共通のポインタ
TOMOKI++.icon 僕は、本を読んで自分で考えただけでは納得できなくて、他の人と意見交換することで考えがまとまったり変わったりする、そこが重要だと思ってる。/ そうなるとある程度共通言語があった方が良い。自分の考えをすべて伝えないと相手の意見を聞けないよりは、共通のポインタを示して差分としての自分の考え(ポインタに対する批評)を述べた方が話が通ることがよくある。そういう時には哲学者や著書、概念の名前が役に立つ。 / でもそれはもちろん、共通のポインタを持った人との対話に限られる。TOMOKI++ [https://mastodon.social/@tomoki@vocalodon.net/111774157392600846 ]
本当その通りなんだけど「考えない」「差分をつぶす」、つまりあいまい共感のために共通のポインタを使う人があとをたたないんだよね。「家父長制」とか「ミソジニー」とか「新自由主義」とか「反差別」とか、そういう言葉は使う人がだいたいどんなことを信じているかをなんとなく伝えているが「では反差別という言葉で何が内包されてるんでしょうか」とたずねると実は不一致しているケースが少なくない。(「あらゆる差別に反対」の危険参照)
だからむしろ共通のポインタが出てきたら、「差分」を洗い出す努力こそむしろしなければならないし、それこそが本当の相互理解なのだが、たぶんそういうことが好きな人はよっぽど数が少なそうだ。