2023/03/11-2023/03/20
#採掘場
相手の気持ちを慮らずに進める人は
弱者に厳し政策を考えそうだし、
私服も肥やしそう。
めんどくさい、とは、「怖い」「やらないわけない」という意味。「がんばってるね!」と言ってください。
そもそも、みんなピエロのメイクを見て、「笑顔の誇張だ!」って感じるのかな?
口裂け肉食獣にしか見えなくないだろうか。
怒りは恐れより強い、特に義憤
分断しない、立論しない、
うっすらを広げる
「気持ちを持ち上げることで、仕事をしよう」ではなく、「仕事も娯楽も合わせて人生の手触りをハッピーにしよう」
弱音と対峙したり、気分そのものをどうこうすることも大事だけど、
とりあえずのできること「歩く、着替える」を積み重ねることも大事。
「かわいそうだという感情が惹起された時だけ人権のことを思い出す」から
「我々は誰も悪くなかった。いいね?」
▷アカデミー作品賞の大作とかをまとめてTSUTAYAで借りて見てたときに、「なんでアメリカ人ってこんなに南北戦争が好きなんだろう?」って角度で気になったりはした。
▷「競争の敗者に集団自決を促すと、貧困問題が(見かけ上)解決する」
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ジョジョについての質問です。 ブラフォードの 幸運 LUCK と勇気を PLUCK とありますがPLUCKって本当に勇気って意味ですか?
縦書き;
くらいよる
ふたりでへやを
ぬけだして
うみべのまちで
かたらおう
ここにはだれも
いないのだから
よこ
さわがしい
せみのこえに
なつのおとずれを
かんじた
https://rashita.net/blog/?p=31297
慣れは必要ですが、私たちは日常で言葉を使って質問していることを考えれば曲芸めいた難易度でないことは確かでしょう(ただし日常的にあうんの呼吸とか忖度で情報を処理している人は結構な訓練が必要かもしれません)。
そして、何度質問してもChatGPTさんは嫌な顔を見せません(なにせ顔がないのです)。粘り強く、最後まで質問に付きあってくれます。
嫌な顔もされず、バカにされることもなく質問できること。
もしかしたらこれは学術系に属していない人にとってはかなり希有な体験なのかもしれません。それくらい「質問」にはリスクがある、という雰囲気がこの社会には感じられます。
その意味でも、Googleの検索(あるいはGoogle的検索)がまったく不要になったわけではありません。そういう検索方法がマッチするパターンはいくらでもあります。
もし職場に先輩プログラマがたくさんいて、自由に質問していいよという雰囲気に満ちているならば、そりゃ人間に聞いたほうがいいでしょう。彼らは「自分がプログラミングを学んできた」という経験を持っているので、より深い文脈の理解があるはずです。さらに困っているというその心的状況を慮ってくれる可能性もあります。
https://www.sanspo.com/article/20210226-QC7IAQARPZKDLCZOWBX6GI2EZY/?outputType=amp
ダルビッシュ 「コントロールがすごく悪い日があって、四球をいっぱい出した。(野茂さんは)次の日、どういうことを考えますか? 『やばい、やばい』って思うんですか?」
野茂 「いや、もう、そんなのしょうがないやん」
割り切った考え方の野茂流メンタル術を、ダルビッシュは自分なりに解釈した。
「(野茂さんは)自分に対して優しくなれる。そういうところが強さ。(自身は)自分を責めてしまう。『俺なんてクソだ』とか『本当に駄目なやつだ』って。自分に対するリスペクトがないし、それが僕の弱さ。そういう面で(野茂さんは)強いなと思う」
https://websekai.iwanami.co.jp/posts/7067
その狭間で多くの若者が、彼のこうした未熟なプログラミング思考、そして安手の情報知に取り込まれてしまっている。
