ストイックにしちゃう人たち
手法を最初に生み出す人は「どうすればもっと楽になるのか」を考えて生み出した 「限界までやり切る自分の姿勢を自分自身が愛してる」っていうのはどんな分類になるんだろう?tkgshn.icon
その活動を見て真似をした人が「楽ではない、辛い」となる
って構図があるのでは?という話
事例
原典を確認せずに「自慢してる人」の発言を信じちゃう人がたくさんいるnishio.icon
で、真似をして、同じようにできなくて自己肯定感が下がったりする 同じようにやって成功するなら誰も苦労しないと思うMijinko_SD.icon
「できない自分」を認められなくて、無理をして虚勢を張って「できた自分」を自慢する人が出る
自慢したい以外の理由もありそうnishio.icon
いわゆる訓練を要する世界は、(比較的)ストイックに訓練しないと強くなれない、成功もしない
勝負の舞台のスタートラインに立てない、という方が合っているか?
そして訓練とは継続的にやるもので、辛くてもやるもの
特にスポーツ系は物理的に動かすし壊すので辛い。辛さに耐える必要がある
この原則や成功体験を何にでも当てはめる
sta.iconもそのきらいがかなりある
nishio.icon
オブジェクト指向も、最初は「オブジェクトなしで実装するとGUIとかの実装が大変だけど、この仕組みを使ったら楽になるね」で始まったのに、いつのまにかオブジェクト指向の儀式化が起きておかしなことになったイメージ オブジェクト指向の儀式化ってどういうことなんだろうって思ったけど、これのことかな?Mijinko_SD.icon
@ryushi: オブジェクト指向の呪いは、そもそもが問題解決のためのツールにしか過ぎない技術なのに、延々と理屈だけを積み上げて時間を浪費しがちなことです。設計の良しあしを定量化するのは難しいのですから、いつまでも机上で遊んでないで実装しましょう。 陥らないようにするためには具体的に目の前の問題に対する実用で便利かを考えればいい?基素.icon
必要な辛さか、不要なストイックさなのかの判断ができなそうinajob.icon
不要かどうかはその行為による恩恵を受けてみないとわからない
辛さを活用する道を探すか・探さないかと言うことなのかな?
万人に不要なストイックさなどない と言えるのではないか?
目的ありきで手段を選ぶか、手段ありきでそれをどう言う成果に結びつけるのか?
後者はなんかおかしな感じもするけど、そういうことも多そう
努力してしまったせいで、それを無駄にしたくなくて成果を探す羽目に・・
確かに。不要なストイック行為をしながら「この辛さが将来の成功のためには必要なんだ」と思ってる人はいそうnishio.icon
inajob.icon
よく考えたら自分もあるな
意味もなく条件を追加して実現を難しくする
必要以上に性能の低いマイコンで目的を達成しようと頑張る
これは楽しんでいる?基素.icon
「縛りによる苦労を必要なものだと思い込んでる人」とは別物に思う
縛りプレイして実況してる人がいた時に、文脈をわかってない人がそれを普通のプレイと勘違いすることはありそう
ありそうinajob.icon
縛りプレイする人、なんで縛りプレイするの?
プレイの成果物を得ることではなく、難易度の高い問題を解くことが目的だから?
これだけだと面白くないな、、みたいな感覚は確かにあるinajob.icon
ビデオゲームでも、縛りプレイした方が面白くなる事はよくあるkidooom.icon
難易度を高くして楽しみたいのであって、面白くない作業を淡々と繰り返す努力をしたいわけではない…かな?
学びが欲しい、と考えて、未経験な要素を組み込むinajob.icon
やっぱり作業ゲームとかに似た認識
作業でいいから「手持ち無沙汰感」を潰したい、ずっと潰していたい、浸っていたい……的なモチベで浸る人もいる気がするsta.icon
楽しんでいるはそうだろうけど、他の人から見たらストイックに見えると言うのはありそう
Factorio遊んでる人、遊ばない人から見ると全員ストイックに見えると思うnishio.icon マイクラやりはじめてマイクラはストイックだなと改めて感じたsta.icon
たまにレア鉱石や洞窟にぶちあたる射幸性あり、溶岩等ハプニングもあり
不必要な最適化を実装する
ある人のなんでもないやり方が、他の人から見るとストイックに見えてしまうと言うケースも多そう
+100tkgshn.icon
自分は今年から毎日筋トレをしているが、これは人によってはストイックに見える?
一方でnishio.iconさんは毎日しているかは知らないが、色々な筋トレを調べていて、これはまたこれである種ストイックな感じがする ストイックに関してnishio.icon
例えば最近の筋トレ関連のページに関してストイックだと思う人もいそう
一方で僕はまったくストイックだと思わない
この違いは何か
僕が考える「ストイックな筋トレ」は「毎日N回スクワットします」とか「何曜日にスクワットをして、何曜日には腕立てをします」的なやつ
こういうのは絶対にしない
こういう目標を立てる人をみるの「うわー、ストイックだなー」と思う
「毎日やります」って言ったら毎日やらないといけないじゃん(トートロジー)
僕がやってることはとてもぬるい
いつやってもいい、やりたくなければやらなくてもいい
体調が悪かったり天気が悪かったり、やりたいゲームがあったりという理由でやらなくてもまったく問題ない
いくつもある計測指標のいずれかが年末に改善してればOK
たくさんメニューを上げてるのは、たくさんある方が成功確率が高くなるから
どれに乗り気になるか未知数、乗り気にならなければやらない
例えば腹筋だけを指標にした場合、ぎっくり腰になったらもう達成困難になっちゃう、それ以降のやる気がなくなってしまう
「毎日やります」系も達成不能になる
別の言い方をすると、KPIを継続ではなく年末のパフォーマンスだと定義しているnishio.icon
それによって「継続する」というストイックな行為を避けている
筋トレに関してはやらないとすぐ筋力が落ちるので、毎日ではないにしても継続が必要なものと思っているinajob.icon
ある種の知識を得る取り組みなど
思考停止して「とりあえず隙間なく続ける」「一年くらい繰り返したら強くなるだろ」タイプだが、これも人によってはストイックに見えるかもしれないsta.icon
あ、まさにw
sta.iconは頭使うのが苦手(というより使っても気付けないわからない)ので、とにかく継続と物量と癖に頼るくらいしかできない
自分ではストイックと思っていない
逆にあれもこれも手を出したり、その日の気分?でいちいち判断したりしている方がストイックだと思う