コーチャブル
受動的なコーチャブル
・集中する
・優先順位を上げる
・こだわりを脇に置ける
・コミュニティに参加する
・信頼する(信頼される=自己開示など
・すごい人がいる(役員の人と仕事をしてみる
・自分がもっと成長できると気づく
・学ぼうとしている
・自分にあったメディアを選ぶ(声、テキスト、映像、場所など
・情報を少なくする
・誰からでも学べる
・赤裸々に自分の弱さをさらけ出す
・「正直さ」と「謙虚さ」
・「あきらめず努力を厭いとわない姿勢」、「つねに学ぼうとする意欲」
・学ぶ
・人を自分の家(部屋)に招くように接する
能動的なコーチャブル
・コーチにどれくらいの球を受けとるのかを知らせる
・自分の地雷を知らせる
・自分がくよくよしていることを伝える
・嫌を伝えられる
相手のなかでコーチャブルを育む
・コーチャブルな状態を演じる
コーチャブルな状態
・素直に受けとる
・心理的安全性がある
コーチャブルの障害
・探り合い
・?話し手が一方的になってしまう
・相手を下に見る
・すごすぎで相手の言葉を鵜呑みにしてしまう
・相手がすごくないと言葉を受け入れない
・従順になる
・空回り
ビルはどうやってこれを実践していたのか?
第1に、彼はコーチングを受け入れられる「コーチャブル」な人だけをコーチングした。ひとたび彼のテストにパスした相手に対しては、じっくりと耳を傾け、誠実に徹し、偉大なことを成し遂げられると信じ、誠意を尽くした。
正直で謙虚な人材を見きわめる
ジョナサンがビルに会ったのはこのときが初めてだった。
みんな君のことを頭が切れて努力家だと言っている、とビルは告げた。ジョナサンは少し胸を張った。
「でもそんなことはどうでもいい」とビルは言い放った。「私が知りたいのはただ一つ。君はコーチングを受け入れられるか?」
ジョナサンは反射的に、そしてまずいことにこう答えた。「コーチによりますね」
まちがった答えだ。
「利口ぶるやつはコーチできない」ビルはぴしゃりと言った。
彼が面接をおしまいにして、立ち上がって出ていこうとしたその瞬間、ジョナサンはエリック・シュミットが誰かにコーチングを受けているらしいという話を思い出した。まずい、これがそのお方にちがいない。ジョナサンはお利口モードから平身低頭モードにすばやく切り替え、さっきの答え(答えにもなっていなかったが)を撤回てっかいし、どうか面接を続けてくださいと懇願した。
数分にも思えるほど長い時間が経ってから、ビルはまた腰を下ろし、自分は一緒に働く人を謙虚さで選んでいると言った。リーダーシップというのは自分だけの問題じゃない、会社とチームという、自分よりも大きなものに献身することだ。
コーチされるのに必要な資質
そしてビルは尋ねた。
「君はコーチから何を得たいのか?」
「コーチとは、自分がなれると思っている人物になれるように、聞きたくないことを聞かせ、見たくないものを見せてくれる人だ」。自分がコーチに求めるのはこれですと、ジョナサンはビルに言った。
コーチとの関係から最大の価値を引き出すには、教えられる側がコーチングを受け入れる姿勢でいなくてはならない。ビルのコーチングの根底には、人の価値は肩書きや職務ではなく、心の持ちようで決まる、という考えがあった。
彼の仕事は、人をよりよくすることだった——ただし、相手がコーチャブルな場合だけだ。
ビルが求めたコーチャブルな資質とは、「正直さ」と「謙虚さ」、「あきらめず努力を厭いとわない姿勢」、「つねに学ぼうとする意欲」である。
なぜ正直さと謙虚さが必要かといえば、コーチングの関係を成功させるには、ビジネス上の関係で一般に求められるよりも、はるかに赤裸々に自分の弱さをさらけだす必要があるからだ。
コーチは教える相手がどれだけ自己認識ができているかを知る必要がある。コーチは相手の強みと弱みを知るだけでなく、相手が自身の強みと弱みをどれだけ認識しているかを知らなくてはならないのだ。
彼らが率直に認識している部分はどこで、認識できていない部分はどこなのか? 彼らに自己認識を促し、見えていない欠点に気づかせるのが、コーチの仕事だ。人は自分の欠点について話したがらないからこそ、正直さと謙虚さが必要になる。自分自身とコーチに対して正直になり、自分が完璧でないことを自覚できるほど謙虚になれなければ、コーチとの関係を深めることはできない。
正直に弱点を認められるか?
正直で謙虚な人の反対は、ウソつきだ。
「ビルはウソつきにがまんがならなかった」と、スタンフォード大学の元学長で、ビルと多方面で親しく仕事をしたジョン・ヘネシーは言う。
ビルがウソつきを嫌ったのは、彼らが他人にだけでなく、自分にも不正直だからだ。コーチングを受け入れるには、まず何よりも自分に残酷なまでに正直にならなくてはならない。ヘネシーは言う。
「ウソつきは、コーチャブルではない。そういう輩やからは、そのうち自分の言葉を信じはじめる。自分のウソに合わせて真実を曲げるから、余計にたちが悪い」