【タスク管理】タスクシュートとGTD
GTDは経営と現場が一緒くたな時が最適(=つまり格段に忙しい)
GTDは、経営と現場が分離している(=暇な時)時は、経営だけ使うのがベター
玄武.icon
「どこかで取り上げていたような」と思って検索したらありました。
上のページを書いてからまたGTDを使っていて、GTDは忙しいときにはやることを切り捨てる(今はやらないでおこうと思えるようにする)、それほど忙しくないときでもやることを見つけてくるもののように思えます。
後半の部分にだけ着目してしまうと、なんとなくGTDってやればやるほどやることを増やす高速増殖炉もんじゅを思い浮かべています(もんじゅは行き詰まりをみせましたが)。
前半のやることを切り捨てる(今はやらないでおこうと思えるようにする)とのバランスで成り立っていそうです。
個性にもよるかもしれません
マルチポテンシャライト気質だとなんでもないときでも自分で自分を忙しくさせてしまうのでGTDは向いているのかも。
忙しいときにはGTD、それほど忙しくないときはタスクシュートというのは、忙しいときには情報を整理する必要があるのでGTD、それほど忙しくないときには行動を整理する必要があるのでタスクシュートということになりはしないか。
GTDとタスクシュートは、ジャンルとしてまったく別ものなので、比較することがそもそも難しいと感じます。
忙しいときには「情報から」整理する必要がある。
情報を整理して行動にする
それほど忙しくないときには「行動から」整理する必要がある。
行動を整理して情報にする(情報を生み出す)
とも言えそう。
takahrt.icon
私の理解が浅いのかも知れないが、ルーチンを作って日毎リピートさせて、ルーチンのはざまにアクションを入れていくタスクシュート式は、リピートでアクションをやりにくい私には使いこなせなかった。
例外として、入院生活中にたすくまを使ったときは、価値を感じました。
経営と現場が分離している(=暇
ここはずいぶん乱暴な意見ですね。
そもそも個人向けのワークフローであるGTDを、会社組織に摘要するのは、難しいのではないかな?
nomico さんが、どのくらいの規模の組織を想定しているのか、わからないですけどね
玄武.iconあれ?でもGTD本で会社組織にGTDを適用するようなことを書いていた部分がなかったですかね?
今は手元にGTD本がなくて確認できないのですが。
takahrt.icon 組織導入の実績などを語るような文はあります。しかし組織向けのGTDのワークフローを私は見たことがありません。
もしかしたらGTD社のトレーニングにあって、書籍にないだけかも知れません。
玄武.icon確かにワークフローとしてはないですね。
記憶だけでたどると個人個人がGTDを適用することで、その人が行う会議や所属する組織全体の意思決定が早くなるようなことが、改訂版の最後の方にあったような気がします。
takahrt.icon たぶん第13章望んでいる結果に目を向けると何が変わるか:組織を前向きな体質に変える
要約
「マネジャーの数名や経営者への導入で生産性が上がった」
「GTDの手法がトップ主導で企業全体に取り入られれば、計り知れないほど素晴らしい成果が生み出されることだろう」
人に委任するプロセスがあるのに、委任を受けて管理するシステムが特にないGTDは、やっぱり「社長さん」向けシステムだと思いますね
玄武.iconやはり、GTDとタスクシュートは、同じタスク管理でもまったく別物として扱うのがよさそうです。
例えば同じプログラムでもプログラムを動かす言語がまったく違うようなもの。
私もタスクシュートでタスクをやっていくのは苦手で、GTDのような「小さな判断」といった情報まで含められる小回りの効く細やかなハンドリングでアクションをやっていくほうが性に合っています。
忙しさに関係なく
rashita.iconGTDとタスクシュートは、別のカテゴリーに入るものだと理解しています。
そもそもタスクシュートは、あるツール(ソフトウェア)の系列のネーミングです。
たとえば、GTDとたすくは違う、というのはごく当たり前の表現です(片方が技法で、片方はツール)。
GTDとタスクシュート時間術は違う、ならばレイヤーは揃っていると思います。
別の言い方をすれば、以下の表現を「タスク管理技法」として別物、と言葉の粒度を上げておくほうが混乱が少ない気がします。
同じタスク管理でもまったく別物として
上の話を別にしても、GTDとタスクシュートは別のカテゴリーに入るノウハウだと思います。
そもそも、タスクシュートは、狭い意味のタスク管理ですらないような気がします。
では何なのかと言えば、答えに窮するわけですが。
rashita.iconあらためて解説を読みましたが、タスクシュートは、いくつかの要素を扱い、そのうちの一つの「タスク」が含まれているといった感じですね。言い換えれば、タスクシュートはタスクも管理するが、それ以外も管理している、といったところ。
rashita.iconこの話について一日ずっと考えて続けていて、考え方が改まりました。以下でまとめます。
一般世界に向けて宣言する必要はありませんが、このプロジェクト内で、「タスク管理」とは何を指すのかを(その定義を)吟味しておいてもいいかもしれません。
ふわっとしたまま話を進めるのも、それはそれで面白いですが。
あるいは、~~さんにとってのタスク管理の定義、という形でも良いですが。
あるいは、一番狭い意味のタスク管理と、中間くらいの広さのタスク管理、とかでもいいですが。
