「文字渦」
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円城塔は、文章を読み書きする際に、情景描写を画像として思い浮かべるのではなく、文章そのものとして扱う
文字が違うと顔が変わる
字面が違うんだから面構えも違うのでしょう
兵馬俑の兵士の顔はひとりひとり違う
実在の個人を象っているのだから、もちろん顔は違わなくてはならない
則天武后が自らの名前を記述するために作らせた則天文字も発想の助けになっているだろう 文庫p.22~ 始皇帝の姿を写しとる
刻一刻と変わっていく始皇帝の姿を真人としてそっくりそのまま写しとるにはどうすれば良いか
例え時刻tにおける始皇帝の姿を瞬時にコピーできたとしても、時刻t+ΔtではΔtだけ時間発展している
つまり、ある瞬間的な操作xに対して不変な対象として始皇帝を構成出来ればよい
最終的に始皇帝に容れられた俑が“始皇帝を含まない秦”であったことは、最短かつ自明なクワイン$ \varnothingからの発想であろう
甬の提示した答えは、ある意味”自明な”俑であった
その系のダイナミクスを記述するような自己参照関数を記述すれば良いという話ではある
しかし、人間である始皇帝と土塊である俑とではそもそも異なるので、自己言及構文を構成不可能?
時間発展するような俑があれば、自己参照俑を作成することで解決出来たかもしれない
一方、文字を用いて始皇帝を写しとることは、“嬴”を次々に時間発展させることによって可能
漢字というものは、そもそも象形文字であり、書き表したい対象に対して1対1で対応するものであった
ゆえに、漢字を用いればいかに対象が変化しようとも自明に1対1対応する
漢字は時間発展するような(相対論的な)対象に対しても十分に有効
漢字の張る“思考空間”を考えたとき、漢字がふらふらと移ろっていったとしても、所詮連続変換によって座標を移し替えることができるので、全く問題ない
文庫版25頁「頭の先が一瞬先、足の先が一瞬後の姿を写すというような、時間に侵された像は必要ない。」
始皇帝が求めているのは内部観測による像ではなく、外部観測による理想的な像であると言っている もちろん、現実の観測は相対論による制限があり、時間に依存しない理想的な観測は実現されない
なので、始皇帝の要望を実現する解決策としては、作中で提示されたような、始皇帝の像を作らないという自明な解決策しか存在しない(半ば詰んでいる、ということ)
なお、反証可能性を欠いているので、このような問いは科学ではない ということで、わたしたちの世界がこのような世界であるという否定は科学的に不可能である
ここで自己言及という様相を見せる
俑(焼き物)は1万年単位で長持ちする
縄文土器とか今でも畑から普通に出てくるしね(普通出てこない) つまり、焼き物とはある時点における“何か”の姿を非常に長い時間保存する記述方法であると見なせる
焼かれることで焼き物は永遠となる。本作の最後で阿房宮が炎上するのは永遠になったことの象徴
(ここではじめて文学的解説に入る)これがうまい。始皇帝の死後の秦が炎上することによって浄化され、かつ永遠となる。
一方、漢字は時間とともに移ろいゆくものである(時間発展する)
しかし、漢字は変化するがゆえに、時間の流れの中を生き抜いていく(漢字の“進化論”)
『文字渦』という連作を貫く”公理”が本作によく現れていることが読みとれる 文字は移ろう(時間発展する)
しかしその意味はしっかりと保存している
文字は思考を規定する
文字の統制は思考の統制に繋がる
(文字は1対1対応する)
これはひとつ弱い公理
上記のふたつの公理を置いたとき、自然に導出される自明な主張
皇帝にはそれにふさわしい漢字が1対1対応するという考えでいくと、“嬴”問題とか則天文字の方に行き着く 逆かもしれん。漢字と対象は1対1対応しなければならないというのが大前提
第8話「名と実体」より、33頁「文字はこのようにして、実在の世界と不可分にして対応する。」
第64話「『説文解字』」より、191頁「一語を一字をもってあらわす漢字の原則」
対象はもちろん時間発展するので、漢字はそれに合わせて時間発展する、もしくは意味が変化する
対象に合わせて変化する漢字、というのは容易に理解出来るが、本作ではそれをひっくり返しているのがSF的なポイント
小篆によって自由奔放な漢字を押さえ込み、言論を統御しようとした始皇帝すら自分の苗字に引っ張られて姿が変わってるのが笑いどころ
漢字と対象が1対1対応することから、ほかの2つは自然に導出される気がする
話はずれるが、この世界はチューリング完全なので、兵馬俑がこの世界を完全に再現することが出来るなら、兵馬俑はチューリング完全。 始皇帝の問題を数学的・物理学的に整理すると、「時間発展する始皇帝$ S_{Emperor}について、観測を表す0でない演算子$ Oを作用させたとき、常に始皇帝と同じ観測結果を与える俑$ S_{figure}を構成せよ」
つまり、連立方程式$ \begin{cases} O S_{Emperor} = A \\ O S_{figure} = A \end{cases}を満足する$ S_{figure}を求めることに帰着される
この方程式の解き方は2通り。物理学的考察によって特殊解を求めるか、力づくで一般解を求めるか。
特殊解の求め方:演算子$ Oがnone-zeroなので、$ S_{Emperor} = S_{figure} = 0が方程式を満たすことは自明。
一般解の求め方:$ S_{Emperor} = S_{figure}を厳密に満たすことを要請すると、量子複製禁止定理より、系が“中身のある”系の場合成り立たない。一方、$ S_{Emperor} = S_{figure} = 0が量子複製禁止定理に束縛されないことは自明。 よって、始皇帝の像を作らないことが唯一許される解である。
$ S_{Emperor} = S_{figure} = const.は許されるか?
0以外の定数であるとき、それを0として基準を取り直せばいいので、tを含まない定数項は全て0と等価。つまりガリレイ変換の下で不変
真人は時間発展しないので、
$ \frac{\partial}{\partial t} S_{figure} = 0 より$ S_{figure} = const.