メンタルモデルによる動的照合と境界制御の原理
境界制御の原理: the principle of marginal control
境界制御の原理の別名: 周縁制御の原理
table:下位への制御構造
組織システム 振動 過剰と過小 プロセスに対するボトルネック 大量の非ボトルネック
取引 取引コスト あまりの交換 限定合理性 マネジメント
余り 経験 規模の経済 知識の収穫逓増 資本
メンタルモデルによる動的照合
頭の中で何かを思い浮かべ、いろいろな視点から見てみたり、時間を追ったり、心のなかで操作してみる。これをメンタルモデルといいます。頭の中で行うシミュレーションもメンタルモデルです。 目の前にある壊れた自転車を前に、頭で理解した自転車が機能する構造を突きあわせることをメンタルモデルによる動的照合と呼んでみます。*1
包括する行為の構造と、その行為の対象たる包括的存在の構造は一致する。こうなってくると、すべてのリアルな包括的存在の安定性と有効性を説明してくれる諸原理の中に、暗黙知の構造が再現されていると期待する
(1)首尾一貫した存在を暗黙裡に認識するには、まず具体的な諸要素を感知して、その感覚に依拠しながら、その存在に注意を向けていく。
(2)もし個々の諸要素に注意を移したなら、諸要素の持っている(1)の機能は失われ、それまで注意を向けていた包括的存在を見失う。
(1)包括的存在を制御する諸原理は、具体的な諸要素をそれ自体として統治している諸規則に依拠して、機能するだろう。
(2)それと同時に、諸要素をそれ自体として統治している諸規則は、諸要素が構成する、より高次の存在の組織原理のなんたるかを明らかにするものでは決してないだろう。
例
チェスのプレイは諸原理によって制御される存在であり、その諸原理はチェスのルールの遵守に依拠している。しかし勝負をコントロールする諸原理が、チェスのルールに由来するものなんてことはあり得ない。このように、暗黙知の二条件、すなわち諸要素から成る近位項と、諸要素が包括された意味から成る遠位項は、実在(リアリティ)の二つのレベルとして現れる。しかもこの二つのレベルは、それぞれ特有の原理を持っているのだ。
上位と下位の二層関係
上位レベルは、下位レベルの諸要素をそれ自体として統括している規則に依拠して、機能する。しかし、こうした上位レベルの機能を、下位レベルの規則で説明することはできない。すると、この二つのレベルの間には一つの論理的関係が存在する、と言えるだろう。すなわち、二つのレベルは両者を包括する暗黙知の行為の二条件なのである。
煉瓦焼きでの例
煉瓦焼きの技術を考えてみよう。その技術は、それより下位層にある原料に依拠している。しかし煉瓦焼き職人の上位層には建築家がいて、煉瓦焼き職人の仕事に依拠して、働いている。さらに、今度は建築家がその上位層にいる都市設計家に仕えなければならない。これら四つの連続したレベルに対応するものとして、四つの連続した規則が存在する。物理学と化学の規則が煉瓦の原料を統治する。工業技術(テクノロジー)が煉瓦焼きの技術を規定する。建築術が建築業者に教えを施す。そして、都市設計の規則が都市設計家を制御する。
https://gyazo.com/003c171e3a59391d9fa6697079b79d8a
言語行動(スピーチ)での例
(1)声を出す
(2)言葉を選ぶ
(3)文を作る
(4)文体を案出する
(5)文学作品を創出する
それぞれのレベルはそれぞれ自らの規則に従属している。すなわち、それそれ以下のものに規定されているのだ。
(1)声を出す->音声学
(2)言葉を選ぶ->辞書学
(3)文を作る->文法
(4)文体を案出する->文体論
(5)文学作品を創出する->文芸批評
この五つのレベルは包括的存在の階層を形成する。なぜなら、各レベルの原理は、自分のすぐ上のレベルに制御されて機能するからだ。発せられた声は語彙によって単語へと形づくられる。語彙は文法にしたがって文へと形づくられる。そして文は文体へと整えられて、ついには文学的観念を持つようになる。
かくして、それぞれのレベルは二重の制御の下に置かれることになる。第一に、各レベルの諸要素それ自体に適用される規則によって。第二に、諸要素によって形成される包括的存在を制御する規則によって。
したがって、より高位層の活動を、そのすぐ下位層に当たる諸要素を統括する規則によっては、説明できない。音声学から語彙を導くことは不可能なのだ。同様に、語彙から文法を導くことはできないし、文法が正しいからといって良い文体が出来上がるわけでもない。また、良い文体が文章の内容を授けてくれるわけでもない。
つまり
個々の諸要素を統括する規則によって、より高位層の組織原理を表すことはできない。
