共通のポインタ
本当その通りなんだけど「考えない」「差分をつぶす」、つまりあいまい共感のために共通のポインタを使う人があとをたたないんだよね。「家父長制」とか「ミソジニー」とか「新自由主義」とか「反差別」とか、そういう言葉は使う人がだいたいどんなことを信じているかをなんとなく伝えているが「では反差別という言葉で何が内包されてるんでしょうか」とたずねると実は不一致しているケースが少なくない。(「あらゆる差別に反対」の危険参照) だからむしろ共通のポインタが出てきたら、「差分」を洗い出す努力こそむしろしなければならないし、それこそが本当の相互理解なのだが、たぶんそういうことが好きな人はよっぽど数が少なそうだ。