相手の知識レベルを想定する
会話が円滑になされるためには、相手が知っている情報はできるだけ省き、知らない情報は説明するなどしなければならない。そうして相手と知識のレイヤーをできるだけ合わせる。合わせるためにもどの水準に相手の知識レイヤーがあるかを確認しなければいけないのだが、確認するためにも「相手の知識レイヤー、レベルをまずは想定」しなければならない。が、これができている人、しようとしている人は著しく少ない。 たとえばロックに詳しい人になら「ルー・リード」という言葉は説明不要だしくどくど説明すると、話がかったるくなる。かったるいだけならいいが、下手するとマンスプレイニングにもなりかねない。そんな機会はないと思うが、おとぼけビ〜バのあっこりんりんに「ルー・リードって人がいてさあ。1966年にデビューした、ニューヨークパンクの元祖とも言われるヴェルヴェット・アンダーグラウンドってバンドのボーカルの人なんだけどね」などと言ったら「あなた私を誰だと思ってんですか」「相手が女だからってナメてませんか」にもなりかねない。 相手が知ってると強く想定される物事について詳しく説明すると、相手の知識レベルを実際より下に見ていることになるので失礼。相手が知らないと強く想定される物事について説明せずに進むと、これは不親切な上、「説明するまでもないことをあなたは知らない」と言ってるのと同じなのでこれまた失礼。
知識レベルはまずその人の知識レベルや普段の言動、ボキャブラリーから、確実ではないが、ある程度、想定することができる。フェミニズムの話題を頻繁にSNSに投稿しているような人には「ミソジニー」「家父長制」といった言葉の一般的な意味は説明しなくても問題なさそうだ(ただしあいまい共感には注意しなければならない)。普段の投稿から「40代中盤」だとわかっていたら「TKプロデュース」と言っても通じそう。 つまりそうした想定をしない、できていないとは「相手の普段の言動をほぼほぼ理解していない、押さえるべきことを押さえていない」「相手の普段の言動についてさして興味がない」と言ってるのと同じだ。
想定の精度は決して高いとは限らない。むしろ「最初から100%の正答率などあり得ない」。体感、6割もマッチしてないと思う。したがって、常に相手の反応を見ながらチューニングをしていく必要がある。会話の中で相手から情報を引き出す。引き出した情報を記憶しておく。記憶した情報から相手の知識レベルについての仮説をその都度、再構成、再調整する。相手の反応を見る。楽しんでいるか、退屈そうか(人は自分があまり詳しくない話題が続くと退屈したり劣等感を抱くことがある)。 知識レベルはジャンルごとに異なる。政治や社会問題にとにかく詳しいのに、スポーツの話題はからっきしだったり、その逆だったりする。また一部ジャンルにやたら詳しいということだってありうる。大河ドラマのファンなのでやたら戦国時代について詳しいだけで、他の時代の歴史については弱かったり、お芝居が好きだというのでシェイクスピアの話を振ったら困惑されたり。
そしてここからがさらにややこしい話になるのだが......。
想定すべき知識レベルのジャンルの中には「こちらの知識レベルについての知識レベル」も含まれる。「......について知っている」という動詞は入れ子にすることができる。「あるXについて私が知っているということをこの人は知らないってことを私が知ってるってことをこの人は知らないって私は知ってる」のようにどこまでもネストにしていける。
ネストすればするほど脳内メモリへの負担は高くなる。「武田さんが離婚したってことを山本さんは吉川さんから聞いた、ってことを望月さんは知ってるけれど東堂さんは知らない、ってことを三島さんは知らないってことを武田さんは知らないんじゃないか」などと考えはじめるとむちゃくちゃややこしくなる。ストレス。
自分が本を読んでその本について投稿した感想に対し「私もその本を読んだがその著者はヴィーガンですよ」と言われた。著者がヴィーガンであるのは本を読めばすぐに書いてあることなので、この人がどういうつもりでこのリプライをくれたのか、こちらの知識レベルについての知識レベルを想定しなくてはならなくなる。
①著者がヴィーガンだと森が知ってることを知らない。②著者がヴィーガンだと森が知ってることを知ってる。①か②かによってリプライの意味も変わってくるため、これだけで2通りの解釈が生まれる。つまり知ってるか知らないか知らないと、n個の分岐ポイントが発生するため、2のn乗の解釈が生まれてしまう。
「相手の反応を見る」「相手についての信念の状態を想定する(メンタライズする)」というのは、ある種の発達障害や脳機能の人には困難を伴う作業でもある。したがってニューロダイバーシティの観点から知ってる知らないという認識に関する情報はできるだけ明瞭に開示すべき。知識レベルを開示することで過剰な解釈可能性を縮減することができるので、全員ストレスが少なくてすむ。