https://gyazo.com/5149c4dd01056c60d5090e8ec2ea47fb
関連
パタンランゲージでの町、建物、施工に関係するだろう。
#todo TOC-CLRをいくら厳しく用いてもマップの全体的な質への貢献は限定的となるかもしれない。考えてみよう。 境界制御の原理 p73 the principle of marginal control
p71
機械はその作動原理によって規定され、それは機械がどのように作動するのか教えてくれる。この作動原理は機械を構成する部品をも規定しており、機械が作動しているときの諸部品の機能について語ってくれる。さらにそれは、機械が果たそうとしている目的についても語ってくれる。機械がちゃんと作動するためには、部品が物理学的属性と化学的属性を持たねばならず、部品の共同作業に関係して一定の物理—化学的作用が必要である。この点では、機械の材質が堅牢で、力学(メカニクス)の法則に支配されていれば、それで十分なのだ。
工学(エンジニアリング)と物理学は二つの異なる科学である。工学には、機械の作動原理とその原理に関係する幾ばくかの物理学の知識が含まれる。他方、物理学と化学には、機械の作動原理の知識はまったく含まれない。したがって、ある物体の物理学的・科学的な構造の輪郭(トポログラフィ)が完全に描かれたとしても、果たしてそれが機械であるのかないのか判断することは不可能なのであり、それがたとえ機械だと判明しても、それがどのように動き、その目的がなんなのかを知ることはできないのだ。すでに立証済みの機械の作動原理ら関連づけて行うのでなければ、機械を物理学や化学を用いて精査しても無意味なのである。
しかし、機械には、作動原理では分からない重要な特徴がある。つまり作動原理は、機械の故障や破損を決して説明できないのだ。そして、ここで物をいうのが物理学と化学である。機械の物理—科学的構造だけが機械の故障を説明できるのだ。故障しやすさは、いわば、材料の法則が機械の作動原理とは相いれないものなのに、その材料のうちに作動原理を具現化してしまった代償なのである。こうした材料は、最終的には、そうした異質な原理の束縛を脱しようとするものなのだ。
しかし、非生命体として物理学と化学の法則に従っているはずの機械が、どうすればそうした法則の支配を免れることができるのだろう? 機械は、どのようにして自然の法則にも従い、同時に、機械としての自らの作動原理にも従うことが可能なのだろう? 非生命的な物質から機械が形成されると、どうして機械は順調に作動することもあれば故障することもあるようになるのだろう?
その答は「形成(Shaping)」するという言葉の中にある。自然の法則は非生命的な物質を、たとえば月や太陽の球体のような独自の形に、また太陽系のような形態に、拵え上げることがある。人間の手が物質に他のさまざまな形を与えることもあるが、その場合でも自然の法則が破られることはない。機械の作動原理は、そうした人為的な形成作用によって、物質内に形象化されるものだ。その際、境界上には、明らかに自然の法則によっては定まらない一連の条件が存在する。機械の作動原理は、そうした非生命的システムの境界条件を制御するものだと言えるだろう。
この境界条件を決定するのは工学(エンジニアリング)なのである。そしてこれこそ、非生命的系(システム)が二つのレベルで二重の支配を受ける理由なのだ。つまり、上位レベル(=機械)の作動は、下位レベル(=物資)の境界上に人為的に形象化されるのだが、このとき下位レベルに依拠して非生命的性質、すなわち物理学と科学の法則に従うことになるのだ。
上位レベルの組織原理によって下位レベルの諸要素に及ぼされる制御(コントロール)を、「境界制御の原理」(the principle of marginal control)と読んでもよかろう。
この境界原理は、私が人間的行動の階層について述べたとき、すでに見出すことのできたものである。言語行動(スピーチ)を構成する階層をモデルにして考えると、継起的に作用する諸原理が、すぐ下のレベルで未決定なままの境界を制御している仕組みが見える。言語行動の中でもっとも低いレベルに当たる「発声」は、音を組みあわせて「単語」にする行為を概ね未決定(オープン)にしている。それはすぐ上のレベルに当たる「語彙」によって制御されているのだ。次に、語彙は、単語を組みあわせて「文」、にする行為を概ね未決定にしている。それは「文法」によって制御されているのだ。以下、同様のことが繰り返される。
