この Quidproquo〔とりちがえ〕によって、労働生産物は商品となり、感覚的にして超感覚的な、または社会的な物となるのである。(...)それは、労働生産物が商品として生産されるようになるとただちに、労働生産物に付着するものであって、したがって、商品生産から分離しえないものである。商品世界のこの物神的性格は、先に述べた分析がすでに示したように、商品を生産する労働の独特な社会的性格から生ずるのである。
上記引用をもって物神性は説明可能となる。はじめに労働生産物が商品形態をとると同時に生じる「この物神的性格は、(...)商品を生産する労働の独特な社会的性格から生ずる」。それはさきに述べた第二の原理に他ならない。そして「人間労働の等一性」によって画一化された価値は、ある「Quidproquo〔とりちがえ〕」を起こすのだ。それこそが「労働の社会的性格を労働生産物自身の対象的性格として、これらの物の社会的自然属性として、反映するということ」である。労働生産物である商品とは、その商品自体に生来的に価値が内在されているのではなく、労働を通じて生産されることで、価値が生じたのである。しかし、我々はその商品自体に価値があると倒錯してしまう。たとえば林檎があるとき、それが生産される過程、すなわち労働によって価値が生じているのに対して、我々人間は林檎自体に生来的に内在する価値があるようにとりちがえてしまう。そしてその価値は「人間労働の等一性」によって画一化されているため、より確定的な価値を本来的に有していると倒錯してしまうのだ。これがいわば商品への信仰、すなわち物神性なのである。
簡易に概略ならば、商品は労働によって価値が生ずるのであり、生来的に内在するものではない。しかし、我々は商品が眼前にある場合、それ自体が価値を有していると倒錯してしまう。この現象こそが、物神性、商品への信仰なのだ。
貨幣物神
貨幣物神の謎は、商品物神の謎の、目に見えるようになった、眩惑的な謎にすぎない
第二篇
資本の一般定式
商品流通は資本の出発点である。商品生産と、発達した商品流通である商業は、資本の成立する歴史的前提をなしている。世界商業と世界市場は、一六世紀において、資本の近代的生活史を開始する。(...) 商品流通の直接の形態は W ─ G ─ W である、すなわち、商品の貨幣への転化および貨幣の商品への再転化であり、買うために売ることである。
これは非常にわかりやすい。なぜならこの定式とは貨幣の基本機能だからに他ならない。私たちは生活をする時、なにか商品をつくり、それを売ることで貨幣を得て、その貨幣でほかの者がつくった商品を買う。林檎を栽培し、売却。得たお金で、建築された住居を購入することでW ─ G ─ Wが成される。しかし、マルクスにしてみればもう一つ重要な形態がある。それがかの有名な資本の一般定式G-W-G'である。
われわれには、第二の特殊なちがった形態がある。すなわち G ─ W ─ G という形態であり、貨幣の商品への転化および商品の貨幣への再転化であって、売るために買うことである。この後の方の流通を描いて運動する貨幣は、資本に転化され、資本となる。そしてすでにその性質からいえば、資本である。流通 G ─ W ─ G をもっと詳しくみよう。この流通は、単純なる商品流通に等しく、二つの対立した段階を通過する。第一の段階 G ─ W すなわち買いにおいては、貨幣は商品に転化される。第二の段階 W ─ G すなわち売りにおいては、商品は貨幣に再転化される。そして、両段階の統一が、貨幣を商品にたいして、また同じ商品を再び貨幣にたいして交換する総運動であって、売るために商品を買うのである。言いかえれば、もし買いと売りとの形式的な差異を無視すれば、貨幣をもって商品を買い、商品をもって貨幣を買うのである。全過程が消えて残る結果は、貨幣の貨幣にたいする交換 G ─ G である。私が一〇〇ポンドで二〇〇〇封度の綿花を買い、二〇〇〇封度の綿花を、再び一一〇ポンドで売るとすれば、私はけっきょく、一〇〇ポンドを、一一〇ポンドにたいして、交換したことになる。すなわち、貨幣を貨幣にたいして交換したのである。(...) もし流通過程 G ─ W ─ G というり路をとおって、同一の貨幣価値を同一の貨幣価値と、したがって、例えば一〇〇ポンドを一〇〇ポンドと交換しようとするのであれば、この過程が、無意味であり、無内容なものになるだろうということは、もちろん明瞭なことである。(...) 貨幣は、特別の、そして独自の運動を描いたのであって、単純なる商品流通におけるとは、例えば穀物を売ってそれで得た貨幣で衣服を買う農民の手中におけるとは、全くちがった種類の運動をなしているのである。(...) 買い手が貨幣を支出するのは、売り手として貨幣を収得するためである。彼は、商品の買いに際しては、貨幣を流通に投ずる。これを、再び同じ商品の売りによって流通から引出すためである。彼は、貨幣をただ、再び手に入れるという狡獪な意図をもってのみ、手放すのである。したがって、貨幣は、ただ前貸しされるだけである。(...) 最初に前貸しされた貨幣額プラス増加分である。この増加分、すなわち最初の価値をこえる剰余を、私は剰余価値(surplus value)と名づける。したがって、最初に前貸しされた価値は、流通において自己保存をするだけでなく、ここでその価値の大いさを変化させ、剰余価値を付加する。すなわち、価値増殖をなすのである。そしてこの運動が、この価値を資本に転化する。
ここに目的の反転が生じる。「買うために売ること」ではなく、「売るために買うこと」とは、商品の変換を目的とし、その媒介をなす存在としての貨幣から、貨幣の増殖を目的とし、その媒介をなす存在としての商品への転換である。すなわち「第一の形態では貨幣が、第二の形態では逆に商品が、全体の進行を媒介している』のだ。そして変換と増殖というそれぞれの目的も非常に重要である。「単純なる商品流通においては、両極は同一の経済形態をもっている。それらはともに商品である。それらは、また同一価値量の商品でもある。しかし、それらは、質的にちがった使用価値であって、たとえば穀物と衣服である。生産物交換、すなわち社会的労働の表わされているちがった素材の交替が、ここでは運動の内容をなしている。」そして他方で変換ではなく、増殖。これこそが資本運動の特徴である。ウォーラーステインは資本主義の定義として自己増殖という言葉を用い、同時に資本主義の成立条件として、円環の完成を論じる。まさにマルクスも同じように、この無限の円環を以下のように叙述する。
G ─ W ─ G なる形態において(...)貨幣の第一の出発点への還流をもたらす。(...) W ─ G ─ W なる循環は、一商品の売却が貨幣をもたらし、この貨幣を、他の商品の買いが、再び持ち去るや否や、完全に終わる。(...) W ─ G ─ W なる循環は、一つの商品の極から発出して、他の商品の極をもってとじられる。この商品は、流通から出て消費に帰着する。したがって、消費、すなわち欲望の充足、一言でいえば、使用価値が、その最終目的である。これに反して、G ─ W ─ G なる循環は、貨幣の極から発出して、結局同じ極に帰着する。したがって、その推進的動機と規定的の目的は、交換価値そのものである。(...) 貨幣は、運動の終わりには、再び運動の発端として出てくる。売りのための買いが行なわれる各個々の循環の終結は、したがって、おのずから新しい循環の発端をなしている。単純なる商品流通買いのための売りは、流通の外にある終局目的にとって、すなわち、使用価値の取得、欲望の充足ということにとって、手段としての用をなしている。これに反して、資本としての貨幣の流通は、自己目的である、なぜかというに、価値の増殖は、ただこのたえず更新される運動の内部においてのみ存するのであるからである。したがって、資本の運動は無制限である。
終局があり、いずれ閉ざされる円環を有す商品流通に対し、無制限にどこまでも連なる円環、「この運動の意識的な担い手として、貨幣所有者は資本家となる。彼の一身、またはむしろその懐は、貨幣の発出点であり、帰着点である。かの流通の客観的内容価値の増殖は、資本家の主観的な目的である」。こうして資本家の手を借りて価値は絶えず自己増殖していく。資本主義において人間とは主体ではなく、むしろ資本家と商品と貨幣の力を借りて、価値が主体として、自らを自己増殖していくのである。
価値は、たえず一つの形態から他の形態に移行して、この運動の中に失われることがなく、かくて自動的な主体に転化される。増殖する価値が、その生涯の循環において、かわるがわるとる特別の現象諸形態を固定すれば、人は、資本は貨幣であり、資本は商品である、という声明を受取ることになる。しかし、実際においては、価値はここでは一つの過程の主体となる。この過程で価値は、貨幣と商品という形態の不断の交代の下にあって、その量自身を変化させ、剰余価値として、原初の価値としての自分自身から、突き放し、自己増殖をとげる。なぜかというに、価値が剰余価値を付け加える運動は、彼自身の運動であり、彼の増殖であり、したがって、自己増殖である。価値は、自分が価値であるから、価値を付け加えるという神秘的な性質を得る。価値は生ける赤児を生む、あるいは少なくとも金の卵を生む。価値は、あるときは貨幣形態や商品形態を採り、あるときはこれを脱ぎすてるのであるが、とにかくこの交替の間に自己を保持し、自己を拡大してゆく。このような過程の積極的な主体として、価値は、とくに一つの独立した形態を要求する。これによって、彼の自分自身との同一性が、確証される。そしてこの形態を、彼はただ貨幣においてのみもつ。したがって、貨幣は、すべての価値増殖過程の出発点をなし、またその終局点をなしている。(...)こうして、価値は自己過程的の価値となり、自己過程的の貨幣となる。そしてこのようなものとして、資本となる。価値は流通から出てくる。再びそこにはいる。その中に自己を保持し、殖える。ここから増大して帰ってくる。そして同一の循環を、つねにまた新たに始める。
第七篇
資本主義史観
プロレタリアートの誕生
資本主義とは「一方には、その有する価値額を他人の労働力の購入によって増殖することを必要とする貨幣、生産手段、生活手段の所有者、他方には、自分の労働力の販売者であり、したがって労働の販売者である自由な労働者」、プロレタリアート、すなわち賃金労働者が位置づけられる。ではプロレタリアートとはそもそもなんと定義できようか。マルクスは資本家と対比させつつ、次のように論ずる。
