併走する認知リソース
人は認知バイアスやヒューリスティックといった、ある文脈では精度が高く簡便な認知経済性の高い思考をする。時に誤った判断をしてしまうが十分に役に立つ思考をしている。 一方、これらの思考だけをしているわけではなく、様々な認知リソースを用いている。
数の保存問題からみる認知リソースの併走
まず、 図6-3a に示したように、実験者がおはじきを子どもの前に並べる。そして同数のおはじきを並べるように子どもに言う。子どもはこのような場合、たいてい 図6-3b のようにおはじきを並べる。この時点で二つが同数かを一度確認する。次に実験者は、片方の列のおはじきの間隔を縮めるか、あるいは広げるかして、子どもにおはじきの数は同数か否かを確認
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三歳児はそもそも同数のおはじきを並べること自体が困難である。
四歳児は間隔を変更した後の質問に対して誤った答えを述べてしまう。つまり、列の長さが変わったことにより、数が変化すると判断してしまう。
五歳児くらいになると、大人と同じように、列の長さが変化しても数は変化しないと正しく答えることができるようになる(62)。
ピアジュ以前
学校に上がる前の子どもでも、数を数えたり、数唱したりすることができる。はじめは小さな数しか扱えないが、徐々に大きな数まで言えるようになる、ピアジェ以前は、数の能力はこのように徐々に一次関数のように増加していくと考えられてきた。
ピアジュ
しかし、ピアジェの実験は、子どもは大人の扱う数とは全く別の数を扱っている、あるいは全く違った数の世界に住んでいることを明らかにした。つまり発達は、徐々に何かの能力が増加していく過程ではなく、質的に異なる世界=段階間の移行として捉えられるべき、と彼は主張したのである。
ピアジュ以後
ところが、一九八〇年代あたりからこの標準的見解を覆す結果がいくつも報告されるようになった。上野( 63) らは、保存課題では列の変形操作が文脈として不自然であり、それゆえ四歳児は不適切な回答をしてしまうと考えた。そこで、並べたおはじきをバッグに入れるために列の間隔を縮めるなど、列の変形にまともな理由がある、自然な文脈の下で保存課題を実施した。その結果、それまで非保存児と言われてきた子どもの多くが、適切な判断を行えることが明らかになった。
非保存児と言われてきた子どもの中に、本当は数の保存を可能にするリソースも存在していることを示している。通常の保存課題では、課題の特性からこのリソースの働きが押さえられる一方、長さなどの無関連情報に基づくリソースが強く働き、その結果間違いが誘発されるのである。複数のリソースが子どもの中に存在し、これらが課題状況の与える情報との関連で、機能したり、しなかったりするというわけである。
長年にわたって、子どもの考え方=ストラテジーの多様性を研究してきた発達心理学者のシーグラー( 65) は、比較的長期間、同じ子どもたちに何度も保存課題を解かせ、その理由を尋ねる実験を体系的に行った。この結果は驚くべきものであった。一つの理由づけ(たとえば長いほうを必ず多いと判断する)のみを用いた子どもは全体の七パーセント程度しかおらず、二〇パーセントは二つ、四七パーセントは三つ、二七パーセントは四つもの理由づけを用いていたのである。
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これは、何も保存課題に固有な話ではない。発達や学習の文献を見てみればすぐにわかるが、かなり年齢の低い子どもであっても、また学習の初期であっても、何かの課題を複数回実施して、その正答率がゼロということはまずない。年齢で区切った時の平均正答率が二〇~三〇パーセント程度の場合に、その年齢はいわゆる「できない段階」となることが多い。また、「できるようになった」という段階であっても、達成率が一〇〇パーセントということはまずない。できない段階と統計的に有意な差があれば、できる段階と見なされることもある。できる子どももできない子どもも、当たったり外れたりするのである。
このような結果は、いわゆる段階と呼ばれてきたものが、ゆらぎや変動を含んだものであることを示している。ある段階で特徴的とされる行為は、他の行為よりも頻繁に見られるという意味を持つだけであり、その段階の人間が必ずその行為を行うことを意味するわけではない。人間はある優勢な行為のパターンを持つが、それを逸脱するような別の行為のパターンも持っていて、その回数は少ないが、これらをも用いているのだ。もちろんこうしたゆらぎや変動は、文脈により誘発される。