さらに、非生命界の法則がおよそあらゆる機械の実用性を制限するのとちょうど同じように、各々の下位レベルは、それぞれすぐ上のレベルに制限を課す。他方で、すぐ下のレベルの活動が上位レベルの支配を免れると、その上位レベルは機能しなくなるだろう。たとえば音がでたらめに氾濫すれば単語は我を見失うだろうし、氾濫する単語の海に文は溺れてしまうだろうということだ。
広い意味では、こうした境界制御の原理は、生物レベルの階層でも作用している。安静時の生命を維持している自律神経系は、筋肉運動による肉体の動作の可能性を未決定(オープン)にしている。筋肉運動の原理は、生得的な行動パターンへ統合される可能性を未決定にしている。さらに生得的な行動パターンは、知性による「形成」の可能性を未決定にしている。そして、もし私たちがそれより上位の原理をもっていたなら、知性による形成が作動することによって、今度はそうした、上位の諸原理が働く可能性が広範囲に開けてくる。
こうして境界原理の実例を見てくると、それが人工物にも存在するのは明らかだ。たとえば機械である。また、たとえば言語行動などの人間的活動や、あらゆるレベルでの生命機能においてもそうである。境界原理は、一定の構造を持つすべての包括的存在の機能を、根底で支えているものなのだ。それゆえ、私たちは機械について行った分析に依拠して、次のように断言することができる。
「生命機能を機械的に説明しようとすれば、物理学と化学による説明になる」という、生物学者たちに支配的な見解は、間違いである。また機械は、「物理学と化学の手が及ばない境界条件が、物理学と化学とは無関係な諸原理によって制御されている」という事実によって、規定されるのだが、この結論は次のことを明らかにする。すなわち、生命体の中の機械的に機能する部分は物理学と化学では説明できないというが、それは、その部分に特有の境界条件の観点から述べられていることである。
#todo *上位レベルの円滑な作動には、下位レベルが開放されている必要がある。組織の階層システムに転じて考えてみる。 境界は何によって生みだされるか wip
どのレイヤーでどのようなコントロールを受けるか
・法律といった支配的な評価基準
・社会的な慣習といった評価基準
・物理学が支配する力学
関連
出典
*1 スキーマの同化と調節で説明できるのかもしれませんが、字面からイメージがわきにくいのです。 関連
アレグザンダーの3原理と比較する
みつけた資料
堀内, 匡(1999), 秩序創発特性を有する問題解決システムの構築に関する研究
中島秀之(2009), 構成的認知モデルへのアプローチ
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身体部位の冗長性
p59
身体各部位の動きには冗長性、つまり自由度があります。例えば、腕を上げている状態から下ろす状態に移行させる経路は数限りなくあります。野球の打者が、バットを構えるという状態からスタートして、インパクトポイントで球を捉えるというゴール状態を達成するために、身体を動かす方法は無数にあります。つまり、身体は、各要素の関係性に冗長性をもつ「物体」なのです。身体の構造が冗長性を有すると指摘した最初の研究者は、おそらくロシアの運動生理学者のニコライ・A・ベルンシュタイン(ベルンシュタイン 2003)でしょう。
出典
関連
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メンタルモデルによる動的照合と境界制御の原理
アルファゼロのプログラマーは、彼らの作品が自分一人で「白紙の状態」からマスターにまでなったと言って宣伝した(注25)。しかし、チェスの対局は白紙からは程遠い状態で始まる。アルファゼロのプログラムが動いているチェスの世界は、制約の多い、ルールを基準とした世界だ。一方で、戦術よりも戦略が重要になってくるビデオゲームでは、AIは大きな課題に直面した。
AIが挑んだゲームは「スタークラフト」だ。スタークラフトはリアルタイム・ストラテジー・ゲーム(その場その場で臨機応変に計画を立てながら戦うゲーム)の一つで、仮想の生物がはるか天の川の彼方で、主権を巡って争うという設定だ。このゲームでは、チェスよりもかなり複雑な判断が必要になる。プレーヤーは、敵と戦い、インフラを計画し、スパイ活動をしつつ、地域を開拓し、資源を集めなければならず、それらが相互に影響し合う。
ニューヨーク大学教授でゲーミングAIを研究するジュリアン・トゲリウスは、2017年に、AIはスタークラフトで人間との勝負に苦戦したと語った。AIは個々の局面では勝っても、人間が「長期の順応戦略」で調整して勝ち始めたという。「思考には非常に多くの層がある」と、トゲリウスは言う。「人間は、ある意味ですべての層から別々に情報を得て、それぞれについておおまかに把握し、それらを組み合わせて状況に順応できる。カギはここにあるようだ」