ゲーム実況年表(主に日本)
コーナーでゲーム対戦などがあった。実況というよりはesportsの文脈か 1990年2月 RPGコンストラクションツール Dante発売
のちのRPGツクール。MSX向けのソフトウェアだった
1993 Carl Malamudによって、世界初のインターネットラジオ"Internet Talk Radio"が開始 1995 日本で一般の人もインターネットをつかえるようになる
1996年2月9日 INSテレホーダイホーム開始
この頃の回線速度は高々128kbps
スマホで通信制限がかかった時の速度(サービスによってはバーストがあるので、その場合は通信制限時よりISDN回線の方が遅い)
1997年3月28日 RPGツクール95
ツクール初のWindows向けソフト
1999年ごろ Flash4登場する
Flash登場以前にもShockWaveなどによる動画が公開されることもあったが、Flashが動画の形式として知名度を上げ始めたのは1999年でバージョンアップされたFlash4からである。サイズが比較的軽い・ベクターイメージが利用できるという特性と、4からmp3をBGMとして利用可能になったことで、Flashは手軽に作れる動画作成ツールとして重宝されていくことになる。
2000年1月18日 2ちゃんねるに箱庭諸島板ができる(のちのネットゲーム板)
2000年 「eスポーツ」という単語が使われ始める
2000年3月4日 PlayStation2発売
2000年4月5日 RPGツクール2000発売
2000年10月7日 The World Cyber Game Challenge(WCG Challenge)開幕
17カ国のチームが集まり、Quake III ArenaやFIFA 2000、エイジ オブ エンパイアII、StarCraft Brood WarといったPCゲームタイトルでお互いに競い合った
賞金総額は20,000米ドル
2000年12月12日 フレッツADSL開始
最大速度 下り1.5Mbps/上り512kbps
2001年ごろ ADSLが普及し始める
ISDN(~128kbps) → ADSL(~1.5Mbps)。動画を見ることが現実的な速度に
2001年7月19日 FFX発売
2001年10月1日 世界初の3GサービスFOMAが始まる(Mbpsクラスの移動体通信が可能に)
1.5Mbps→8Mbps
2002年1月 2ちゃんねるにFlash動画用の板FLASH・動画板ができる
8Mbps→100Mbps
基素.icon 理論値とはいえ2000年までは128kbpsだったのが、2.5年程度で1000倍高速化している
2002年5月17日 2ちゃんねるにFF11板ができる(のちのネ実) 掲示板はFF11のチャットのように使われていたらしい
2002年10月 PeerCastが2ちゃんねるダウンロード板で話題に
国内では2002年10月、2ちゃんねるダウンロード板内スレッドから一般への認知が広がった。当時は所謂垂れ流し系のネットラジオが多かったため、当時隆盛を極めたWinny同様アングラ的な流行にとどまっていたが、P2Pでの生放送が可能という点に於いて、少なからず注目は集めていた。 2002年10月24日 2ちゃんねるにネットゲームサロン板・大規模MMO板・小規模MMO板ができる
2002年10月25日 2ちゃんねるにネトゲ速報板・ネトゲ質問板・ネットゲーム実況2板・ネトゲ実況3板新設
2002年11月7日 FF11のWindows版発売
2002年11月18日 ASCIIにPeerCastが取り上げられる
P2Pでインターネットラジオを実現する『PeerCast』をご紹介する。また、米国や日本でのインターネットラジオの現状についても解説する。
音声配信ツールとして利用されていたことがわかる
2002年12月18日 RPGツクール2003発売
2002年末 第一回紅白FLASH合戦
2003年上旬 インターネットにおける個人の動画生配信の始まり PeerCastで動画配信ができるようになる
2003年上旬にはWMV形式での配信が可能となるバージョンアップがなされる
それまでは商業サイトでしか体験の出来なかった高帯域での動画配信が可能(WMEの設定によるが現在では500k~3Mbpsの配信が主流)となった事により、テレビ放送を取り込んで再送信(主にアニメ)したり、録画された動画(主にUHFアニメ)の配信などが散見されるようになった。
そういった配信が増えると同時に、それまではアングラな存在でしかなかったPeerCastユーザーが増加。
さらに追い打ちをかけるように、ネットゲームの実況配信(当初はFF11がメイン)やコンシュマー用ゲームの配信などが開始され、2ちゃんねるのオンラインゲーム板、ネトゲ実況板(ネ実)、ニュース速報(VIP)板を中心にユーザーが急増。
最終的にはPeerCast.orgがサーバーダウンすることが日常的となってしまう。
映像はYouTubeとかに残っているらしい
PeerCastはリレー方式で数百人から数千人に配信できたようだ(当初から?)