自由な労働者というのは、奴隷、農奴等のように彼ら自身が直接に生産手段の一部であるのでもなく、自営農民等におけるように生産手段が彼らに属するのでもないという、二重の意味においてであって、彼らは、むしろ生産手段から自由であり、離れ、解かれているのである。(...)直接生産者、労働者は、彼が土地に縛りつけられていて他人の農奴または隷農となっていることをやめた後に、初めてその一身を、自由に処理することができた。彼の商品が市場を見出すところへはどこへでもそれを持って行くという、労働力の自由な売り手となるためには、彼はさらに同職組合の支配、その徒弟および職人の制度や、阻害的な労働規定から解放されていなければならなかった。
本来、生産者と生産手段とは密接であった。たとえば封建社会において、農民は共同地や借地農場をもつ。したがって農民は土地に縛られ、すなわち生産者は生産手段に縛られる生活を余儀なくされていたのだ。その意味で近代化とは「生産者と生産手段との歴史的分離過程にほかならない」。ゆえに、封建主義から資本主義へと移行する第一段階こそが、根幹たる生産手段、すなわち土地からの解脱である。したがってマルクスは次のように云う。
農業生産者からの、農民からの土地収奪は、全過程の基礎をなす
まさに農民からの土地収奪とは、生産者から生産手段を剥奪されることであり、生産者と生産手段の分離そのものを意味する。よって土地収奪こそが、封建社会から資本主義への移行を齎したのだ。しかし、それは生産手段からの解放といえば聞こえはいいが、そんななまやさしいものではない。農民にしてみればそれは「突如暴力的にその生計手段から引き離され」ることに他ならず、「旧来の封建的諸制度によって与えられていたすべての生存保証とを奪われた後に、初めて彼ら自身の売り手となる。そして、かような彼らの収奪の歴史は、血と火の文字をもって、人類の記録に書きこまれているのである」。では具体的にどのようにしてその収奪、「暴力的収奪」が起きたのか。そうした事件は各国に共通しながらも、それぞれがそれぞれの経緯を辿る。よってその典型としてマルクスはイギリスにおける収奪過程を紹介する。
彼らは、本来の農民とともに共同地の用益権を与えられていて、そこには、彼らの家畜が放牧されるとともに、彼らの燃料となる薪や泥炭等を産した。ヨーロッパのすべての国において、封建的生産は、能うかぎり多数の封臣のあいだに土地を分割することを、特徴としている。(...)資本主義的生産様式の基礎を創出した変革の序曲は、一五世紀の最後の三分の一期と一六世紀の最初の数十年間に起こった。(...)大封建領主が、彼自身と同様に農民も同じ封建的権利を有していた土地から、農民を暴力的に駆逐することによって、また農民の共同地を横領することによって、比較にならないほど大きなプロレタリアートをつくり出したのである。これに直接の原動力を与えたものは、イギリスでは、とくにフランドルの羊毛工場手工業の勃興と、それに対応する羊毛価格の騰貴とだった。古い封建貴族は大きな封建戦争に食い尽くされていたし、新たなそれは、貨幣をもって、権力中の権力とするその時代の子だった。かくて耕地の牧羊場化は、彼の合言葉となった。ハリスンはその『イギリス記。ホリンシェッドの年代記に題す』で、小農民の収奪が、いかに国を荒廃させているかを叙述している。What care our great incroachers!(われわれの大横領者が何を顧慮しようか?)農民の住居と労働者の小屋とは、暴力的に取り壊され、あるいは腐朽にまかされた。ハリスンは言う、「各騎士領の古い財産目録を比較してみるならば、無数の家屋と小農民経営とが消滅していること、農村は以前よりもはるかにかな人々を養っていること、二、三の新しい都市が興ったとはいえ多くの都市は衰微していること、を見出すであろう。牧羊場にするために破壊されて、ただ領主の家しか残っていない町や村についても、語ることができないことはない」
概略するならば、一五世紀では多くの農民が共同地や借地農場で自らの生産活動を行っていた。しかし、次第に封建領主は共同地を取りあげることとなる。そして、それを第一に推進させるは-ハリスンが論じるように-羊毛価格の高騰であり、それは封建領主を共同地の牧羊場化することに駆りたてた。また、それは借用地においても同様であり、こうした動きはヘンリー七世によって更に促進される。
『ヘンリー七世の治世』の中で、ベーコンは次のように言っている。「当時」(一四八九年)「少数の牧夫によって容易に管理される牧場」(牧羊場等)「に、耕地が転化されることについて、苦情が増した。そして有期、終身、年契約の借地農場(自由農民の一大部分がこれによって生活していた)が、領主直営地に転化された。このことは人民の衰頽を生ぜしめ、その結果として都市、教会、十分の一税の衰微をもたらした。この弊の救治にあたって、当時の王と議会の賢明さは、驚嘆に値するものがあった。彼らは、この人口を減らすような共同地横領(depopulating inclosures)と、それにつづく人口を減らすような牧場経営(depopulating pasture)を阻止する方策をとった」。一四八九年のヘンリー七世の一条例の第一九章は、最低二〇エーカーの土地が付属しているすべての農民家屋の破壊を禁止した。ヘンリー八世第二五年の一条例では、同じ法律が更新される。なかんずくこう述べている、「多くの借地農場と家畜の大群、とくに羊が、少数の手に集積され、それによって地代は甚だしく増大して、耕作(tillage)は甚だしく衰退し、教会や家屋は取り払われ、驚くべき多数の人民が自己および家族を養うことを不可能にされる」と。
こうして共同地や借地農場は、封建領主の直営地となり、「人間の大群が突如暴力的にその生計手段から引き離されて、無保護のプロレタリアとして労働市場に投げ出され」た。こうした事態こそ生産者から生産手段をひき剥がす「暴力的収奪」に他ならない。イギリスにおいては、かくして生産者は生産手段を失い、労働者へと転ずるのである。またこうした「民衆の暴力的収奪過程は、一六世紀には、宗教改革とそれにともなう教会所領の大規模な盗掠とによって、新たな怖ろしい原動力を与えられた」などとして、更なる加速の一途をゆく。
こうした暴力的な収奪によって土地を追われた農民たち。しかし悲劇的なことよ。その果てに待ちうけるは封建的搾取の資本主義的搾取への転化、すなわち領主-農民に次ぐ、奴隷関係、資本家-労働者の時代である。
資本家の誕生
無保護なプロレタリアの暴力的創出、彼らを賃金労働者に転化する血の訓練、労働の搾取度とともに資本の蓄積を警察力によって高める元首や国家の卑劣な行為、これらを考察した後に、次に問題となるのは、資本家は最初はどこから来たのか?ということである。なぜならば、農村民の収奪は、直接には大土地所有者をつくり出すだけだからである。
1885『資本論』第二巻
第一篇
第一章 貨幣資本の循環
本章で論じられるは言わずと知られた資本の一般定式G-W-G'である。はじめにマルクスはそれを概略してくれる。
資本の循環過程は三つの段階をなして進むものであり、これらの段階は、第一巻の叙述にしたがえば、次のような順序をなしている。第一段階。資本家は商品市場と労働市場に買い手として現われる。彼の貨幣は、商品に換えられる、すなわち流通行為 G ─ W を通過する。 第二段階。資本家による購入商品の生産的消費。彼は資本家的商品生産者として活動する。彼の資本は生産過程を通過する。結果は、その生産諸要素の価値以上の価値をもつ商品、である。第三段階。資本家は売り手となって市場に帰る。彼の商品は貨幣に換えられる、すなわち流通行為 W ─ G を通過する。
1994『マルクスとアソシエーション』
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序論−アソシエーション概論
第一に筆者は、マルクスの論じた未来社会を「アソシエーション」として把握する視点が、マルクスに一貫したものであることを示すため、代表的事例の列挙を実施する。
「労働する階級はその展開の経過の中で、古い市民社会に代えて、諸階級とそれらの間の対立を排除するようなひとつのアソシェーションを置くだろう。そして本来の政治的権力は、もはや存在しないだろう」(『哲学の貧困』MEGA"1-6-227)。「諸階級と階級諸対立をともなう古い市民社会に代わって、各人の自由な展開が万人の自由な展開の条件であるような、ひとつのアソシエーションが出現する」(『共産党宣言』MEW4-482)°「これに対して協業は、たとえばオーケストラの場合のように、指揮者が不可久なかぎりは、それが資本の諸条件のもとで受け取る形態と、その他の、たとえばアソシエーションのもとで受け取る形態とはまったく異なる。ここ[アソシェーション]では指揮は他の労働と並立する一機能として・・・・・遂行されるのである」(『経済学批判草稿』一八六一~六三年』MEGA211-3-236)。「その[協同組合運動の]偉大な功績は、資本の下への労働の従属という、現在の窮民化させる専制的システムが、自由で平等な生産者たちのアソシェーションという、共和制的で共済的なシステムによって取って代えられうるということを、実践的に示した点にある」(『暫定総評議会代議員への個々の問題に関する通達』MEGA21-20-232)。「そのときにのみ、階級区別と諸特権は、それを生む経済的基礎とともに消滅し、社会は自由な「生産者たち」のひとつのアソシェーションに転化させられるだろう」(『土地の国民化についえ』(Nationalisierung)MEW18-62)。「生産手段の国民的集中は、共同の合理的プランにもとづき意識的に活動する、自由で対等な生産者たちの諸アソシェーションからなる一社会の自然的基礎となるだろう」(同右、MEW18-62)。「もし社会の資本制的形態が揚棄されていると想定し、アソシェーションとしての社会を想定すれば、一〇クォーター[の穀物]は一ニポンド〔の貨略]に含まれている社会的労働時間の量を表すだろう」(『資本論』第三部草稿、MEGA2II-4-772,MEW25-6730)。これらから明らかなとおり、「ひとつのアソシエーション」と「諸アソシェーションからなる一社会」という微妙な表現の違い(*1)を含みつつも、マルクスが、ほぼ一八四七年以降、ポスト階級社会、ポスト「市民社会」としての未来社会を構想する際に、生産手段の「共同所有」、「共同の合理的プラン」にもとづく生産、と並べて、「自由な「生産者たち」のアソシェーション」を基本指標として提示していることが了解される。
