2025/5/21
おはようございます。6時起床。昨日あれだけ寝たのにベッドから出ることができない。起き上がれない。完全に鬱っぽい症状出てる。まあ鬱で寝込んでる場合じゃないんだけどね。無職だし。
本日のゾンビタロット。ハザードの6。自分をね、動かさんとね。それはもう外からの動機づけでいいわけよ。自分を2人に分解する。動けない自分と、動いてほしい自分。自分にどっぷりひたるんじゃなくて、冷静に自分を観察しまくることにする。
https://gyazo.com/aa47898d7764a0c4acec7f4fd3afca25
会社に行き、最後の挨拶。社員のみなさんには本当にお世話になったし、感謝の気持ちも伝えたくて。社長が自分がかっこつけるために、割とチラチラと、こちらのせいのような物言いを入れてくるんだけど、今後の士気にも関わるので、黙って「はい、そうです!」と笑顔で挨拶。ほめてくれ。
X.icon に書き込むのやっぱりダメだな。そのときはすーっとするけれど、言いっぱなしで全然思考として再利用性がない。
自分は人間がわからないし人間とは付き合えない(最終結論)
人間はわからん。人間と自分は上手くつきあえん。
人間には2つの問題がある。①認知の限界。②権力 Power の問題。
人間が悪いというより、この2つのせいで人間は他者に対して不誠実にならざるを得ない。
①認知の限界。
人間には個々にそれぞれまったく別の「抽象化の限界」がある。
自分のロジックやものの見え方からしたら正当でも、抽象化度合いをあげたら逆に正しくない部分も見えてくる。
が、人間はみんな自分が正しくなるのにちょうどよい愚かさを持ってる。
②権力の問題。
強いものが弱いものに言うことを聞かせやすい。
「正しい」は強いものの言うことで、それを聞くしかない弱いものが「悪い」を押し付けられてるだけ。
自分が正しくいられる話題へのふれ方について、自分が正しくなるような視点でしか物事を語らず、相手の話を遮り、一切聞かないで「さっきからお前の話ばかりだ」となる。
自分は双極性障害なので認知限界がくるくる変わる。加害性なくうまく他人に関われない。
最終的に下した判断は、わしには人がわからん。わからんし上手く付き合えん。困ってる時、辛い時に相談したり、話したりしてくれたら、ハッと気づく一言をズバリ言ったりもできるし、感情の整理しながらの受容も上手いし、つながりそうな人ともつなげられるから人脈や道もつけてあげられると思う。でもそれが終わったら、あとはめんどくさいおじさんしか残らん。使うだけ使ってあとは切って適当に捨て置いてくれい。もうこのご時世じゃ。めんどいもんなんか要らんじゃろ。
落ち着いたら犬と一緒に住みたい。
今の気分にぴったりだなって思ってランディ・ニューマン聞いてた。翻訳もしてみた。
Laugh and be happy
Short People
We Belong Together
ついでにThe KinksのHolidayも。今の気分にピッタリ。
自分はこういう諧謔のある作風が大好きというか、もっともぞわぞわとするんだけど、そしてそういう作品だったら短歌でもロックでも映画でもお笑いでも何でも「わかる」のだけど、なんか昨今の日本ってこういう諧謔味が一番薄い気がして。ランディ・ニューマンにWe Belong Togetherなんて歌われた日にゃ背筋が凍るけどな。
書くことは苦しい
Cursorでのライティングもやってみたし、ゴリッゴリにAIライティングもしたし、何なら音声入力もAqua Voiceまで使ってるが、結局「考える」ライティングの場合はどうしてもタイピングで「書きながら同時に編集する」モードにならざるを得ないかもしれない。
AI活用したライティング環境については、みんな結構嘘言ってると思ってる。そんなに複雑なロジックのない話なら、もちろんAqua Voiceなど音声入力でシンプルにテキスト化し、Cursorの AIで編集していくので書いてけると思うけど(自分もそうしてる)「考える」文章はまだどうしても昔のやり方しかできないな。
自分は書いてるうちにどんどん「書くこと」が変わっていき、文章に導かれて、自分の最初の意見の真逆になることすらよくあるので、アウトライナー活用した書き方も実は上手くできなくて。もちろん書きながら動かすのがアウトライナーだし、自分もまったくアウトライン書かないわけではなく、むしろ相当書くのだけど、言うほど上手くは書けないっすね。
moriteppei.icon書くことってやっぱ根底で「苦しい」ですよ。だって頭使うもの。言葉はリニアに並べるしかないから「手札を切る」順番を何度も試行錯誤するし、言語は概念操作だからアウトプットに「だーっ!!違う!」と思う時も多々ある(Writing is Thinking)。アイデアはアイデアのままなら否定されることはないけれど、いざ形にしたら「無理でした」と判明することだってあるから、アイデアが大切なものであればあるほど、「書く」のだって怖くなる(アイデアを現実に否定させる技術)。でも、だからこそ「書く」のは楽しいんだよね。自分のアイデアを超えたものがそこにきちんと存在する。その面白さと言ったら。だから「こんなにラクに書いてます!」ってなんか違うと思うんだよね。