2020年のライブ配信サービスと比べると導入ハードルがかなり高い
ポート解放が必要
――ピアキャスは、配信側も視聴者側も設定が複雑で、初心者にはハードルが高かったですよね。
永井氏:
俺は、リスナーの人にリモートで設定してもらいました。
パソコンの個人情報とか全部さらけ出して、遠隔でパソコンを動かしてもらうという(笑)。
この頃の空気感がはてなブックマークにコメントあり
UI(エンコーダやプレイヤーは別途必要)
基素.iconこの時代のログを調べるのはGoogleでは難しかった。しらみつぶしに単語を見てインターネットアーカイブを使って漁るとかしないと無理そう。PeerCast自体の情報がGoogleで出るようになるのは2006〜。2003年に本当にやっていた人がいるかどうかわからない。幻。
視聴者のWebページがちらほら見つかる程度
2003年11月4日 テレビ番組『ゲームセンターCX』で有野晋哉がゲームをプレイする企画が始まる
ゲーム情報番組はそれ以前もあったが、ゲームをプレイすること自体をコンテンツとしたのはこれが初めて?
2004年3月11日 なんでも実況Venus板新設 のちニュース速報VIPの勢いを分散するために利用される
2004年1月30日 Fate/stay night発売
2004年4月アニメオタク向けインターネットラジオ「音泉」開始
2004年6月 FOMAで定額データ通信制度導入
2004年6月18日 ニュース速報(VIP)板設立 2004年6月26日 RPGツクール2003製のフリーゲーム「ゆめにっき」ver 0.00リリース
2004年10月20日 Skypeの「オンラインのユーザー」の数が初めて瞬間的に100万人超え
2004年ごろ
Flashゲーム「艦砲射撃!」がTANAKA Uによってリリース
ホラーゲーム「青鬼」リリース
2005年2月ごろ CROSS†CHANNELを基にした二次創作FlashゲームNANACA†CRASH!!リリース、2chのFlash板などで遊ばれる
2005年2月14日 Skypeの「オンラインのユーザー」の数が初めて瞬間的に200万人超え
2005年3月18日 Skypeの「オンラインのユーザー」の数が初めて瞬間的に300万人超え
2005年12月15日 YouTubeサービス開始
2005~06年、ニュース速報VIP板の実況配信系スレ乱立による頻繁なサーバーダウンから、なんでも実況VIP板やしたらば等の外部板で実況配信が行われるようになる
2006年2月 Stickam JAPAN! サービス開始
2006年6月18日
YouTube「びびりバイオハザードプレイ」動画が話題になる(PeerCast配信録画) https://youtu.be/vUQQr8hqmrg
2004年ごろからPeerCastで配信をしていたようだ
そこで要所要所でビビる、予測もつかない展開で半泣きになる、この世のものとは思えない絶叫などの神プレイにより視聴者の数が実況をするたびに増加し、さらにはその実況プレイの一部始終がYoutubeに上げられ、そこでも当時のYoutubeの日本の動画としては凄まじい人気を誇るようになってしまった。
しかしこころん本人は自身の知名度が上がるのを嫌っていて、少人数の視聴者によるまったりとした配信を好んでいたためにこの人気ぶりは本人にとっても悩みのタネであった。
WMEの画面取り込み範囲を、エンコード中に任意に変更するツール SCFH自体は動画を配信する機能を有していません
2006年8月13日 2ちゃんねるで、なんでも実況V板がなんでも実況VIP板に名称変更 当時ネットラジオや実況の流行によってサーバーを圧迫されたニュース速報VIP板からラジオDJ、実況者とそのスレ民を隔離するために2006年8月13日に「なんでも実況VIP」と名を改められた。
配信について調べると必ず上位に出てくる(2020年6月現在)、貴重な情報源
2006年11月11日 PS3発売
