2021/03/13-2021/03/22
あとがき
人はどのように世界を見て、認識し、行動のために予測し、意思決定をし、行動し、行動を評価し、記憶し、学ぶのか。その一連のフローの詳細を理解しようとするのが認知科学という学問である。
熟達者になるために大事なこと。それは、知識を自分で探求し、発見する過程で、「生きた知識を生み出すサイクル」を編み出していくことである。
swagger(胸を張ってずんずん歩く)という動詞を読んでも、ああ「歩く」ことね、と思った瞬間、読んだ動詞はwalkであったように記憶されてしまうのである。
⇒これは身に覚えがある。「なんでいちいち新しい単語を使うんじゃー!」って身勝手にもきれそうになる。
⇒まあ、「gg」とか「bl」とか、なんか予想はつくようにもなるが。
「残念に思うことを残念に思うのだけはやめたほうがいい」
を精神分析や精神病理学の言葉で語ってもあまり面白くないし、あまり良いこともない」と考えている。それらは第三者の理解には役立つし、対人関係を制御する際の知識として役立つ場面もあるけれども、誰かと共に生きるにも、自分自身が生きるにも、決定的なツールとはならないように思った。だいたいの精神分析や精神病理学には三人称がよく似合う。一人称や二人称は似合わない。
さまざまな物語が描かれた。正体不明のアンソロジーが本屋に売られたりもしていた。そのなかにはTV版までをベースにしたものもあれば『まごころを、君に』までをベースにしたものもあった。それらはそれらで有意味だったと思う。でも十分ではないと感じた。二次創作を読むだけでは彼女が助かったということには、たぶんならない。
我が身をエヴァンゲリオンとし、いまや声が聞こえるほどシンクロしているアスカが私を操縦していると考えるなら、これからの自分が生き残り、アスカによく似た課題や弱点を克服すればアスカも助かったことになるのではないか? と。
ここまでシンクロ率を高めてしまったアスカの運命を他人任せにするのは、たぶん良くない。自分の戦いは庵野秀明という人や二次創作者たちに委ねるべきでなく、自分ですべきだ。
うちの惣流さんはもう大丈夫だ。
.土壌の説明はその場でいちいち書き添えない。そうしないことでスピード感を維持できるのであって、文脈の言語化に意識を割いてしまうとその分だけ「まさに今動かしたいもの」を動かすためのエネルギーを奪われることになる。
しかしながら、文脈を明らかにするための情報をごちゃごちゃと添えた場合、それもまた動きを鈍らせる可能性がある。
⇒消滅していて、キャッシュも見当たらない。
097 「けりをつける」ためのご褒美 – ライフハック心理学
mindhacks.jp
よく「自分にご褒美をあげることでモチベーションを保つ」というライフハックがあるのですが、ちょっと難しいかなと思っています。
理由は簡単で、自分のご褒美を求めて人がやる気になれるかどうかが疑わしいからです。何かを達成してもしなくても、自分発のご褒美であれば得ようと思えば得られるのですから。
しかし、けりをつける、区切りを入れる、もっと言えば達成を実感するためのご褒美はぜひ用意したいところです。
完璧主義者の人にこそ
多くの完璧主義者は、やり始めたことを達成しても、それを心から喜べない。(p88)
グズの人にはわけがある (文春文庫PLUS)リンダ サパディン ジャック マガイヤー Linda Sapadin
残念ながらこれは事実です。そもそも完璧主義であればやることは多すぎるし時間は足りないので、何かを終えたとしてもすぐまた次に始めるべきことが控えているのです。つまりいつまで立っても「ゴール」にたどり着けません。
また、完璧主義者にとっては「完璧に仕事を成し遂げた」と思えることがほとんどないため、それを素直に喜んでいる場合ではないわけです。常に減点方式をとっているため、「終わらせはしたが質はどうだったのか?」と考えます。
こういう気質の人が「喜ぼう」としてもなかなか難しいでしょう。ですから「形式的」であってもいいので、ご褒美を用意してできれば人を巻き込んで「お祝い」しましょう。
こういうのが苦手な人というのはとことん苦手で、斜に構えるなり、何かしらの理由付けをして、決して「自分を祝福する」といったことはしないもの、あるいは「先送り」しがちです。
苦手であれば「祝福」はしないでもよいので、しかし小さくてもいいので「パーティ」は行うようにするべきです。(あえて一人でもいいでしょう)。人の心というのは、特定の条件が整わないと、一瞬で何かを把握するのが苦手です。「一仕事成し遂げた」ということを実感するにもある程度時間を要します。
「時間がもったいない」といって次々に仕事を成し遂げていると、「区切り」が一瞬で過ぎ去ってしまうため、ものすごくたくさんの仕事を成し遂げているのに、やっている人は何もしていない気持ちに支配されるという、不思議な矛盾を抱えることになります。