振り返り
「ふりかえり」と学習 -大学教育におけるふりかえり支援のために- Reflection and Learning: Fostering Reflective Learning in Japanese Higher Education 和栗百恵 高等教育レベルについては、2000年前後から、イギリスやオーストラリアそして米国における学習成果に関する議論の高まりと共に、専門分野に特化されない、より汎用的で普遍的なスキル(generic skills)や能力(competencies)のひとつとしてふりかえりへの言及がなされてきた(AAC &U, 1997; Bennett,Dunn,& Carre,1999; Rogers,2001) 日本では、「ふりかえり」という言葉こそ用いられてはいないものの、2006年に経済産業省が打ち出した「社会人基礎力」や、2008年の学士課程答申にある「学士力」には、ふりかえる作業に支えられたスキル、能力や志向性が掲げられている。 昨今のふりかえりへの注目は構成主義的な理解が広まったことによる 構成主義的な学習観において「教員が何を教えるか」から「学習者が何を学びとるか」への視点の転換が主張されるのは、学習者自身が学んでいることを意識化し、確認していく作業(意味を構成=constructする)自体があってこそ学習であるという立場からである。 ふりかえりは、この意識化・確認作業と深く関連している。
Dewey(1916)は、経験から学ぶという文脈で、ふりかえりについて言及する。 行き当たりばったりの試行錯誤的なもの
「われわれがなすことと、生ずる結果との間の、特定の関連を発見して、両者が連続的になるようにする意図的な努力」(Dewey 1916=1975, 232)、つまり「思考」であるとする。 そして、この思考によって、「目的(purpose)」に向かって行動することが可能となり、それは目標を持つために必要であるとする。 「目的(purpose)」を持つこと
Dewey(1938)は、学習者が自らの学習過程を導く重要性を述べている(Dewey 1938:67-69)
目的を持つということは以下のような能力や知識の複雑な知的作用 ②過去に似たような状況で起こったことに関する知識
その知識は、過去の回想であったり、より広い経験をもった人からの情報・助言・警告によるもの
③観察されたことと知識をつなぐことおよびそれが何を意味するかについての判断
ここでは「ふりかえり」という言葉への言及こそないものの、観察されることと、既にある情報や、それらを比較しての判断という、「特定の関連を発見して…連続的になるようにする意図的な努力」が見てとれる。
Moon(2004)は、学習や体験、ふりかえりを扱った様々な研究を網羅的にまとめ、日常的、あるいは教育の文脈で「ふりかえり」が用いられる場面ごとに、以下の3つの見方を提示し、定義している(Moon 2004:82)
「ふりかえり」の一般的見方(common-sense view)
ふりかえりは、目的・何らかの成果を達成するためにするもの。あるいは、単にふりかえろうとすること(simply be reflective)によって、何かしらの予期しない成果が生まれるもの。ふりかえりは、明らかな答えがない、比較的複雑で、はっきりしない思考に対して用いられる。
アカデミックな文脈で用いられる「ふりかえり」:一般的見方からの発展形
アカデミックな文脈におけるふりかえり/ふりかえりを通した学び(reflective learning)、またはふりかえりを用いた書きもの(reflective writing)は、明確な目的を伴い、意図的である。また、学習、行動、あるいは説明に関する特定の「成果」も伴う。目的やテーマの説明があってふりかえりが行われることもある。ふりかえり作業のプロセスや成果は、たいていの場合、他者に見られ、評価されるために描出されたもの(例:書かれたもの)となる。それらの要因がふりかえりのありようや質に影響する。 成果に着目した「ふりかえり」の見方
ふりかえりのプロセスではなく、ふりかえりを用いてもたらされる「成果」に着目した「ふりかえり」観。様々な先行研究で扱われている、ふりかえりプロセスを通して得られる成果は以下のようなもの:
学習、知識、理解何らかの行動
再検討のプロセス
個人的で継続的、専門的な能力開発
自らの学習あるいはそれ以外の活動のプロセスについての「ふりかえり」(メタ認知)
演習で得られた所見から理論を練ること
不確定だったことについて、決意をすること、問題解決をすること。エンパワメントや解放
思いがけない成果・結果(例:ジレンマ状態を脱するようなイメージやアイディア、クリエイティブな活動)
感情(プロセスの一部分あるいは結果として)
