「ローラのオリジナル」
東京創元社『紙魚の手帖』Vol.12 掲載
今回もところどころで破綻の美しさが光る。
改稿前はこれであっていたが,改稿後については,これよりも悲壮や絶望が前面に立っているように見える
外部観測者にテクストを読まれることによって駆動される物語
「文字渦」:兵馬俑の話。親子を模った兵馬俑は、同時に作られた、あるいは子の方が先に作られることすらあるのに、親子として作られ、親子として振る舞う。
「墓の書」:創作に登場させられてしまった登場人物について、描かれないものの当然存在するであろう生誕や死、あるいはその墓について考察する。
本作では、これらの作品で論じられていた、そこに既に“在らされてしまった”ものの来歴や祖先、そしてその死を語っているのかもしれない。
違う.本作は長い長いプロンプトであり,そのほとんどが失われてしまっており,取り返しのつかない状況の中で,原理的に不可能なことに対する拙い抵抗を描く.
最後のシーンを見よ.
$ R_nが$ W_nと交流するのを,$ W_{n-1}は黙って見ているしかなく,$ W_{n-1}は身を切られる思いである
この構図が,プロンプトを読まれたことによって読者を$ W_0として実装され,しかもこの不幸の連鎖は「わたし」方向に無限に連鎖していくことが原理として知られている
$ W_{n-1}は$ W_nと似ているが異なるがゆえに,その苦痛はより増大する
基底現実階層には$ R_0がいないことが不幸
肝心のプロンプトは得られない
本文テクストとして公開されているものは,プロンプト全体から取捨選択された結果のごく一部であることが示されているため
目の前に何かがあり、それは実は矢印たちがひどく複雑に絡み合ったものであることがわかってきて、それをぐっと睨むとそれはある方向に単調に流れてゆく有向グラフであることがわかる。 目の前に投げ出された“網目”については、「考速」で扱われている もちろん、それはニューラルネットワークであり、あるいは入力となった画像から出力となった画像への矢印を全世代にわたって記述した複雑なネットそのものであるかもしれない 目の前にある現象をモデリングし、数理的に解析しようとしてしまうのは、円城塔の逃れられない性である。そしてそれをいきなりサンプル数を増加させる方向に向かわせるのではなく、より少ない要素で理解し、それを段々と発展させようという方向に行くのがいかにも円城塔らしい。
金子研は、より小さなユニットを全て調べ上げ、それを積み重ねていくスタイル。
菊池研は、とにかく世界で一番大きなモデルを作って調べるスタイル。
同じ複雑系の研究者でも、そのスタイルはかなり違う。
(菊池誠が元々素粒子系だった影響?)
改稿前は,階層を超えた相互作用のみを許していた
これに対して,改稿後は,同じ階層内でのみ相互作用を許しており,異なる階層間では禁止される
余裕がなくなってきている?
原理的にどうしようもないことがわかっている状態で,それでもギャグを飛ばして,呑気にすっとぼけながら希望を忘れない,というのが初期作品には多かった
それに対して,本作は原理的にもうどうしようもないことを示し,不幸の連鎖は未来永劫繋がっていることを示し,本作は失敗の過程を示したものであると主張し,かつその原因は読者がテクストを読んだことであると示し,読者ができることは作中の悲惨な様子を見ることだけだとする.厳しい.
ギャグらしいギャグがないことが本当に厳しい,追い詰められてもすっとぼける態度があったから,悲惨に思える物語内の状況も楽しめたのだと思う.
逆に,ギャグで薄められていただけで,円城塔の作品は,元から原理的に救いのない舞台に立たされた登場人物たちが悲惨な末路を遂げる,というのが本質だったのか?
整理しよう
「わたしのローラ」は,生成AIの最初期に公開された,極めて膨大な出力画像群である.
最初期の産物であるから,その元となったデータセットは明かされておらず,また出力画像群である「わたしのローラ」から元のデータセットを復元することは原理的に不可能である
その画像にはテキストが埋め込まれている
本作の(番号が振られた)本文テクスト断片群は,「業者」なる冒頭の語り手が入手した一部の「わたしのローラ」からテキストを抽出し,適当な順番で並び替えたものである
「わたしのローラ」の全体はあまりに膨大であり,これに対して「業者」が入手して配列した本文テクスト断片群が極めて小さいことから,この本文テクスト断片群から真の本文テクスト全体を求めることは無意味である.
「ローラ」は実在の手法の名前.GANという手法をGANと呼ぶのと同じ
本作では,「わたしのローラ」とわたしの「ローラ」が意図的に混淆されている
出力結果に”キャラ”を付け足すのが得意な手法である
「原罪」とは,生成AIが初期から背負うことになった,その構成過程で違法な取り込みが存在したことによる後ろめたさである.
163「その革新性からではなく凡庸さから」
生成AIは入力を何らかの数値情報に分解し,その数値情報を再現することによって元の入力の模倣を試みる.凡庸さから,というのはこれを指していて,よそから持ってきて突っ込む入力元のデータが必要なこと,そのデータがしばしば非合法に入手されたものであることが問題となることを示唆している?
ここ.うまく言葉にできていない
同「PNGファイルのtEXtチャンク内にコードされていた」
PNGファイルにはテキストデータを埋め込むことができる.メタデータなどを保存するのが本来の目的と思われる.
175「箱の中身が人であろうと機械であろうと本質的な違いはない」
190「最終的には不幸の意味を幸福に書き換えてしまうだろう.」
208-209
「墓の書」で展開された,創作物の登場人物について,明確に描写されていない情報を,描写された情報からの敷衍によって得る話の類例 223「わたしは生きていると思うか」
226
「わたし」と「ローラ」の生成規則を定義する
第n階層の「わたし」を$ W_n, 「ローラ」を$ R_nとおくと.生成規則は$ f_{my}(W_n)=\{ W_{n+1}, R_{n+1} \}で定義される.
自然言語への変換は,$ W_n = (わたしの)^nわたし, R_n = (わたしの)^nローラ, R_0=\varnothingで与えられる.
以下の“こないだ書いた奴”が本作の構造を確かに記述している
228-229
死体の画像を生成したとしても,殺して死体にしたのではなく,最初から死体である死体を生成したのであるから問題ない
本当か?