発生生物学の諸概念
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遺伝子はどのような細胞で、いつ、どのようなタンパク質をつくるかを決定することによって発生を制御する
これには極めて多くの遺伝子が関与する
活性化された遺伝子は、細胞にそれぞれの性質を与えるタンパク質と遺伝子間、タンパク質とタンパク質間の相互作用の細胞内ネットワークを形成する
他の細胞とコミュニケートし、応答する能力
いかなる発生過程も、単一遺伝子、もしくは単一タンパク質の働きに帰することはできない
1.8 発生における主要な過程:パターン形成、形態形成、細胞分化、成長
ほとんどの胚では受精後、活発な細胞分裂が起こる
組織の成長過程で起こる細胞分裂と異なり、卵割期の分裂では、細胞分裂と次の分裂の間に細胞のサイズの増加はない
したがって、初期胚は受精卵より大きくならず、胚が栄養を摂取するようになるまで胚の大きさは変わらない 例えばニワトリ胚が卵黄を利用できるようになるまで、あるいは哺乳類胚が胎盤から供給される栄養素を摂取するようになるまで
発生とは結局のところ、最初は単純な細胞の塊であったものから、高度に組織化された構造をどのようにして創るかということ 発生過程は4つの主要な過程に区別することができる
時空間的に規則性をもって細胞活動が編成され、胚体に一定のパターンを持った組織的な構造が生じる過程で、初期発生において特に重要な過程
例えば上肢の発生では、パターン形成により、上腕をつくるか指を形成するか、あるいはどこに筋肉を形成するか等などを細胞が"知る"ことになる
パターン形成の普遍的な方法といったものはなく、むしろパターン形成は生物により、また発生段階により、様々な細胞機構と分子メカニズムによって行われる
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大半の動物は頭を一端に、尾を他端に持ち、からだの両側は外見的には左右相称(鏡像対称) これら2軸はほぼ直交し、からだのそれぞれの位置を特定する座標軸を提供している
からだの内部では、動物は内部器官の配置に左右差を持つ
たとえばヒトの心臓は左側にある
一端と他端が異なる固有の方向性
極性は、タンパク質もしくは他の分子の勾配によって規定され、勾配の傾斜が方向性を与える
発生中の胚の多くの細胞はそれぞれに固有の極性を持ち、これが強調すれば細胞シート全体に極性が生まれる それはあたかも、一端と他端を区別するような矢印が書く細胞に存在するようなもの
細胞極性の存在は、その細胞がつくる構造によって明らかなことがある
例えばショウジョウバエの翅の各細胞の一端には、同一方向を向いた毛が生えている
引き続くパターン形成によって各胚葉の細胞はそれぞれ異なる性質を獲得し、分化した細胞が組織的な空間パターンを持って配列するようになる
パターン形成の最も早い段階では細胞間の相違は明瞭でなく、きわめて少数の遺伝子の発現の違いによるわずかな差しかない
胚は、三次元的な形を顕著に変える
原腸形成の際、胚の外側の細胞が内側に潜り込み、ウニのような動物では原腸形成によって、中空の球状の胞胚から中心を貫く管(消化管)をもつ原腸胚への変形が起こる https://gyazo.com/e49d5edb0219a131fba785b729b416ff
動物の形態形成に際しては、広範囲に細胞移動が起こる たとえばヒトの顔面を形成する多くの細胞は、胚の背側にできる神経堤と呼ばれる構造から移動する細胞 各細胞は血液、筋肉、あるいは皮膚の細胞のように、構造的にも機能的にも互いに他と異なり、区別できる細胞へと変化する
分化は段階的に起こり、分化を開始するときから最終分化するまでの間、細胞は通常何回も分裂する いくつかの分化細胞は最終分化にともなって分裂をやめる
ヒトでは受精卵は少なくとも250種の明確に異なる分解細胞を生じる パターン形成と細胞分化は相互に強く関係している
腕と足の違いを見れば明らかなように、両者は筋肉、軟骨、皮膚など同じ分化細胞を持つが、それらの配列は明らかに異なる
ヒトをゾウやチンパンジーと形態的に違えているのは、主としてパターン形成の違い
サイズの増大
一般に初期胚の間成長はほとんどなく、基本的なパターン形成と形態形成は1mmに満たない小さな胚の状態で起こる
その後の成長は、細胞数の増加、細胞サイズの増大、あるいは骨や殻に見られるような細胞外物質の蓄積など、様々な方法で起こる
成長はまた、器官やからだの各部の増殖速度の違いによって胚の全体的な形の変化を生む
