ページタイトルの自分自身を説明する度合い
概念の箱につけておく名札の話
概念が入ってる箱につけておいて、呼び出すときに使う名札の、箱の中をどれだけ字面で説明しているかの話
概念を呼び表す名札には字面だけで読み取れるものと、読み取れないものがある
名札は、文章だったり、句だったり、単語だったりする
文中に埋め込まれたその名札を読むだけで意味がわかるものと、そこだけでは意味がわからないものがある
わかる
よくわからない
字面だけで読み取れるものと、字面だけでは意味がわからないものがある
字面だけで読み取れる
書かれている文字だけ意味がわかる
その場でわかる
たいてい長い名前
短い名前たちの組み合わせで作られてる
字面だけでは読み取れない
書かれている文字を読んでもわからない
その場ではわからない
意味を学習したあとに初めて読み取れる
広く知られていて共通の了解があると読み取れる
「りんご」など
しばしば短い名前
抽象的
意味が記号接地してる、接地をさせた人だけが使える
言語の最小単位でその名前だけに割り当てられた固有の数文字
造語してる
短くて使いやすい
字面からは中身を読み取ることができなくて、読んでもらいにくいところがある
その独自の概念名を使っているのが私だけのとき、読んだ人にはわからない、ということになりそう
学習してもらえばわかる
字面だけで読み取れるように書いたときは、学習してもらわなくてもわかる
具体的な概念名を使って確認する
ページタイトルや概念の名前を使って、字面だけで読み取れるものから、それだけでは読み取れないものまでを確認する
字面からわかる
文章で説明されてるので
字面からわかる
一意、と、定まる、が説明してる
けどちょっと難しい
「一意」の語義が未知な人は、すぐにはわからない
「一つに意味が定まる」だと難語が開かれていてわかりやすい
文章に近づくほど取り出しにくい
短いほど取り出しやすい
概念についてる名前が小さいほど、それを扱って考える作業が軽くてやりやすい
ほんとは字面だけではわからないはず
日本語を話すから知ってるけど、もし知らなったらわからない
字面だけではわからない
字面だけではわからない
外国語なのでわからないがドイツ語を使う人間にはわかる
読み取れる、読み取れない、は2つに分かれてるんでなくグラデーションになってる?
読み取れるもの/読み取れないで二分されるのでなく、度合いのグラデーションになってる
このページタイトルの案
文章に埋め込んだとき字面だけで読み取れるページ名と、字面だけでは意味が読み取れないページ名
ページタイトルの自分自身を説明する度合い
概念名の自己言及程度
モッペル
既存の言葉でないテキトーに思いついたカタカナの四文字
近しい話題
このページの前景、最近あった出来事
この命名を自分が選ぼうとしないのはなんでだろうと思った
(思ったというか、もやもやしてた)
最初のタイトル自分の思ったことを言う前に、相手の言葉を受け取る、受け取ったという反応を返すは長すぎる気がしてた
もっと短いページタイトルをつけたくなった
他の方が、該当ページで説明している発話を確認型応答とたまに呼んでると言っているのを見て、 けどしなかった
自分がこの名前を選ぼうとしないのはなんでだろうと思った
ところでいま見ると、確認型応答という言葉は「確認」「応答」という字義で説明されていてわかりやすいな
難語の入ってる文章が読めない
建築論の問題には、いろいろと異なるアプローチがあろう。『建築における志向』の中で私は、建築の全体性を決定するいろいろな要因を、それら相互の論理的相関関係を明らかにしながら指摘しようと試みた。いまでは、記号学的アプローチが多数の研究者によって追求されており、それは、フランス構造主義やノーム・チョムスキーの言語学理論に基礎を置いてる。建築課題を分析するための徹底的な方法を発展させることもまた試みられてきており、クリストファー・アレグザンダーがこれを手がけていることはよく知られていることころである。一方、ロバート・ヴェンチュリなどは、建築的形帯の理論の刷新を目指して努力してる
本書は、建築的空間の問題について新しいアプローチを提案するものである。いままでは、(……)
黒本、買ったけど読めなくて読んでない
建築の全体性ってなんだ
論理的相関関係ってなんだ
記号学的アプローチってなんだ
実存っていったいなんだんだ……
高級すぎて読めない
日常生活だけでは接地しない、学習済みの名前付きの概念を使って考えてるみたい
それとも未知語の組み合わせが多すぎて読めないだけかな 実存は現実存在の略らしい
わからなくて当然の気がしてきた
前の本を圧縮した文章で指し示してるのだから
読者の内部に立ち上げてほしい、これから話すことの前景を、単語で紹介してるのだから
単語を知らないと読めない
きっと、小説のように読もうとしたから読めないのかな
ごくごく飲めるジュースでない
1文ずつ読めばいいのかも
1ページだけでたくさん収穫できそう
だって全部がわからないことからできてる
わからないことが入れ子になってる
子どもと、親子と、祖親子で読み取ろう
ページを立ててみたけどいつやるかわからん
https://gyazo.com/bb7e9878b030ccce7b533f352ddbcd76
むしろ、こういう1文ずつ読む読み方のほうが先に使いそう
逐語的な読み方とはこれなのかな?