それはもちろん憂うべきことだが、しかしそうした状況を招来してしまったことの責任の一端は、現在の日本の知のあり方にもある。新たな情報知に対して人文知はどう向き合うべきなのか、そして今日のネオリベラリズムに対してリベラリズムはどう取り組むべきなのか、
こうした考え方はいわゆる逆張りとして、「努力しても報われない」と感じることの多い若者などには魅力的に映るものだろうが、しかしそれだけで彼が支持されているとも思われない。そこには単なる逆張り以上の、より具体的な説得力があるのではないだろうか。
彼は自らを「プログラミングというスキルを持つ実業家」と規定している。そうした観点からすると、「パクる・逃げる・丸投げする」ことは単なる「サボり方」ではなく、むしろ有効な「問題解決の技術」ということになる。プログラマーや実業家からすれば、他者の優れたソースコードやビジネスモデルを真似ること、効率の悪いプロジェクトから撤退すること、開発や運営をアウトソーシングすることなどは当然のことだからだ(文献3、4)。
「論理的思考力、創造性、問題解決能力」などだが、より具体的には、「情報整理術、俯瞰で物事を見る目、相手に合わせて指示するやり方、物事を効率化する方法、数値化する力、優先順位を見極めること、仮説を立てる癖、論破力、シミュレーション力、仕事を熟練させる方法、アイデアを形にする能力、模倣するショートカット術」
従来のメディアや知識人などの言説が、どこか権威主義的な、それでいてさしたる根拠もないものとして提示され、それとの対比で新種のプログラミング思考が、より実証的で実効的なものとして持ち出される。
そこに新しさを感じ、いわば斜め下から権威に切り込むようなその姿勢に反権威主義的なカッコよさを見ることが、
単なる逆張りではなく、ましてや彼の倫理観の欠如を示すものでもなく、むしろ「裏ワザ」「ショートカット」などの言い方に通じるものであり、ライフハックの流儀に沿ったものだと見ることができるだろう。
ただし彼のライフハックは、一般のそれとはずいぶん異なるものだ。一般のそれが日常生活の細々とした営みを改良しようとするものであるのに対して、彼のそれは、生き方や考え方の根幹を改造しようとするものであり、社会全体の成り立ちを批判しようとするものでもある。
「(日本の未来は暗いけど)あなたの未来は明るい」という診断がもたらされることになる(文献5)。そのため彼の支持者は、「日本はいつまでも変われないが、自分はいつでも変われる」という思い込みを抱くようになる。
こうした安直な思い込みが広く受け入れられてしまうのは、「いつまでも変われない日本」への苛立ちが、とくに若い世代の間に広がっているからだろう。「自分だけはいつでも変われる」と思い込むことの中にしか希望が見つからないほど、彼らの展望は閉ざされているのではないだろうか。
⇒「世の中はクソだが、自分たちは救われる」終末論のようだし、宗教のようだし、転生小説のようだ。
しかし実際には彼らは、何事も信じないという考え方を疑いもせず信じ込んでいる集団にすぎない。つまり価値相対主義の立場を絶対化している集団であり、したがって本質的には「信じにくい」集団ではなく、むしろ「信じやすい」集団だということになる。
そうした集団にあっては、疑うことと信じることとの間に独特の偏りが生じる。他者から示された情報はことごとく疑いながら、一方で自らが見出した情報は盲目的に信じ込んでしまうという偏りだ。
その結果、彼らは自らに都合よく情報を加工し、ときに捏造しながら、自らが見たいように世界を見るようになる。そこからもたらされたのが、恣意的にねじ曲げられた解釈に基づく陰謀論的な言説の数々だ。
https://note.com/rashita/n/n8c503ca0d255
#先行者利益 #強者の論理 #人生の暗黙知のダブルスタンダード #焦り #信頼と権威の、参入障壁、既得権益。
レベル1036のプレイヤーの存在は「遙か彼方」という気がする。そして、実際にその通りなのだ。そのプレイヤーは数年分の「厚み」を持っている。実際、その分だけ人生の時間を使い、キャラクターをを育ててきたのだ。
そして、自分も同じ地点を目指すならば、同じ「厚み」をくぐり抜けなければならない。
そんなことやっていられるだろうか?