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これら4つの発生過程はそれぞれ独立に、順番に起こるわけではない
しかし一般的に言えば、初期発生でのパターン形成によって細胞間に違いが生まれ、形態の変化、細胞分化、成長と連なる過程が引き起こされるといえる
1.9 遺伝子の働きと発生過程は、細胞の振る舞いによって仲介されている
遺伝子の発現により生じるタンパク質によって、その細胞の性質と挙動が決まり、胚発生の仕方が決まる
ある時点の細胞の状態・特性は、その分子構成によるが、それは過去・現在における遺伝子活性のありようによって決定される
胚の細胞は発生の進行とともに状態を刻々変える
初期発生で、細胞が遺伝子活性のパターンを変えていくことが、胚全体のパターン形成のためには必須 このことによって、細胞のその後の挙動を決める特性が決定し、終局的には細胞の最終分化への道筋が決まる
例えば、細胞移動あるいは形を変化させるシグナルに応答して、細胞は形態形成をもたらす物理的な力を生み出す
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アフリカツメガエルや他の脊椎動物での神経管形成に見られるように、シート状の細胞が屈曲して管を作るのは、細胞シートの特定部で細胞がその形を変えて収縮力を生むことによる
それぞれの細部の表面には、細胞接着に関わりながら様々な機能をもつ細胞接着分子として知られる接着タンパク質が存在している
これが組織の細胞同士を結びつけ、周囲の細胞外マトリックスの状態を感知している
脊椎動物の神経堤細胞は、神経管の背側部からからだのいろいろな場所に移動して様々な構造をつくるが、接着タンパク質はこのような細胞移動も制御する したがって、発生過程を記述・説明することとは、個々の細胞、あるいは細胞集団の挙動を明らかにすることであるといえる
発生によってつくられる最終的な構造はそれ自体細胞の集まりであるので、細胞レベルでの説明と記述によって、どのように成体の各構造が形成されるかを説明することができる
発生は細胞レベルで理解できるので、「どのように遺伝子が発生を制御するのか」という問いは、より正確には「どのように遺伝子が細胞の挙動を制御するのか」と問い直すことができる
遺伝子の活性と、最終的な発生の産物である成体の形態との結びつきは、細胞の様々な挙動によって仲立ちされている
1.10 遺伝子がどのようなタンパク質をつくるかによって細胞の挙動が決まる
ある細胞がなし得ることは、その細胞に存在するタンパク質によって大部分が決定される
これらはいずれも特異的な細胞機能に働くタンパク質であり、すべての細胞に共通に存在し、細胞の生存に必要なハウスキーピング的な働きをするものとは異なる
ハウスキーピングタンパク質とは、エネルギーの産生に関わるものや、細胞の生存に必要な分子の分解・合成に関連する代謝経路に関わるものなど これらのタンパク質は発生の理解には重要な役割は演じない
遺伝子は主に、どのようなタンパク質をどの細胞で、いつつくるかを決めることによって発生を制御する
この意味では、遺伝子はそれがコードしているタンパク質に比べれば、発生には間接的に関与していることになる
タンパク質こそが、どの遺伝子が発現するかを含めて、細胞の挙動を直接決定する
転写と翻訳はともにいくつかのレベルで制御を受けており、ある遺伝子の転写がそのままその遺伝子がコードするタンパク質の翻訳につながるわけではない
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例えば遺伝子がmRNAに転写された後、核から細胞質に輸送される前に分解され、タンパク質への翻訳に至らないことがある
mRNAが細胞質に輸送されても、翻訳が阻害あるいは遅延されることもある
多くの動物の未受精卵においては、転写されたmRNAは受精まで翻訳が阻害されている
真核生物の多くの遺伝子では、DNAから転写されたRNAは様々に切断されてつなぎ合わされ、複数の異なるmRNAを生じる この結果、異なる性質を持つ複数のタンパク質が1つの遺伝子から作られる
ある遺伝子がmRNAに転写され、mRNAがタンパク質に翻訳されたとしても、そのタンパク質はそのままで機能をもつわけではない
非常に一般的な修飾
リン酸化のような可逆的な翻訳後修飾も、タンパク質機能の制御には重要な役割を果たす
殆どのタンパク質は核などの細胞の特定部位に局在して、その機能を果たす
いくつかの遺伝子はタンパク質に翻訳されず、これらのRNA自身が最終産物となる
