行為遂行タイプと事実確認タイプ
事実確認タイプのnishio.iconが浮くという現象が井戸端が起きた
かなり面白かったのでまとめておきたい
(この記述自体は事実確認的。単に面白かっただけであり遠回しにnishio.iconさんをdisってるとか逆に多数派の行為遂行的井戸端民をdisってるといったことはない)
オースティンさんの概念
chatgpt出力好きじゃない vs chatgpt出力読まないとリテラシー育たないだろうな
その続きで、
色々読まない理由を説明されても「電子書籍には紙の手触りがない」だとか「手書きでない履歴書には思いがこもってない」とか主張する人達と同類に見える
この文章は喧嘩売ってね? vs 単に古い側にとらわれているという事象の説明(電子書籍も履歴書も例の一つ)にすぎぬ
表題どおりの議論は興味ないので割愛
渦中のnishio.iconにムカつかせる意図があるかどうかという話
ない
そもそもこういう議論をできたことが良い感じ
井戸端の心理的安全性が高いという表現がされている
nishio.iconは無頓着というよりうっかりかなとの感想
sta.icon
正論は人を傷つけるを想起
そしてnishio.iconはわかりやすさと正確性をかなり追求した言葉やメタファーを使うから、行為遂行的な読み手にダメージを与える
おおげさに言えば「コンプレックス」と対峙させられる
日本の価値観で言えば遠回しに伝えて悟らせるのがメジャーらしいが、そんなまわりくどいことはしない
自分が書いた会話の一手先を予測(読み手が行為遂行的にどう捉えるか)するのは当たり前では vs 井戸端は見てもいいだしそもそも読むことすら期待してないね 最初から配慮して踏み込んでいくべきだろ vs ちょっとは配慮するけど他人の価値観なんてわかんねーんだから気にせずやって問題起きたらごめんなさいもうしませんでええんちゃう?
コミュニケーションには「あなたのこと傷つけませんよー」の応酬も含まれるのではないか vs へー、そうなん?
inajob.icon海外勢の意見も聞きたい
+1sta.icon
俺は?sta.icon
事実確認でありたい行為遂行タイプ
だがASDなので他者の行為遂行を汲み取れず、また自分の行為遂行も伝わらないことが多い
とはいえ社会人生活も長いのでそれなりにパターンは覚えている
「明日午前空いてますか?」を「明日午前に打ち合わせ入れるのでいいですよね?」として使う、くらいはできるし前者を言われたときに後者まで推し量ることもできる
パターンとスタンスがあるよなsta.icon
行為遂行や事実確認のパターンを覚えて、必要なときに使う
僕も普段日常生活や会社で人と接する時は行為遂行を使っている
また行為遂行タイプでも学術的な議論や発表、あるいは仕事でレビューをするときなどは事実確認的になるだろう
一方で、普段どうしてるかがある(スタンス)
そういう意味で、タイプとはスタンスを指しているとも言えるsta.icon*2
つまり事実確認タイプであっても行為遂行的に振る舞うことはある(振る舞うことはできる)し、逆もまた然り
ただ普段のスタンスが事実確認だと、全般的に行為遂行的とは相容れない感じになるのだろう
井戸端は事実確認、アープラは行為遂行って感じがするsta.icon
安直?
だから前者が後者に行ったり、後者が前者に來たりするとおそらく馴染めない
久住哲.iconさんが井戸端は常体ベース(敬体ではなく)だ的な感想を書いていたが、常体はまさに事実確認的な世界観って感じがする
井戸端の影響で僕も常体を会社でも使っているが、あまり馴染めない感じ
行為遂行の人たちが丁寧な言葉使ってうまく場を中和させようとする感じも伝わってきてて、すまんねぇって他人事のように見ているsta.icon
一種の判定装置として使えるのでは?w