ゴトーの場合
https://scrapbox.io/files/63f36458d7318d001cba59fc.jpg
概要
もともとはこのページ、「リアルタイムな価値創造」の事例として、このScrapbox自体のことを書き始めてみたんだけど、一旦、リセット
あんまり自己言及的にやるのはわかりにくいよね、と
ヒサトシの退職日記に強い印象を持ったので、自分の過去も振り返ってみたくなった
結構、忘れていたけど、思い出したこともあったので
自分の退職の頃はどうだったかというと
直前期
強烈な不安と、それでもやっぱり、独立を選ばないではいられない衝動と、両方あったなぁ
サラリーマン時代に、とりあえず、本は一冊出していて
個人で研修の仕事を一件、二件、やらせていただいた経験もあって
一社、お金を出してくれたんなら、二社目以降もあるだろう、と
具体的なアテはなかったけど
メンタルが非常に危機的だったので、そもそもまともに働けるのか?という問題もあった
そこはえいや、と
最終出社日の翌日の気分は、よく覚えている
開放感、爽快感!
思った以上に明るい気持ちになった
登記のこと
溜池山王のアークヒルズに、登記書類を出しに行ったんだよね
あの時、初めて、設立日=提出日で、●●日付け、とかはないんだと知った
ゴトーの日の5月10日にこだわりたくて
書類に不備があって出し直しになると、設立日がズレちゃうから、それを心配していた
そうだ、あの日、偶然、ヒサトシに会ったんだっけ
そういう偶然がなんだかとっても嬉しかったのを、よく覚えている
そしていま、彼の退職エントリを読んでいる不思議
揺籃期
一番覚えているのは、ライターの仕事をやろうとしていたこと
1本1万ぐらいのやつ
facebookのフリーランスコミュニティで流れてきた案件に手を挙げて
ウェブライター業界が、いかに腐っているかを実感した案件だった
ライター業界からは、早々に撤退した
してよかった
研修の売り込みは過去の名刺を全部ひっくり返してアタックしまくってみた
あとは、ニーズがありそうなHPのお問い合わせフォームに営業かけたり
ほぼほぼ全滅で
それでもなんだかんだで10人か20人ぐらいには、会ってもらえたのかな
うち、受注できたのが1件で
口頭で内諾の確認が取れたのがゴールデンウィーク前だった
詳しくは連休明けに、ということだったんだけど
はやく連休明けろ、って、思ってた
揺籃期のテーマは「リハビリ」だった
妻がいて、子供が二人いて、住宅ローンも抱えていて
月収として40万はどう考えても必要
主夫的な方向性も、夫婦で結構検討したけど
そこはやっぱり、自分が働いて稼ぎたい、という思いは結構強かったところもあり
健康を崩した人間が、なに言ってるんだというところもあるのだが、、、
本当に、なにか仕事はしたかった
ただ、健康状態からして、一日2~3時間しか働けなくて
そこはそれで、しょうがないと諦めて
気の進む仕事を、気の済むように、という方針
短い稼働時間で、高い報酬、というのは、絶対条件だった
というか、そういう状況だから、必然的に、そういう方向に舵を切るしかなかった
サービスの方向性は2、3本
1.研修(営業が大変で受注確率が低いが、単価が高い)
2.コンサル(一本決まれば継続的にある程度の報酬、単価はピンキリ)
3.ライター的な仕事(選ばなければ仕事情報はたくさんあるが、多くは報酬は低い)
当時は、
自分の健康が許す限りの活動期間で
月間40万+若干の固定費が賄える売上を作る
そのために、いろんなサービスパターンを試す
という感じだった
模索期
模索期は、自分の場合は揺籃期と連続的だった
プロジェクトマネジメント支援の実務をやれば、ある程度の売上にはなるとわかったので
当時の最大の不安は、これまでやったことのない領域でPMできるのか?ということ
ドローンとか、大企業の幹部研修とか
それまでにやってきたのは、試作屋、新規事業、SaaS関係
共通点もあるけど、相違点もあるから
どこに落とし穴があるかわからないし
その分、めちゃくちゃ慎重にやった
慎重だけだとダメなので、大胆さも
あの時期に色々やって、ある程度やれる実感が持てたのが自信に繋がった
あと、実プロジェクトやりながら感じたこと、学んだことが、本の出版に繋がった
一粒で、何度も美味しい仕事にしないといけない、という学びを得た
安定期
安定期に入ったのかなと自覚し始めたのは、第3期に入った頃
創業して、2期、黒字決算で終えることができて、月給も、3期目からはサラリーマン時代の最高額より高くしたような(多分)
案件的にも、売上的にも安定感が出てきて、少しほっとしたのがその頃だったかなと思う
でも、なんだかんだ色んなことを並行して進める大変さもあって
同時に、家が手狭で、いよいよ引っ越しをしないとどうにもならなくて
なので、仕事はある程度ルーチン化して動かしながら、プライベートに意識を置き始めたのだった
自営業でも、住宅ローンの借り換えができるのか?が、当時の最大の関心事だった
3期分の決算が必要だが、2期分でもなんとか、ということだった
最終的に引っ越したのは、その翌年だったけど、早めに色々動き出すことで、見えてきたこともあり、面白かった
そういえば、TKCの税理士の先生に顧問をお願いしていたことが、大きなメリットにもなったことは付記しておきたい
毎月真面目にしっかり監査するので、税務署からの信用があるのだとか
税理士なんてどこも一緒とか、なんなら自分で、とか、色んな考え方があると思うけど
意外とそうでもない
そう簡単には手に入らない、信用力が、知らず知らずのうちに備わっていることも、ある
確かに、毎月の監査は税務署かな?って思うぐらい、厳しいこと言われるけども
周り回って、それに助けられていた
自分が誰かの為に仕事をするときも、同じスタンスでありたいな、と、思う
拡張期
これを書いている2023年3月時点で、多分、安定期から拡張期に移行しようとしているのだと思う
これがまぁ、どうにもこうにもなかなか、難しい
自前の組織を作ることには興味がない
さりとて、一匹狼でしんみりやっていくつもりもない
まぁ、そもそもリハビリが済んでいるのかというと、それも怪しいのだが…
体調崩して、会社を辞めて、そこからの日々はただただひたすら、家族が飢えないこと、健康を悪くしないことのために、自分のコンディションギリギリのところで、なんとか仕事をこなしてきたのだ
多少、アクロバティックなところはあったとは思うが
つまり、新しいサービス、新しい顧客、新しい座組みに取り組み続けてきたという
普通に考えると、健康バリバリじゃないとやれそうもないことをやってきた感じはある
しかし実際は、短い稼働時間を最大限活用しながら、首の皮一枚で繋がってるきただけ
安全かつ万全な商売や案件は一度もなかった
将棋でいえば、一手違い、いや半手違い、いやいやときには相入玉もあったか
そういう意味では、冷静に考えると、曲がりなりにも安定期へと至ったのならば、そのメリットを最大限活かして、いまこそ健康面をテコ入れすべきときではある
しかし一方で、将棋をやるとわかるのだが、危険度の低い局面で、流れを落ち着かせようとしたり、無闇矢鱈に自玉を固くしようなんてすると、途端に悪くするものなのである
行きたい方向は見えてきたところもあり、それを為す根拠、資源、実績ともに充実しつつはある
どこかで、静から動に転じる瞬間はくるのだと思う
その時を逃さぬよう、いまは一つひとつの、目の前の仕事に取り組んでいくときなのだろう、とは思っている