小さなRNAで特定のmRNAの翻訳を阻害する機能を持つ
miRNAが発生に重要な遺伝子の調節に関わる例が、数多く明らかにされつつある
この数を推定するのは容易ではない
ショウジョウバエの初期発生においては少なくとも60個の遺伝子が、胚が各体節に区分されるまでのパターン形成に直接的に関わっている
線虫の産卵口(陰門)と呼ばれる小さな生殖構造の形成には、少なくとも50個の遺伝子が必要 同じ時期には何千もの遺伝子が発言していることに比べれば、これらの数は少ない
同時に発現している遺伝子の中には、生命の維持に必要であるためそれがなくなると発生は進まなくなるが、発生の経緯に影響を与える情報はまったく、あるいはほとんど持たないものもある
発生の過程を通じてその発現が系統的に変化する遺伝子の多くが、発生遺伝子である可能性がある
線虫とショウジョウバエの全遺伝子数は19000と15000程度であるが、発生に関わる遺伝子の数は数千と考えられている
線虫での系統的解析によれば、総遺伝子の約9%(20000中1722)が発生にあっ変わると算定されている
これらの遺伝子の多く、特に受容体やシグナル分子をコードする遺伝子は、胚のみならず成体でも様々な過程で局面に応じて使われるが、胚発生でのみ使われるものもある
ある遺伝子の発現の阻害、したがってその遺伝からつくられるタンパク質の合成を阻害することも可能
遺伝子・mRNAの一部の配列に相補的な約25ヌクレオチドの小さなRNA
アンチセンスRNAは遺伝子あるいはmRNAに結合して、その機能を阻害できる
通常のRNAより安全な、人工的なRNA分子もよく用いられる
1.11 発生遺伝子の発現は厳密に制御されている
胚のすべての体細胞は、受精卵からの何回もの体細胞分裂によって生じる すなわち、まれな例外を除いて、ほとんどすべての体細胞は受精卵と同じ遺伝情報を持っている したがって細胞間の違いは異なるタンパク質を合成することになる遺伝子発現の違いによって生じる
然るべき細胞で然るべきときに然るべき遺伝子発現をオン・オフすることが、発生の基本課題
遺伝子は発生の設計図を与えるものではなく、一連の指示を与えるに過ぎない
遺伝子調節タンパク質は、転写制御領域のDNAに直接結合することもあるし、すでにDNAに結合している転写因子に結合することもある
発生遺伝子は、発生の然るべき時期に然るべき細胞でのみスイッチオンされるように厳密に調節されており、このことが発生の基本的な特徴となっている
シスは、転写制御領域が調節する遺伝子と同じ鎖にあることを意味する
それぞれのシス調節モジュールは、複数の転写因子に対する結合部位を持ち、遺伝子発現がスイッチオンされるかオフされるかは、各モジュールに結合する転写因子の組合せによる
これらの調節領域がモジュールと呼ばれるのは、それぞれ互いにある程度独立して働くから
複数の調節モジュールを持つ遺伝子は異なる入力刺激の組合せに反応でき、発生シグナルに応じて胚発生過程で異なる時期、異なる場所で発現する
異なる遺伝子が同じ調節モジュールを持つことがあり、このような場合、通常これらの遺伝子は一緒に発現する
また、異なる遺伝子が全てではないが多くの同じ転写因子結合部位のあるモジュールを持つ場合、これらの遺伝子は同じような時期に同じような場所で発現するが、それぞれの発現にずれがある
このように、遺伝子は調節モジュールとそれに結合する調節タンパク質を介して、複雑で相互依存的な発現ネットワークを形成する
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ある転写因子Aによって発現する遺伝子の産物が、転写因子Aの発現を亢進あるいは低下させる
ウニやゼブラフィシュでは、様々な発生段階で、大規模な遺伝子発現ネットワークを解明する試みがなされている 発生の鍵となるすべてのステップは遺伝子発現の変化を伴うことから、発生を単純に遺伝子発現の制御の問題として捉えがちであるが、これは大きな過ち
遺伝子発現は、タンパク質合成を通じて細胞の挙動を変化させ、胚発生の進路を決める、細胞内で進行するカスケードの最初の段階に過ぎない
タンパク質が発生を推進する仕組みである
遺伝子だけを考えていると、細胞の形の変化など、遺伝子発現とは数段離れて起こる細胞生物学的変化の重要性を無視することになる
実際には遺伝子発現から細胞挙動の変化までの各過程が完全に明らかにされた例はほとんどなく、遺伝子発現から5本指の手のような構造形成に至る過程は、複雑に込み入っている
