デライトという現象
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井戸端参加からまだ1ヶ月も経ってないのか、と思うほど、その後のデライトを取り巻く状況と私自身の心境の変化は速かったhiro.icon
井戸端で起こっている「デライト現象」とでもいうべきものを、いまだに毎日不思議な気分でぼんやり眺めている
そろそろ自分の中ですっきり消化したいが、まだ頭の整理も言語化も十分には出来ていない
何か書き始めれば何かは見えてくるかもしれない、というだけのページ
とにかく凄いことが起こっているのは間違いないhiro.icon
J-IT史上、いや、世界のIT史上類をみない構想規模のソフトウェアを割とガチめな哲学から構築し、商用サービスと張り合える水準で実装してしまった日本人がいて、それが井戸端というコミュニティを中心にそこそこの人数で共有され始めているという現実がある
好き嫌いはあるにせよ、これは誰も否定できまい
いまだに、これは夢なのかと思ってしまうくらい、冷静に考えるととんでもないこと
長年「破壊的イノベーションを生み出せない」などとされてきたJ-IT像は、デライトが過去のものにするだろう
我々はいま、歴史的瞬間の目撃者だ!
なぜ井戸端だったのかhiro.icon
関心領域が近い
Scrapbox時代からCosenseユーザーのデライトへの関心は元々高く、特に井戸端はN10K騒動の主な舞台だった
ユーザー層も人口もちょうどいい
もっと大衆寄りのコミュニティだったらノイズが多過ぎて理解を妨げただろう
もっとエリートしかいないようなコミュニティだったら否定的な反応で足並みが揃ってしまっていた気がする
井戸端には、知性に加えて「適度な揺らぎ」がある
そこに来て、「語るべきことが多いものは目立ち続ける」Cosenseの特性がデライトの話題性を最大化してくれている
知の無限芋蔓としてのデライトの長大ぶりが分かりやすく表現されている
デライトに関連することを普通に語っているだけで一部井戸端民から迷惑行為扱いされるほどに
覆水盆に返らずhiro.icon
という諺が最近よく脳裏をよぎる
本来の意味と微妙にニュアンスは違う気がするが、イメージとして
この現象は、もう不可逆なものだし、自分の手を離れている気がしてきた
もうなんか、自分の力で進めているというより、時代の大きなうねりをぽかーんと眺めているような感じ
今までデライトの独特な造語が想像以上に障壁になっていて、井戸端にやってきてデライトの外の人に向けた説明をある程度まとまった量書いたことによってその壁に穴が空いたというイメージでいるnishio.icon
実際、デライトに関心を持ったり語ってくれる人がいなければ、私はただ誰にも通じない独り言をつぶやき続けている廃人同然の人間に過ぎない
デライト現象はみんなで作っているものだし、みんな凄いな、と思えてきた
逆に、自分がデライトを作らない人生を送っていて、デライトを見せられる立場だったら、こんなにデライトを受け入れられたか自信がない
もちろんCosenseも凄い
従来の技術では伝わりえなかった複雑な知識を伝える力がCosenseにはあることを実感した
まさに知のブロードバンド化だ
デライトはみんなとCosenseに救われている
結論というほどのことでもないが、最終的にしみじみ思ったこと