内向きの説明と外向きの説明――脱線
from 内向きの説明と外向きの説明
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精神分析の文脈のように読める。
境界性パーソナリティ障害 (BPD) に関する近年の定説によく似ている分析だと思う
BPDのスプリッティングと同様の防衛機制(投影と外在化)こそがエニアグラムタイプ6における中核的な防衛機制とされる
https://wiki.personality-database.com/link/72#bkmrk-naranjo-assigns-proj
ソシオニクスのレーニン二分法における主観主義・客観主義とも多少の関連性があるだろう
https://casual-typology.blogspot.com/2022/10/socionics-merry-and-serious.html
陽気・主観主義
3. 自分や他人の体験から「客観的な真理」を推論しません。「真理」とは各人の信念、意見、意図などの延長線上にある相対的なものでしかなく、人によって「真理」は違うと認識します。他人の行動を評価する際は、「一連の主観的な基準」に従って、正しいか正しくないかを判断します。他人の見解と自分の見解を比較し、自分の見解を説明することで、自分の話している概念を、全ての関係者が理解できるようにしようとします。
4. 状況について別の概念を提案する(または押し付ける)傾向があります(「こうやって見てください」)。何かが間違っていると感じたら「なぜそうなったのか」を質問します。「最適」について話す場合、「主観的」なことについて傾向があります(「何と比較して最適か?」)。
深刻・客観主義
3. 「客観的な真理」があると信じる傾向があります(「真理は必ずしも相対的なものではありません)。そのため、行動・視点には主観的なもの(個人の好みや動機と結びついているもの)と客観的なもの(たった一つの「正しい」または「最良の」方法)があると考えます。「正しいかどうか」は、彼ら自身が「客観的に正しい」と認識しているものと比較することで判断されます。意見が対立した場合、まず相手がその概念や用語を「正しく」理解しているかどうかを確認しようとします。
4. 自分が「最善」または「正しい」と考える方法を提案(または押し付ける)する傾向があります(「こうすべきです」)。何かが間違っていると思えば、「誰がそうしたのか」を質問します。「最適」について話す場合、「客観的」なことについて話す傾向があります(「絶対的な最適値は何か」)。
ちなみに、このレーニン二分法は情報代謝タイプ(モデルA)と理論上は対応付けられているが、あくまでも「綺麗なグリッドモデル」にする程度の意味合いしか無いものであり、実際の個人のタイプ分類とレーニン二分法が一致しないことも多い
インターネットのオカルト界隈には、個人の人格特性をこの手のモデルに帰属するものだと捉える輩がたまによくいる(全く馬鹿げている)が、これはあくまで現象の話であり分類どうこうといったことではないと付記しておく。「この”タイプだから”〇〇」といった話にしたがる人とは永久に話が噛み合わない(しかし「彼には〇〇といった性癖がある」ならば分かる)。どうして人は、何かが特定の形式で言語化されていることを知ると、存在しない因果関係をそこに見出そうとするのだろうか
BPDに限らず、話を理解するための認知・情動的障壁を全て取り去って話をする方法について考えている。Summer498.icon
つまり、損得以外の理由で話を理解できない/同意がされる状態にしない方法を考えている。
それが最もわかりやすい/説得力のある話し方だろう
これだけだとなんとも…一般論としてはそうですね…ntjEchpk.icon
大前提として、個人を識別できていなければならない
日本人はだいたい自他の境界がおかしい
個人的判断を伴う返事を避けて、できる限り客観的な事実だけに触れること
意図せずして常に属人的かつ不明確な価値基準に基づくジャッジメントを伴う言動になってしまう人というのがよくいる
日本の風土としては、これは許容されていることが多い(母数が多いため)
相手側の属人的な勘違いを訂正困難な場合には、その相手からは迷わず逃げたほうがよい。必要最低限の事務的なやり取りに徹するしかない
