2021/03/01-2021/03/12
#採掘場
後期イヤイヤ期
家族を(子供を)持つ感覚
デジタルデバイスの身体性
正当性のある要求しかしない
怒りそのものをぶつけない
怒らせたらまず謝る
逆ギレ禁止
昔までのことを、今回のことと合わせて持ち出さない
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https://note.com/rashita/n/n2b328da96315
新しいコロナワクチンの開発と、家のキッチンを片づけることは、明らかに前者のほうが重要ですが、だからこそ「家のキッチンを片づけること」に注意を向ける必要があります。これらの行為が等しく価値を持つからではありません(そんなわけはありません)。前者の価値があまりに自明であり(≒光り輝いており)、後者が持つ価値が見えなくなるからです。自然な状態では見えなくなってしまうものに、意識的に注意を向けること。私たちの意識的な活動に意味があるとすれば、そのような現象を引き起こせる点にあるでしょう。
⇒重要なことしかやりたくない、というのは、ある意味で他律的だろうか。
https://mandarinnote.com/archives/28461
「前に本やブログで言ってたことと違う」と揶揄する人もいるのですが、私は別に違ったことを言っているとは思っていません。
がむしゃらだったときに、そのエネルギーを少しでも無駄にしないように過ごせるように手帳は活躍してくれたし、今こうして、行けるかな、と思う気持ちに軽くブレーキをかけつつゆっくり進もうとする私を支えてくれるのも手帳です。
効率をよくすることが大切な時期もありますが、いますぐ解決できない問題がゆるんでくるのを待つのが大事な時期もあります。効率とか時間をつくるとかばかり追いかけさせる手帳術の情報にとらわれていると、そういうことを忘れてしまう。
私も含めて、手帳術について情報発信する側のひとは、たくさんのひとに「試してみるといいよ」を伝えるため、手を変え品を変え発信します。同じテンションで同じ方法でずーーーっと運用しているように見えることもあるかもしれないけど、けっしてそんなことはないです。みんな毎日のように試行錯誤を繰り返している。いつも道の途中にいます。必要な時だけ取り入れて、必要なければ脇に置いといていい。
現実の時間軸の上に載せることが可能である、というニュアンスを含んでいる。思考と行動(活動)は、二項対立するものではない、ということだ。そして、思考すらも行動であるならば、すべては行動であり、行動を管理するタスク管理の範疇に収めることに、理論的矛盾は存在しない。よって、「すべてはタスク管理である」という理屈は(説得されるかどうかはさておき)一応筋が通っている。
どちらかと言えば、「すべてはnである」という言説よりも、むしろさまざまなnの中にあるコアとも呼べる共通性をすくい上げる方が好きなのであるが、それは脱線なのでさておくとして、「xについて考え、そこから行動を起こす(あるいは起こさない判断を下す)」ということが、私たちが普遍的に必要としている所作ではないのか、という問題提起をして、一応終えておく。
https://twitter.com/sin_lv98/status/1368827376046510081?s=21
1度逮捕されてから一連の案件として勾留中に余罪で8回連続逮捕されてるだけなのに、あたかも有罪判決後に8回再犯したみたいに「逮捕8度目」とか報道する手法、前にも見たけど死ぬほど悪質ですよ。騙されてるアホ共も同罪だよ
https://twitter.com/yomogiaice/status/1365597465890619392?s=20
⇒
https://twitter.com/yupiteru_kun/status/1367325195984203780?s=21
これ、同じフォーマットで紙での入力と電子での入力の2パターンがある場合、電子の方はマクロでデータの取り込みができて、紙の場合は印刷したときに枠ができて書かれた字が読みやすいんだな。実は理にかなっているのかもしれない
https://twitter.com/ganko_na_yogore/status/1368466481265082371?s=21
人間歳を取ると衰えてくる部分の一つに、「相手の話を最後まで聞けなくなる」(開始何秒かのセンテンスだけ聞いたら、自分なりの"きっとこういう話だろう"に引き寄せて早々に解釈し、決めつけ、相手の話を遮って答え始める)」があるけど、早ければ40歳ごろ、遅くとも9割の人間は50歳までに発症してる
https://twitter.com/lunowell_info/status/1368924660230881281?s=21
やばい・・・20歳位にはこれ発症してた気がする。最後迄聞いて合ってる事が殆どだったが無論予想外の事もあった。遮りはしないが解釈が早いって症状は見に覚えしか無いw衰えだったとは。
https://twitter.com/mangakakuhito/status/1367257623217643521?s=20
⇒相手の感情が適切なサイズで結晶化する時間を待たないといけない。
https://am-our.com/love/97707/
こういうのも、事実として男が犯罪をする確率が高くて、特に性犯罪をする確率が高くて、猫を虐待する確率が高くて、男のほうが喫煙率も飲酒率も肥満率も高いのになかなか病院に行かず、女には真冬でもスカートはかせて自分は喫茶店のおしぼりでゴシゴシ顔やら腋やら拭いてるんだから仕方ないだろ、と言ってしまいそうになるのだけど、それは「事実として女が仕事を辞める確率が高いんだから女が出世しづらいのも仕方ないだろ」と言うのと同じくらいヤバい気がするので私はがんばって口をつぐむ。
https://blog.tinect.jp/?p=69468
私の観察と経験によれば、挨拶でHPが減る程度は、トレーニングや慣れによって改善していく。
だから新入生や新社会人に「挨拶をどんどんしましょう」とアドバイスするのはたぶん正しい。
けれども元々これはスタート地点が公平とは言えない。
小さい頃から挨拶がぜんぜん平気な人もいれば、思春期を過ぎても挨拶がまだまだ辛い人もいる。
このあたりは、生来的な気質や家庭内で挨拶がどれぐらい日常的だったのかにも左右されるだろう。
まして、AさんとBさんとCさんには挨拶をするなかで、挨拶のたびに”HPが減っていく”Dさんにだけ挨拶をしないようなシチュエーションができあがると、Dさんとの関係は間違いなくおかしなことになってしまう。
だとしたら、挨拶のたびに”HPが減っていく”Dさんにも分け隔てなく挨拶をしたほうが結局お互いのためになる。
「おはようございます」「お疲れさまでした」という一言を発するたびにDさんのHPが減っていくのを知っているからといって、挨拶をやめるわけにもいかない。
『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』が終わらせたもの
どれだけエヴァがそのときを止めようとも、アニメは新しい作品が次々と生まれてきた。特に2011年の『魔法少女まどか☆マギカ』と2012年の『PSYCHO-PASS』は決定的だった。「社会的」「文学的」な要素が強く付与されながら、思弁的な混乱に陥っておらず、しかも作品は完結している。僕の中でエヴァによって変えられてしまったものが、そこでもう一段変えられてしまった感覚があった。正直に言って、その当りから、僕の中でエヴァはもう完全に「終わった」作品だった。たしかに素晴らしいし、面白いが、