基素.iconPeerCast自体も改造版などがあったようだ
青山 ニコニコ動画ができる前、2005~2006年ごろから、PeerCastや2ちゃんねるなどで、ゲームをしながら喋るという遊びが流行り始めていました。そのタイミングでニコニコ動画ができて、最初のうちは、PeerCastなどでの配信を録画したものが、ニコニコ動画に転載され始めたんです。それにコメントがついて、「これはおもしろいぞ」となり、自分で実況動画をアップする人が増えていった、という流れです。
2007年代のUstreamというのはIT系の勉強会の配信なんかが主流で、プログラム言語の勉強会の様子を垂れ流しておく、いわゆるダダ漏れスタイルだったんです。秋葉原通り魔事件を中継していた例なども知っていたのですが、個人的にはダダ漏れには興味が持てませんでした。面白いと思ったのは、女性が本を朗読しながら画面に話しかける放送で、「リクエストはある?」とコメントと対話していたんですね。あ、こういう使い方は面白い! と強く印象に残っています。
2007年3月5日 「弟の作ったRPG実況するwwww」というRPGツクールでつくられた有名なゲーム実況スレッドが作成される
基素.icon「ゲーム実況」という言葉はまだ一般化していない時代のようだ(ただし、2chには実況板が既にあった)
2007年3月19日 Justin.tv(のちのTwitch)サービス開始
2007年5月24日 GREE、釣り★スタをリリース
ヒャドに感化されて
――ニコニコ動画でブームになったのは、いつごろからなのでしょうか?
青山 2007年後半くらいから投稿者が増えて始めて、2008年春あたりから爆発的に増えてきました。それ以降は、ずっと増え続けている状態ですね。
――人気に火が点いた要因は、何なのでしょう?
青山 自分のやりたいことをやると、それにコメント、レスポンスが帰ってくる。そういうものが、当時は、ほかにはほとんどなかったんですよ。最先端の自己表現の場と言いますか、それに当時の若い人たちが食いついてきたのかな、と思います。
――レスポンスがわかりやすいのは、ニコニコ動画ならではですね。
青山 ええ。それに、Ustreamやニコニコ生放送などのリアルタイム配信も普及していなかったころですし、ほかにないものだったのだと思います。
2007年10月01日 ゆめにっき ver 0.10公開
2007年12月21日 ニコニコ生放送、負荷テストをする
2008年2月10日 キリン、初投稿
任意の領域の切り出し
変形(エフェクトとか)
レンダリングしてネットワーク送出
ニコニコ生放送で使われるようになる
SCFHだと生放送できないのでハマるまでがテンプレだったらしい 2008年7月 iPhone 3G発売
2008年11月 ボルゾイ企画初投稿
立ち上げ人のふひきーは、のちの稲葉百万鉄
2008年12月8日 レトルト初投稿
当初は50枠(全体で50人しか1度に配信できなかった。1年後には1800枠、2年後には4000枠まで増えた。) かんたんモードというFlashかなにかをつかった簡易な配信モードがあったらしいが、当時実況していた方の話では「画質が半端なく悪くて、ゲーム実況なんかは不可能だった(うろ覚え)」
利用者側が画質をいかに上げるかに腐心していたらしい
ManyCamなどをつかってエフェクトを掛けたり画像を配置したりしていたらしい 2009年秋 ヨーロッパ企画、ゲームムービーフェスティバル開催(Flashゲーム)
2009年10月20日キヨ初投稿
2009年10月27日 League of Legendsリリース(北アメリカ) 2009年11月 弟者初投稿
2010年
日本では最初にニコニコ動画がゲーム実況のプラットフォームとして定着し、2010年ごろまでにニコニコ動画において実況プレイを行うプレイヤーは200人以上にのぼり、主要な動画ジャンルの一つとなった
ニコニコ生放送の間違いっぽい
2010年6月24日 iPhone 4発売
