作って世に出そう
漫画でもなんでも、創作活動をするとき、それがどんな出来であっても、まず世に出してしまうことが第一歩 これは、他人にとって価値がある創作をするという意識のとき
自分だけがよければいい創作もある。その時は別に世に出す必要はない(かもしれない)
だけど、そこで「完成するまで出さない」と思ってしまうと成長が鈍化する
完成するまで勉強している間に情熱が消滅する。今ある感情は明日ないかもしれない。仕事ではない趣味の創作活動は、情熱が全てだ。やる気がなくなったら完成しない どんな情熱も、すぐに消えてしまう。自分には、描きかけのキャンバスや、途中で違うことをやり始めて放置されたプロジェクトがたくさんある。もうそれらをやることはないだろう。感動の熱はすぐに冷めてしまう。やりきるのは難しい。鉄は熱いうちに打たなければ、打ちづらくなり、打たなくなる。 他の人の意見
公開すると得られるもの
全世界に公開された具体的な成果物
作ったという実感
作ったものに対する他人のフィードバックがもらえる(かも)
ダメだと言われると思ったら案外言われないかも
良いと思ったら案外ウケないかも
しかし、いずれにせよリアルなフィードバックがもらえる
自分の良さと他人の良さの乖離を少しだけ知ることができる
良いフィードバックがもらえる(かも)
前提:適切なコミュニティに公開する
フィードバックはもらいづらいので、もらえるようにする努力はしていく
適切なコミュニティに公開しなければ、クソリプがきてしまう Twitterのコミュニティに属していれば、リプライ・いいね・RTを通じてアドバイスや認知がもらえるかも?
イラストだったらpixivに投稿して適切なハッシュタグをつけておけば、少なくとも数人以上が見てくれる
動画だったらニコニコ動画(コメントがもらいやすい・タグを巡回しているコア層がいる)やYouTube
人との接点(人脈)が増える可能性があり、次からもっと見てもらえるかもしれない
非公開のままだと、これらが得られない
作品が継続して改善していけるなら、原稿効率化をして、出した後に改善していけばいい Webコミックの連載とか
作品が出して終わりなら(イベントに出す漫画とか)、次の漫画に生かせばいい
一通り作業すると、「自分の場合」何を改善すれば良いのかがわかる
「ある」と「ない」の間の差 >>「ある」と「使いやすい・おもしろい」の間の差
0 → 1 → 100
0→1の壁の方が利用者にとって大きい
ooを解決するアプリをつくった
1→100もとても重要だけど、個人でできることではない場合が多い
アプリを同時に100000人が使っても大丈夫なようにしたい、とか
運用コスト高めのアプリケーションはスケールした際に個人ではできないことがたくさん増える
削除依頼とか
あらし対応とか
本当に必要とされるものを出すことができれば、荒削りだとしてもアドバイスがもらえる(それが必要だから)。改善箇所が指摘できる
いま初代iPhoneを使ったら、使いづらいと感じるはず
継続的な改善で便利になった
対抗意見
クオリティが高くならないと誰も見てくれないのでは?
はい
クオリティが高くなるまでの練習物も公開する方が良い
作り続けることでしか創作物のクオリティは高くならないので
「クオリティが高くなったら公開する」ではなく
出し続ける(継続的に改善する)と結果的にクオリティが高くなる
という制作に対するマインドセットをつくるほうが継続しやすくなると考えます
以上が趣味の話で、仕事においては相手の期待を少し超えるのがコツだと思います(仕事はあんまり納期を伸ばせないのでさらにシビアになります)
関連