1.12 発生は漸進的に進み、細胞の発生運命は細胞によって異なる時期に決定される
アリストテレスの後成説通り、胚発生が進むにつれ胚の複雑さは急速に増す
胚には多くの種類の細胞が形成され、空間パターンが生じ、形が大きく変化する
変化の速度はそれぞれの生物によるが、比較的緩やかに起こる
その後それぞれの領域内で細胞は、その予定運命を徐々に、より詳細に決定していく
決定(determination)とは細胞の内的状態に、安定的に変化を確立することで、細胞内で産生されるタンパク質の変化を導く遺伝子発現のパターンの変化にはじまる 例えば、それぞれの中胚葉細胞は最終的に、筋肉、軟骨、硬骨、結合組織の線維芽細胞、皮膚真皮の細胞に決定される ある発生段階の細胞がどのような細胞になるかという運命と、それが決定された状態とを区別することは重要 細胞の発生運命(fate)とは単に、ある時期のある部位の細胞が、正常に発生させたらどのような細胞になるかということを表すものに過ぎない 例えば、初期胚のある段階の細胞に印をつけて発生させ、どの部位の外胚葉細胞が神経系となり、さらにこれらの中でどの部位の細胞が特に目の網膜細胞になるかを追跡することができる しかしこれは、印をつけた時期に、その細胞が網膜細胞にしか発生できなくなっているか、網膜細胞になるよう決定されているか、それが確定しているかとは別のこと
ある段階の細胞を胚から分離して、単純培養液を用いるなど中立的な環境で培養したとき、胚発生の環境下での発生運命と同様に分化する場合、その細胞はその段階で指定(specify)されていると言われる https://gyazo.com/32a4bd00235fc5e853b05b5058a02b1d
例えば、両生類胚の動物極の細胞は外胚葉となるように指定されており、単離して培養した場合、表皮を生じる このように胚体外に取り出して培養した条件下で"指定"されていると判定される細胞も"決定"されているとはかぎらず、他の細胞からの影響によって別の細胞運命をとる可能性がある 例えばここで表皮に指定されている胞胚期の動物極の細胞も、植物極の細胞と接触させると中胚葉になる
しかし、発生のより後期の動物極の細胞は、外胚葉になるよう決定されており、同様に処理してもその発生運命は変えられず、中胚葉にならない
指定されているかどうかのテストは、いかなる誘導シグナル分子も含まない中立的な条件で培養できるかによっているが、通常そのような培養条件を確立することは難しい
ある発生時期におけるある細胞の発生運命が決定されているか田舎は、移植実験によって確かめることができる https://gyazo.com/b1a6b3c6ada362405918b3d0e5dc4b30
原腸胚期の両生類胚の、そのまま発生させれば眼となる外胚葉領域の細胞を、神経胚の体幹部側面に移植すると、移植された場所の発生運命に応じ中胚葉になる
このような発生初期には、細胞は通常の発生運命より大きな発生的潜在性を持っている
しかし、より発生後期の神経胚期の予定眼領域を同様に移植すると、移植片は移植先で遺書的に本来の発生運命に従って眼用の構造を生じる
発生初期の原腸胚期には予定領域の細胞は眼の細胞になると決定されていないが、神経胚期には決定されている
発生の全般的な特徴として、初期胚の細胞は、その後の発生段階の細胞よりも大まかな決定がされている
つまり、時間が経てたば経つほど細胞が何になれるのかが限定されていく
決定は、その細胞が発現する遺伝子の変化をともない、この変化が細胞運命を固定化あるいは限定し、発声の選択肢を減らすと考えられる
これを分離すると、それぞれの細胞は完全な幼生を生じることができる
脊椎動物胚はかなり調節的である
モザイクという言葉には長い歴史的背景がある
卵の細胞質に発生運命を決定する因子がモザイク状に存在し、将来の発生のパターンが極めて早期に(極端には卵で)決まっているような卵(胚)をモザイク卵(モザイク胚)と呼ぶ 各細胞質決定因子は卵割の際、異なる細胞に規則的に分配され、その結果発生の早い段階で各細胞の発生運命が決定される
そして、胚の各部分が互いに独立的に発生する
線虫とホヤの胚はモザイク的発生をする胚の代表的なもの このような胚では、胚発生における細胞間相互作用の役割は限られている
しかし、調節的発生とモザイク的発生の間にはっきりした境界があるわけではなく、違いは決定時期の程度の差である
モザイク胚では決定が早く起こる
調節胚とモザイク胚の違いは、それぞれの発生における細胞間相互作用の重要性の違いを反映している
