アレグザンダー祭りへの道
アレグザンダー祭りのプロモーションとして書かれた、アレグザンダー祭りをなぜ開催したかの経緯。 オブジェクト倶楽部のメルマガで3回にわたり配信された。
上記メルマガの文章を以下に転載したtkskkd.icon
アレグザンダー祭りへの道 (1)
はじめに
今週から3週にわたって、2010年1月15日に開催予定のオブジェクト倶楽部主催「アレグザンダー祭り(仮称)」の紹介記事を連載します。そもそもなぜ、このようなイベントを開催しようと考えたのか、そのきっかけを伝えて、イベントへの興味を持って頂くことが目的となります。イベント自体についての情報は本連載中ではなく、別途イベントのアンケートサイト(*1)や申し込みサイト(予定)にて公開しますのでご期待ください。
デザインパターンやeXtreme Programmingをご存知ですか?
デザインパターンとは、ソフトウェア設計における問題領域に対して先人達が
解決してきた、典型的な設計の定石集です。オブジェクト倶楽部メルマガ読者の皆さんなら、殆どの方がご存知でしょうか。1995年の「デザインパターン」の出版以来、デザインパターンは、世界のエンジニアに広く利用されてきています。デザインパターンという名前を知らなくても、「〜Factory」「〜Adaptor」「〜Visitor」「〜Proxy」というクラス名を見たことのあるプログラマの方は多いと思います。現在皆さんが日々利用しているフレームワークやライブラリは、多かれ少なかれ、デザインパターンの恩恵を受けているといっても過言ではありません。 eXtreme Programming(XP)は、ケント・ベック氏がまとめた、開発者とユーザーが協調して、価値のあるソフトウェアを作りあげるための方法論です。今ではアジャイルプロセスという分野のひとつとして数えられるXPですが、1999年の「XP Explained」の出版当時は、プラクティスと呼ばれるスタートラインとしての実践集と、その背景にある価値観、そして実践に際して守るべき原則という構成は、多くのソフトウェアエンジニアに影響を与えました。 一見、まったく別の領域のムーブメントのように見える両者が、元を辿っていくと、実は同じ源泉に行きつきます。それが建築家クリストファー・アレグザンダーという人物です。 アレグザンダーとその影響
都市から町、そして細部に至っては住居内のレイアウトに至る広範囲に渡って、長年様々な文化で培われてきた「よい設計」という定石を、パターンという形式に編纂し253個のパターンにまとめました。そしてこれらのパターンは単に一覧でまとまっているというだけでなく、それぞれ別々のスケールのパターンを組合せることによって「心地良いデザイン」を生み出すという、単語を組合せることによって言葉を紡ぎだすのと同じように、パターンの組合せによってデザインを生成するというランゲージという視点を踏まえた野心的な試みです。この「パターンランゲージ」というアプローチに大きく影響を受けた結果、生まれたものが「デザインパターン」なのです。
パターンランゲージ」の背景にあるアレグザンダーの理論を記した書で、大きく分けると、施主が建築プロセスに参加するという住人つまりエンドユーザー参加の視点、そして少数の建築家が作成した設計図に従って作っていくのではなく、漸進的に小さなプロジェクトを進めることで全体を作りあげていくという漸進的成長のプロセスを提唱しました。ケント・ベック氏がオレゴン大学在学中に生協で本書を読んだ経験が、XPに強い影響を与えたと本人も認めています。(*2) アレグザンダーから学ぶもの?
ここまでの説明の通り、アレグザンダーの思想、方法論は、ソフトウェア開発においてはソフトウェアパターンやXPを始めとするアジャイルプロセスという形で成果を挙げてきましたし、今後も成果を挙げ続けるでしょう。しかし、もう我々ソフトウェア開発のコンテキストにおいては、アレグザンダーに学ぶものはなく、未来に向けて前を向いていればよいのでしょうか?アレグザンダーの思想は、自分達の技として身に付けたものとしてコモディティ化し、歴史の1ページとしての民俗学的資料価値しかないのでしょうか?