一語一語、他者と共同して確認し合って読み解いていく
本から取り込んだ情報をその概念名で取り出しながら書かれた文章を最近よく見る
〇〇氏による〇〇という概念を持ち出しながら書かれた文章
(この文ではその後に、中身が読者に説明される)
名前で教えてもらったからロジャーズさんの文章にもアクセスできるな
学習して取り込んだ概念を使いながらする考え事
そういう文章では名前のつけられた概念を名前で取り出してる
説明的なページタイトルのような概念名はない、文章では呼ばれてない
短い概念名
こういうふうに概念名を短くして使うと、それを使った高級な考え事をしやすそう ところで自分の考え事にはそれが登場してないな
手持ちの情報なしにかける話
学習なしでできる話
自分は手持ちの情報なしで書けるものを書いてる
先人から学習したものでなく、自分の周りにあるものから取ってくることが多い
自分の考えたことは、すでに名前のついてる概念だったりする、先の人が考え終えてたことだったりする、先の人がもっと先まで考えてたりする
思いついて書いたあとに、名前のついた概念とか書籍の名前で紹介してもらうことが多い
[]
[]
紹介されると書いてるが
随意(その人から直接教えてもらった)でのものと
不随意(関連して私が読んだ井戸端のページ内で文章が私に紹介してきた)でのものがある
デライトを使用しはじめた最初の頃に読んだ宇田川さんの造語の多い文章に戸惑った けど使われてる未知語の中身を把握してから読みなおしたら読めた
このことや,デライトの独自概念の多さ,デライト上で独自の翻訳語をあえて多用していることなどから「極めて分かりにくい言葉遣いをする人」という印象を持たれているという自覚はある
実は普通に話せる人なのであまり怖がらないでほしい
傍から見ていてなんか分かりにくいこと書いているなと思ったら,それはだいたい意図的なものか少なくとも自覚的なものだと思っておけば間違いない
という宇田川さんが井戸端に書かれた文を読んで、
実際にそのあと全てのデライターへという投稿などを読むなかで宇田川さんはきれいな文体を書くことを知り 小文字文を楽しむ人を見たときに小文字文しか書けないと思ってしまっていたような私の他人への失礼さがある
福沢諭吉さんのような翻訳語の作成
福沢諭吉さんは英語から日本語を作成する作業なのに対して
こちらはすでにある外来語のカタカナ語を置き換える日本語を作る作業なので同じではない
「Aは素敵だ」という文章を読んだときに、そこに書かれた情報だけではそれに同意できなかった
説明されたらきっと納得できるのに
同じ結論に同意できるのに
支持できそう
同じ結論に納得して着地できそう
Aの素敵な部分・知りたい中身が見えない
こういうとき、書き手は別の場所にすでに書いてたりする
必要なのは私が探しに行くこと
また、ページ内に書いているのに自分が読み飛ばしてたりする
クーゲルシュライバーは語幹?連結前の単語?を知っていれば意味が取れるみたい