調節的に発生するには細胞間の相互作用が必要で、それなしには発生の不具合を感知し修復することができず、正常な発生は起こらない
他方、真のモザイク胚は細胞間相互作用を必要としないことになる
もちろん、完全なモザイク胚は存在しない
1.13 誘導作用により、さまざまな細胞がつくられる
さまざまな細胞をつくることが発生の中心的課題
あるグループの細胞からのシグナルが、隣接する他のグループの細胞の発生を特定方向に導くこと
発生の過程では何度も起こっている
誘導シグナルは数個あるいはさらに多くの細胞にわたって伝搬する場合もあるし、極めて局所的な場合もある
両生類のオーガナイザーからの誘導シグナルは多くの細胞の発生を制御するが、すぐ隣接した細胞にのみシグナルが伝達されるという場合もある
誘導においては以下の2つを区別しておくべき
ある閾値以上のシグナルに対する応答が、1種類だけの場合
異なる濃度のシグナルに対して異なる応答を細胞が示す場合
誘導シグナルの細胞への到達、細胞表面受容体への結合を阻害して誘導を阻害する"拮抗的"なシグナル分子も、発生の制御に重要な役割を果たしている
誘導シグナルは細胞間で主に3つの方法で伝えられる
細胞外に拡散する分泌分子が放出され、それが他の細胞に受容される方法
https://gyazo.com/1dd049295bb2161365eed146c841a06e
互いの細部お表面の分子が直接作用しあってシグナルを伝える方法
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シグナル分子が細胞と細胞の接着部位を通して相手方の細胞に移送される方法
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ギャップ結合では相対する細胞の細胞膜が得意的なタンパク質による孔で通じており、ここを通ることが可能な小さな分子によって、細胞質間で直接シグナル分子を交換できるようになっている
植物細胞では原形質同士が糸状構造の原形質連絡と呼ばれる細胞壁中の孔を介して接続しており、ここを通してタンパク質のような大きな分子でも細胞から細胞へ移動できる 拡散性のタンパク質あるいは直接接触により、シグナルが伝えられる場合、そのシグナルは細胞膜で受容される そのシグナルが、核での遺伝子発現の変化を引き起こしたり細胞挙動に変化をもたらすものである場合、細胞膜で受け取られたシグナルは細胞内へと伝達されなければならない 細胞外からのシグナルは細胞表面の受容体に結合後、一連の細胞内シグナル分子の活性化によって、順次リレーされて伝えられる
この際、リン酸化によって伝達経路の因子の活性化、不活性化が起こる事が多いが、多くのシグナル伝達経路における重要な特徴 発生において大半のシグナル伝達は、転写のスイッチオン・オフを引き起こし、遺伝子発現の変化をもたらす
細胞の形、移動、分裂に関わる繊維状タンパク質の細胞内ネットワーク
シグナル伝達はまた、一時的に細胞内の酵素活性、代謝活性を変えるのにも使われ、神経細胞でインパルスを生じるのにも用いられる 誘導において重要なことに、受容細胞が誘導シグナルに応答できるか否かという問題がある
この応答能(competence)は、然るべき受容体と細胞内伝達系が存在するか、あるいは遺伝子発現に必要な特定の転写因子が存在するかなどによる また、それぞれの刺激に対する細胞の応答能は時間とともに変化する
例えば両生類胚細胞のシュペーマンオーガナイザーに対する応答能は、原腸胚期に限られている
シグナル伝達とパターン形成にとっては、胚は小さいほど都合がいい
大半のパターンは数十の細胞、100~500μm程度の距離で形成される
生物体は最終的に大きなものとなるが、それは基本的なパターンが形成された後の各部の成長によったもの
1.14 誘導シグナルに対する応答は、細部の状態に影響される
誘導シグナルは、発生過程で細胞がどのように振る舞うかを指示しているようなものと考えられるが、同時にそのようなシグナルに応答するかしないかは、そのときの細胞の状態に左右される
シグナルに対する応答能がある場合でも、細胞が取り得る状態は通常数が限られており、誘導シグナルは細胞がとり得る数少ない応答の1つだけを選択する
真に教示的なシグナルとは、例えば新しい遺伝子を付加するなど、細胞に全く新しい情報と能力を与えるものであるはずだが、そのようなことは発生では起こらない
ある時点において、教示的誘導シグナルがいくつかある細胞応答のいずれかを選択するだけであるということは、生物学的経済性にとっていくつかの重要な意味を持っている