2010年7月
ニコニコ生放送でゲームカテゴリが最多カテゴリに
2010年9月10日 最古(?)のマインクラフト実況
2010年11月
2010年12月24日 ドコモ、Xi(4G LTE)開始
サービス開始当初、FOMA®の通信速度の約10倍となる受信時最大75Mbpsの高速通信によるデータ通信サービスを提供し、2011年度中には音声通話サービスを提供する予定です。
全国の主要都市で使えるのは、2011年度目標だった
2011年6月6日 Justin.tvゲームセクションをTwitchに名前変更
このタイミングでやっと単体完結の配信ツールが出たというわけ
2012年2月20日 ガンホー、パズル&ドラゴンズiOS版リリース
当時ゲーム性のあるソーシャルゲームは少なかったらしい
2012年8月 スマホゲーム「クラッシュ・オブ・クラン」発売。世界的ヒットに
2012年9月14日 au、4G LTEサービス開始
日本では2014年2月?
アーカイブは、最大4時間まで自動的にYouTubeに保存されますし、それ以上のライブ配信であってもYouTubeのハイライト作成機能を使って複数のアーカイブに切り分けて保存しておくことができます
2014年1月 HIKAKINTV 100万人突破
https://youtu.be/CaOrAzR68h0
2014年2月22日 PS4日本発売。シェア機能搭載 Ustream, Twitch, ニコニコ生放送などに放送できる
ゲームメーカー側が「どこを実況してよいのか」コントロールできる
2014年7月13日 HIKAKIN Games 100万人突破
https://youtu.be/XyMunQxvXGc
2014年8月25日 Amazon、Twitch買収(9億7000万ドル) スマホ特化の生放送プラットフォーム
2016年以降、ゲームプレイが主コンテンツなTV番組も増えた
2017年3月3日 Nintendo Switch発売。SNSシェア機能(動画・静止画を撮影でき、Twitterなどにシェアできる)がOSに搭載されている 2017年3月23日 PUBG、早期アクセス版リリース
2017年3月25日 "esports"という言葉が職業的英語文法のリファレンスであるAP通信のスタイルブックにのる 2017年05月31日 UUUM、任天堂の著作物利用に関して包括的許諾を合意
「ゲーム実況」はYouTube上の人気ジャンルとして確立されており、UUUMも人気ゲーム実況チャンネルを数多く抱えております。一方でゲーム市場にとっても、健全な「ゲーム実況」動画は、視聴者のゲームの認知や興味関心を向上させるものとして注目されています。
2017年6月8日
https://youtu.be/Rs2ORs1lNqY
2017年7月25日 Fortnite発売
2018年5月25日 Detroit Become Human発売
2018年9月6日 ソフトバンクがデータ容量を月間50GBのプランを受付開始
2019年2月4日 Apex Legends発売
2019年4月23日 Twitchの人気ゲーム実況者NinjaがTIME 100に選ばれる
参考:Ninjaは1ヶ月で5000万円稼ぐ
NinjaはTwitchで1472万フォロワーを誇る。主にFortniteの実況で人気だ。Wikipediaによると、2009年にMicrosoft製作のゲーム「Halo 3」でプロとしてデビューし、Twitchには2011年に参加した。
独占契約
e-sportsの文脈
2020年6月8日 Yostar、ゲーム実況配信及び動画投稿についてのガイドラインを発表
2020年6月22日 Mixer閉鎖
NinjaはTwitchに戻った
動画共有サイトなどでストーリーの内容が分かるような動画の投稿が急増しており、対応に要する時間が増えているという。
2020年11月4日 Cygamesがガイドラインを公開
2021年1月6日 CAPCOMがガイドラインを公開
