2025/3/24
無事ビニールゴミを出せた
新しい自分を開発する、開拓する。
自分がそのときに理解している「自分」という境界線にとどまることなく、違う「自分」の有り様を探索していくこと。
自分を完全に棄てるのではなく、かといってそのままの状態であり続けるのでもない。自分をつくりかえていくこと。
テセウス的変身
他には胡蝶的変身
自分がやっていることについて常に一定量の「これで本当によいのか」という疑義がある
間違ったこと、ズレていることを、何の疑いもなく続けているという状態に恐れがある
『プロレゴメナ (岩波文庫 青 626-3)』が気になっている。 #気になっている本
情報整理の好ましい形は、上記のように書いておけば「気になっている本を教えて」とAIに訊けば適切に答えてくれることだろう。いちいちタグ付けなどをせずに。
上から言われたからやっているだけで、その価値を理解も体感もしていないことは、言われることがなくなったら簡単に放棄してしまうだろう。
思考のアウトライン / PDCAサイクルを分析する / 図書館に通う|倉下忠憲が配信された。
思考のアウトライン / PDCAサイクルを分析する / 図書館に通う
気になっている本や読み終えた本のリストを作るとして、それをどのように「使う」のかは一応考えておきたい。
それによって、手書きする、パソコンで入力、何かから自動的に生成、あたりの手段の適切さが変わってくる
集めるためのリストなのか忘れるためのリストなのか
忘れるためのリストを作っているのに、それを握りしめておきたいという欲望はねじれている
自分が何を欲しているのかを問う
どうであったら嬉しいのか、そして役に立つのか
Cursor
それが何かはわからないけども、どうにも大きな何かが見逃されている気がする
たんに自分がロートルなだけかもしれないが
なんにせよ月20ドルを支払うつもりはないので、こういうのは使わないやり方でいきたい
/jinJIN/2025/3/23
そもそも仕事が嫌いな場合、それ以上のことを考えてこなかったと思う。
「嫌い」というのは、もうそれ以上その対象については考えないという魔法の言葉の一つ。
いわゆる思考停止のトリガー
実際は停止というのではなく、「それ以上は進まない」という壁という感じ
共感とか「あるある」というのも同じ。
「あぁ、わかる〜」という表現からは、理解が深まっているのではなく、むしろ理解がそこで止まっている印象を受ける。
ラディカルな変化は「わからない」をくぐり抜けないといけない。
ちなみに「わからない」には終わりがない。一つの「わからない」を抜けても、また別の「わからない」が出てくる。だから「わからない」と対峙するためには何かしらの抑制、静止、有限化が必要になる
広い対象を対峙するためにこそ有限化が必要となる
デカルトは見事にそれを行った(方法的懐疑、我思う、ゆえに我あり)
なんであれ「我」を基礎付けたことで、それ以外の思考をまとめることができた。
思考には足場が必要
おそらくただ「ネットワーク」が背後にあるだけでは足りない。
実際Cosenseも、ページ同士はネットワーク関係だが、ページ内部はリニアな記述になっている。
しかしむしろ、そういうものこそ考えたほうがいい
もちろん「好き」について考えるのもよい。なんにせよ自分の情動が動いているものは思考の対象足りえる
逆もある。他の人は情動が動いているのに自分がそうではないものがあるならそれについて考えるのも面白い。
たとえば倉下は「今年買って良かったものは何ですか?」と聞かれて即座に答えられなかった。買い物についての情動が極めて薄いことがわかる
こんな感じで、いろいろな角度や観点から自分について考える
それが自己理解を深め、ないしは広げていく。
いや日本では仕事の生産性を上げたところで次の仕事が入るだけ
実測される生産性を挙げてしまうと次の仕事が入る
ここで断る力を発揮させる選択肢もある(結果どうなるかは不明)
「やろうと思えば効率的にできるけれども」の状態に留めておけば実測される生産性は上がらない
日本は集団での動きがプライマリーなので、「個人の生産性を上げる」という欧米の価値観はそぐわない。
やるなら集団での生産性を上げる、という形に持っていく必要がある。
個人が生産性を上げる→あいつは余裕があるからと仕事がまわってくる→でも評価も給料も上がらない、というのでは生産性を上げる動機づけはうまれない。というよりも、日本の評価制度はそのような"抜け駆け"を抑制するために(集団性を維持するために)形成されている。
それは結局義務教育なので、「教わっていないことは使ってはいけない」というマインドセットと呼応している。
人がどう動くのかは、評価によるフィードバックによって決まる。制度設計はその大きな要素(それ以外もある。たとえばお客さんからの感謝の声とかもフィードバック)。
テキトーに仕事をさぼっているおじさんは集団へのきれいな適応を見せていると言えるのではないか(皮肉ではなく)
この前見かけた『働かないおじさんは資本主義を生き延びる術(すべ)を知っている (光文社新書)』は近しい話しをしているのかもしれない。
/practicefield/2025/03/23
全体的に森博嗣感がある。
たしかに。
世間一般ではAと言われているが、そんなのは知らん。自分はBだ、と考え、発言することを厭わない姿勢。
/kohtecho/250324