ひとつには、ある遺伝子の発現が、異なるシグナルによって、発生の異なる時期に何度も活性化され得ることを意味する
実際に発生過程では、同じ遺伝子が繰り返しスイッチオン・オフされる
他方では、同一のシグナルが細胞によって異なる応答を引き起こし得ることを意味しており、実際に同一のシグナルがそれぞれの細胞の発生上の経歴によって、異なる特徴的応答を引き起こすことがしばしばある
進化の過程で獲得されたさまざまな新たな細胞応答は、少数の細胞間シグナル伝達分子を繰り返し新たな目的に使うことによって獲得されており、この意味では進化はやりくりで成り立ってきたといえる 1.15 位置情報によりパターン形成が起こる
パターン形成を説明するための一般例として、フランス国旗という非生物学的な例を挙げることができる
https://gyazo.com/38c11e5756ec696cfddc0d4a84958732
フランス国旗は左1/3が青、真ん中1/3が白、右1/3が赤というパターンを持ち、旗の大小に関わらずこのパターンは変わらないが、胚のパターン形成にはこれと類似したところがある
一列に並んだ細胞があるとして、それに青、白、赤のいずれかの色を当てはめ、その列の長さは可変的であるとして、どのようにしたらフランス国旗のパターンを形成することができるであろうか
自らの位置価を得た細胞は、この除法を遺伝的プログラムによってそれぞれ解釈する
列の左1/3にある細胞は青、真ん中1/3にある細胞は白、右1/3にある細胞は赤になるように解釈するという具合
細胞が位置シグナルを用いているよい例は、両生類や昆虫において、失われた領域が元通りになる肢の再生に見られる 位置情報を用いるパターン形成には少なくとも2つの段階がある
はじめに位置価はパターンの各境界(青/白, 白/赤)と関連づけられる必要があり、その後に解釈が行われなければならない
この2つの過程を区別することは重要な意味をもつ
すなわち、位置価と、それがどのようなパターンに解釈されるかは別のこと
換言すれば、同じ位置価を、ある場合にはフランスの国旗、ある場合にはイタリアの国旗をつくるために使うことができる
位置価がどのように解釈されるかは、その細胞集団に特有な遺伝子活性、すなわち、その細胞集団の発生上の履歴による
細胞はその位置をさまざまな機構によって特定することができる
ある化学分子の濃度が列の一端から他端に向けて順次減少するなら、列に沿った境界に対する細胞の位置は、化学物質の濃度によって効率的に定めることができる
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フランス国旗の場合、一旦にモルフォゲンの源があり、他端に吸い込み(シンク)があると考える
するとモルフォゲンは列に沿って拡散し、一端で高く、他端で低い濃度勾配ができる
列のある位置でのモルフォゲン濃度が位置情報を提供することになる
閾値とは、細胞内シグナル経路を活性化させるために受容体に結合しなければならないモルフォゲンの量、あるいは特定の遺伝子を活性化させるために必要な転写因子の濃度と考えることができる
位置情報はまた、直接的な細胞間作用や分化のタイミングなどによっても指定される
フランス国旗モデルは実際の発生における2つの重要な特徴を含蓄している
その第一は、列の長さが変化しても、両端で異なるモルフォゲン濃度が一定に維持され、それぞれの閾値濃度により各境界が正しく規定されるなら、この系は制御を保ち、パターンが正確に形成されること
その第二は、系が半分にされても、各境界のモルフォゲン濃度が再度確立されれば、完全に元と同じパターンが再生されること
ここでは一次元の細胞の並びについて考察したが、二次元のパターン形成についても同様に考えることができる
https://gyazo.com/73118a34263e2732fe60fa3768639c38
位置情報がどのように指定されるかはいまだ明らかでない
モルフォゲンの拡散は提唱されているメカニズムの1つであるが、実際のパターン形成をどこまで説明できるのかは明らかではない
また、位置の違いがどれほど細かいものなのかもわかっていない
初期胚のそれぞれの細胞は、独自の位置価を持っているのだろうか
そして、その違いをパターン形成に利用することはできるのだろうか
1.16 側方抑制が間隔のあるパターンを形成する
鳥の皮膚に生える羽のような多くの構造物が、一定の間隔を空けて互いに規則的に配列している https://gyazo.com/bb6296dc0dbc12767b2bfde8d4e07ef4
