アーリージャズの歴史
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アーリージャズの歴史
【19世紀後半】クレオールとジャズの誕生
初期ジャズ
【19世紀末~20世紀初頭】ニューオーリンズ・ジャズとディキシーランドジャズ
ニューオーリンズ・ジャズ
1897年に、ストーリーヴィルの設置
売春容認地区
ニューオーリンズに
黒人たちの仕事場が数多くでき、白人に受け入れられる演奏をする機会が数多く生まれます。
街灯や広場のパレードが当たり前だったこの時代、街にはブラスバンドがたくさんありました。
バディ・ボールデンは総勢7~8人の少人数バンドで人々の話題を集めた
音響設備が無くマーチングバンドなどでも音量のためにその編成は常に20人以上が必要だった時代
編成
コルネット
クラリネット
トロンボーン
チューバ(or ウッドベース)
バンジョー(or ギター)
ピアノ
ドラム
その中で史上初のジャズバンドが人気に
バディ・ボールデン(1877~1931)が編成したバンド
コルネット奏者
ドラムセットの発明
ディー・ディー・チャンドラーと言う小太鼓奏者
右足で大太鼓を打ち鳴らすフットペダルを考え出し、小太鼓と大太鼓を同時に演奏して話題を呼ぶ
ここからドラマーは椅子に座る様になる
そうなると左足ではシンバルを鳴らそう、とハイハット・シンバルの原型が考え出され
ドラムという一人で演奏可能な楽器に進化
それまでクラシックでは打楽器奏者は小太鼓、大太鼓、などと複数人に分かれていた
このころ、ジャズやブルースでコントラバスが使われ始め、ウッドベースと呼ばれるようになります。
ディキシーランドジャズ
この時期にコード表記が生まれたということは確か
ニューオーリンズジャズの発達した時期
ジェリー・ロール・モートン考案説
1917年に世界で初めて、ジャズのレコード音源が発表
オリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンド
Original Dixieland Jass Band
ニューオーリンズ出身の白人ジャズ・バンド
これをもってジャズの正式な誕生と位置付ける考えが主流となっています。
2017年にはジャズ生誕100年が祝われたりしました。
それ以前にもニューオーリンズジャズ的な音源は存在していた
当時まだJazzという語が無く
Jass House Musicなど言われていたり
売春小屋音楽、Jass=性交を意味するスラング
ラグタイムやブルースなどと未分化だったり
1917年、黒人音楽家はシカゴやニューヨークへと離れていき、ジャズの新たな段階へと進む
職を失って当てのない暮らしが始まることで
ストーリーヴィルは突如閉鎖
アメリカの第一次世界大戦参戦にともない
水兵たちの風紀を統率する目的があった
貿易港・軍港として栄えていたニューオーリンズにて
ティン・パン・アレー
【1920年代】ジャズ・エイジ
【1930年代】スウィングジャズ全盛期
精密なアレンジが施されたアンサンブルの要素が強調されつつあったジャズ
フレッチャー・ヘンダーソンやポール・ホワイトマンによって
需要に応えて、次第にきちんと編曲されたジャズが必要になっていたという背景もありました。
いつ演奏しても同じ時間で演奏できるように
電気録音誕生によるレコードの普及
ラジオの普及、
劇場などでの吹き込みなどの
高級クラブ「コットン・クラブ」
1922年にニューヨーク・ハーレム地区にできた
そこで演奏される黒人のジャズを聴くために、白人たちが連夜集うようになっていました。
経営者は例にもれずギャングでした。
1927年、デューク・エリントン(1899~1974)のバンドが専属バンドとなります
コットン・クラブでの活躍を足掛かりに、エリントンは人気を獲得していきました。
1920年代後半、ハイハットシンバルが考案
ジャズドラマーのベイビー・ドッズ
現在のドラムセットに近い形が完成
はじめは足元にあったものがだんだんと手で叩く位置に上がり
さらにタムやシンバルなど、セッティングされる打楽器の種類が増え、
これによって、ジャズやポピュラー音楽はリズム面の基盤が強化され、もう一段階のサウンドの変革が起きようとしていました。
ニューヨークがジャズのホームグラウンドになりつつありました。
1933年の禁酒法の撤廃に伴い、多くのジャズミュージシャンが移動し
ニューヨークをはじめとする大都市では大所帯のビッグバンドが編成される動きが活発になりました。
ミュージシャンの賃金が大きく低下したことにより
1929年10月24日木曜日
俗に言う「暗黒の木曜日」
ニューヨークの株式市場の株価が突如大暴落し、大恐慌時代に突入します。
当時ニューヨークは、ビッグバンドへの大きな需要を喚起しました。
大規模なダンスホールやボールルームが続々と復活し
ニューディール政策の成功を受け空前の活況を呈し始めており
ライブを観に来た客も、より緻密なアレンジが要求される傾向が高まっていました。
レコードと同じ演奏を期待するようになったため
1930年代に入り、ジャズはスウィングジャズという段階に入ります。
ショー的要素とダンスミュージック的要素が強調されました。
大編成のビッグバンドによる綿密な合奏で
楽曲中のソロ演奏のフィーチャーも特徴とし
デューク・エリントンのバンドは有能なミュージシャンを多数抱え、世界的に成功をおさめました。
現在のスタンダード・ナンバーとして知られている曲を多数残しています
カウント・ベイシー(1904~1984)も自身の楽団を結成
カンザスシティでスターとなっていた
ニューヨークにやってきて人気を集めた
ベイシー楽団の楽曲は現在でもビッグバンドのレパートリーとして非常に人気が高いです。
ベニー・グッドマン(1909~1986)の楽団
スウィングの要素を全面に押し出して成功
代表曲「シング・シング・シング」は非常に有名です。
彼らの成功により、スウィング人気が決定的なものとなりました
「スウィングの王様」と称されたのはグレン・ミラー(1904~1944)です。
ベニー・グッドマンとともに
お馴染みのヒット曲を多数残しました。
ジャズは大恐慌の暗黒の日々の中で、人々を鼓舞し、士気を高めるよすがとなっていきました。
1940年頃には全米のチャートのトップのほとんどをビッグバンドジャズが占めるようにまでなっていました。
【1930年代~1940年代】ポップ・シンガー/ジャズ・シンガーの登場
ビッグバンドに専属の女性歌手が続々と登場し、華を添えて脚光を浴びるようになりました。
また、ティン・パン・アレーもポップソングが多数ヒットしていきました。
引き続きブロードウェイ・ミュージカルやハリウッド映画に向けて音楽を量産し、その中から
当時の流行歌では、大きな声が出る発声法が中心でした。
オペラをルーツとする、コンサートホールで聴衆に聞こえる
クルーナー唱法
“クラシック”と“ポピュラー”の相違
ここまでは受容のされかたや社会階層、文化的な面などで発生
ここにきて歌声の観点から発生した
メディアの発達による「歌唱法」の変化が起き
一方、力強い女性シンガーもさらに活躍の場を広げていきました。
この時代に登場した主な人気シンガー
ビング・クロスビー
ビリー・ホリデイ
エラ・フィッツジェラルド
フランク・シナトラ
サラ・ヴォーン
ナット・キング・コール