オリエント世界
ティグリス川・ユーフラテス川とナイル川の流域に生まれた古代文明.
雨が少なく乾燥した風土が特徴.
大河の治水・灌漑のために統治権力が生まれた.
宗教の権威による神権政治がはやくから発達した.
エジプトの太陽暦やメソポタミアの六十進法,フェニキアの表音文字などオリエントの文化は周辺に大きな影響を与えた.
地中海世界に影響を与えた.
エーゲ文明
地中海世界は大河や大平野に恵まれず,小さな都市国家が文明を担った.
歴史
メソポタミアでは前3000年ごろから都市文明が栄えた.
アラビア半島や周辺からセム語系やインド=ヨーロッパ語系の遊牧民が豊かな富を求めてメソポタミアに移住した.
エジプトはナイル川の恵みを受け,一時は異民族の侵入もあったが,砂漠と海に囲まれた地形からエジプト語系の人々が高度な文明を長期にわたって営んだ.
メソポタミアとエジプトを結ぶシリア・パレスチナではメソポタミアにかけて肥沃な三日月地帯を形成し,小麦やオリーブの栽培が行われ,セム語系の人々が地中海における交易で活躍した.
大河を利用した治水・灌漑のため,宗教の権威による神権政治が出現し,神としての王の権力や信仰生活を表現する独特の文化が生まれた.
灌漑農業が発達したメソポタミア南部では前3500年ごろから人口が増加し,神殿を中心に大村落が成立した.
やがて文字が発明され,銅器や青銅器などの金属器が普及した.
大村落は都市になり,前2700年ごろまでにシュメール人の都市国家が数多く形成された.
ウル,ウルク,ラガシュなど
王を中心に,神官・役人・戦士などが都市の神を祀り,政治や経済・軍事の実権を握る階級社会が成立した.
優勢な都市国家には富が集まり,神殿や宮殿,王墓は豪華なものが作られるシュメール文化が栄えるが,前24世紀にはセム語系のアッカド人によって征服された.
アッカド人はメソポタミアやシリアの都市国家を統一して領域国家を形成した.
軍事による支配であったため,長く続かず崩壊した.
アッカド人の領域国家の崩壊後,セム語系のアムル人がバビロン第1王朝を興し,前17世紀ごろハンムラビ王によって全メソポタミアを支配した.
ハンムラビ王の時代に栄えた文明は,その富を周辺の諸民族に狙われることとなった.
鉄製の武器を用いるインド=ヨーロッパ語系のヒッタイト人は,前17世紀ごろにアナトリア高原(小アジア)に強力な国家を建設し,バビロン第1王朝を滅ぼして,シリアのエジプトとも戦った.
カッシート人はメソポタミア南部に侵入してバビロン第1王朝滅亡後のバビロニアを支配した.
メソポタミア北部のミタンニ王国がシリアまで領土を広げた.
メソポタミア北部でははじめにアッシリア王国が興り,小アジアとの貿易によって栄えたが,前15世紀ごろにはミタンニ王国に一時的に服属した.
その後独立し,鉄製武器と戦車,騎兵隊などを用いて前7世紀ごろに全オリエントを支配した.
アッシリア王は自ら政治・軍事・宗教を管理し,州による国内の分割,駅伝制などによって国を納めたが,重税と圧政に対する反抗によって前612年に崩壊した.
アッシュル=バニパルによって属州を設置し,総督を派遣して統治した.
これにより,オリエント世界にはエジプト,小アジアのリディア,新バビロニア(カルデア),イラン高原のメディアの4つの王国からなることとなった.
前6世紀半ば,イラン人(ペルシア人)のキュロス2世がアケメネス朝を興す.
リディアとメディアを征服し,前539年にはバビロンを開城し,前538年にはバビロン捕囚からユダヤ人を解放した.
ダレイオス1世はエーゲ海北岸からインダス川に至るまでの大帝国を築いてオリエント世界を統一した.
王の目,王の耳と呼ばれる監察官を巡回させて中央集権化を進めた.
金貨や銀貨を発行して税制を整えた.
フェニキア人の交易を保護して財政の基礎を固めた.
王の道と呼ばれる国道を作った.
スサを中心に駅伝制を整備した.
ペルシア戦争でギリシャと戦って敗れ,前330年にアレクサンドロス大王によって征服された.
イラン人によって楔形文字は表音化されペルシア文字が生まれた.
イラン人はゾロアスター教(拝火教)を信仰した.
この世は善の神アフラ=マズダと,悪の神アーリマンとの闘争と説いた.
アフラ=マズダの恩恵によって最後の審判により楽園に入ることが人間の幸福であるとした.
文化
シュメール人が始めた楔形文字が多くの民族の間で用いられた.
太陰暦に閏月を設けて調整した太陰太陽暦.