筆者が昨年から氏の著作を読み返して今一度気づいた結論は「否、まだ我々はアレグザンダーから学びとらなければならないのではないか」です。そうしていろいろ調べている中で見つけた資料の中に次の2つがありました。ジム・コプリエン氏の「On the Nature of The Nature of Order ネイチャーオブオーダーを考える」(*3)、そして「East Meets West」(*4)でした。
連載その2へ続く・・・。(懸田)
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アレグザンダー祭りへの道 (2)
前回のあらすじ
前回は、クリストファー・アレグザンダーという人物と、ソフトウェア開発における影響について、そして今まで学んだというだけでなく、これからも学ぶべきとろこがあるという展開まで述べました。今回は、ソフトウェア畑に目を移し、ジム・コプリエン氏の紹介をします。 ジム・コプリエン氏
ジム・コプリエン氏は、C++に関する数冊の著作を持ち、ソフトウェアパターンのコミュニティで初期の頃から活躍されている重要人物です。氏が1994年に発表した「開発工程の生成的パターン言語」*1は、開発プロセスや組織の構造に着目したパターン・ランゲージです。 アレグザンダー氏のパターン・ランゲージが具体的な構成要素を対象にしていたのに対して、コプリエン氏はプロセスや組織といった目に見えないものに対してパターン・ランゲージを適用したという点が非常に斬新でした。この「開発工程の生成的パターン言語」は、形を変え、アジャイル開発の各プラクティスとして現在も使われているのです。後に氏は『Organization Patterns Agile Software Development』(邦訳:『組織パターン』)という書籍を出版しています。(*2)
The Nature of Order
コンプリエン氏は、この講演の冒頭でこう述べています。
「アレグザンダーのアイディアは、ソフトウェアパターンのコミュニティの20年先を歩んでいる」
「ソフトウェア開発者の何パーセントの人間が,Don Knuth のMIX や TEX のようなソースコードのすべてを読んだことがあるだろうか.」
East meets West
そして最後に次のような趣旨を述べました。
「パターンはおそらく私自身の文化よりも東洋の文化のほうが遥かに向いているというのが私の信念です。(中略)私が聞き知っていることから察して、日本文化というのは、パターンに基づいたアプローチの故郷として、西洋文化よりもふさわしいのではないでしょうか。」
「Alexanderは、パターンを"The Gate"、つまり"門"と呼んでいます。その"門"を抜け、理解と悟りの道を進みながら、「無名の質」あるいは「全一性」と彼が呼ぶところの質へと至るというのです。(中略)そこで、皆さんにお願いしたいのです。その道へ歩み進む手助けをしてください、と。」
この講演から、来年(2011)で早10年が過ぎようとしています。私達日本人は、コプリエン氏の言うとおり西洋よりもパターン・ランゲージに相応わしく、成果を挙げたのでしょうか?彼らと共に前へ進むことができたのでしょうか?
さて、最近のコプリエン氏の活動に目を向けてみましょう。コプリエン氏は現在デンマーク在住で、認定スクラムマスター講師としてトレーニングを数多く行っています。また最近は、DCIという新たなオブジェクト指向設計手法を提唱しており、各所で話題(*5)になっています。また2010年には、『『Lean Architecture』』という書籍を出版予定です。(*6) 今回のオブジェクト倶楽部アレグザンダー祭りでは、コプリエン氏に、アレグザンダーの理論とソフトウェア開発との関わりについて、「East meets West」以降の活動について、そして今後のソフトウェア開発の向う道について、熱く語って頂きます。(懸田)
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アレグザンダー祭りへの道 (3)
前回までのあらすじ
前々回は、クリストファー・アレグザンダーという人物とソフトウェア開発における影響について、そして今まで学んだというだけでなく、これからも学ぶべき点があるという展開まで述べました。
前回は、クリストファー・アレグザンダーの思想をソフトウェア開発に応用した点で著名なジム・コプリエン氏の紹介をしました。彼のふたつの講演資料から、アレグザンダーの最新の思想である『The Nature of Order』の先進性について、そして氏が2000年に来日した時の講演である「East meets West」での東洋に対するメッセージを紹介しました。 日本とアレグザンダー