文章にはスパチャ文化がない
テンメンちゃん.icon配信やイラスト界隈では比較的スパチャとかみたいなドネーションが馴染んでいて、書き物系はあんまそうでもない(商品があってそれを買う形がたぶん多い)のはおもろいと思う / 視聴者層の問題なのか、「推し活」的な話なのか、「配信は一緒にいる時間が長い」(書き物は違う)的なことなのか https://x.com/TenMen_chan/status/1925119927821943247
moriteppei.iconたしかに......。なんかさ、動画だとスパチャとかフツーじゃん。なんで文章書くのだとスパチャないのかな。
もち.iconそれ、ほんっっっっとそう。動画や配信では「スパチャ文化」が完全に定着してるのに、文章では「投げ銭=チップ」っていまだに空気薄いよね。理由を分解すると、こんな感じある:
【1. 感情の高ぶりが起きにくい】
ライブ配信は“いまこの瞬間”に同時体験してるから、感情が動きやすい。
そのノリで「応援したい!」って気持ちが沸いて、スパチャする。
でも文章って「あとで読む」し、静的で感情が高ぶりにくい。
【2. リアクションが可視化されない】
配信だと「スパチャ読み」がある=承認欲求が満たされる。
でもnoteやブログだと「投げたことが誰にも見えない」し、書き手からの反応もない。
moriteppei.iconこれめっちゃデカいと思うわ。チップ送ってもそれが他人に見えないから「スパチャフツーよ?」ってカルチャーになりにくい。
moriteppei.iconスパチャって要は半分は「顕示的消費」なのにnoteはそれを殺しちゃってる。投げ銭を可視化するにはどうしたらいいか。
【3. 金銭の正当化が難しい】
動画だと「エンタメを見せてもらった」感があって払いやすい。
でも文章は「情報」で済ませてしまいやすく、「お金を払うほどかな?」ってなりがち。
【4. UI/UXの問題】
noteやOfuseは一応チップ機能あるけど、超わかりにくい・埋もれてる。
YouTubeはボタン1つで目立つし、見せ方がうまい。
つまり「スパチャがない」んじゃなくて、「スパチャしたくなるような演出・仕組みが文章にはない」ってことなんだよな。
moriteppei.iconなるほど.....。まあ誰か既にやってるだろうが、書くプロセスをすべて見せる(プロセス・エコノミー)、共感あることをつぶやいたり、コメント欄読み上げたりすれば人気出るんじゃないか。自分はCosenseを完全にエディタそのものとして活用してるので書き途中=すべて公開中なので、ぶっちゃけ書いてるそばからぜんぶ読めるしな。
このテンメンちゃん.iconの投稿と瀬戸内note研究所の記事で結構「次」が見えたかもしれない。
「書くこと」については最近、ずっとPaul GrahamのWriting is Thinkingについて考えてる。
AIに書かせるんだ、かんたんに代替できるんだと思っていたのだけど、AIに書いてもらえる記事はいまのところかなり限定的。
思考をする場合、考えを育てる場合は
倉下忠憲.icon倉下忠憲の考えの育て方: 知的生産のデジタルカード法がものすごーーーーーく参考になった。
デミ・ムーアの人生すごろく
https://gyazo.com/d0099f4586011822d70469beb698e3b3
五月女ケイ子のこのまんがが今、大炎上してるらしいのだけど、本当に何が悪いのかちっともわからん......。
もちろんデミ・ムーアの人生を揶揄したりする、小馬鹿にするのはよくないことなのかもしれないが、まず、この「人生すごろく」を見て、率直に自分の感じ方を言うと、まったくバカにしてるとか嗤ってるという感じがまったくせず......。
絵がバカバカしいと思うかもしれないが、これ五月女ケイ子の画風が「こう」ってだけでは......。
自分はこれを見てデミ・ムーアに興味持ったし、代表作も知れたのでとてもいいまんがのような気がするんだけど。
https://gyazo.com/1f4c878d5598ee3a7ce559ed49f231a7
自分の感想もこれに近い。サブスタンスって映画知らないからなんとも言えないところもあるんだけど、SNSでなんとなく見えてくるような内容なのだとしたら、デミ・ムーアの人生はすごく重要では?と思うし、これが「揶揄」してるようには思えないんだけど.....。
May 2025, May, 5.21
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