そして次に分詞形容詞である「アソシエイト」の代表例をまた列挙する。
「奴隷労働や農奴労働と同様、賃金労働もまた、単に過渡的で下位の社会的形態にすぎず、自発的な手、強健な精神、陽気な心をもって製品をつくるアソシェイトした労働の前に消滅するよう定められているのだ」(『国際労働者アソシェーション創立宣言』MEW16-11/12)。「資本制的株式諸企業は、協同組合諸工場と同様、資本制的生産様式からアソシエイトした生産様式への移行形態とみなしうる」(『資本論』第三巻、MEW25-456)。「資本制的生産様式からアソシエイトした労働の生産様式への移行の期間中、借用制度が強力なテコとして役立つことは疑いない」(『資本論』第三巻、MEW25-621)「労働の奴隷制の経済的諸条件を、自由でアソシエイトした労働の諸条件によって取り替えることは、時間を要する漸進的な仕事でしかありえない」(『フランスの内乱』第一章稿、MEW17-$46)。
しかし、マルクスにおいて「アソシエーション」概念は事実上抹消され続けてきた」。これは歴史的事実である。そしてアソシエーションという概念がマルクスにおいて重要なのは引用において明らかであるが、上記で示したばかりではない。何よりもアソシエーションという概念は、マルクスがフランス語を訳さずして、何作も跨ぎ、援用している点にあるのだ。
「アソシエーション」はもともとドイツ人にとっては外来語であるからだ。マルクスと同時代のL・シュタインは、仏語のassociationをGesellschaftungと独訳しようと試みているが、マルクスがAssoziationと外来語のまま用いたのは、英仏の当時の先進的運動を普遍化する意図を持っていたからだと思われるのである。
ではなぜアソシエーションは抹消され続けたのか。そこで筆者が論じるのは、下部構造/上部構造という二元論である。筆者はマルクスの直接的で素直な読解をもって、ステレオタイプの打開を試みる。それはマルクスの社会四元論である。「第一は物質的生活の生産・再生産の領域、第二は社会的生活過程、社会的編成ないし社会組織の領域、第三は政治的生活過程ないし国家的編成の領域、第四は精神的生活過程ないしイデオロギーの領域である」。そして重要なのはこの段階における二段階、すなわち「社会的編成(diegesellschafelicheGliederung)」(H1-27)や「社会的生活過程(dersozialeLebensprozeB)」(MEW13-9)と呼ばれるものだとするのだ。したがって、「第二領域の位置づけの久如は、その意味でいわゆる「唯物論的歴史観」全体に、きわめて大きな歪みをもたらすこととなった」とするのだ。そしてその象徴こそが、「社会的編成」を単なる世相的なものと論じた日本の代表的唯物論哲学者の古在由重の引用である。
マルクス「アソシェーション」論にこれまで光があたらなかった〈理論的な〉理由として大きいのは、「社会的編成(diegesellschafelicheGliederung)」(H1-27)とか「社会的生活過程(dersozialeLebensprozeB)」(MEW13-9)というマルクスのカテゴリーを、われわれは「読み」ながら「読め」ていなかった、ということであるように思える。この点はぜひ〈理論的に〉総括しておかねばならない。周知のとおり、マルクスのいわゆる「唯物論的歴史観」は「資本論」に匹敵するような理論的完成度をもつものと考えることはできない。(...)大枠としては、マルクスはつねに四分割的に考えていたことが了解されるであろう。第一は物質的生活の生産・再生産の領域、第二は社会的生活過程、社会的編成ないし社会組織の領域、第三は政治的生活過程ないし国家的編成の領域、第四は精神的生活過程ないしイデオロギーの領域である。そういう四分割的整理をした上で、第一領域のあり方が他の諸領域を基本制約するものだと了解しようとしているのである。しかも第二領域(社会的編成)→第三領域(国家的編成)→第四領域(イデオロギー)というこの順序に注目しておかねばならない。マルクスにとって政治過程(第三領域)は「社会の公的総括」の過程およびその制度であって、第二領域(社会的編成)の展開を論理的に前提してはじめて、政治過程は概念把握できるのである。第四領域(イデオロギー)が第一領域だけでなく、第二、第三領域の展開を論理的に前提(イデオロギーの内容としても、機能としても、イデオロギー主体の「社会的位置」としても)してはじめて内在的に了解されることも、いうまでもないだろう。第二領域の位置づけの久如は、その意味でいわゆる「唯物論的歴史観」全体に、きわめて大きな歪みをもたらすこととなった。その理由は端的にいって、種々の歴史的事情のために、「唯物論的歴史観」に期待された主たる機能が、社会的現実の批判的概念把握のための「導きの糸」であることから、党派的態度決定を確認する「試金石」へと退行してしまった点に求められねばならないだろう。いわゆる「土台/上部構造」論とか「社会存在/社会意識」論が、「哲学の根本問題」の応用編として振り回され、党派的態度決定を端的に表すものと解釈されてきたのは周知のところである。ところが、そういう「読み」方からすると、逆にマルクスの言う「社会的生活過程」は謎になってしまった。たとえば戦前戦後にわたる日本の代表的唯物論哲学者の古在由重は、「物質的生活の生産様式は、社会的・生活過程一般を制約する」という先の命題について、「それが何を意味するかは、ここでは明らかでない」と書いている。そこで彼は苦労して次のように「読む」ことになる。経済、政、思想の区分だけでは「いつも割り切れずに残される」領域としての、新聞の「社会面」で扱われる「世間」(「世相」「世態」「世情」という場合の「世」)、つまり「社会の物質的土台を包む表皮層」こそが、この「社会的生活過程」にあたるのではないか、と。「史的唯物論は、社会の物質的土台とその上部構造との関係を究明した。これは的確な社会解剖学である。しかし、さらにこまかく見れば、おそらく両者の間に物質的土台から分泌される皮膜状の界域の存在を想定すべきではなかろうか。そしてこの界域は同時にまた上部構造の乱射にも身をさらしている」(*9)というわけである。旧来の「マルクス主義的」マルクス解釈の久陥がここに明瞭に現れているように思われる。繰り返しいえば、「土台/上部構造」関係だけで上の四分割を了解しようとすると、当然のことながら第二領域は処理できなくなる。そこで「土台の表皮」で、かつ「上部構造の乱射圏」でもある、土台と上部の(境界)が第二領域だ、という奇妙な議論の組み立てに陥ってしまったのではないか。
すなわち「諸個人はかならず一定の部分社会ないし全体社会の「諸成員(Glieder)」としてあり、部分社会も全体社会の「分肢(Glied)」としてある、というように、「社会」において諸個人はつねに「編成されて(gegliedert)」あり、諸個人はそういう意味で「社会的な生活過程」を営んでいる」のだ。よって経済モデルの上に、それに制約された形で社会の成員がどのように編成されているのか、そしてそれがどのように政治運用されているのか、最後にイデオロギーという順序となっているのだ。例えば再分配の上に、身分的編成があり、その上に君主制があり、その上に絶対主義があるのだが、よくある二分法はこれを再分配と君主制だとか、再分配と絶対主義だとかに暴力的に還元するのである。
しかし、マルクスの文章を素直に「読め」ば明らかなように、マルクスはある社会の「社会的編成」のあり方、つまり「家族や身分や階級のこれこれの組織」として諸個人が社会的に編成されているあり方、このあり方が、彼らの物質的生活の生産の様式によって基本制約されていると書いているのである。もう少しくわしくいえば、社会の氏族(部族)的民族的編成、家族的編成、身分的編成、階級的編成、都市/農村構造、それに産業的非産業的諸集団、こういったものの一定の全体編成へとして見られたそのときどきの社会は、マルクスでは、何よりもまず、その社会において諸個人が営む物質的生活の生産の様式という視点から光をあてつつ、基本了解されるのである。そして、このように編成された「社会」から、独自に分節化してくる「社会の公的総括」過程(政治過程)ないし「社会の公的総括」組織(国家)を第三領域として、とくに別途に論じなければならないとしているのである。さらにまた、このように社会的政治的に編成されつつ物質的社会的政治的生活過程の中にある諸個人が、その中の一定の「実践的生活位置から」(H-72)この生活過程自身を意識の対象にしている、その意識様式を扱うのがイデオロギー論(第四領域)なのである。
筆者はこの社会的編成をマルクスに倣った上で四つに類型化する。そして、ここにこそアソシエーションの存在が現れるのだ。
①自生的共同体
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このタイプをわれわれは「経済学批判要綱」の「資本制生産に先行する諸形態」と表題が付された箇所で読み取ることができる。「自生的共同体」では、諸個人は「共同体の自然的成員」(MEGA211-1-394)なのであって、自由意志的に社会を形成しているのではない。いわば生まれ込むのである。まだ個人が〈目的として〉定立されておらず、「諸個人は非自立的で、より大きな共同体に帰属する(gchorig)ものとして現象する」(MEGA?I1-1-22)。諸個人は「身分帰属者などとして、ひとつの[固定的な]規定性(Bestimmtheit)の中にある諸個人として相互の関係に入り込む」にすぎない。しかもこの「規定性は個人の、他の諸個人【家父、族長、主人、玉など]による〈人格的〉制限として現象する」(MEGA2II-1-96)。したがってまた、ここでは社会的権力も「諸人格の上なる諸人格」(MEGA2I1-1-90)として現象するのである。対外関係で見れば、この「自生的共同体」は自足的、閉鎖的でローカルである。
この編成において重要なものは、「自由意志的に社会を形成しているのではない。いわば生まれ込むのである」ということにある。すなわち、極めてゲマインシャフト的な組織形態であり、最も原初的な編成であると言える。そして、ここでいう「諸個人は非自立的」であるということは、②の引用に呼応する。「人間は歴史的プロセスを通ってはじめて自分を個別化する(vereinzeln)。人間は本源的には類存在、部族存在、群棲動物として現象する」。
