初期ジャズ
初期ジャズ
from Jazzの歴史
アフリカ系の音楽や歌に、クレオールたちが身に着けた西洋音楽の要素が自然に溶け込んでいった
アフロ・アメリカ音楽
クレオール: 黒人とスペイン・フランス系の白人との混血者
アメリカ南部のニューオーリンズという街
15世紀から200年ほどスペインの領地でした。
その後は17世紀にフランスが統治し、奴隷制度が始まりました
が、フランス国内の女刑囚や売春婦もニューオーリンズに送り込まれ、混血が進んでいきます
クレオールは当初、白人と同等の扱いを受け、音楽教育も含めてヨーロッパスタイルの教育を受けていました。
しかし、黒人エリート階級は崩壊し、職を奪われたり生活基盤を失う者も多く出ました。
1803年、ナポレオンがルイジアナをアメリカに売却。
アメリカの法と奴隷制が施行されたのち、1861年~1865年の南北戦争を経て奴隷解放となります。
今まで恵まれた生活をしていたクレオールの人たちは一転して地位が転落してしまいます。
ここで、人種基準も北部の論理に従うことになり
「一滴でも黒人の血が混じっていれば黒人とみなす」という基準により、
音楽の教養のあるクレオール人は、黒人ブラスバンドの教師役を務めたり、キャバレーの演奏者となって日銭を稼いだりしました。
アメリカ全土ではフォスターのパーラー・ソングやスーザのマーチが大人気の時代
楽器を手にし、見よう見まねで覚えた黒人たちが、やがて独自の音楽を奏でることになっていきます
楽器が安価で流通し始めた
南軍の音楽隊は次々に解散
南北戦争の終戦を機に
それまで使われていた楽器が市場に大量に放出されることに
黒人たちは耳と頭で覚えたものをフィーリングで演奏しました
譜面通りに演奏する白人ミュージシャンと違い
クレオールは黒人たちにヨーロッパ音楽の橋渡しを
西洋大衆音楽に黒人音楽などが加味され、ジャズの誕生
西洋大衆音楽
ヨーロッパ系のマーチ
カドリーユ
ワルツ
ポルカ
など
黒人音楽のフィーリング
ブルース
ラグタイム
黒人ブラスバンドが上達するにつれ、白人達から「おもしろい」「パレードでやってくれ」と相手にされるようになります
スーザやフォスターなど、世の中全般が音楽を必要としていて、多くの楽団が必要とされていた時代
ニューオーリンズでの暑さは異常で、白人にとって好ましくない条件でも、奴隷経験のある黒人たちにとっては十分活動できました
葬儀や埋葬時の演奏
酒場や売春宿での演奏
街頭での呼び込み演奏
冠婚葬祭のパレード演奏など、
ニューオーリンズ特有の文化として、埋葬が終わると「聖者の行進」のように陽気な音楽でパレードをしました
セカンド・ライン
天国に召されることこそ、現世の苦しみから解放される唯一の道という奴隷時代からの意識の表れ
お祭り好きのラテン系の風習