RE:TP4G
TP4G+
第一世代と第二世代
CRTとFRTを詰まるのが大変で、後の行程になってからテーマのおかしさに気づくとうんざりする。今更前に戻れない。でもこのまま進めてもピッタリこない。徒労感。
作ったモノを気軽に捨てられない。
仮説を気軽に捨てられることが大事。
1Gと2Gの前提は、話したいこととテーマについて十分に分かっていること。最初が性格であることが前提の、終わりに向けてのプロセス。
そもそもTPが必要な時点で後手。
プロセスが一直線だとこぼれ落ちることがでてくる。でてこないものがたくさんある。
fixして終わりにするのを防ぐ。
進んでも良いし、fixを見直しても良いし。「あ、それもいいよね」
プロセスだと前工程の固定感がでてくる。流れが固定する。
枠組みはあるけれどプロセスはなんでもよい。
コミュニケーションが止まるのを乗り越えられる。
止まったなと感じる。
自分が止めたと感じる。
占めた理由を考える。
話しのリズム
腰を折る
話しを被せない
言行一致
認知・言葉・行動の一致
思いを十分に巡らせるには、間が必要。しかし間を怖く感じる人もいる。
教師は生徒へ教えることで学ぶ。生徒は学んだ発見を教師に教えることで学ぶ。
課題を持つ人は支援者に教えることで課題を学ぶ。
支援者は課題を持つ人の話を観察して表現することで要望を学ぶ。
たぎりあい
貢献しあう
結果をわかちあう
かけがえのない話し合いという体験があって、価値があるんだけど再現できなかった。
かけがえのない話し合いとは
面白い
迷わない
自分達にとってよい目的が見えてくる
いったりきたり感
相手と自身
UDEとDEをいったりきたり、
INJとIOをいったりきたり…
4Gの前提
自分が考えたいこと、取り組みたいことを、自分はよく分かってはいない。
良い傾向
映画の一場面のように主人公感がある。
白黒に色がついていく感じ。
出来事の博審査。いまここの話し。質量。
共に外在化し、語りを促す。相手と自分の考えや認知を表現し合う。
避けられる会話
人は認知の話しをしない。
思考プロセスの障害と対処
対処
性格の変化
マインドセット
合意形成よりも、相互主観
問題解決を目指さず、今に集中する]
変えるより、何が起きているか
ツリーよりも、認知
正解よりも正気
人の認知特性を活かす
合意形成より相互主観
説得を用いた合意の取り付けよりも、相手の認知を吟味することや相手の関心に焦点を当てます。
相互主観は共通理解や共通認識とは異なります。相手の認知や価値観を受け入れるのではなく、互いの認知や価値観の類似点と相違点を理解します。
抵抗の六階層ではなく、相互主観の六階層と考えても良いかもしれません。全ての人と相互主観を構築する必要はありません。合意形成が適した人や立場もあります。物事を進めるプロ—を助けるのは、現実の理解なのか、説得の取り付けなのかは見極める必要があります。
問題解決を目指さず、今に集中する
相手の話に答を返すのではなく、相手の話に応える
問題とは私たちの現実に起こっていることと理想のギャップです。
しかし問題とは、本当に存在するのか危ういものです。
例えば…問題を指でさすことは出来ますか?
たとえばノートPCが壊れたとします。壊れたノートPCを問題だとつい考えがちですが、少し違っていて、ノートPCを使いたい私と、壊れて使えないノートPCという状況の関係性があります。それが問題という認知を生みます。要望と現実の、ある関係性です。しかし私はノートPCを指さしして問題だと表現してしまいます。
問題を解こうとする行為が、解くことを困難にしてしまいがちです。複雑性のある問題は、解こうとする行為がより事態を悪化させることがあります。
認知バイアスに抵抗した「今何が起きているのか」に注力することが、複雑な問題に対する適応になります。
CR追及の副作用によって問題が解決される
問題解決は目指しませんが、問題は副作用として解決されるのがTP4Gの目指すところです。この糸口として、TOCを実践する私たちが実感してして、かつ有効に使い切れていない現象を用いています。
クラウドを作っている最中に解けてしまったという体験はありませんか。ブランチを作っている最中にひらめいたことはありませんか。一つ一つ何が起きているのかを解きほぐして、要素と要素の関係をつなげていく。現実の理解が深まるにつれて、入り組んだ状況に調和する洞察が見つかった経験はありませんか。TP4Gはこの力を活用しています。この力は暗黙知、自己創発と言われるものです。
変えるより、何が起きているか
思考プロセスは変化を起こすためのプロセスです。何を変えるのか、何に変えるのか、どうやって変えるのか。しかし、その前の段階として「何が起きているのか」があります。
CRT(CurrentRealityTree)は今何が起きているかを表現した論理マップです。TOCfEではブランチです。何が起きているのかを十分に知ることは、現状と調和した変化を起こすには必要不可欠です。
論理マップを繋いでいくと、実は思ったよりも自分が理解していないという体験を得ます。この理解しているつもりという認知錯誤を「説明の深さ幻想」「錯知」「既知感」といいます。この分かったつもりになっている錯誤を、今起きている状況を語ることで解消します。
何が起きているかの語りが、洞察へ導く
蝶結びを考えてみましょう。紐を引っ張ってもほどけません。ほどけるどころか結びは堅くなります。ところが別の紐を引っ張ると簡単にほどけます。この現象を明晰に説明するのは難しいです。
物事を理解しているつもりでも、「何をしたら」「どうなるのか」という限定的な理解であって、なぜそのような動きになるのかという仕組みの理解とは別ものです。ですが、私たちは全体を理解していると思いがちです。
ツリーよりも認知 ツリーを捨てる
ツリーができれば、何か不思議な力で状況が打開されるという期待が私にはありました。でも、ツリーができれば自然と良くなるなんてことは起こりません。ツリーがなんとかしてくれるのは幻想です。ツリーは何もしません。
一方で、ツリーは分かった気にさせます。思考プロセスに取り組んでいるにも関わらず、状況が停滞していることに、立派なツリーは慰めを与えてくれます。そうして見かけの体裁が整ったツリーを作り上げて大切にしてしまいがちです。そして状況は後退していきます。
現実と向き合い続ける私たちの態度や思考こそが状況を打開すると私は考えます。不確実性と、まだ分かっていないことがあるという不安な心理と共に、CRを育てることが打開へ向かうと考えています。
問題解決策の押し売りを止める
解決するのではなく、良い行動の、副産物的結果として問題は解消されていく。
いつもやる
問題が起きたらやるのではなく、いつもやることが重要。
人の認知特性を活かす
明確に覚えていられるのは数秒
人の記憶力は大きな制限があり、数十秒前のこともおぼろげになります。思い出そうにも細部が省略されていきます。省略された表現は、実際に話されたこととはズレがあります。このズレたぶんだけ、話が合わなくなってしまいます。
話のテーマが入り組んでいる場合、いくつかのエピソードが表現されるでしょう。それらのエピソードは次々とぼやけてしまい、霧の中に巻き込まれてしまいます。
ゆえに、話された内容の中で「確かにその認識だ」という部分を付箋に書き留め、みんなの視線が集まるテーブルなどに貼り出し、いつでも明確な地点まで戻ってこれるようにします。安心して話しを拡げることができます。
コントロール層
認知資源を増やす
認知的制約を緩和する
観察と分析を分ける
モニタリング層
観察と分析を分ける
セルフ1セルフ2
ハードウェア層