パン屋再襲撃
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1985-86年に発表した短編たち
ファンからは人気が高いみたいだけど、正直、どれもおもしろくなかったなあ......。
でも「村上春樹と言えばこの味!」がめっちゃ詰まってる。
何かあると秒で繰り出される「やれやれ」。ちなみに本作でのやれやれは17回。10ページに1回は「やれやれ」と言っている計算だ。 スパゲティーをやたら茹でまくる。(「スパゲティー」という言葉はなんと29回登場) 夢か現実かわからない(それすら決めたくない)曖昧な小説内事実。リアリティのレベルを定めていないので、何かあっても「夢ですよ」とどこまでも言えそう。 起ったことはもう起ったことだし、起っていないことはまだ起っていないことなのだという日本人の大好きなケセラセラ思想と、これまた日本人が大好きな、平然とマシンガンのように繰り出されるセクハラ。村上春樹が「おもしろい」のはそうした、日本人が大好きなドメスティックなあれこれが、欧米のおしゃれな空間の中での小粋なコミュニケーションや、自律した西欧個人の軽やかなアイロニーとセットになった実存のようになんとなく感じさせる空気があるところだろう。日本人の一番ダメーなところこそが欧米化の最新スタイルのように感じさせてくれるっていうか。 hr.icon
収録作
パン屋再襲撃
昔友人と突然お腹があまりにもすいたのでパン屋を襲撃したら、パン屋からワグナーを一緒に聞いてくれれば好きなだけパンを食べていいと言われ、ワグナーを聞いてパンを食べた主人公。現在は結婚していて夜中に妻ととんでもない空腹に襲われる。妻はそれは呪いだといって、もう一度パン屋を襲撃しなければというのだが、真夜中にあいているパン屋もないので、最終的にマクドナルドを襲撃するという話。なぜか銃なんかもフツーに妻が持ってたりして、全体的にドリームタッチ。長編のように変なトラウマやレイプ体験が語られるわけではないので、その分「読める」。 後部座席にはレミントンのオートマティック式の散弾銃が硬直した細長い魚のような格好で横たわり、妻の羽織ったウィンドブレーカーのポケットでは予備の散弾がじゃらじゃらという乾いた音を立てていた。それからコンパートメントには黒いスキー・マスクがふたつ入っていた。どうして妻が散弾銃を所有したりしていたのか、僕には見当もつかなかった。スキー・マスクにしたってそうだ。僕も彼女もスキーなんて一度もやったことがないのだ。 村上春樹. パン屋再襲撃 (Japanese Edition) (p.18). Kindle 版. 象の消滅
動物園から払い下げられた象を市が面倒を見ることに。ところがあるとき、象とその担当者が姿を消す。ニュースで話題になるが、しばらくすると忘れられる。語り手はでもずっとその象が気になっていて、というのも象が消え去る直前、おそらく最後の目撃者が自分だから。それだけの話。マジでそれだけ。途中少しだけいい感じになる女性がいるが、象の話をしたせいで結局仲が進展しないままで終わる。セックスなし。 何を選んでも一緒じゃないか、と言ってるのだが、そう言ってるところが卑怯なんじゃなくて、そう言いつつそれを「失われた状態」としてブンガク的に切り取り直してくれるところが卑怯なんだよね。
直後に「本来正当なバランス」と書いてあるので「私は別にどちらも同じさって考えを肯定してるわけではありませんよ」というエクスキューズ付き。
そして「どっち選んでも差異なんかないじゃん」という断定すら避けているところ。
「僕の錯覚かもしれない」なので。そしてこれだけ無責任尽くしたくせに、その上で「その責任はたぶん僕の方にあるのだろう」と言ってまるで自分が責任感あるかのように言い訳するっていう。
ファミリー・アフェア
村上春樹のテイストとしてはちょっと変わってるということで、結構人気が高い作品のよう。
ところが今読むと、語り手はずっと妹にセクハラをしているし、そのセクハラもかなり酷いレベル。しかも主人公は酒を飲んで車を平気で運転するようなクズで......。時代が時代なので仕方なかったと言うしかないのか。