相手の側が何らかの認知の歪みや明らかな劣等コンプレックスを拗らせているが故に会話が永久に噛み合いそうにない場合、特に病的な神経症のサインが観察される場合、さらには診断済みASDの場合、その相手がパーソナリティ−障害(とりわけBPD)の動因や心理学的特徴を示していないかに注意を払う必要がある
同じグループに紛れ込んだパーソナリティー障害の人物への対処法は一つ。相手のウソやミスリーディング、唆しを逐一訂正すること、その人が今後どのようなトラブルの種をまきかねないか、懸念事項をその人が関わる人物全員に予め共有しておくこと
しかしほとんどの日本人は自身の周りの人のこともろくに見えてはいないので、これを伝えた相手が理解するまでには最低数日から数週間、酷いときには1年以上経ち、肝心のトラブルメーカーが心ゆくまで場を荒らし終えて、その濡れ衣が別人に被せられてからになる
一度輪に入りこんでしまった人間に対して盲目になるという、信頼ベースの社会の致命的な欠陥を突いてくる(本人がどの程度自覚的であるかに関わらず)
烏合の衆が根治的な問題解決策にたどり着く見込みはない
平均的な日本人は根本的に社会的知性が足りていないので期待できない。人は、常軌を逸した心理のもとに行動する人物がいることなど想像もつかないし、その人物から不利益をもたらされても、何がどのように生じたのかを認識することもできないのだ
いかんいかん、言葉の響きが強いSummer498.icon
言いたいことはチョーわかる
ほとんど全ての日本人はどの発言を誰が言ったことなのかを極めていい加減にしか識別していない。
誰のどの発言で変な話の脈絡が新たに生やされたのかに着目することさえできない。
濡れ衣を着せることを黙認した人間全員が同罪である
ここのエリア全体的に語気強いなSummer498.icon
ちなみに、このような特性はC.G.ユング『タイプ論』に基づく神経生理学的モデル Socionics Model T の第2機能nI(すなわち EII, LII)の特性とよく符合する
原点は、C.G.ユングが『タイプ論』に報告した古典的な内向的合理型(内向的思考型と内向的感情型)気質である
内向的合理型の内向直観補助の人物に多く共通するBPD的行動特性の存在は自分も経験的に知っていたが、このことを真正面から扱っている理論を Model T の他に知らない
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己自身の頭に降って湧いた属人的な不安・疑念やビジョン(被害妄想)に基づいて、任意の特定個人の一挙一動に言いがかりをつけて妨害することを繰り返す「腐った果実」がいるコミュニティはしまいには誰も自由に発言できなくなり優秀な人から先に消えていくという経験則がある
(引用元:過疎った井戸端を再興するには)
ちなみにC.G.ユングの『タイプ論』では、彼が「補助機能」と呼称するものについてほとんど触れられていない
常にこちらの立場と意思を明確にしておくこと。
勝手に相手に立場を押し付けないこと、もしこちらの立場をミスリーディングするような発言があったら、その場で即座に訂正すること
これをしくじると面倒事に巻き込まれる
こちら側で断定せず質問を投げかけることで相手自身の言葉で語らせるとよい
誰にでも追認可能な単位に整理してステップバイステップで話し、都度相手との合意をとる
スペックで殴れる人は、常人の認知の歪みをエミュレートし、思考の筋道を「自分以外にも理解できる」形態に解体・再構築し、翻訳の過程で意味が抜け落ちてしまううちはその考えをお首にも出さないという方法が選択肢に上がる
このエミュレーションと翻訳は脳のリソースを無駄にゴリゴリ使うので自分はもうやめた
日本が各所で構成員の同質性の高さを前提とする閉鎖的な社会だということがよく分かる。本当にきりがないし神経を消耗する
『菊と刀』で挙げられているような、風土病的な気負いと完璧主義の傾向が強い人ほどこの沼の深さを痛感することになる
わかる!Summer498.icon
いつか倒れます。社会の歪みと構造的な欠陥を個人レベルで吸収するのは無理があるから、アプローチを変えるか諦めましょう。
もっとも、ほとんどの現代人はそこまで多くのことを同時に意識していない
ほとんどの日本人は自分自身で物を考えることができない…ということは小学校までの時点で経験としてよく分かっているはず
とはいえ、それぞれの見解があるし、誰にでも発言する権利がある
誰にでも発言する権利がある