②商品交換社会
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このタイプは、いうまでもなくマルクス商品論から読み取ることができる。「自生的共同体」が「市民社会」によって漸次的に代位されていく過程で、もっとも強力なインパクトとして働くのは商品交換であった。たとえばマルクスは次のように書いている。「人間は歴史的プロセスを通ってはじめて自分を個別化する(vereinzeln)。人間は本源的には類存在、部族存在、群棲動物として現象する。(...)交換自身がこの個別化の主要手段である。交換は群棲存在を不要にし、それを解体する。そうなるや否や事態は次のようにネジ曲がってしまう。つまり個別化されたものとしての人間が、もはや自分自身にしか関係せず、しかしまた、自分を普遍的共同的にすることが単に自分を個別化されたものとして定立するための手段となってしまう、ということである。(...)市民社会ではたとえば労働者は純粋に客体喪失的(objektivlos)主体的に定在しているのであるが、彼に対時している物件が、今や真の共同体[共同存在]となったのであって、彼はそれを食い尽くそうとして、それに食い尽くされるのである」(MEGA2II-1-400)この第二基本型は、分業(分析)と交換(総合)の自生的システムである。各人は私的利益を追求しつつ、もっぱら物件を介して自生的結果的にこの社会関係を形成している。
ここで重要なのは、①から②への移行がいかにして生じるかである。そして上記にあるようにそれこそが交換なのだ。「諸個人は非自立的」であったがゆえに彼らは「部族存在、群棲動物として現象する」が、交換によって個人が自立的になると、「群棲存在を不要にし、それを解体する」のである。ここに①から②への移行が生じるのだ。
ここではじめて個人が〈目的〉として登場するが、その個人とは、自由に私的利益を追求しあうところの物件の私的生産・所有・交換主体、つまり「私的個人」(マルクスの意味での)である。「共同存在(Gemeinwesen共同体)」は物件の側(「商品世界」)に移ってしまっており、諸個人から自立してしまっていて、これが危機(恐慌)の局面で諸個人を圧倒する威力として諸個人の前に現象してくる。この商品交換社会では社会的権力も物件的権力(貨幣ないし資本の権力)として現象する。
③権力社会
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これを典型的に描いているのは、『資本論』の「資本による労働の実質的包摂」を論じた箇所であろう。「彼ら賃金労働者たちの諸機能の関連づけも、生産体全体としての彼らの統一も、彼らの外部に、彼らを集めて束ねる資本の中にある。彼らの諸労働の関連づけは、したがって、観念的には資本家のプランとして、実践的には資本家の権威として、彼らの行為をおのれの目的に服属させんとする他者の意志の権力として、彼らに対時するのである」(MEW23-351)つまりこの社会の型では、諸個人が彼らの「統一」、彼らの「共同性(Gemeinschaft)」を、彼らの上に立つ特定の個人ないし集団の排他的独占的機能として「外化」することによって、社会が社会として成立しているのである。同じく『資本論」価値形態論の第二形態から第三形態への移行の箇所を想起されたい。あの「商品世界」の中で某商品が「普通的等価物」という「役割を演ずる」機能を排他的に獲得するや否や、貨幣支配の成立というかたちで「商品世界」は「商品世界」としてはじめて「総括」されたのである。「商品世界の内部で普遍的な等価物の役割を演じるというのが、その特殊な社会的機能となりしたがってその社会的独占となる。この諸商品の中の特権的地位を、・・・・・ある特定の商品、つまり金が歴史的に獲得したのである」(MEW23-83/84)。
④アソシエーション
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このタイプは、自由な諸個人が共同意志にもとづいて活動や物件を結合することによって形成する社会である。したがって、このタイプの社会は歴史的には「交換社会」の中で発達する。なぜなら、交換関係に入るには「相互に私的所有者として承認しあわねばならず」、また「一方は他方の意志といっしょにだけ、したがって各人は両者に共通な意志行為を介してだけ」交換できるにすぎないからである(MEW23-99)。こういう文脈で、〈東方の専制国家、西方のアソシェーション〉というマルクスの基本図式も提出されてくる。「[運河や灌漑など]水の節約的共同利用が無条件に必要であるということは、西方ではたとえばフランドルやイタリアのように私的経営体をヴォランタリー・アソシエーションへと促したのであるが、ヴォランタリー・アソシエーションを生むにはあまりに文明が低く、領域が広すぎた東方では、政府という集中させる権力の介入を必要とした」(『イギリスのインド支配』一八五三年、MEGA21-12-170)。
「「交換社会」の中で発達する」アソシエーションとは以下で詳しく例示されているが、株式会社や労働組合なんかが該当する。これはまさに資本主義から生み出された次の地平への萌芽なのだ。これをもって最後の結びへと入る。
さて、現実の社会ではこれら基本型が複雑に編成され交錯している。たとえば資本制が発達した近代市民社会の場合で見れば、第二基本型の「交換社会」をベースに、資本による生きた労働に対する支配が組織されている(第三基本型)。同時に資本所有者は株式会社という「直接アソシェイトした諸個人の資本」(MEW25-452)として、また労働者は労働組合などとして、第四基本型で組織されている。非労働領域では同好同などのアソシェーションが無際限に「泡立って」いる(*10)。第一基本型もまた、きわめて収縮した形態ではあるが、核家族として、また周辺/辺境地域のコミュニティーとして再生産されているのである。では、人類史としてマクロに見ればどうか。「諸階級と階級諸対立をともなう古い市民社会に代わって、各人の自由な展開が万人の自由な展開の条件であるような、ひとつのアソシェーションが出現する」(MEW4-482)という『共産党宣言』の有名な表現からうかがえるように、マルクスは、単純化すれば「市民社会」から「アソシェーション」へ、という歴史展望を持っていたわけである。では、「市民社会」以前はどんな社会であったのか。『経済学批判要綱』の「資本制生産に先行する諸形態」に依拠して言えば、マルクスはそれを、「本源的(urspringlich)」ないし「自生的(naturwichsig)」な「共同体(Gemeinwesen)」と、そのさまざまな「変容(Modinikationen)」形態として、さらにそれら「共同体」のうちのいくつかについては、その上に奴隷制や封建制を「二次的に」展開しているような社会として、了解していたと見てよいだろう。そのような視点に限定してマルクスの人類史了解を図式化すると、①自生的共同体とその諸変容→②「市民社会」→③「アソシエーション」という成層的展開が見えてくる。ではいったい、もともと「市民社会」の内部で展開されはじめた第四基本型である「アソシェーション」が「市民社会」そのものに取って代わるとはどういうことなのだろうか。まさにこの問いとともに、われわれは「マルクスとアソシエーション」の問題に入ることになるのである。
ここで重要なのは「①自生的共同体とその諸変容→②「市民社会」→③「アソシエーション」という成層的展開」であり、いわば権力社会とは自生的共同体の諸変容であると同時に、時に商品交換社会と共に市民社会を成すと整理できる。よって、自生的共同体、権力社会、商品交換社会とはアソシエーション社会への数直線上に位置するのだ。
第一章 ルソーのアソシエーション論
『クロイツナ・ハート』−『社会契約論』におけるルソー的アソシエーション論
マルクスは結婚する時期のいわゆる『クロイツナハ・ノート』(一八四三年夏)でルソー『社会契約論』からの詳細な抜き書きをおこなっている。アソシエーションの用例をたどってマルクスの文献をあたっていくと、最初に出くわすのは意外なことに、一九世紀前半のイギリスやフランスの社会主義者たちや労働者アソシェーション運動にかかわってのものではなく、ルソー「社会契約論」(一七六二年)からの抜き書きなのである。注目すべきは、ルソーがそこで国家ないし「政治体(corpspolitique)」を「アソシアシオン」組織として構成しようとしていることである。この事実は、ともすればマルクス「アソシェーション」論をもっぱら初期社会主義との関連でだけ見て、アソシェーションを非政治的反国家的性格のものに限定してしまいがちな、従来のマルクス解釈視点の狭さを、われわれに示唆しているように思われる。
そこで筆者は第一にマルクスによる「社会契約論」の抜き書きからassociationの語を含む段落を訳出する。これを私的にサマライズするならば、第一の引用では、あるアソシアシオンの一形態を探ることこそが趣旨であり、その条件が次の三つである。はじめにそれは「人身と財」の保護を目的とし、次に人身と財を守るという目標において連帯し、しかし、同時にそれ以外の点において自由である社会契約なのだ。第二の引用では、アソシアシオンにおける集合的意志の優位をその趣旨としている。すなわち、権威主義的な特殊意志ではなく、「モラル的集合」意志、「共同の自我」の優位である。そして、第三で論じられていることは、党派が国家より強くなると、人々は「市民」としてではなく「党員」として投票し、政治は公共善ではなく派閥利益で動くことにある。結果として「国民の数だけ意志がある」のではなく「党派の数だけ意志がある」状態になる。ゆえに「その場合には人間と同数の投票者は存在せず、アソシアシオンと同数の投票者となってしまう」のだ。そして第四で論じられていることは主体の議論である。すなわち、『PSYCHO-PASS』的にいうならば「法が人を守るんじゃない、人が法を守るんです。これまで悪を憎んで正しい生き方を探してきた人々の思いが、その積み重ねが法なんです。それは条文でもシステムもでもない。誰もが心に抱えている脆くてかけがえのない想いです。」