すべての細胞が、例えば羽のようなある特定のものに分化する能力を持っている細胞集団において、羽を形成する細胞が規則的に間隔をもって生じることは、最初に羽をつくるために分化した細胞(大半はランダムに生じる)が、周囲の細胞が同様に分化することを抑制するという機構によって可能となっている
このことは、光と栄養を競って一定間隔で生えた森の木々を思い起こさせる
胚における側方抑制はしばしば、分化する細胞が近接する細胞に同様の分化を抑制する阻害物質を産生することによる
1.17 細胞質決定因子の局在と非対称細胞分裂によって、互いに異なる娘細胞が生じる
位置の特定は、細胞が特定の状態(アイデンティティ)を獲得するための1つの方法に過ぎない 非対称分裂を行う細胞の特性は、環境からのきっかけではなく、細胞の系譜(lineage)による ある非対称分裂は、生じる細胞の大きさが異なる不等分裂でもあるが、サイズの問題は哺乳類の発生ではあまり重要なことではない 卵からフランス国旗のパターンをつくる別の方法は、青、白、赤の決定因子を卵の細胞質にフランス国旗の下絵として局在させて、化学的差異を卵の細胞質に与えること
卵割の進行にともない、これらの細胞質決定因子は娘細胞にフランス国旗を生じるように不等分配される
この方途では細胞間相互作用は必要なく、フランス国旗を生じるような発生運命はあらかじめ卵の時点で決定されている 上記のような極端なモザイク的発生の例は実際には知られていないが、卵もしくは細胞に細胞質決定因子が存在し、それが2つの娘細胞に不均等に受け継がれ、娘細胞がそれぞれ異なった発生をする例がよく知られている
例えば、線虫の第一卵割は非対称分裂で、この分裂によって胚の前後軸が決まる しかし、発生が進むと一般に細胞は、細胞質決定因子の不等分配より、他の細部あるいは細胞外環境からのシグナルによって互いに異なるようになる
幹細胞は分裂して再び幹細胞を生じるとともに、1つもしくは複数の分化細胞となる娘細胞を生じる
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一方、成体の血液や表皮、腸上皮に見られるような継続的な組織の新生、あるいは筋肉に見られるような損傷を受けた時の組織新生には、より分化能の限られた幹細胞が働いている 幹細胞の分裂によって生じる娘細胞の挙動の違いも、細胞質決定因子の非対称分配によることもあるし、外来シグナルによる場合もある
ショウジョウバエでは、神経の形成は神経幹細胞での細胞質決定因子の非対称分配によるが、造血幹細胞から異なる血液細胞が生じるのは、主として細胞外のシグナルによると考えられている 幹細胞は、損傷を受けた器官を修復、あるいは再生する可能性を持つことから、再生医学の観点から大きな興味が持たれている
1.18 胚の発生プログラムは、記述的であるより生成的である
胚発生のためのすべての情報は受精卵にある
この情報がどのように解読されて胚を生じるのか
ひとつの可能性は、生物の構成が記述的なプログラムとして何らかの形でゲノムに暗号化されているということ
答えは否
どこで、いつ、どのようなタンパク質をつくられるかを決めるもの
それによって細胞がどのように振る舞うかを制御している
同じ対象に対するものとして、この2つのプログラムは大きく異なっている
青写真あるいは設計図といった記述的なプログラムは「対象それ自体」を詳細に記述する
手順指示的な生成的プログラムでは、対象を「どのようにつくるか」を記述する
折り紙の例え
折り紙の最終的な形をその部分間の複雑な関係とともに設計図として記述することはとても困難で、しかもそのような記述はどのように鳥をつくるかにはあまり役に立たない
より役立ち簡単そうなのは、紙をどう順番に折るか指示すること
1.19 発生はさまざまな方途によって確実に進行するようになっている
発生は驚くほどの一貫性と確実性をもって進行する
それは、2本の足が成体のそれと成るまでの15年間ほど、それぞれ独立に形成されながら同じような長さになることを見れば明らか
生体が適切に機能するためには、胚発生は確実に起こらなければならない
このような確実性をどのように達成するかも、発生の重要な課題
発生過程では胚体内および外部環境にさまざまな変動が起こるが、胚発生はこれを乗り越えて確実に進行する必要がある
内的変動としては発生関連因子の濃度の変化、さらには当該器官の発生を直接制御しないが、これに影響を与える遺伝子の変異などがある
発生に影響する外部環境因子としては、温度や環境化学物質がある