子供をもつ選択をしたのは自分ですよね?と言われると反論できない
こういう風に誰が悪いのか、誰に責任があるのかという議論(議論?)は何一つ建設しない。
そういう議論の土壌に乗った時点で益体もないゲームが始まる
これは自分が自分の心で行うゲームも同じ
まず体調が悪い人がいる。その上でどうしたらいいのかを考える。
プラグマズティックな考え方に徹する
「〜〜のせいだろう」という声が聞こえてきたら、極力無視する
「誰かのせい」が確定しても、「問題」は解決しないから
誰かのせいにすることで、自分の目の前からその問題が消えた気持ちになれるだけ
逆に言えば「私は知りません」というのを単に正当化しているだけの姿勢は、問題解決しようとしてないと言える。
別の見方をすると、ある主張に対して反論できないことは、その主張がまっとう(正当)であることを担保しない。
「正しいこと」を言うだけのことなんて誰にでもできる
心温かきは万能なり
/sanshologging/2025-03-23
親指シフトユーザーではあるが、OASYSキーボードは触ったことない
ほほぅ。
#NHK英語 で学んだこと(という名前にしよう)
一回聞いただけではほぼ何も覚えていない
何が言われていたかを思い出しながらメモを書いたりするとぐっと記憶への定着率があがる
複数の番組を聞いているが、ある番組で表示されたフレーズが別の番組で紹介されるとぐっと記憶への定着率があがる
たとえば、turn around はだいたい覚えた。
状況をひっくり返すこと、特に悪い状況を好転させるときに使われる。
複数回耳にすることの効果もあるが、異なる文脈で情報が示されたことが大きい
情報化のモデルが多面的になる、という表現ができそう。
あるいはノードが豊かになった、という表現でもよい
そういえば最近「流儀」という言葉をあまり見かけない気がする
メモを書くことは少し考えていることだ
「さよならをいうのは少し死ぬことだ」
『メモからはじめる知的生産』
Geminiにたまたまnoteで見かけた記事を投げて要約を頼み、その後その著者の意見の妥当性について問うた
以下は結論部分だけの引用
結論:
著者の意見は、現代文学が抱える課題を浮き彫りにし、読者に文学のあり方を再考させる上で意義深いものです。しかし、文学の多様性やAIの可能性など、考慮すべき点も多く、一概に妥当性を判断することは難しいと言えます。
遠回しな表現をしているが、妥当性は高くないという感じ。
こういう「読み方」はある種のディープリーディングだろう。
毎日歩いているからといって「歩行の達人」になれるわけではない
毎日認知資源を使っているからといって、認知資源利用の達人になれるわけではない
一方で「何かに慣れる」ことは起こる
歩く能力を鍛えたければ、心拍を上げるような運動が必要
一時的に、限定的な強い負荷を与えることで、体がそれに適用しようとして、全体的なスペック(というよりもその行動に対する適応)が上がる。
認知資源の利用(雑に頭を使うこと)についても同じようなことが言えるのではないか。
#知的トレーニング
Capacitiesのマイオブジェクト⑧ 生活に関わるもの以外のオブジェクトの除去 | Noratetsu House
ロギング仕事術はメタ仕事術
何かしらの仕事術そのものの経過や成果を観測する
Containerオブジェクトはこの中で最も重要なオブジェクトタイプです。詳しくは別途書こうと思っていますが、一言で言うと「情報の置き場所」自体について把握・検討するためのオブジェクトです。Capacitiesの各オブジェクトタイプ、Dynalistのファイルやフォルダ、ObsidianのVault、Cosenseのプロジェクトなどについてそれぞれページを作っています。
情報整理ツールについての情報整理を行う場所
メタ情報整理
うちあわせCastで話したことを何かしらのテーマでまとめる本を作る、という計画があるがいまいち進捗がない
書き起こしはLISTENにあがっているが、「わざわざそこにいく」必要があるのがネックなのだろう。
それこそ、このプロジェクト、ないしは知的生産の技術プロジェクトあたりに書き起こしがあがっているのがベスト。
あるいは、せめてScrivenerに入れておくか。
なんにせよ「ぱぱっと取り出せる」環境にないと億劫になる。
億劫さを乗り越えるノウハウと、億劫さを感じないようにするノウハウの二方向から攻める(二正面作戦、はさみうち)
🔬日ごとノートの研究
買った
『村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』4月 (NHKテキスト)』
https://gyazo.com/ff6f545f7058844e8f80248007317b2f
軽く読む
いろんなことを変えるためのノート術
チャンドラー方式
執筆にまつわる用語集
ゴルディアスの結び目
オッカムの剃刀
こういう概念を収集するのが好きなのだった(Evernoteからいくつも見つかる)
人名が冠された語句はエポニム(eponym)と言うらしい。人名に由来する名称。冠名語とも。
何かしらの形で「整理」が必要だろう。
思考の道具箱というカテゴリページだろうか。
ちょうど🗂️知と思考にまつわる用語集というページを触っているのでそこに入れておこう。
考える(思考する)ための道具箱と、書くことのための道具箱(用語集)の二つができた。