「すべての共同の力でもって、各アソシェ[アソシアシオン成員]の人身と財を守り保護するような、またそれによって各人は万人に結びつき、にもかかわらず自分自身にしか服従せず、従来同様自由であるような、アソシアシオンの一形態を発見すること。これこそ社会契約が解を与えるべき根本問題である」(MEGA2IV-2-91)。「アソシアシオンの行為は、ただちに、各契約者の特殊な人格に代わって、モラル的集合的団体を生産する。それ[団体]は、集会(assemblee)の有する投票数と同数のメンバーから構成され、同じ[アソシアシオンの]行為からその統一、その共同の自我、その生命と意志を受け取る。この公的人格は、・・・・・シテ[都市国家].....共和国・・・・・または政治体。それは、受動的な[法に従う]場合は[Etar国家]、能動的な[法を制定する]場合はsouverain[主権]、その同類のものとの比較においてpuissance[権力]と、メンバーたちによって呼ばれる。アソシェについていえば、彼らは集合的にはpeuple[人民]という名称を持ち、個別には、至上の権威に参加するものとしてはcitoyens[市民]、国家の法に従うものとしてはsujets[臣民]と呼ばれる」(MEGA?IV-2-92)°「部分的アソシアシオン〔党派]が大アソシアシオン[政治体]を犠牲にしてつくられると、これら[部分的]アソシアシオン各々の意志が、そのメンバーに対して一般的[意志]となり、国家に対しては特殊的[意志]となる。その場合には人間と同数の投票者は存在せず、アソシアシオンと同数の投票者となってしまう」(MEGA2IV-2-94)(*ー)。「法は本来、市民的アソシアシオン(associationcivile)の条件でしかない。法に従う人民がそれをつくるのでなければならない」(MEGA?IV-2-96)
そしてこの四つの引用から著者はルソー的アソシエーションの特徴を、次の九つとして導出する。それは第一に共有された目的であり、第二にそのための連帯であり、第三にその最初の自由意志にもとづく合意であり、第四に目的のための制限の了解であり、第五はその下で可能な自由であり、第六は参与するした成員の集合的な意志であり、第七はその上で行使される主権であり、第八は執行の委任であり、第九は執行の自由である。以下を見ればわかるだろうが、これは「「各アソシェの人身(lapersonne)と財(lesbiens)を守り保護する」という共通目的実現のためのアソシエーション組織として「政治体」を構成しようとしているのである」、アソシエーションの一般論ではなく、むしろルソー的アソシエーション概念と言ったほうが良いだろう。しかし、それは何も全く的外れという訳はなく、「何らかの共通の目的のために各人が自由意志にもとづいて力を結合する組織形態としての、アソシェーション組織の基本特徴を彼は十分に提示しているといえるだろう。」
①共同目的。この組織は「各アソシェの人身と財を守り保護する」(第一編第六章)という諸個人の共同目的にもとづいている。つまり諸個人がそこへとへ生まれ込む)ような血縁地縁的な自生的共同体とは異なる、目的先行型の組織である。②目的実現手段としての力の統一。諸個人は「[諸個人の]現存する諸力を統一し(unir)、制御する(diriger)」(同前)ことを手段に、この共同目的の実現をはかる。③全員一致の最初の合意。この組織は「アソシアシオンの行為」という「全員一致」の(したって自由意志にもとづく)「最初の合意」(第一編第五章)によってのみ成立する。④自己制限。諸個人は等しく「共同でその人格と力を一般意志〔共通の目的を実現させようとする意志]の最高の指揮(direction)のもとに置き」、自分が「全体の不可分の部分」であることを受け入れる(第一編第六章)かたちで、自己を制限しなければならない。⑤合意による自由。しかし「合意」以前の「自然的自由」のこの制限は、「一般意志」への服従であって、特定の他の誰か(の特殊意志)への服従ではないから、諸個人は依然、自由である。⑥集合的人格。このようにして成立した「モラル的集合的団体」は「その統一、その共通の自我、その生命とその意志」を持つに至るが、それらはあくまで最初の「アソシアシオンの行為」から受け取られたものである(第一編第六章)。⑦総会。「主権」(一般意志の行使)は特定の誰かによって「代表」されえず、集合的存在である「人民」のみが「主権者」であるから、「主権者」は「人民集会」においてしか行為できない(第二編第一章、第三編第一二章)。⑧執行権の委託(commission)。立法権は集合存在としての「人民」にのみ属するが、「人民」は政府=執行部の設立や首長の任命以外なら、執行権を「委託する(commettre)」ことができる(第三編第一章)。⑨委託の停止。「主権者」は委託した執行権を「いつでも好きなときに制限し、変更し、取り戻すことができる」(同前)ルソーは、もちろんアソシエーション組織の一般論を語っているのではなく、「各アソシェの人身(lapersonne)と財(lesbiens)を守り保護する」という共通目的実現のためのアソシエーション組織として「政治体」を構成しようとしているのである。しかし同時に、何らかの共通の目的のために各人が自由意志にもとづいて力を結合する組織形態としての、アソシェーション組織の基本特徴を彼は十分に提示しているといえるだろう。
しかし、ルソーのアソシエーション概念理解において重要なのは、その国家主義的性質である。ルソーは時に、国家がために主体の自由を排除すべきとする議論を展開する。いわばそれは未完のアソシエーション概念と言えるが、同時に国家を一つのアソシエーションと論じることに他ならない。
アソシェーション組織は、目的先行型組織であるから、その目的に応じて、結合の内容や深さや形態がさまざまでありうる。ルソーの場合、とくに問題になるのは、「自然的自由」(つまり「アソシアシオン契約」以前に諸個人が享受していた自由)の制限の範囲の問題だろう。これが一種の国家主義(Etatisme)的色彩を彼のアソシェーション論に与えている。彼は「各アソシェがすべてのその[自然的]諸権利とともに[自己を]、共同社会全体にトータルに譲渡すること」(第一編第六章)が「社会契約」の諸条項の根幹だと見ている。ルソーは「政治体」への諸個人のきわめて深い「トータルな」結合を理念として想定していたといわねばならない。もちろん、前アソシアシオン的自由のこのトータルな譲渡は「一般意志」への諸個人の「深い」服従を論理的に導き出すためのものであって、特定の特殊な諸個人(特殊意志)への服従をただちに意味しないけれども、一種の国家主義を論理的にはらんでいたことは否定できないだろう(*2)。たとえば第二編第五章「生殺の権利について」で、彼は次のように書いている。「社会契約は契約者たちの[生命]護持を目的としている。目的を欲するものはまた手段をも欲するのであって、この手段は多少の危険と不可分であり、多少の犠牲とさえ不可分である。・・・・・首長が「君が死ぬことは国家に好都合だ」といえば、市民は死なねばならない。・・・・・市民の生命はもはや単に自然の恩恵ではなく、国家の条件つき贈与物だからである」。ここに端的に見られるようなルソーのアソシアシオン論の国家主義的特質は、ルソーにおける市民的義務の厳格主義(それは私人と公人との深い分裂を歴史的前提に持っており、その反映と見ることができる)と不可分であるが、同時にそれはまたルソーにおける、あるべきアソシアシオン社会の、重層的構想の久如にもかかわっていたというべきであろう。ルソーが生きたのは国民国家の生成期なのである。
『ヘーゲル国法論批判』、『ユダヤ人問題によせて』、『ドイツ・イデオロギー』におけるルソーの影響
そこで第一に論じられるルソーの影響とは直後に執筆された『ヘーゲル国法論批判』である。確かに本テキストではルソーの直接的な語彙引用は見られないが、随所にその影響がみてとれる。そこで象徴的に挙げられるのが、マルクスによる「民主制」の定義であり、彼がその体制を「人民自身の作品」「人間の自由な生産物」「人民の自己規定」とするとき、これはまさにルソー的表現であり、sozialisiertという表現は、assoziiertにほぼ付合する。
周知のとおり、『社会契約論』からの抜き書きをおこなった一八四三年の夏、マルクスは『ヘーゲル国法論批判』を執筆している。ここには「アソシェーション」概念は直接には見当たらないものの、「真の民主制」(MEW1-232)をめぐるマルクスの次のような議論には、ルソーの「アソシアシオン」論の影響が明瞭にうかがえるだろう。「民主制においては体制(Verfassung)自身が単に人民のひとつの規定として、しかも人民の自己規定(SellbstbestimmungdesVolks)として現象する。・・・・ここでは体制は、単にアン・ジッに、ソノ本質カラ見テだけではなく、ソノ実存、ソノ現実性カラ見テ、自分の現実的根拠へと、現実の人間、現実の人民へと、つねに連れ戻されており、人民自身の作品(seineigenesWerk)として、定立されている。体制は、ソレガ何デアルカノソノソレ[本質]として、人間の自由な生産物(freiesProduktdesMenschen)として、現象する。・・・・・・したがって民主制は、すべての国家体制の本質、つまり社会化された人間(dersozialisierteMenschen)なのであって、ただそれ[本質]がひとつの特殊な国家体制としてあるのだ」(MEW1-231)。われわれは先に、「アソシアシオンの行為(acte)は、ただちに、各契約者の特殊な人格に代わって、モラル的集合的団体を生産する(produire)」というルソーの基本命題を、マルクスが抜き書きしていることを指摘した。「民主制」においては「体制」が「人民自身の作品」「人間の自由な生産物」「人民の自己規定」であり、「民主制」とは「sozialisiertな人間」にほかならないと書くとき、マルクスがルソーのアソシアシオン論を意識していたことは明らかだろう。sozialisiertという言葉は、assoziiertにほぼ等しい意味で用いられていると言えよう。
よってマルクスのアソシエーション概念は、単に空想的社会主義の系譜と理解するのではなく、ルソーからたどらねばならないのだ。そしてここにおいて筆者が強調するは、ルソーを起点とすることによるマルクス的アソシエーショニズム概念の刷新である。すなわち、ルソー的アソシエーショニズムの系譜とマルクスを取るのであれば、それはプルードンに象徴的な空想的社会主義者に反し、マルクスは反国家主義の鎧を脱ぎさることができるのである。