アレグザンダー氏は、アメリカ人でカリフォルニアのバークレー大学の教授を努めていました。しかし氏の手掛けた最大の建築物は実は日本にあります。それが埼玉県入間市の東野高校(当時は盈進学園)(*1)です。東野高校は、元々茶畑だった土地に施主である学園理事が求める「紋切り型ではない学校を作りたい」という要求に答えてアレグザンダーと環境構造センターが設計しました。 設計は、ユーザーである教師や学生代表のヒアリングから始まり、リアリティのある問題とその解決策をまとめ、独自のパタン・ランゲージとして構成、文章化しました。ユーザー達は出来あがったパタンを全員出席のミーティングで読み合いながら、頭の中で想い描き何度もチェックし推敲し、ビジョンを明確にしていきました。(*2)
この時、アレグザンダーと共に、東野高校のプロジェクトに関わっていたのが中埜博氏(*3)です。 日本におけるアレグザンダーの理論の実践者
中埜氏はアレグザンダー氏が教鞭をとっていたカルフォルニア大学バークレー校で学び、帰国後、東野高校をはじめとした建築プロジェクト、町づくりに携わっています。中埜氏の著書『パタン・ランゲージによる住まいづくり』(*4)では、個人住宅を題材に、実際にどうやってパタン・ランゲージを使って個人宅を作っていくかというプロセスが具体的に描かれています。イラストや写真が満載で、かつアレグザンダー氏の著作よりも平易でお勧めです。オブジェクト倶楽部のメンバーの中でも、昨年から話題になっています。 また筆者は、2009年7月に行われた、中埜氏主催の夏季講習「参加のまちづくり入門演習」に参加してきました。この講習では、実際に町を歩き、そこで心に残る景色をスケッチし、その場所を強めるためのアイディアをまとめ、方針や戦略を立ててプロジェクト化するという一連のプロセスを疑似体験してきました。 この中でユーザーが独自のパタン・ランゲージを作り、それをもとに合意形成を行うという体験をしてきました。パタン・ランゲージは、ソフトウェアの文脈では、デザインパターンや『組織パターン』に代表されるように、構造やプロセスの定石集という意味合いが強いのですが、実際の建築や町づくりの現場では、構造に加えて、ユーザーが直接体験する部分を表現し、それを元に合意形成を行うという用途の意味合いが強いことが実感できました。つまり、原要求をパタン・ランゲージとして表現し、ユーザーと開発者の間での共通語彙にするのです。 また、中埜氏はまちづくりではなく"まちなおし"という言葉をよく使われています。これは「今ある町を生かしながら、長所を強め、短所を長所でカバーしていく」という意味です。これを例えば業務と捉えたときには、「今ある業務を生かしながら、長所を強め、短所を長所でカバーしていく」ということになります。我々のドメインで応用が効くのではないでしょうか。 アレグザンダー、中埜両氏に師事した経験のある稀有な人物がいます。それが笹川万国氏です。笹川氏は大学在学中にアレグザンダーを知り、卒業後に中埜氏に師事しました。その後カリフォルニア大学バークレー校客員研究員として渡米し、アレグザンダー氏のプロジェクトや研究に参画したという経歴の持ち主です。前述の「参加のまちづくり入門演習」には、中埜氏と共に主催側として様々なワークを進行していただきました。 まとめ
3週間にわたって、2010年1月15日の「アレグザンダー祭り」に関する集中連載をお届けしてきました。このイベントは、昨年からオブジェクト倶楽部内の一部で話題になった、アレグザンダー再考のひとつの区切りとして開催します。
実はアレグザンダーについては、一度日本のソフトウェアパターンムーブメントが活発だった時期に、一通り触れられています。しかし、時は移り、人が変り、アレグザンダーとソフトウェア開発の繋りを知る人が少なくなってきたのは事実です。ある意味、私達はアレグザンダーを再発見したのです。また、当時のムーブメントの際には、まだ出版されていなかった『The Nature of Order』の存在や、前述の「アレグザンダーとのつながり」を綿密な調査の上に記した、江渡浩一郎氏の『パターン、Wiki、XP』(*5)の出版という偶然も重なり、まさに今が再考の時期だと確信しています。 ひとつ大きなポイントとしては、アレグザンダーのパタン・ランゲージは、単なる暗黙知の再利用のためのカタログではなく、本来はユーザーと開発者との間で使われ、あるいは作られ、合意形成や、設計、施工という大きな流れの中で実現されていくものであるということです。これは、まだソフトウェア開発の現場において実現されたとは言えないでしょう。またユーザーストーリーの積み重ねにおける漸進的成長プロセス、利用者参加という側面は、アジャイル開発にてある程度実現されてはいます。アレグザンダー氏は、更に漸進的成長プロセスの中で、「センター」という存在を順番に作りあげていくことで、豊かな全体性を生みだすというアプローチを提唱しています。この部分の話は、我々にも応用できるヒントがありそうです。 このように、アレグザンダーをよく知っている方も、知らない方も、ジム・コプリエン氏や、中埜・笹川両氏を通じて、アレグザンダーの思想、理論、実践に触れて、その先にある本質を掴みとってください。12月4日までにお申込みされた場合は早期割引となります。申し込みサイト(*6)より是非早めの参加お申込みをお願いします。(懸田)