takahrt.icon 倉下さんお気づきだと思いますが、カタカナのタスクシュートはメソッドの名称で、欧文だとExcelベースのツールの名称になります。佐々木さんの書籍などで、定義が示されていたかと思います
rashita.icon僕もそうだと思っているのですが、以下の記事を読んで少し考えが変わりました。
ちなみに、このツールはのちに「TaskChute(タスクシュート)」と名付けられ、Excel版以外にもiPhone版とウェブベースのクラウド版が作られたため、ツールに共通する考え方を「タスクシュート」、Excel版を「TaskChute」と呼び分けることになりました。
「ツールに共通する考え方」であって、これはツールを抜きにして語れる「ノウハウ」ではないのではないか、と。
GTDは、具体的なツールを抜きにして語れる純然たるノウハウだと思いますが、タスクシュートは、タスクシュート的なツールを使う上での考え方なので、GTDと同列に並べると不自然ではないか、という理解です。
もちろん、極めて狭い理解だと思いますが、あるツールをGTD的に使うことはできるにせよ(たとえば、アウトライナーでGTDは可能でしょう)、それと同じような意味合いで、タスクシュートを非タスクシュートなツールで実践するのは難しいのではないか。つまり、タスクシュートは「ツールの使い方とその背景にある考え方」の混在のようなもので、GTDのような概念的・抽象的に分離できるものではないのか、というような考えです。
以上のように考えておくと、GTDとタスクシュートは、その言葉の立ち位置が異なるので並べることをしなくてもよい、となるな、と。
rashita.icon 「いや、ぜんぜん違うでしょ」というご意見あればお待ちしております。以上はあくまで私の捉え方ですので。
GTDは汎用的に位置づけられるが、タスクシュートはそうではないな、と感じていたので。
僕の中では、「タスクシュート」がツールを支える考え方で、「タスクシューティング」がそれを用いて仕事を進めるノウハウ、というならわりとスッキリするのですが。
以下の記事も話をややこしくしてますね
あと多分、大橋さんの理解と佐々木さんの理解もたぶんぴったり重なるものでない、というのがややこしさを増大させますね。
takahrt.iconそうなんですか!
rashita.iconお二人の話を別個に聞いた限りだと、同じツールの話をしているんだけど、ぜんぜん違う点にフォーカスしているような気がして仕方がありません。まあ、あえて「いろいろあってよい」というスタンスなのだとは思いますが。
rashita.iconたとえばこの記事なんかは顕著ですね。
takahrt.icon
GTDは一番最初に出版された書籍のときから、どのようなツールでも運用可能なシステムであるとアレンは示していました。実際アナログツールでも運用できます
タスクシュートは、時間を演算することから、何かしらの計算機の上で運用するしかできないようです
電子計算機でないタスクシュートを少し考えてみました
碁盤のうえに白い石と黒い石を並べて予定と実績を示す
算盤のようなアナログ計算機で、終了時間を逆算する
線香に火をつけて、燃え尽きるまでで時間を測るお坊さん的時間管理
なんか漫画のようですね。これはこれで実現化を狙うのは楽しそうですが、このくらいにしておきます
さて、私は倉下さんの「立ち位置が異なるから並べなくて良い」には違和感を持ちました。積極的に反対意見を述べるほどではないのですが、幼い意見でもよろしければ
自然言語も人工言語も同じ言語だから並べることもある
徒歩の旅行も飛行機の旅行も同じ旅行ならば...
みたいな恥ずかしい意見しか述べられなくて書いていて居心地が悪いのですが、そんなでも述べる事にわずかながらの価値があると思うので、書きました。そのような考えから、タスクシュートとGTD並べてみましょうよと推しておきます
rashita.iconなるほど。わかりました。
言語や、旅行手段といった共通軸があるなら並べることには価値がある。
GTDもタスクシュートも同じ軸がある(あるように感じます)から並べることに価値がある、というのは私も同感です。
単に、同列化してしまうと、それが目指しているのが同じものだと認識されるのではないか、という危惧が私の中にはあったようです。
玄武.icon例の如くのフリーなライティング
タスクシュートもGTDと同じように解釈の違いが出てきている?
タスクシュートもGTDもツールを前提にした手法という共通点?
GTDはツールを選ばないが、ツールなしでできるものではない?
『佐々木さん、記録って何の役に立つんですか? (ごりゅごcast)』佐々木正悟, 五藤隆介著
「タスクシュートをメモ帳で代用できるか」
takahrt.icon 思ってることを頭の外に追い出すのがGTDなので、何かしらの(自分の脳からの外部の)記憶ツールがなくてはGTDはできないでしょうね
玄武.iconそうなんですよね、GTDとタスクシュート、どちらもツールを使うことが前提で、使うことができるツールの幅が広いか限定されている違いにも思えました。
GTDは使うことができるツールの幅が広い
タスクシュートは使うことができるツールが限定されている
タスクシュートをメモ帳でも代用できるが、すこぶる大変。
タスクシュートは「ツールの使い方とその背景にある考え方」の混在のようなもので、GTDのような概念的・抽象的に分離できるものではないのか
まあ、その限定のされ方が「ツールの使い方とその背景にある考え方」の混在のようなもであるという議論の余地はありそうです。