こうして予想外にも、われわれは、マルクスの「アソシエーション」論の生成過程を、ルソーからたどらねばならないことになるのである。このことは、われわれに多くのことを示唆している。われわれはともすれば、もっぱらフランスやイギリスにおける初期社会主義のいわゆる生産協同組合実験のみを頭において、マルクスのアソシエーション論へのその影響を論じ、さらにはマルクス「アソシエーション」論の「国家主義的」限界を論じがちである。もちろん、この影響関係を否定するのは愚かなことではあるが、しかしマルクスのアソシェーション論をマルクス自身に内在しつつ追跡するという観点からいえば、明らかに議論の枠をもっと大きく取る必要があるということが、この冒頭からすでに明らかになってくるのである。ルソーは、国家もまた「アソシアシオンの一形態」として構成されるべきことを主張したのである。一八四三年夏のマルクスもまたこれを受けて「真の民主制」を構想しているのである。「アソシアシオニスト」を何かただちに「反国家」主義的と見たり、アソシェーションを社会範躊として、政治範としてのデモクラシーに対立させたりするのも、たしかにひとつのアソシエーション理解ではあるが、そういう理解のみを尺度にしてマルクスを「切る」とすれば、それは外在解釈であるという意味で支持できないだろう。それだけではない。アソシェーション論の今日的可能性を追求する上で、アソシエーションと政治的デモクラシーを固定的対立において見る理解は、実践的理論的にその有効性に大いに疑問がある、ということをとりあえずは確認しておかねばならない。
そしてさらにマルクスがルソーの影響に決定的な著作は『ユダヤ人問題によせて』に見られる。しかし、本テキストにおいてはマルクスはルソーを批判的に踏襲し、その差異が明確に浮上することとなる。第一に自然主義者ルソーは人間が社会化される過程を以下のように一つの喪失として描く。すなわち、社会では人は自立せず、他へと依存し、また個は全体ではなく、部分を意味し、このようにして人間の固有の諸力が奪われる。ここにルソーの厳選がみてとれる。よって個としての至上の自立性こそが、ルソーの理想なのであり、であるからして、彼の立法者観は一つの超越性を要求する。よってこのことは神へと帰結した。ルソーは立法者の条件において、類稀なる知性と特殊性からの自由、あるいは無縁さ、あるいは当事者性の排除を論じた。それはすべてから自由で、自立し、均衡のとれた俯瞰でものごとをみる全能者を意味し、このものは神そのものに対応する。であるからして筆者はそこに超越性を見るのだ。しかし、マルクスはこの図式を反転させる。すなわち、彼にしてみれば人間が社会化される過程によって、人はその本質、いわば社会性を取り戻すのであり、それこそが至上の原理なのである。ゆえにルソ−がノスタルジーを抱くものこそ、マルクスの嫌悪するものであり、マルクスがノスタルジーを抱くものこそ、ルソーが嫌悪するものなのだ。
一八四三年の秋に執筆した『ユダヤ人問題によせて』でマルクスは、ふたたび「社会契約論」に言及している。彼はまず、「政治的人間という抽象物をルソーは正しく描写している」として、ルソーから次の引用をおこなっている(MEW1-370)。「大胆にも[ひとつの体制を形成して]人民(peuple)を創設しようと企てる者は、次のことができると感じていなければならない。つまり、いわば人間の本性を変えるということ、自身だけで完全かつ孤立せる全体をなしている各個人を、この個人が何らかの仕方で彼の生命と彼の存在とをそこから受け取るような、より大きな全体の一部に転形すること、身体的で独立な生存を部分的でモラル的な生存に置き換えることである。彼[立法者]は、他者の援助なしには使用しえないような[これまで人間には]疎遠であった諸力を、代わりとして与えるために、人間(Ihomme)から、人間に固有の諸力を奪い去らねばならない」(第二編第七章)。マルクスが的確に見抜いているように、この文章は、ルソーの「アソシアシオン契約」の(共同意志を形成しようとする当事者たちに対して有している)内在性が、あくまで形式的内在性にとどまっており、実質的超越性を不可分にともなうものであることを、如実に示しているだろう。じつはルソーはここで「立法者(lgislateur)」の条件を論じているのである。ルソーにとっては、「立法者」は決して人民の「アソシアシオン契約」や「立法権」に取って代わるものではない。単に「法を起草する(rediger)者」、つまり提案者である。その「立法者」はルソーによれば「神々」のように、一方では「優れた知性」を持ち、他方で特殊利害からできるだけ自由でなければならず、したがって「共和国[の基本制度]を構成する(constituer)者は、その構成(constitution)の中へ決して入らない」(同前)ようにしなければならないのである。たとえば、退位してから起草するとか、外国人に起草してもらうなどというふうに、当事者性を可能なかぎり排除しなければならない。そこで、ルソーにおいてなぜ「立法者」は「神々」のような超越性を要請されるのかが当然、問題となる。それは共有されるべき「法」が、その実質から見て、「アソシアシオン契約」当事者たちに対して大いなる超越性を有しているからにほかならないだろう。このようにして一八四三年秋のマルクスは、ルソーの「人民」ないし「市民」が「政治的人間という抽象」を表現するにとどまっていることを指摘した上で、自分の立場を次のように対比しているのである。「現実的個人的人間が、抽象的公民を自分の中へと取り戻し、個人的人間として、その経験的生活において、その個人的労働において、その個人的諸関係において、類存在者(Gattungswesen)となったときにはじめて、人間が彼の「固有の諸力」を社会的諸力として認識し組織し、したがって社会的力を政治的力としてもはや自分から分離しないときにはじめて、そのときはじめて、人間的解放が成されているのである」(MEW1-370)°これをよく読むと、マルクスはルソーから二つの点で自己区別しようとしているのが了解されるだろう。第一はいうまでもなく、「経験的生活」や「個人的労働」や「個人的諸関係」の中で、っまりは「市民社会」という形態で編成されている(存在論的に見て強い意味で実在的な)生活世界の中で、諸個人が「類的存在者」とならなければならないということである。これはマルクスにとって「政治的解放」と「人間的解放」との決定的分岐点であったのは周知のところである。しかし第二にマルクスは、ルソーが人間の「固有の諸力」を個々人が「自身だけで完全かつ孤立せる全体者」でありうる「諸力」、「身体的独立的生存」を自分だけで維持する「諸力」と見ているのに異論を唱えつつ、むしろ「「固有の諸力」を社会的諸力として認識」するべきだとも主張しているのである。マルクスのアソシェーション論の性格を理解する上で、この点も大いに注目されるべきだろう。ルソーでもマルクスでも、「アソシアシオン」という「モラル的集合的団体」の生産行為は、契約当事者たちが「アソシアシオン」以前のあり方を〈否定〉する側面を不可にともなうであろう。だが、ルソーではこの〈否定〉は、「自身だけで完全かつ孤立せる全体者」であるという「人間の本性」「固有の諸力」の〈否定〉として了解されるのに対して、マルクスではこの〈否定〉は、「固有の諸力」である「社会的な力」の「取り戻し」的展開として、したがって否定の否定)として了解されているのである。つまりマルクスでは、孤立的全体者としての個人は、「社会的力」を「政治的力」として疎外しているのであって、このような「市民社会の唯物論」と「国家の観念論」とへの、「エゴイスト」と「政治的人間という抽象」とへの、表裏一体的分裂においてある近代の人間たちのあり方を、両面同時的に〈否定〉する方向で解放は構想されているのである。だから、相互孤立的諸個人の否定は、同時に「社会的力」の外化形態を諸個人自身が「取り戻し(zuricknchmen)」的に内在展開する過程でもあるような、ひとつの過程として構想されているのである。マルクスのアソシエーション論が要素主義的個人主義を前提にするものでないことは、このことからも明らかである。
そして最後に紹介されるは『ドイチェ・イデオロギー』である。ここで指摘されるのは大きく二点であり、第一に「諸個人は、彼らのアソシェーションの中で、また彼らのアソシエーションをとおして、同時に彼らの自由を獲得する」というルソーの転用とすら思える言葉であり、第二に「これまでの連合化(Vereinigung)は単に(たとえば「社会契約論」に書かれているような随意的(wilkirlich)なものでは決してなく、むしろ必然的な)連合化でしかなかった(たとえば北アメリカ国家や南アメリカ諸共和国の形成を参照)」という言明である。前者は言わずもがなであるが、後者はアソシエーション論において重要な契機と言える。なぜならばルソーが「「力」で支配され束ねられている状態は「ひとつのagregation[集合]ではあってもassociationではない」」とする立場は、まさにマルクスへと続くルソー的アソシエーション観を最もよく投影していると言っていい。すなわち、このことは明確にホッブズ批判であり、リヴァイアサンに基づく国家とはアソシエーションにあらず、単なる連合化、あるいは集合であり、国家主義的アソシエーショニズムとはあくまで自由意志に基づく采配であるのだ。
『ドイチェ・イデオロギー』(一八四五/四六年執筆)第一章「フォイエルバッハ」のマルクス筆跡真番号五四から六八(H-116~144)は、マルクスのアソシエーション概念の原型ともいうべき重要なテクストであるが、じつはここでもルソーのアソシアシオン論への言及があるので、少し先走りになるが、補足的に確認しておこう。「[幻想的ゲマインシャフトではなく]現実のゲマインシャフトにあっては、諸個人は、彼らのアソシェーションの中で、また彼らのアソシエーションをとおして、同時に彼らの自由を獲得する」(H-120)。これはルソーの言い方そのままだといってもよいだろう。しかし続けて次のような指摘がなされる。「これまでの連合化(Vereinigung)は単に(たとえば「社会契約論」に書かれているような随意的(wilkirlich)なものでは決してなく、むしろ必然的な)連合化でしかなかった(たとえば北アメリカ国家や南アメリカ諸共和国の形成を参照)連合かあ」(H-126)。この箇所もおそらく、『社会契約論』の「力に屈するのは必然の行為であって意志の行為ではない」(第一編第三章)を受けたものと思われる。ルソーの考えでは、単に「力」で支配され束ねられている状態は「ひとつのagregation[集合]ではあってもassociationではない」(第一編第五章)。いくら「力」で束ねても、各人の内面的モラル的主体性によって支えられていない以上、「力」が弱まればそれで終わりである。「必然の行為」である「アグレガシオン」と「意志の行為」である「ソシアシオン」とのこういう選択肢をルソー自身が提示しているのである。