確実性を担保する機構には2つの方途がある
同じ過程を起こすのに、2つもしくはそれ以上の方途が存在すること
そのうちの1つが何らかの理由で機能しなくなっても、他の働きによってその過程は進行する
半数体のゲノムに同一の機能を持って同じ遺伝子が複数あるというような文字通りの重複性は、類似した遺伝子のコピーをしばしば何百も持つrRNAのような場合を除いて稀 むしろ、1つの発生過程がいくつかの異なるメカニズムによって成り立つという重複性が、実際の発生において正確で確実な発生を補償する方法の1つであろう
ある過程の最終産物がその過程の最初の段階を抑制し、最終産物の量を一定に保つ
ある経路の最終産物が、その経路の初期に働く酵素を阻害するというもの
発生の確実性を保証するさらに別の機構があり、それは発生ん関わる遺伝子活性のネットワークの複雑さに起因する
様々な経路を含んでネットワークが形成されていることにより、個々の過程が変動が緩和され、全体としてのネットワーク、つまり発生過程の頑強さが保たれているという証拠がある
1.20 胚発生の複雑さは細胞自身の複雑さによる
細胞はある意味では胚より複雑
個々の細胞におけるタンパク質とDNAがおりなす相互作用のネットワークは、発生途中の胚の細胞間での相互作用よりずっと多くの因子を含み、より複雑
発生に関わる基本的な活動は、その構成が時間とともに、そして細胞内の場所によって異なる、多くの細胞内タンパク質の相互作用の結果として起こる
例えば細胞分裂は、ある決まった期間に決まった順序で、有糸分裂のための特殊な細胞内構造の構築と正確な編成を必要とする、複雑な細胞生物学的過程 どのような細胞もそれぞれの時点で数千の遺伝子を発現している
これらの遺伝子発現の大半は、外部からのシグナルとは独立した、細胞にそれまでに備わったプログラムによって発現している
この細胞の遺伝子発現の複雑さによって、外部シグナルに対して細胞がどのように応答するかが決まっている
細胞がある特定のシグナルに対しどう応答するかは、細胞の内部状態による
この内部状態は、細胞がそれまで発生してきた履歴を反映する
したがって、同一のシグナルに対しても、異なる細胞は異なった応答を示す
現時点では、胚はもちろん1つの細胞内ですら、さまざまな遺伝子とタンパク質がどのように相互作用しているかについては断片的な知見しかない
しかし新しい技術によって、組織レベルでは、数百の遺伝子についてその発現を同時に調べられるようになった
システム生物学の領域で、細胞が用いている高度に複雑なシグナル経路のネットワークを人工的に構築する技術の開発が始まっている 1.21 発生は進化と密接に関連している
ショウジョウバエと脊椎動物のように非常に異なった動物の間でも、発生遺伝子とそこで使われているメカニズムはよく似ているが、これは進化の過程を反映している すべての動物は共通の祖先となる多細胞生物に由来し、この祖先動物の有していた遺伝子と発生メカニズムを基盤として進化してきたので、必然的に多くの異なる動物で同じような遺伝子と発生機構が共通に使われている 一方では、新しい発生機構は進化とともにそれぞれの動物グループで生じたもの
自然選択によるダーウィン理論の基本は、遺伝子の変化が個体発生を変え、個体発生の変化が生体と環境との関係を変えるということ もし、ある発生上の変化がそのときの一般的環境下での生存や繁殖により適応的な成体を作り上げたなら、その個体は集団中で維持され、選択されるだろう
すなわち、遺伝子の変化による発生の変化が、進化の基本 発生過程が進化とともにどう変化したかのよい見本は、脊椎動物の四肢の発生 化石の解析から、陸上脊椎動物の四肢は鰭から進化したものであることが示され、四肢進化の遺伝子および発生基盤が再現されつつある
そこでは四肢の5本指の基本パターンから、どのようにしてコウモリ、ウマ、ヒトにみられるような異なる四肢ができたかについても述べる コウモリでは前肢の指が極端に長くなり、革のように固い翼膜を支持しているが、ウマでは前肢"手"と後肢"足"のそれぞれ1つの指が長い骨となって肢の下部と蹄を形成し、他の指は失われた 化石による記録から、発生過程の進化的変化について多くの例が得られている
発生プロセスの進化的変遷にはいくつかの重要な段階があるが、その過程で変化した遺伝子を同定することは容易ではない
遺伝子変化が新しい形質獲得にどれだけ大きな役割を果たしているかについても疑問があり、全く新しい構造がどのように進化するかはいまだに謎
いずれにせよ、進化はすべて胚発生の変化によってなされたことに疑問の余地はない