僕もずっと、こうやってなでてほしかったんや
夜。
声が聞きたい。会いたい。今すぐ会いたい。
でも、ほんなこと言うたら絶対迷惑や。
ごめん、って断られるんも、つらい。
でも、我慢できへんかった。
ごめん、だけでもええ。なんか反応があったら、ほんでええ。
おやすみって言えたら、ほんでええ。
ほんでええけど、やっぱり期待しとった。
伊勢原さんは優しいけん、きっと来てくれるって。
インターホンが鳴った。
ドアを開けると、少し疲れた顔をした伊勢原さんが立っとった。
疲れとんのに、すんません……。僕が言うと、伊勢原さんは笑って僕の頭をなでた。いつも和やエビちゃんにするように、僕の頭をワシワシとなでた。 「ぼ、僕もずっと、こうやってなでてほしかったんや……」
僕はもう、ほんだけで感情がめちゃくちゃになってしもうて、涙があふれてきてしもうた。
「気付いてやれんでごめんな」
伊勢原さんは僕の髪をぐしゃぐしゃにして、ほれから指でとかしてくれた。
伊勢原さんが嬉しそうに買い物袋を掲げて見せたけん、僕は笑ってしもた。伊勢原さん、ハーゲンダッツ好きなけん。
「やっと笑うた。円は笑顔が一番男前やけん」
ほう言うて、伊勢原さんは小さなカップを僕に手渡してくれた。
「僕のこと、円って」
「嫌やった?」
心配そうな伊勢原さんに、僕は首を横に振った。
「呼んでほしかった、円って」
僕が言うと、伊勢原さんはまた僕の頭をなでた。今度は、優しく。
伊勢原さん、和のことは最初から和って呼んどったし、エビちゃんのことも二人でおるときは静って呼んどるみたいやった。
僕だけ苗字なん、ちょっと寂しかった。
「あとな、ちょっとお兄さんぶってもええ?」
伊勢原さんの言葉に、僕はうなずいた。
伊勢原さんは僕が握りしめたハーゲンダッツのカップを開けると、スプーンですくって僕の口に入れてくれた。
アカン、また涙が出てきてしもた。僕の情緒、めちゃくちゃや。
「円は泣き虫やな」
伊勢原さんは優しく笑うと、僕の涙を指で拭ってくれた。
「僕も、呼びたい。遥って呼びたい」
僕が声を詰まらせながら言うと、伊勢原さんは「うん」とうなずいた。
遥、今日はたまたま空いとったけん来てくれたけど、エビちゃんと一緒におるときやったら、絶対来てくれへんかったやろな。
遥は昔から付き合うてる女を大切にしよったけん、エビちゃんのこともめっちゃ大切にしようと思う。
僕は絶対に、遥の一番にはなられへん。たぶん、二番ですらない。僕は愛されてへんって、わかるよ。
遥は壊れた僕の破片を集めてくれようだけ。これ以上僕が壊れへんように守ってくれようだけ。
僕は愛されてへん。
ほなけどこんなに優しくされたら、錯覚してまうよ。僕が世界で一番、遥に愛されとうって。