さらにふりかえる必要があることをはっきりすること・認識すること
Moon はこれをさらに整理し、学習における意図的なふりかえりが以下のことで有益であるとする
①新しく学習していることの意味付けをすること(有意味学習をすること) ②有意味学習で学んだことを描出するプロセスからさらに学ぶこと
③既にある情報や知識を整理することによって学ぶこと
ふりかえる力の育成が大学教育に求められるようになった要因
大きな要因としては「知識基盤社会」の到来と、その社会を生き抜くための汎用的な能力育成ニーズの高まり 学習者が認識の変容を起こしていく、とは、
①専門分野で求められる批判的思考ができるようになる、 ②専門分野を共に学ぶ仲間と批判的考察をしながら、知識の相対性や、知識とは社会的構築物であることを認識できるようになる
さらには、学習者が他者との対話を通し、自身および世界の中にある自身の立ち位置、そして自らや知識、世界、そして世界の中での自らの行動についての見方を再構成できるようになる、とする。
そしてその再構成の作業によって、学習者の自律性や自主性が増していく。
ここでは組織的・制度的なふりかえり支援の仕組みについてではなく、教員個人として着手・導入可能な、ミクロ・レベルでのふりかえり支援について考察
これが欲しかったmtane0412.icon
1. ふりかえり導入にあたっての検討事項
先行条件
理論や客観的事実を重んじる教育のあり方を前に、「個人の体験」をどう織り込んでいくか
ふりかえりに関しての気持ちの準備や意欲、意図性をどう育むか
ふりかえりによってもたらされうる不快な感情をどう扱うか
個別条件
個人的なプロセスであるふりかえりにおいて、個々人の自主性、個別で効果的なフィードバック、人間関係、教員へのアクセスなどについて、どう配慮できるか
プロセス
ふりかえりは、単純化できず、不確実性をもったプロセスであることにどう配慮できるか
ふりかえりプロセスの質は、人間関係やそのときの感情によっても影響されることにどう配慮できるか
方法
コーチあるいはメンターとしての役割をどう果たすか
学生同士のふりかえりをどう促すか
どのようなアクティビティあるいはワークを通してふりかえりを促すか
2. ふりかえりの目的、内容、タイミング:学習目標との関係
当該科目の学習目標達成のためにふりかえりを用いるデザインが必要
デザインのプロセス
当該科目の学習到達目標に基づく学習成果:○○ができるようになること
↓
ふりかえりの方法やタイミング(課題):○○ができるようになることに寄与する方法とタイミング
&
課題の達成度評価の方法:ふりかえり(課題)の達成度基準と評価方法(*直接的あるいは間接的に評価)
つまり、まずは科目の学習到達目標とそれに基づく学習成果を考え、ふりかえりを促す学習活動の目的と内容、そのタイミングを考える。
そのような学習活動の具体例は、導入しやすいものであればグループディスカッション(他の学生および教員と共に)やふりかえりペーパー/シート(ひとりで記入)が挙げられる。
また、ふりかえりと同じく、学習への構成主義的アプローチを土台とするアクティブ・ラーニングの手法も参考にできる。 活動を検討する際重要になるのは、ふりかえり以外の学習活動と同じく、用いる課題をどう評価するのかについて、学習目標に準拠した達成度合いの基準を設けると共に、評価方法を検討しておくことである。
ふりかえり課題を直接評価するのか(評価基準を設け、採点する)のか、あるいは別な課題の準備作業と位置づけ間接評価するのか(ふりかえり課題は直接に採点されない)のか、誰が評価するのかについても考慮する
このふりかえりの間接的な利用方法については、ふりかえりの「主観性」が親和しにくい、伝統的なアカデミズムの作法と折り合いをつけるためには有効である(Moon 2004:156)。
ふりかえりをしていない。描写にとどまる。
描写しつつふりかえるが、2つ以上の視点からのふりかえりがない。
多様な見方から俯瞰できており、分析的かつ統合的。
つまり、視点というのは歴史的、政治社会的な文脈によっても形成されることを認識していること
また、確実なふりかえりのために、書く際には設問を、ディスカッションの際には質問を構造化する方法がある。
何を(what?)
だから何/なぜ(so what?)
ゆえに何/どうする(now what?)
あるいは、学習の目的に応じて入念な設問を用意することも可能である(和栗2008:52-53)
学習者自らが既に持っている知識やこれまでの体験、価値観などを引き出すためには、「学習者自身の」を強調した設問にすると効果的である。その視点を、学ぶべきテーマやトピックと関連させ設定した設問を表7に挙げる。
今日学んだことで最も印象に残ったことは何ですか?それはなぜですか?その学びをあなた自身は今後どのように活用したいですか?
