スプリッティング
splitting
防衛機制の一つ
ところで相手をよい,悪い,あるいは敵か味方かに分ける傾向は,程度の差こそあれ,私たちが日常的に行うことでもある。時にはそれに従って実際に行動してしまうこともあり,それをかつて私は,一般人にも見られる「ボーダーライン反応」(前章を参照)と呼んだわけである。BPDにおいてはこれがより頻繁にかつ激しい形で表される。つまりBPDにおけるスプリッティングは,投影や外在化により頻繁に表現されることが,その臨床上の特徴なのである。
それでは逆に「投影や外在化されないスプリッティング」というものを考えた場合はどうなのか? それはむしろ解離の性質に近いといえるというのが私の見解である。DIDにみられる解離の機制はBPDのスプリッティングとはかなり様子が異なる。たとえば、男性に接近されると性的に奔放な人格が出てきてそれに対応する,といったように,DIDにおいて何よりも特徴的なのは,それがあたかも外界からのストレスに迎合する形で生じ,患者中ですべて処理されてしまうということである。一般にBPDと解離のスプリッティングとは,その表現のされ方が逆である。前者は相手の侵入的な行為に対して,それに向かい,攻撃する形で生じる。それに対して後者は緊急に生じた外的な出来事に対して迎合し,ストレスを自分の内側に取り込み,自らの状態を変えることでそれに対処するのである。
このような意味でのBPDとDIDにおけるスプリッティングの違いについて,マーマー Stephen Marmer(1991)は「BPDは対象をスプリッティングし、解離は自己をスプリッティングする傾向にある」と明快に述べている。
(岡野憲一郎『精神分析新時代 トラウマ・解離・脳と「新無意識」から問い直す』(2018年、岩崎学術出版社),p. 169)
解離性障害と境界性パーソナリティー障害の違いとして挙げられる特徴としては、who.icon
DIDは内面が自己で満たされており、自我または外界や他者との明確な境界が形成される前の段階で分割されたそれぞれの〈自己〉の断片が時に別人格レベルにまで同時並行的に発達するのに対し、BPDは内面に空虚感を覚えると訴える傾向がある
また、DIDが敵意を見せることは極めて稀である。敵意と悪意と害意はそれぞれ異なる観念であることに注意
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害意を持っていても敵意を持たず、他者にも全く察知されないタイプ(投影的認知を行う人物からの被害妄想は別とする)。人生で色々経験してきたことと体質の変化もあって、いつまでも他者に搾取されてやるほどお人好しではあり続けられなかったが
闇を放出するように心掛けないと一生治らないから
いつまでも物分かりのやたらとよい「良い子」ちゃんであるほうが都合のよかった人間は低能の分際でずっと楽ができていてよかったでちゅね〜というお気持ち
それがどのような存在にとって都合がよいか。体質の変化を伴わずに自分のペルソナを剥がすことは大方無理だろうが、DIDの当事者の心の根底には決まって怒りと憎悪がある。望んで行なっでいるわけではないが、誰かにやらされているわけでもない。ただ体質的に空気を読む能力が高すぎただけのこと