話の結構としては、自分の親しい人間の親しい人間が現れるが、親しい人間の親しい人間(ここでは妹の婚約者)が自分は気に入らない。でも、実際に接してみると.....というもので。レイモンド・カーヴァーの大聖堂を思い出すような、てかそれを下敷きにして書いたろ。 妹に対するセクハラが執拗すぎて男の自分でも胸糞が悪くなってくる。セクハラというよりここまできたら性的虐待では。あまりにもひどいのでむしろ「著者とは別人です」「そういうひどい男を描いてみただけです」「別にこの手の酷さを肯定はしてません」って言い訳が成立しそう。 「いつからそんなに偉くなったの?」と妹は言った。「嫌にからむね」と僕は言った。「生理か何かなの?」「うるさいわね。変なこと言わないでよ。あなたにそんなこと言われるいわれはないんだから」「べつに気にしなくていいよ。君の最初の生理がいつだったかだってちゃんと知ってるんだから。ずいぶん遅くてお袋と一緒に医者にみてもらいに行ったじゃないか」「黙らないとバッグをぶっつけるわよ」と彼女は言った。
デリカシーがなさすぎる.....。
「僕はお前の生活に一切干渉したくない」 と僕は言った。「お前の人生なんだから好きに生きればいい」
妹は肯いた。
「でも一言だけ忠告したいんだけど、 バッグの中にコンドームを入れるのだけはよした方がいいよ。 売春婦とまちがえられるから」 村上春樹. パン屋再襲撃 (Japanese Edition) (p.). Kindle 版. 64ページ 女性が避妊に意識的なだけで売春婦扱い。
「何回くらいやったんだ?」と僕は訊いた。
「馬鹿言わないで」とそれでも赤くなりながら妹は言った。 「自分の尺度で世の中を測るのはやめてよ。 世間の人がみんなあなたみたいな人間ってわけじゃないんだから」
村上春樹. パン屋再襲撃 (Japanese Edition) (p.). Kindle 版. 67ページ 妹に彼氏と何回やったかセックスの回数を尋ねる。
「ねえ、ひとつだけ質問していいかな?」と僕はビールのプルリングを取って言った。
「いいわよ」
「彼の前に何人男と寝た?」
彼女は少し迷ってから、指を二本出した。 「二人」
「一人は同じ歳で、もう一人は年上の男だろ?」
村上春樹. パン屋再襲撃 (Japanese Edition) (p.). Kindle 版. 93ページ 体験人数を聞く......。
一応、フォローというか、妹と兄、お互いに家族なので、恥ずかしい性的なことを知っているんだよ、ってことが描きたいんだと思うが、妹の兄への必死の抵抗のようにしか見えない。
「マスターベーション?」と僕はびっくりして言った。
「何のことだ、それ?」
「あなたは高校時代によくマスターベーションしてシーツを汚してたでしょ。 ちゃんと知ってるんだから。 あれ洗濯するの大変なのよ。 マスターベーションくらいシーツを汚さないようにやれば? そういうのが迷惑だって言うのよ」
「気をつけるよ」と僕は言った。村上春樹. パン屋再襲撃 (Japanese Edition) (p.). Kindle 版. ・58ページ 双子沈んだ大陸
双子と一緒に住んでいたのだが、その双子に去られた男の話。双子がいなくなったことで、僕は決定的に変わってしまった。それ以前の僕は終わってしまったと。仮に双子が戻ってきても、またいつかは去るわけだ。って、マジでそれだけの話。 すべては失われてしまったものなのだと僕は考えるようにつとめた。すべては失われたものだし、 失われつづけるべき筋あいのものなのだ。 損われてしまったものをもとどおりにすることは誰にもできない。 地球はそのために太陽のまわりを回転しつづけているのだ。村上春樹. パン屋再襲撃 (Japanese Edition) (p.). Kindle 版. 110ページ ローマ帝国の崩壊・一八八一年のインディアン蜂起・ヒットラーのポーランド侵入・そして強風世界
日記をつけてる男の話。この男は毎日簡単なメモ書きを残しておいて、日曜日だったかな。週末にまとめて日記をつける。その箇条書きが「ローマ帝国の崩壊・一八八一年のインディアン蜂起・ヒットラーのポーランド侵入・そして強風世界」ってわけ。だから何だ、っていう。目隠ししたままするのが好きなガールフレンドが出てくる。それだけ。
ねじまき鳥と火曜日女たち
法律事務所(だったっけ)をやめて無職の男の話。「話」って書いたけど、もうずっとただの夢想。「あなたを知っている」という知らない女から電話かかってきて、テレフォンセックスまがいのことされたり、高校生?の女の子からやたら親しく執拗に話しかけてもらえたりする、いつもの村上春樹ワールド。