今日授業で扱った A と B という政策について、あなたが大切だと思うのはどちらですか?それはなぜあなたにとって大切なのか、具体的に述べてください。それについて、あなたの意見に反対しそうな人はいますか?その人はどういった考え方から反対するでしょうか?
これまでの授業を受けて身につけることができた多様な視点について具体的に述べてください。履修前のあなたの視点とどのように違いますか?
今日学んだことは、あなた自身のキャリアプランにどうかかわってくるでしょうか?もし直接的にかかわらないように思えたとしても、何かしらのかかわりをひねり出して書いてみてください。
今日の実験が社会に及ぼしうるプラスおよびマイナスの影響について自由に考えてみてください。プラスの影響をもたらすために考慮すべきことは何でしょうか?マイナスの影響を抑えるためには何が必要でしょうか?そこであなたができることは何ですか?
今日のゲストスピーカーからのお話の中で、もっとも共感できると思ったことを挙げてください。同時に、その点について、全く共感できないと感じる人の視点から、そのお話について書いてください。
知識が構成・再構成されるためには、学習者自身が既に持っている知識や経験、価値観などに、学習者がアクセスし、吟味する必要がある。
そのプロセスは、他者とのやりとりによって深化するといわれる(Brockbank & McGill,1998; Moon,2004)
Brockbank & McGill(1998)は、学習が起こる場の「関係性(relationship)」が学習に与える影響を指摘し、ふりかえりが促されるためには、以下のような関係性が必要だとしている(Brockbank & McGill 1998: 147): 一方向ではなく、双方向的
既定のアウトカムにがんじがらめになるのではなく、違いや不確実性に開かれていること
すでに確立されているとされる考えを問えること
他者と隔離されているのではなく、「対話」でつながっていること 学習者が持つ個人的な知や暗黙知の価値を無視するのではなく、知にまつわる社会的かつ政治的な文脈が存在するのを認識すること この関係性のもと、一定の目的・意図性に従って対話を促すということは、専門家として専門知を教えるやり方とは別な工夫が必要となる。 その工夫は、ファシリテーターとしての表情から、座り方、そして傾聴の方法、確認や承認の方法、やりとりから芽生える学習者やグループメンバー、あるいはファシリテーター個人の感情の扱い方等、多方面に渡る。
また、学習者と教員が一対一でやりとりをする場合の他、グループでふりかえりをする場合のプロセスに着目したグループダイナミクスの扱い方など、やりとりをマネッジするという意識及びノウハウが必要となる。
ファシリテーションのノウハウを扱うセミナーを、(特活)日本ファシリテーション協会や同じく(特活)国際ファシリテーション協会が、定期的に開催している。
また、主にビジネス分野、特に人材開発の文脈で語られる「コーチング」のノウハウも有益だろう。
コーチングとは、「会話を重ねることを通して、相手に目標達成に必要なスキルや知識を備えさせ、目標に向けての行動を促していくプロセス」であり「マネージャーが…コーチングスキルを使って、部下が持っている素質や才能、経験、知識を彼ら自身のリソース(資源)として使えるようして」いくことである(伊藤, 2005:2)
そのスキルの多くは、自身で目標とそれに向けての計画を立て、歩むプロセスを支えたり、刺激したりするものであり、「ふりかえり」の促しと共通する。
コーチングは、日本では2000年前後から急激に発展したが、それは企業活動の多様化・グローバル化の中で、指示待ちではなく、自ら考え動く人材が必要となっていること、また、そのような人材育成をするにあたり、新しい人材教育・マネジメントへのアプローチが必要になったのを受けてのことである。
方法の詳細については、Brockbank & McGill(1998)とは異なる視点も存在しているものの、自主的な学習・行動のためのファシリテーションという点で示唆に富んでいる。コーチングスキルについての本は多数出版されており、個人として参加できる研修も組織されている。
体験的な学習を推進する早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター(WAVOC)の試み
WAVOC では、体験を学習にしていくための仕掛けのひとつとして、教員と学生、学生と学生のかかわり方に着目し、ふりかえり手法の体系化・言語化を進めている
2010年1月に開催されたシンポジウムでは、「学生の心に火をつけるふりかえり」というテーマのもと、学習活動の目的や特徴に従ったふりかえりファシリテーションを3タイプに分け、紹介した。
①突っ込み型ふりかえり支援
②対話の交通整理によるふりかえり支援
③必要な時に介入するふりかえり支援