アープラノートを井戸端のようにするにはどうすればいいか
#加筆希望 #批判歓迎
関連:ハードルの高さは、悪くない
(※このページの上部はくま子.iconが言い出したことであり、雰囲気的に某氏が巻き込まれているが(書き方が悪かったですごめんなさい)、以下は自分の思っていたことであり某氏は関係がないことに注意してください)
もしちがうところがあったら訂正を入れてくれるはず。あとは他の人のリテラシーを信じればOKそう久住哲.icon
以前、ある人とあるページのついて通話でお話していたが、話題が逸れて「アープラノートをどう利用するか」というような話になった。
まず押さえておきたい前提として、アープラノートには独自の文化がある。→アープラノートの文化
アープラノートのコンセプトは「思想・哲学・文学・芸術の会の共有メモ帳」とある(はじめに)。
cf)アープラノートはメモの実験場
このコンセプトは、ブラッシュアップできるならしてもいいと思う久住哲.icon
「井戸端」とはscrapboxの最大グループ「井戸端(/villagepump)」のこと。
最大なのかな?久住哲.icon
Cf. ページ数が多いpublic project
/villagepump/2023/08/11#64d5849f5e90c00000f58a0fによれば2023/8/11で200 users
ここでは、日々多くの所属ユーザーがアイコンを利用してのやりとりが行われている。
なぜ井戸端を一つの理想にするかといえば、井戸端ではScrapboxの長所が大いに活かされているから(→Scrapboxが目指しているのは継続的かつ多角的な議論)。
アープラノートでは議論とまではいかなくともこうしたアイコンを使ったやり取りが少ない。そういうことを懸念されていた(曖昧な記憶)。
とはいえ、アープラノートに井戸端っぽさがないわけではない。→dailynoteで気になる話題をつぶやく
実際、とある人はその懸念のためか、それに関連する色々なページを作成している。
自分がページを沢山作るだけではプロジェクトは盛り上がらない
他人のメモには触らない
ページの属人性の曖昧さ
Scrapboxのページは誰のページでもない
以下、脳内会話
??「井戸端は一つの理想ではあるけれど、実際どうすればいいんでしょうかね?」
くま子.icon「……ス」
??「は?」
くま子.icon「……エス」
⁇「すみません、聞こえにくいな。入り直しますかね」
くま子.icon「S・N・S‼︎」
事実、アープラノートはコンセプト通りの使い方しかないわけではない。
色んな使い方が想定できる。
アープラノートをSNSとして使う
つぶやきをページにしていい
アープラノートをYahoo!知恵袋として使う
アープラノートを個人ブログとして使う
また、どのような分野もページにできる。
とはいえ、「何でも書いていい」は役に立たない。→「何でも言ってね」は役に立たない、どこになにを書いたらいいかわからないと書けない
cf.「ハモ」ページ (/villagepump/グループで使うscrapboxを「成功」させるには)
色々な使い方を促進させるには、極端な意見を言う人は結構大事の精神が大事。
わざとちょっと極端な意見をブログ感覚で書いてしまうとか。
例えば、最近だと以下のようなページは一つの理想ではないだろうか。
学歴に対する忖度なしの意見のノート
小さい頃にサブカルに触れないと大人になって反動が来る
反論:アープラノートをSNSのように使ってほしくない
アープラノートはアープラノートのままでいいというようなページが想定されそうcman.icon
なるほど.iconたしかに.icon
それまで囲いのなかったところに、使い方が一本化されるような雰囲気の読み〟に対して窮屈と感じるかもしれない。賑やかさに価値があると思いがち、とかも。性格の癖だと思う。こひつ.icon
独自の交流方法が生まれたり活発になることはいい半面、管理者の負担増や反応疲れが発生しやすくなる、人の増減が気になるようになるなどの心配もある。(アープラノートにはすでにアープラ本部という交流場がある)
くま子.iconすごいことを閃いたと思って上を書いて思ったのが、何の解決にもなっていないページだということだ……🥺
cman.icon井戸端に入って見て思ったのだけど、アープラノートは別ページで言及するの方が向いているのではないか
この一塊も別ページにしたいみたいな欲求がcman.iconにはあります。
たしかに.icon
井戸端は箇条書きに適応した人類が使っている(とcman.iconは思っている)
言えてるかもはるひ.icon
井戸端では、開発陣の思想に言及されることが多い気がします
なるほど.icon
こういうのとか
/shokai/頭にスッと入ってくる箇条書きの構成方法
設計思想はScrapboxのさまざまなところに浮き出てくるはずなので、意識するのはよいことだと思う
といっても、本当に箇条書きばっかしてるのが良いのかはわからない
井戸端の交流/議論の発端は小さな投げかけから始まっている?
これはイメージだけかもしれない。
アープラノートのページはそれぞれ独自性が高い
議論に発展しそうなページは長い問いだったりする
Scrapboxの性質上、長い問に長い注釈をつけ続けるとページが破綻する
「重くて動かない」「長くてスクロールが大変」「インデント深すぎて読めない(スマホ)」など
最初の草稿に流れがあって、その流れを切りたくないみたいな心理ある?
つまりこれは単に長さを解消するだけの切り出しすると読むのメンドウだなみたいな意識
長い文にそれなりに慣れているので、一覧性がある状態で文脈や流れがあったほうが理解しやすい
井戸端とアープラノートの違いみたいなのは考えると面白いかも。
箇条書きに対する適応度もあるが、一番はアイコン領域の浸透性(文化)じゃないかなァ
この違いだと思う久住哲.icon
https://gyazo.com/ecb4add4e07cf67626b763a1a98ac8f2https://gyazo.com/3424be75e1c5afb956107cacc7c42be8
つまりそもそもアクティブであると自己申告するメンバーの数が違う
なるほど.icon
こひつ.iconこちらの表と直接関係があるか判らないけど、アープラノートには本部のディスコードがあり、交流が行われる会場数の有無という違いもありそう。(コミュニティの溜まり場所が一か所であれば集中する)
こひつ.iconよきページだと思いますぞ。
+1久住哲.icon
ありがたきお言葉…‼︎(ハハー