第二章 『ドイツ・イデオロギー』論
社会性と個人性、ゲゼルシャフトとゲマインシャフトの止揚としてのアソシエーション
「ドイチェ・イデオロギー」(一八四五/四六年、エンゲルスと共同執筆)では、AssoziationよりもVereinigungの語が多用されている。(...)「ドイチェ・イデオロギー」では、未来社会は「諸個人の連合化(VereinigungderIndividuen)」(H-126)、「連合化した諸個人(dieverinigtenIndividuen)」(H-142)と表現され、さらに「連合化」の質に着目して「自由に連合化した諸個人(freivereinigteIndividuen)」(H-130)、またその外延に着目して「ひとつのユニヴァーサルな連合化(eineuniverselleVereinigung)」(H-142)などと表現されているのである。
そこで第一に筆者は諸個人の連合化という概念を理解するべく、一つの体系化を目的とした本書を以下のように整理した
I 経済社会システム
①「連合化した諸個人による全生産諸力の領有」(H-142)
②「自由に連合化した諸個人による全体プラン」(H-130)
③「共同の家事経営」(H-114)
④「都市と農村の対立の揚棄」(H-90)
II 諸個人の交通のあり方
①「人間たちのユニヴァーサルな交通」(H-37)
②「諸個人が諸個人としてゲマインシャフト〔共同社会〕に参画」(H-126)、「諸個人としての諸個人の交通」(H-138)、これまでの制約された交通の、諸個人そのものの交通への転化」(H-142)
③「自由に連合化した諸個人」(H-130)(つまり「連合化」は自由意志にもとづく)
III 諸個人のあり方
①「各個人の素質をすべての面で陶治すること」(H-120)、「トータルな諸個人への諸個人の展開」(H-142)
②「世界史的な、経験的にユニヴァーサルな諸個人」(H-37)
③「各人は活動の排他的圏域を持たず」(H-34)、「もはや分業の下に包摂されない諸個人」(H142)
④「もはや局限されない完全な自己活動(Selbstberatigung)」(日-140)、「自己活動が物質的生活と合一する」(H-142)
⑤「全世界の生産(精神的生産を含む)との実践的関係」の中での「諸個人の現実的精神的豊かさ」(H-42)
そしてここから第一に帰結されるは「諸個人の連合化」の二重性である。マルクスは一方で諸個人を「圧倒」し「服属」させることで「自立性を剥ぎ取り」、独立を「不可能にするための現実的土台」の成立として位置付けるが、他方で、「諸個人の自由な展開と運動」を望み、「諸個人は諸個人として参画する」ことを要請する。しかしこれは何もアポリアを抱えた表現なのではない。マルクスは自由の戦士であることは周知の事実であるが、前章にてルソーとの対比で語られたように、マルクスのノスタルジーは失われた社会性へと向けられている。すなわち、社会性のうちで生じる個人性こそマルクスにとっての悲願なのであり、「人間は(...)社会の中でだけ自分を個別化(vereinzeln)できる動物」なのである。
このように整理すれば明瞭なように、『ドイチェ・イデオロギー』では「諸個人の連合化」は二重の人類史的課題を解決すべきものとして構想されているといえるだろう。第一にそれは、諸個人から「自立化」し、物件的な社会的「権力」として、あるいはまた諸個人を圧倒する「運命」として現象している、諸個人自身の社会的諸力や生存諸条件を、諸個人に「服属」させることが唯一可能な、諸個人相互の関係のあり方)として構想されている。たとえば次のように書いている。「共産主義はこれまでのすべての生産−交通諸関係を覆し、すべての自生的諸前提を、はじめて意識を持ってこれまでの人間たちの創出物として扱い、それらから自生性を剥ぎ取り、連合化した諸個人の権力のもとに服属させる。(...)共産主義が創出する存立体(dasBestehende)は、諸個人から独立なすべての存立体−この存立体がそれ[独立]にもかかわらず、諸個人自身の従来の交通の所産にほかならないかぎりで−を不可能にするための現実的土台である」(H-126)°われわれはこれを「諸個人の連合化」論の自立化/服属視点と呼んでおこう。しかし第二に、この「連合化」は「諸個人としての諸個人の交通」や「トータルな諸個人への諸個人の展開」を実現するべき諸個人相互の関係の〈あり方〉としても構想されている「そこ[革命的プロレタリアのゲマインシャフト]へは、諸個人は諸個人として参画する。〈諸個人の自由な展開と運動〉の諸条件を(もちろん現に展開された生産諸力という前提の内部で)彼らのコントロールの下に置くのは、まさに諸個人の連合化なのだ」(H-126)。これは「諸個人の連合化」論の個人性(Individualitat)生成視点と呼んでよいだろう。生理的意味での人間個体と区別される「個人」を、マルクスは歴史的生成において、社会歴史的カテゴリーとして見ていたことは周知のところである。のちの『経済学批判要網』の表現でいえば、「人間は(...)社会の中でだけ自分を個別化(vereinzeln)できる動物」(MEGA2II-1-22)なのである。ただ、「市民社会」においては諸個人は相互孤立的な「私的人間(Privatmensch)」という支配的あり方で現象するために、これら「諸個人」には、その裏面として、彼ら自身が自生的に形成している社会関係・社会的諸力が外的強制力として(あたかも「自然法則」として、あるいは「物件的権力」として)現象してくる。したがって、こういう「自立化」した社会的諸力を諸個人に「服属」させるプロセスは、〈同時に〉相互孤立的な私的個人を「諸個人としての諸個人の交通」、「トータルな諸個人」、「経験的にユニヴァーサルな諸個人」、「局限されない完全な自己活動」という「諸個人」のあり方へと場棄していくプロセスでもなければならないことになる。自立化/服属視点と不可分に、こういう「個人性」の生成のプロセスが構想されていたのである。
そしてこうした社会性と個人性の総合こそが、アソシエーションであると論じるのだ。よって筆者は先に論じた服属の観点から「マルクスが未来社会を一種のゲマインシャフト Gemeinschaft(もともとの意味は「共同性」、「共同態」、そこから「共同社会」をも意味する)の確立と見ていたこと」を論じ、同時に、その未来社会は素朴なゲマインシャフトではないことも論じる。「ほんとうのゲマインシャフトでは、諸個人はアソシェーションにおいて、またアソシエーションをとおして、彼らの自由を獲得する」(H-120)のであり、したがって『ドイツ・イデオロギー』とは「[Gemeinschaftlichkeit面とIndividualitat面を綜合する社会〈形態〉としてのアソシェーションを明確に位置づける」試みなのだ。このように整理するとこの立場はテンニースと呼応する。テンニースの『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』(初版一八八七年)が、とりわけその「ゲゼルシャフト」論をマルクス「資本論』第一巻にもとづいて展開しているのは周知のところである。彼は「ゲゼルシャフト」内部で形成される集団を「ゲゼルシャフト的結合体」と呼び、その特徴を選択意志(Kirwille)にもとづく「目的社会(Zweckgesellschaft)」である点に見る。そのもっとも純粋な表現が、株式会社という「資産のアソシェーション」である。「株式会社は選択意志にもとづくすべての可能な社会的な法的形成体のうちの完全な典型である。なぜならそれは生成から見ても、ゲマインシャフト的要素をまったく混えないゲゼルシャフト的結合体であるからである」(第三巻第一四節)。これに対して「ほとんどは資産を持たない人々の連合化(Vereinigung)」である「協同組合」を、テンニースはゲゼルシャフト的形式の下でのゲマインシャフト的原理の復活と見て注目し、高く評価している。「それによって、ゲゼルシャフト的生存諸条件に適合した姿で、ゲマインシャフト的経済の原理が新たな生命を獲得したのである」(第三巻第一四節への補遺)。このことにわかるように、まさにゲマインシャフトとゲゼルシャフトの総合にこそ、アソシエーションがあるのだ。
マルクスが未来社会を一種のゲマインシャフト Gemeinschaft(もともとの意味は「共同性」、「共同態」、そこから「共同社会」をも意味する)の確立と見ていたことはそのとおりである。しかし、個人性生成視点を看過したかたちでそのことだけを確認すると、論理的に見て大きな問題が残る。マルクスの未来社会は決して未分化な、あるいは抽象的なGemeinschaftlichkeit(「共同性」ないし「共同社会性」)の世界ではない。まさにそこで個人性の本格的展開が構想される社会である。私の理解では、この「個人性」生成視点を、「共同所有」や「共同のコントロール」をはじめとする「共同社会性」に結びつける〈形態〉が「諸個人の連合化」ないし「アソシェーション」なのである。つまりマルクスは、未来社会ではGemeinschaftlichkeitとIndividualitatは「諸個人の連合化」ないし「アソシェーション」という〈形態〉で統一されるものとして考えていたのではなかろうか。「そこ[ゲマインシャフト]へは、諸個人は諸個人として参画する。〈諸個人の自由な展開や運動〉の諸条件を彼らのコントロールの下に置くのは、まさに諸個人の連合化なのである」(H-126)や、「ほんとうのゲマインシャフトでは、諸個人はアソシェーションにおいて、またアソシエーションをとおして、彼らの自由を獲得する」(H-120)といった表現が端的にそのことを示しているように思われる。これを図示すると図5のようになる。いささか先走りしていえば、このようにGemeinschaftlichkeit面とIndividualitat面を綜合する社会〈形態〉としてのアソシェーションを明確に位置づけることによってはじめて、こういった、これまでわれわれが不当に看過してきたり、十全な概念的位置づけを与えることのできなかった諸契機に、本格的な光をあてる道が切りひらけるのではないか。
