泥土の塔
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「輪郭法の閃き」のページで17歳の頃の私が輪郭法から希哲館、新現代思想までの青写真を爆発的に構築した経験を書いているが、その可能性の限りない大きさを象徴する心象風景だった それは、これまでの世界とは全く異なる文脈から生じた、天高く聳える名状しがたい「何か」のイメージであった
そもそも高度非言語思考の産物であったため、当時の概念群はほぼ言語化できなかった 後年、「象牙の塔」に対置させつつ「泥土の塔」と呼ぶようになった 世界には泥土のような素材による建築手法が実際にある
「泥のモスク」などが有名
純潔と不朽を象徴する象牙とは対照的に、醜く脆い泥の建築は常に多くの人手による補修を必要とする
その姿には、大衆の努力や精神が偽りなく反映される
ということで、エリート主義的な「象牙の塔」に対して、希哲館の根底にある大衆主義・在野主義を表現する語になった
東洋思想の一つにある「蓮華思想」とも絡めていた
蓮は泥より出でて泥に染まらず、という奴である
これは大衆から出でてあくまで高い理想を追求する、「大衆知性主義」の理念とも一致している そういう意味では「ニワトリの絵」とも通ずるものがあるかもしれない