2021年2月24日 「ウマ娘 プリティーダービー」配信ガイドラインが公開
この時点でものすごく流行っているゲーム
ユーザーから問い合わせが多かったことを受けて公開することにしたそうだ。
2021年4月 はじめてオリンピックでespors開催
OVSは5月13日から6月23日にかけて実施される予定。eスポーツがオリンピックの公式競技として扱われるのはこれが初めて
2021年4月26日 SEGAがガイドラインを公開
2021年05月21日 バンダイナムコ、ゲーム実況と二次創作のポリシーを公開
楽天がesports参入
2021年08月30日 アイドルマスター シンデレラガールズ、ゲーム実況ポリシーを公開
長年の取り組みの成果とのこと
2023
https://www.youtube.com/watch?v=qyskiupvE-0
20年前にゲーム実況的なことをやっていた有野とのコラボ
日本におけるゲーム実況の判例は見つからない。裁判やるところまでいくことは事実上ほとんどないのだろう。
最悪動画消すぐらいで和解できている
所感
2003年にP2Pでの生配信ができるようになり、コメントは2ちゃんねるでやる、というスタイルがインターネット上の生配信の最古?
当時UGC動画サイトはまだできていなかった
完全にアングラの時代
視聴者が配信を録画してアップロードしたもの以外でこの時代の配信を見ることはできない
同時視聴者は1〜1000名ぐらい?
明らかにハードルが高い。人気配信でも1000人いくのか疑問
2020年ではVTuberが数万人単位の同時接続数叩き出している
最大同時接続数は100万人程度
日本だと嵐が最多?
2005-2006年にYouTubeやニコニコ動画が始まると、録画が投稿されるようになる
この時代は日本のネットオタクのユーザには圧倒的にニコニコ動画が使われた
手元で録画した動画を編集して動画サイトにアップロードする
後から見たときにコメントも直接動画に直接打てる
この当時も実況をするためには2ちゃんねるを使う必要がありそう
2006年~ 生配信サイトの勃興
P2Pではなく直接生放送ができるようになる(技術オタクじゃなくても配信が見られるようになる)
Ustreamやニコニコ生放送が始まり
ニコ生は当時は全員が放送できるわけではなく、一定の定員を取り合う方式だった
枠取り。枠取りお疲れ→枠乙→わこつの起源?
ニコニコ生放送で配信ができない場合に他のサイト(UstreamやStickamなど)で配信するみたいな使い分けがされていた?
ニコニコ生放送は直接反応できた
生配信をアーカイブすることはできないので、視聴者が録画してニコニコ動画にアップロードしていた
1つの動画が見られる回数は動画サイトの方が多い(生放送は時間が合わなければ見られない)
ネットウォッチ文化とごちゃ混ぜになっていた?(ライブ配信に対するパブリックイメージはそんなに高くなかった)
生放送のアーカイブがデフルトでできるようになるのは
2009年12月23日 ニコニコ生放送(ユーザー生放送)のタイムシフト(期限1週間) 2014年2月 YouTube Liveのアーカイブ(無期限)
2010年には生放送サイトではゲーム実況が覇権に
〜2013年ぐらいにはゲーム実況というジャンル自体がネットユーザーの間ではもう珍しくなくなっていた?
2010-2013の間のイベントがない
2014年にはAmazonがTwitchを買収するぐらいには経営者には認知&市場も期待されている
PS4がシェア機能を出すときには(のちにニコニコ生放送に対応)海外でも国内でも人気があったと考えて良いだろう
この頃には任天堂もゲーム実況に対して融和路線になっている
おそらく権利的な衝突はかなりあったと思うが調べきれない
牧歌的な時代だったのかもしれない
2020年(現在)の著作権に関する空気感
明確にOKといわれなければ「だめだ」と考える人が増えている
これはゲーム実況以外でも見られる