輪郭法の閃き
2002年、17歳でデルン、デライトの基礎となる輪郭法を閃くhiro.icon
それをきっかけとして、瞬く間に、希哲館事業や新現代思想の青写真が出来てしまった
この連鎖的な閃きを、デライト上では単に「閃き」と呼ぶことが多い
いま思えば、全ての始まり
この閃きの解明と可能性の探究が私のライフワークになる
この時の体験は忘れられない
前史
意味符号化
創造と力
高度非言語思考
論理共感覚
そんなことをごちゃごちゃ考えていた時期の、シャワーを浴びていた時の出来事だった
身体をつたって排水溝に流れていく水をなんとなく眺めていたら、「世界は輪郭で捉えられる」ことに気付いた
当時、ウィトゲンシュタインの言語哲学などに影響されて、我々の世界観を規定している言語的構造のようなものついてよく考察していた
言語という静的なラベルで捉えようとしている世界は、やはり静的なもので、仮想的なものに過ぎない
しかし、境界もなく不断に流れていく水のように、流動的で連続的な「ありのままの世界」を、言語よりももっと抽象的な水準で捉えうる構造があることに気付いた
それがつまり、輪郭構造である
後年の分析によれば、脳内のネットワークを走る電気信号と水の流れのイメージが重なり合い、人間の認知モデルの合理的形式化(ネットワーク構造と階層構造の統合)という発想に繋っていったのではないかと思われる
言語を含めたあらゆる思考の構造化を消去法で排していった結果、脳の物理構造に限りなく近い構造が最後に残っただけとも言える
この輪郭法の技術的応用が、IT以後の世界では無限の可能性を持ちうることにもすぐに気付いた
ITバブル崩壊の直後ではあったが、ビル・ゲイツは世界一の大富豪として健在で、ITの可能性の大きさ自体は十分に見せつけられていた
2002年は、マイクロソフトがゼネラル・エレクトリックを抜いて世界最大の企業に返り咲いた年でもあった
いわゆるビッグ・テックの原型が出来ていた
輪郭法応用技術、すなわち後のデルンやデライトのようなものを軸として、全く新しい世界秩序が創りうることにも気付いた
人類知のあり方を変え、限りない富で「世界を改造できる」という確信が出来た
https://dlt.kitetu.com/KNo.F85E/0758-22E4.webp?20260604195639
当時の心象風景を象徴する「泥土の塔」
希哲民主主義(philosophic democracy)や相通主義(channelism)といった新現代思想、そしてそれらを推進する希哲館といった概念も瞬く間に出来上がる
映像作品の中で「悟り」が表現される時、混沌とした森羅万象のイメージが宇宙に向けて発散していくようなものがあるが、本当にそんな感じの神秘体験だった
いま思えば、そういう映像を見たことがあったからそれに重ねたのかもしれないが
そういう映像を作る人がみんな悟り経験者なわけはないしね
それまで断片の継ぎ接ぎで出来ていたような自分の中の世界が、一つの有機体として観想できるようになった
これはホワイトヘッドやデヴィッド・ボームの思想に関心を持つようになる原点だったかもしれない
「閃き」と呼ぶようになる前は、普通に「悟り」と呼んでいた
「仏教などでいう悟り以上の体験」と確信していた
それが釈迦などがした体験と実質的に同等かもしれないし、そうでなければそれ以上の別の何かなのだろうと思っていた
普通に自分は「現代の空海」なのだと思っていた
私が、歴史上のどんな聖人・偉人よりも、この時期の自分に知的関心を奪われる理由になっている
「うっかり悟り」の恐怖
私が修行僧だったらこれで良かったが、そもそも望んことではなかった
まだ17歳、むしろもっと人生に普通の波が欲しい時期だ
単に「自分の歩むべき道」を見つけたかっただけの私にとって、あまりにも大き過ぎる波だった
一言でいえば「完全なる心の凪」、それも宇宙規模の大爆発の後の
世界に対して、心が全く動かなくなってしまった
このあと、現代社会の中で普通の社会人として生活していこう、とは流石に思えないだろう
ようやく見つけた「進路」があまりに大き過ぎるという無力感からあらゆることがどうでもよくなり、まさに心だけが浄土に旅立ったようであった
もしかしたら、いわゆる無響室の恐怖に近かったのかもしれない
ただ呼吸をしている動物としての自分がそこにいるだけという感じ
煩悩の光
悟りの境地に見苦しく抵抗しようとする微かに残った煩悩だけが生きる希望になっていく
高度非言語思考の罠
当時の私は論理共感覚を頼りにした高度非言語思考によってこの境地に達したが、これがなかなかの罠だった
要するに、思考のオーバーヘッドになる言語化を後回しにして、思考速度を飛躍的に高めようという試みだった
結果として、「他人と全く共有できない異世界に自分の心だけがぽつんと放り出された」状態に陥る
今でこそ「輪郭法」とか「デルン」とか「希哲館事業」とか色々な概念を言語化しているが、当時はこれらが全て「あれ」とか「これ」でしか指し示せないものだった
これほど怖いことはない
閃きから間もなく、私はかなり深い精神的混迷に陥り、20歳目前という時期に自殺未遂騒動を起こすことになる
要するに、純粋な思考能力のみで到達した、全く意志の伴わない悟り現象だったのだろう
と思えば、「閃き」というのは言い得て妙だ
私がよく言っている「希哲館事業」とは何かと問われれば、この閃きをいかに言語化・技術化・世界化していくかという試みの総体と言えるだろう
その一環であるデライトという、一見すると一サービスでしかないものの話があらゆる方面に展開していくことに面食らっている人も多いだろうが、それは、元々そういうものだから、としか言いようがない
表面的に眺めている分には誇大妄想に見えてしまうだろうなとも思うが、それで片付けるには特異過ぎるだろう
誇大妄想なら誇大妄想で、このレベルまで来たら立派なコンテンツじゃないか