二つの行為はつながってはいるが、用語の空間は違ったものがある。
Evernote内が混乱した状態のままエクスポートしてどこかに入れても、混乱している場所が移っただけに過ぎない
どのような形であり、ある「構造」を整えた上でデータを移す
構造は、人間の認知・認識・把握を補助するものである
自分の問題は、他人の答えでは解決できない。
役に立たないノウハウを読みすぎると、不信感が学習されてしまうのではないか。
無罫のノートで「リスト」を作るのは難しい
たとえば読了本をリストにする、みたいな用途は物差しなどが必要
リストは表示形式が統一されていることによって認知的負荷を減らす機能を持つが、無罫に手書きで「フォーマット」を統一するのは相当に難しい
『精神の生態学へ (下) (岩波文庫 青N604-4)』を1項目だけ読む。
「推測の本性」
ベイトソンによる推測の定義
推測とは、一連の項目のシークエンスに入れられた切れ目の線、または遮断の幕を前にして、その向こう側に何があるかを言い当てることである。
この幕は、空間的、時間的、その両方を含むものでありえる
時間的な幕も、未来を遮るものと過去を遮るものがある
以上の推測の定義から、パターンの捉え方が出てくる。すなわち、
パターンとは、全体が観察できないときに、遮断された向こう側に何があるか推測することを許す物事の集合である。
シェイクスピアの時代には、inform(情報を与える)という語が「形づける」という意味で使われていた
『Nexus: A Brief History of Information Networks from the Stone Age to AI (English Edition)』を1パラグラフだけ読む。
レイ・カーツワイル氏の2024年の著書『The Singularity Is Nearer』に言及している
完全版が2024年に出ているらしい。
視野が狭いと鼻息も粗くなる。少なくともその可能性は高い。
小倉百人一首
「嗚呼、一日に一つの思いつきならば、なんとその整理は楽だろうか。一日に一つのタスクしか発生しないならば、なんとその処理は楽だろうか」(シェイクスピア風に)
自分一人だけで思索を進めていると、人が何かを理解することがどれだけ難しいことなのかを忘れてしまう
ソフトウェアアーキテクトが知るべき 97 のこと
夕食は二日めのカレー
野中さんの動画
【追悼:一橋大学名誉教授・野中郁次郎さん】『失敗の本質』作者/経営の戦略は人間くさい理論でなければならない/意味づけ・価値づけこそが生き方/イノベーションの本質は議論から生まれる/組織の最小単位はペア
@myuuko: 精神的にネガティブだとネガティブな文章の書かれたウェブページをよく閲覧するようになり,そうすることでさらにネガティブな精神状態が悪化するよという研究。/ Web-browsing patterns reflect and shape mood and mental health https://t.co/jGz5yG5x3r
Web-browsing patterns reflect and shape mood and mental health | Nature Human Behaviour
『Chatter(チャッター): 「頭の中のひとりごと」をコントロールし、最良の行動を導くための26の方法』と関係がありそう。
『脳の本質-いかにしてヒトは知性を獲得するか (中公新書 2833)』を読みはじめました。
人間は動きに対応できるように進化してきた
一方で人間は安定を求めて、環境を固定化する
そうすると動きを脳が求める。娯楽といったものはそこで要請される。
人工知能というが、生成AIの知性は人間が書き残したもの、つまり人間の知性を素につくっているので、まさに人工知能だ
『読めない人が「読む」世界:読むことの多様性』もぱらぱらと。
すでにめちゃくちゃ面白い。
読字の多様性、脳の多様性
https://youtu.be/niS9dGKMYTc?si=Fn-bPTOCnvnZdsUx
欧米の個人主義にも問題はあり、それがグローバルに広がる中で他の文化にも伝染している部分はあるだろうが、日本は根底に集団思考があって、その二階部分に個人主義が乗っかっているのでまた異なる問題が生じているのではないか。
人の話をよく聞き、人がやっていることをよく見て、適切な間合いで声をかける、という基本的なことができたのちのさまざまなマネジメントのテクニックが役立つ場面があるのであって、そいう地道なことをしたくない代わりにテクニックで代替しようというのは根本的に発想が間違っている。
「ほげほげはノウハウにすぎない」という非難的な物言いで意図されているノウハウは「その通りやればうまくいう」というものだが、まずノウハウについての理解から変えていく必要があるのではないか。
→2025/3/28#67e5ef369dc7d80000376ffd
@tobatoppers: 「自分で子供を産んでおいて」とか言う人がいるが、人間は何でも自分の意志で決めてそれをもとに動いているとでも思っているのだろうか。アホか。人の意志を根拠に非難すると大抵間違える。意志なんて自然にはないから人はなんとか志を持とうとする。
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#ロギング日報