社会保険による財源調達
その公費負担は、保険財政の安定化や低所得者等への支援が主な目的
そこでは、財政調整が医療保険財政に与える影響のほか、財政調整の規範的な根拠が議論されている
はじめに
高齢化に伴って、今後も社会保障給付費の増加が見込まれている → 社会保障の財源調達は引き続き対応が必要 「こども未来戦略方針」 では、「こども家庭庁予算で見て、2030 年代初頭までに、国の予算又はこども一人当たりで見た国の予算の倍増を目指す」 ために、財源について、「今後更に政策の内容を検討し、内容に応じて、社会全体でどう支えるかさらに検討する」 ことが明記された 本稿は、そうした流れを踏まえ、社会保障の財源調達について、とりわけ社会保険の役割に着眼しつつ、その現状と論点を整理するもの I 社会保険
原理
(疾病、障害、老齢等の) リスクの分散を図る保険技術を用いて、保険料等を財源とした給付を行う仕組み これらの原理は社会保険による財源調達を分析する際にも重要 社会保険の意義
保険料の拠出に基づき給付の受給権が発生するという対価性
とはいえ、対価性が社会保険固有の意義であることは否定できない
対価性に関して、最高裁判所も、(対価性の代わりに) 「けん連性」 という言葉を用いて認めている 具体的には、国民健康保険事業について、その経費の約 2/3 が公費によって賄われ、保険料収入が 1/3 にすぎないとしても、それによって 「保険料と保険給付を受け得る地位とのけん連性が断ち切られるものではない」 という最高裁判所の判断
保険料の拠出と給付の受給が保険集団の構成員に限定されていることにより、制度運営への参加と民主的な決定を通じた保険者自治が果たされ得るという意義
社会保険は、国との関係において一定程度の独立性を確保することができ、特に財政に関しては、租税を財源とする国の一般会計からの独立性を有する
現状の日本の社会保険の多くは、その財源に多額の公費が投入されているため、保険者自治が弱められているのではないかとの懸念
保険集団の構成員や国民全体の間の所得再分配という意義も有する
社会保険における所得再分配は次のものが相乗効果をあげる
リスク分配としての構成員から (保険事故が発生した) 受給者への所得再分配
報酬比例の応能負担を通じた高所得者から低所得者への所得再分配がある 社会保険による所得再分配には限界があることにも留意する必要
保険料には、応能負担の上限や定額負担が導入されている場合もあるため、その限りで所得再分配の効果は弱められている
II 財源構成
日本の社会保障は、年金、医療、介護のように、その保障方法として社会保険が基軸
社会保障財源としては、社会保険による財源調達が中心で、保険料が主要な役割を担う
公費も投入されており、公費が占める割合は少なくない
令和 3 年度の社会保障財源では、保険料が 46.2 %、公費が 40.4 %、資産収入が 8.8 %
年金
財源構成は、原則として保険料が 1/2、公費負担が 1/2
財源構成は、原則として保険料のみ
応能負担で、各月の報酬に対して保険料率 18.3 % (平成 29 年 9 月以降固定) を乗じた額 それぞれの上限は、標準報酬月額が 65 万円、標準賞与額が月当たり 150 万円
各保険の財源構成
被保険者保険
応能負担として、各月の報酬に対して各保険者により異なる保険料率 (おおよそ 10 % 前後) を乗じた額
報酬の算定においては、厚生年金と同様に、標準報酬月額と標準賞与額が設けられている
上限は、標準報酬月額が 139 万円、標準賞与額が年度累計 573 万円
原則として給付費等の 1/2 が保険料、残りの 1/2 が公費負担 (国 41%、都道府県 9%)
被保険者の負担する保険料は、各保険者の判断により応益割 (均等割・平等割) と応能割 (所得割・資産割) の組合せで徴収
公費による低所得者等の保険料の減免も行われている
応益割も設けられている理由は、国民健康保険は稼得形態や所得捕捉率の異なる者から構成されており、共通の負担を設定する方が被保険者の納得が得られやすいため
公費負担の割合が高い理由 : 被用者保険のような事業主負担がなく、低所得者が多数加入しているため財政基盤がぜい弱である
保険料が約 10 %、現役世代の拠出による後期高齢者交付金が約 40 %、公費負担が約 50 % (国 4/12、都道府県 1/12、市町村 1/12) 後期高齢者の負担率については、現役世代の人口の減少による現役世代 1 人当たり負担増加分の 1/2 の割合で引き上げられる
医療保険制度間の財政調整の仕組み
前期高齢者の偏在による負担の不均衡を保険者間で是正するために、前期高齢者の加入率に応じた調整
実質的には、被用者保険から (前期高齢者の約 7 割が加入する) 国民健康保険に対して一方的に資金が移転 被保険者の構成
第 1 号被保険者 : 65 歳以上
第 2 号被保険者 : 医療保険に加入する 40 歳以上 65 歳未満 給付の対象
第 2 号被保険者に対する給付は、要介護状態や要支援状態が加齢に起因する疾病による場合に限定
介護保険制度の財源構成は、原則として保険料が 1/2、公費負担が 1/2 (国 2/8、都道府県 1/8、市町村 1/8)
保険料は、第 1 号被保険者と第 2 号被保険者の間において、人数比で案分
第 1 号被保険者の負担する保険料 (第 1 号保険料) は、応能負担として、所得に応じて標準 9 段階が設定
公費による低所得者等の保険料の減免も行われている
第 2 号被保険者の負担する保険料(第 2 号保険料)は、各医療保険者により医療保険料と一体的に徴収
その負担は、医療保険の被用者保険と国民健康保険の間は加入者数に応じて調整
被用者保険間では総報酬に応じて調整
III 財政調整
とりわけ議論の焦点となるのは高齢者医療に係る財政調整 特に近年において、経常収支の赤字幅や赤字組合の割合が増加
財政上の影響だけでなく、拠出の根拠も議論の対象
社会保険の意義の一つは対価性を有することだが、実態として、拠出の根拠を対価性とするには説得力がない
政府の立案担当者による拠出の根拠
前期高齢者に係る財政調整は、前期高齢者の医療費を国民全員で支えるという趣旨
後期高齢者に係る財政調整は、後期高齢者の医療費は国民全体で支え合うべきという 「社会連帯」 の精神に基づく
被用者保険や国民健康保険はそもそも後期高齢者の医療給付を免れているために受益に対する負担という性格も有する
これに対して学説は総じて批判的
高齢者医療に係る拠出が (租税ではなく) 保険料として徴収される理由については十分な説明がなされていない 学説でも、拠出の根拠は 「社会連帯」 という考え方が主に採用されるが、その場合には、拠出金の法的性格は (扶助原理の観点から) 租税的性格が強いと評価され得る 財政調整の結果、保険原理と扶助原理が無規律に混在しているとの批判として理解できる