この綺麗事を運用できるような体系に落とし込むにはどうしたら良いんだろうなSummer498.icon
自分の要求水準を満たしうる人間がこの世に存在することを期待しないこと。決してそれを想定して動かないこと。
相手がこちらが過去に経験したような失敗をしたときは、こちらの失敗談を語って共感を示すようにすると、多少は関係がスムーズに運びやすくなる
嘘失敗談をでっち上げても共感を示せるSummer498.icon
トモダチのトモダチが〇〇してな……、
常に自分の行動の意図が明確に伝わるように振る舞うことを心がけたい。他人の意図を正しく想像することができない人ほど、他人の意図に人一倍敏感になる
この現象はサイコソフィアにおいては3Vと1Vの違いとして表されている。あくまで人間の普遍的な傾向を記述する方法論の一つに過ぎないから似たようなものは他にもあるだろう
井戸端でも同じようなテーマが様々な切り口で書かれているらしい。その多くは微妙な違いにみえる
これは事実確認的と行為遂行的/存在しない善意を見出す/意図を汲む必要のある文章などのことを指している
人間ではなく行動を訂正すること。
人の理由づけや説明づけは真の原因ではない
「誰が言ったか」や「何を言ったか」ではなく、その人が実際に取った行動を評価する。
しかし「誰が何を持ち込んだのか」は明確にしておく必要がある。
模範的な日本人とは、口先と表面《おもてづら》だけの人物のこと。
本人の自意識はともかくとして、実際のところ日本人は噂を信じる傾向がある
「百聞は一見に如かず」という諺は小学生でも知っているが、世の殆どの小学生はこの言葉が何を指しているのかを理解していない。少なくとも行動には反映されない。
地域差はあると思うが、このあたりの文化基盤に大きな違いがあるとは思っていない
ほとんどの人は自分自身の目で他人の行動を認識し、評価する能力を有していない。残念なことに、先天的な能力として誰もが当たり前に行っていることではない。「技能」として人工的に「習得」するのが青年期以降になる人間が多い。
いかにももっともらしい口ぶりでも直前・直後の行動や言動と矛盾している人というのがどこにでもよくいる。しかし、大抵の場合、周囲の人はそのことにそもそも気づいてすらいない。
もしきっかけがあれば認知され始めるのだが、その欠点が普段まるで何の害ももたらしていないかのように見過ごされる
熱病に浮かされたような集団心理に弱い人への教育方法としては、いっそのこと(たとえ見せかけだけでも)濡れ衣を被せられている側に与しているかのように集団をミスリーディングすることで、個別にメタ認知を与えるという手段がある
荒療治だが、最も効果的に「気づき」を与えられる
各個撃破が基本。日本人は「内輪か、外輪か」「不確かな不平不満」以外の動因で結託することはあまりない
まあ誰にでも真似できるようなことではないし、常に可能なことでもない
議論をめちゃくちゃにする「不誠実で悪意のある論者」が取る4つのパターン (2025/12/11)
gigazine.net/news/20251211-…
ディベート世界大会2度優勝者が「不誠実な論者」の典型を4つに整理:
1. 論点から巧妙に話題を逸らす
→ 対処は、一貫して原点に引き戻すこと
2. 相手の主張をねじ曲げすり替える
→ 対処は即時の訂正]主張の明確化
3. 相手の提案には無限にケチをつけ、自分の代案は示さない
→ 対処は立場の提示を要求し、主張責任を対等に負わせる
4. 多数のウソを連ねて主張し、論点を分散させ撹乱する
→ 全てのウソを逐一潰すのは得策ではない
→ 明らかに嘘でかつ重要そうなだけを嘘を選び、正確な事実で置き換え、重要な嘘が議論全体を台無しにしていることを可視化する
「対処法を体得することは、日常の人間関係や職場でのいじめ、ハラスメントへの抵抗力にも直結します」
https://x.com/i/status/1998947429669023902
自分で脱線してほとんど愚痴ばかりになってしまい申し訳ない気持ちがあるntjEchpk.icon
いっそ私の木だけ別ページに切り出すのもアリか
なにか溜まっているものが垣間見えるSummer498.icon
適当に切り出して全解決できるツールでやっている以上井戸端民に脱線自体は申し訳なく思わないでほしいはるひ.icon
全然関係ない方向に大量の記述がなされたので切り出しSummer498.icon