こうした複雑な発達パターンを捉えるための図式として、シーグラー( 66) は重複波モデルを提案している。 図6-4 は、仮想的な発達を重複波モデルによって表現したものである。この図の縦軸は子どもの持っているさまざまなストラテジーにしたがった行動の出現頻度であり、横軸は時間を表す(もし出現頻度が各ストラテジーの持つ強度のようなものに支配されていると考えれば、縦軸をストラテジーの強度ととっても差し支えない)。この図にしたがえば、ストラテジー1は発達の初期に頻繁に用いられるが、徐々に用いられなくなる。この過程でストラテジー2が台頭し、発達中期には最も優勢なストラテジーとなる。しかしこれもまた後期に行くにしたがって用いられなくなる一方、ストラテジー3が徐々に優勢になる。また、ストラテジー4はその利用頻度は少ないが一定の割合で利用されている。
この重複波モデルは、一つの時期において複数のストラテジー(認知リソース)が利用可能になっているという点で、前の節までで述べてきたことをうまく要約してくれるように思える。よく使われるものも、それより高度なものも、またあまりエレガントではないものも、すべて私たちのリソースとなっている。どれが用いられるかには、状況、文脈の要因が強く関係している。問題がどんな形で情報を表現するか、それがどのような状況の中で取り上げられているのか、その時の自分の状態などによって、使われるリソースが決まるのだろう。
これと関連するが、このモデルのもう一つのポイントは、それぞれの認知リソースのはたらきを0か1かという二分法により捉えるのではなく、強弱を持ったものとして捉えるという点にある。このように考えることで、経験からの学習を通して、各認知リソースの持つ強度(たとえば、その有効性、効率性、生産性などに基づく)が変化し、大ざっぱに見た時に現れる段階の変化が生み出されることがわかる。
関連
複数の方略を持つことを認知している
論文
(63), 上野直樹・塚野弘明・横山信文(1985). 変形に意味ある文脈における幼児の数の保存概念
(65), Siegler, R. S. (1999). How does change occur: A microgenetic study of number conservation.
(66), Siegler, R. S. (2002). Micro genetic studies of self-explanation. In N. Granott & J. Parziale (Eds.), Micro development: Transition processes in development and learning.
参考文献
(62),『数の発達心理学』J. ピアジェ, A. シェミンスカ,, 遠山 啓 (翻訳), 滝沢 武久 (翻訳), 銀林 浩 (翻訳), (1967)
出典
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ポランニーのショック語実験は併走する認知リソースと同じものではないか?
ポランニーは、「知が暗黙のうちに獲得されるための中心的な(the principal)メカニズム」> を明らかにするため、「閾下知覚(subception)」の実験を具体例にとる。実験では、被験者が特定の「ショック語(shock words)」に関連する事柄を口にしたときに、必ず電気ショックを与> えるという操作が行われた。すると、被験者はショック語に関連する言葉を一切口に出さなくなり、喋りながら電気ショックを出し抜くようになった。これについて私たちは、被験者がショックを回避する「方法を知った」、ショック語に関連する事柄の「内容を知った」、そのような「知」を暗黙裡に「獲得した」とも言えるだろう[ライル 1987:28]。ところが被験者は、自分がどんな言葉を避けているのかどころか、ショックを避けるために「特定の言葉を避けている」ということにすら自覚がなかったのである[Polanyi 1966:7-8]。
論文
堀, 雄紀(2018)暗黙の知を再び語ることの意義 --身体技法の伝承場面を手がかりに--