初期ジャズ
クレオールは当初、白人と同等の扱いを受け、音楽教育も含めてヨーロッパスタイルの教育を受けていました。 しかし、黒人エリート階級は崩壊し、職を奪われたり生活基盤を失う者も多く出ました。 今まで恵まれた生活をしていたクレオールの人たちは一転して地位が転落してしまいます。 ここで、人種基準も北部の論理に従うことになり
「一滴でも黒人の血が混じっていれば黒人とみなす」という基準により、 楽器を手にし、見よう見まねで覚えた黒人たちが、やがて独自の音楽を奏でることになっていきます 楽器が安価で流通し始めた
南軍の音楽隊は次々に解散
それまで使われていた楽器が市場に大量に放出されることに
など
黒人ブラスバンドが上達するにつれ、白人達から「おもしろい」「パレードでやってくれ」と相手にされるようになります スーザやフォスターなど、世の中全般が音楽を必要としていて、多くの楽団が必要とされていた時代 ニューオーリンズでの暑さは異常で、白人にとって好ましくない条件でも、奴隷経験のある黒人たちにとっては十分活動できました 葬儀や埋葬時の演奏
酒場や売春宿での演奏
街頭での呼び込み演奏
冠婚葬祭のパレード演奏など、
天国に召されることこそ、現世の苦しみから解放される唯一の道という奴隷時代からの意識の表れ