連合化過程の類型化
「しかし、「連合化」は未来社会で突然姿を現すものではない」。もはや歴史に内在する過程なのである。したがって、次に論じられるのは過去に生じてきた連合化の三つのパターンである。
しかし、「連合化」は未来社会で突然姿を現すものではない。「市民社会」において「連合化」はすでに本質的な位置を占めている。「連合化」は元来「市民社会」において、分業と交換の自生的システムの上に、大なり小なり自覚的に(共同意志の確認にもとづき)展開される社会形態である。マルクスらが未来社会を「諸個人の連合化」ないし「連合化した諸個人」として構想したということは、諸個人が自由に共同意志ないし共同目的を形成してその実現のために諸力を結合しあうという、「市民社会」とともに人類史において本格的に登場してくるこの社会形態を、少なくとも形式上は、積極的に受容したということである。
そこで第一に論じられるのが「対抗的連合化」モデルである。本モデルの基礎及び前提となるはまたもやルソーにあり、『社会契約論』にて彼は「力に屈するのは必然の行為であって意志の行為ではない」としたが、まさにこの「必然の行為」として現れる対抗こそが、「対抗的連合化」モデルである。マルクスはこの起源を中世に求め、権威と暴力をもって貴族が富を収奪しようとする行為に対し、まさに「すべての共同の力でもって、各アソシェ[アソシアシオン成員]の人身と財を守り保護するような、またそれによって各人は万人に結びつき、にもかかわらず自分自身にしか服従せず、従来同様自由であるような、アソシアシオン」として現れた。しかし、このことはあくまで貴族という共通敵より「必要に迫られて遂行される」。したがって、意志の行為ではなく、マルクスが理想とするような各人の自由意志に基づく「連合化」ではないがしかし、その重要性は計り知れない。なぜならば以下より再解釈すると、共産主義とはまさしく資本家への「対抗的連合化」として生じる一つの未成熟なアソシエーションであるのだ。
「諸個人の連合化」は「市民社会」にあっては私的個人の「連合化」として、敵対関係(Antagonismus)を内に抱えつつ展開していく。それゆえ「連合化」の過程は何よりも「市民(Birger,bourgeois)」が「支配する階級」として自己を組織していく過程として、またその結果「幻想的ゲマインシャフト」が生成する過程として、了解されているのである。(...)『ドイチェ・イデオロギー』によれば、階級としての「市民」の生成は、「アソシエイトした略奪貴族に対抗するアソシェーションの必要」(H-86)から出発した。「これらの[中世]都市は、所有を守り、個々の成員たちの生産手段と防衛手段を倍加させるという直接の必要と心配により形成された真の「連合」であった」(H-92/94)。「各都市の市民たちは、中世において彼らの身を守るために土地貴族に対抗して相互に連合化することを強いられていた。商業の拡大、諸コミュニケーションの整備は、《いくつかの都市の〈アソシエーション〉連合化へと導いたが、それは封建領主に対抗する利害の同等性にその根拠をもっていた》......。個々の都市の多くの地方的市民圏(Birgerschaft)から、きわめてゆっくりと市民階級(dieBirgerklasse)が生成した」(H-116)。ここで語られているのは、「分業」や「競争」といった自生的日常的な「交通と連関」ではない。それを前提にしつつその上に成立する大なり小なり自覚的な、したがって何らかの形態における共同意志の確認にもとづく「連合化」である。この「連合化」は、敵対関係の中での共同利害の自生的形成により、必要に迫られて遂行されるという意味では、「たとえば『社会契約論」』の場合のような随意的な(willkirlich)連合化ではなく必然的な連合化である」(H-126)とされる(*2)。対抗的連合化が利害の敵対にもとづく「共同の闘争」という緊張した非日常的実践をつうじて促進されると見られている点にも注目しておかねばならないだろう。マルクスはのちに、「中世の自治諸都市(Munizipalicaten)や自治体(Gemeinden)」と現代の「労働組合」とを、未来社会をはらむ「組織化のセンター」という意味で平行現象と見ている(MEW16-197)。つまり未来社会としての「ひとつのアソシェーション」も、「市民社会」〈における〉労働者たちの対抗的アソシエーションの諸形態から出発するのである。
次に論じられるのは「組織化された権力」モデルである。
これは、対抗的アソシェーションが他の諸個人に対する「権力」として現れる状態である。つまり、アソシェーションによる〈支配、ないしは支配のための〉アソシェーションである。「これら諸都市の下層民は、相互に見ず知らずな、個々ばらばらに流入した諸個人からなっていたので、組織化され、実践的に装備され、彼らを嫉妬深く監視する権力(Machc)に、非組織的に対抗し、一切の力(Macht)を奪われていた」(H-94)。「競争は諸個人を寄せ集めるにもかかわらず、諸個人を、ブルジョワのみでなくそれ以上にプロレタリアをも、相互に孤立させる。したがって、これら諸個人が(ふたたび連合化される)相互に連合化しうるまでには長い時間がかかる。この連合化−それが単にローカルでない場合−のために必要な諸手段が、つまり大工業諸都市と大工業による安価で迅速な諸コミュニケーションが創出されていなければならない、という点については言わないにしても。孤立を日々再生産している諸関係の中で生活しているこれら諸個人に対抗するあらゆる組織化された権力(organisierteMacht)は、長期の諸闘争ののちにはじめて克服されうるのだ」(H-114,)。これらの記述からうかがえるとおり、『ドイチェ・イデオロギー』は支配関係を決して単に搾取論や「物件的諸力」の所有に還元してしまわず、組織化(Organization)の質的不均等の面からも見ようとしている。第3章で詳論するとおり、この「組織化された権力」モデルは「資本論」の「協業」を論じた箇所で、生産組織における経営権力の問題として再現するのであって、「資本による労働の実質的包摂」の中核的意味をなすものである。また、「共産党言」の「支配する階級として組織化されたプロレタリアート」(MEW4-481)という表現のとおり、労働者アソシェーションもまた過渡期においては「組織化された権力」として現れねばならないと考えられていた
そして最後に提示されるのが「幻想的ゲマインシャフト」モデルである。
このモデルは、「連合化」が対抗的段階からいわゆるヘゲモニー段階に移行し、外見上「支配される階級」をも包摂する状態である。「連合化」が「これまで諸個人がそこへと連合化したところの仮象のゲマインシャフトは、つねに彼らに対抗して自立化し、それ[ゲマインシャフト]が同時にある階級の他の一階級に対抗する連合化であったために、支配される階級にとってはひとつのまったき幻想的ゲマインシャフトであっただけでなく、ひとつの新たな在梏でもあった」(H-120)。ヘゲモニーにもとづく支配という関係は、支配されている諸個人からも何らかの合意(共同意志)を確保することによって、「対抗的アソシェーション」ないし「組織化された権力」が「同時に」当の対抗すべき相手を包摂する「ゲマインシャフト」として現象する。こういう両義性を担うのである。「幻想的ゲマインシャフト」の持つ両義性は労働者たちによる過渡期の支配においても想定されていた。「支配を目指すあらゆる階級は、たとえプロレタリアートの場合のように、彼らの支配が古い社会形態の全体や支配一般の揚棄を結果する場合でも、自分たちの利害を一般的なものとして提示するー彼らは最初の瞬間にそうすることを余儀なくされるのだが一ために政治権力を奪取せざるをえない」(H-35)。さて、「市民社会」における「連合化」のこのような重層的構成の中で、未来社会を切りひらく労働者たちの運動も、相互孤立から対抗的アソシェーションへ、さらには「組織化された権力」やヘゲモニーの段階へと、これら諸契機を経過しなければならないと考えられていたと見てよいだろう。しかし、それらはあくまで過渡期(移行期)の形態としての限定を受ける。マルクスの理解では、労働者階級は「何ら市民社会の階級ではないところの、市民社会の一階級」(MEW1-390)であった。だから彼らの運動は、市民階級が世界史的に到達した地平、つまり分業と競争の上に構築された「幻想的ゲマインシャフト」という地平を超えて、「自由に連合化した諸個人」「諸個人そのものの交通」という「交通と連関」のまったく新しい様式へと前進しなければならないのである。そのかぎりで未来社会は、単に分業や競争や私的所有が克服された社会というにとどまらず、「組織化された権力」や「幻想的ゲマインシャフト」、さらには「対抗的アソシェーション」というあり方そのものをも克服した地平として構想されていたことになる。ではなぜ「市民社会」においては、「諸個人の連合化」はこのように「組織化された権力」へさらには「幻想的ゲマインシャフト」へと展開せざるをえないのか。いうまでもなく、競争的に私利を追求する諸個人が、その私的目的をより有効に実現するために、力を結合するかたちで「連合化」するということは、すでにそれ自身の中に、外部の諸個人に対するこの連合化の対抗と支配の志向をはらんでいる。したがってわれわれは、「諸個人の連合化」がその上に自覚的に成立しているところの、前提・地盤としての自生的諸関係のほうに、またその諸関係を自生的に形成している諸個人のあり方のほうに、目を向けねばならない。「諸個人はつねに自分から出発したが、もちろん、彼らの所与の歴史的諸条件や諸関係の内部にある自分からであって、イデオローグたちがいう意味での「純粋な」個人からではない」(H-120)°分業と交換と競争という形態でシステム化されているこの自生的社会諸関係こそ、その上に自覚的に成立する「諸個人の連合化」のあり方を根本で制約している。「諸個人の連合化」は単なる「意志の行為」として自立しているのではなく、「市民社会」における自生的社会諸関係の自覚的延長、展開、実現として位置づけられねばならないのである。