だったら、すでに3161日プレイしている(つまり「厚み」を持っている)パズドラをやっていた方がはるかによいのではないか。
そんなことを考えて、結局私は新しくはじめたゲームをやめ、パズドラへと戻ってくるのである。
「教養ゲームを始めましょう」という文言は、当然そのゲームの熟達者によって語られる。十年来のプレイヤーが、そのゲームへの参加を誘(いざな)うわけだ。
⇒やった人だから、良さが分かるわけだからね。
誘われる側にとって、そのような熟練者への憧れが駆動力になるのだろう。しかし、その差は「絶対」に埋まらない。教養ゲームが、読んだ本などの経験的総体によってその実力を判断するものであるかぎり、十年遅れで参加するプレイヤーが巻き返すことは不可能だ。すさまじいまでのジレンマが起こることが想定できる。あるいはルサンチマンが湧き出てくるかもしれない。
また、そうした熟達者への憧れがないにしても、一定の年齢において教養ゲームに誘われたとき、自分がひどく「立ち後れている」感じがするのは否めないだろう。自分と同じような年齢で、自分よりもリードしている人間がいるのならば、そのゲームの性質からいって、その序列はひっくり返ることがない。つまり、"不利"なゲームを強いられることになる。
https://news.yahoo.co.jp/articles/72dd291f403f2285f217828c139bd619aa81e901
──50歳時点で一度も結婚経験のない人の割合である「生涯未婚率」は、80年の男性2.60%、女性4.45%から、2020年は男性28.25%、女性17.81%。男性の増加率の方が圧倒的に高い。
それは、収入のある男性が2度3度と初婚の女性と結婚するから。女性の場合は離婚後の再婚率は男性に比べ低い。50歳で独身、配偶者のいない人の数は男女で大差ありません。
■親元を離れると生活水準が下がる
──選ばれる男性は何度も……。ますます格差を実感します。
https://gendai.media/articles/-/106927?page=2
近年の家族社会学の研究では、男性が結婚するまでに異性と交際した人数は平均2.6人で、中央値は5、6人であると指摘されています。これが意味するところは、男性は交際相手が6人を超えると逆に結婚できない人が増える、ということです。恋愛強者が婚活サービスを利用するといくらでも会えるためにひとりに絞れない、絞る必要を感じないという罠に陥ってしまう。
――逆側から見ると、性的な魅力が高い恋愛強者と会ってしまった側は、惹かれることが多くても、そういう相手だからこそ、結婚相手として自分が選ばれない可能性が高くなる、と。
高橋 恋愛弱者でも、男性とは異なり、女性の場合は放っておいてもマッチングの申し込みが多数来ます。それまでの人生ではモテたことがなく、恋愛を諦めていたような女性でも突然「異性を選ぶ側」になり、結婚相手に求める条件を上げていってしまう。そうして複数の候補者を前にして、「私も恋愛結婚ができるかもしれない」と思い劇的な恋を求めてこじらせていく。あるいは男女ともに「選ぶ」と同時に「選ばれる」側にもならないと婚活はクロージングできませんが、意中の本命からは選ばれずに、やはりこじらせていくことがあります。
結婚相談所のカウンセラーの話として、男女間の年齢差は100万円/1歳差で換算する――5歳年下の女性と結婚を希望する男性に求められる年収は500万円、10歳差なら1000万円、という発言も引いてありました。
https://magazine.cainz.com/article/136175?page=2
地道な作業を続けること2時間、ようやく混ざり物のない土になった。意外かもしれないが、これに少しだけ「砂」を混ぜる。こうすることで、粘土の収縮率(粘土は乾かしたり焼きあげる過程でちょっと縮む)を少なくすることができ、ひび割れを防げるのだ。
それにしても、下を向き続けたので首がとても痛い。縄文の作業は地べたに座って下を向いてやることが多いため、もしかしたら縄文人は、現代人と同じように“スマホ首”だったのかもしれない。
しかし、これではまだ足りない。もっと粘り気を出すために、この粘土を寝かせて、練って、寝かせて、練ってを5日間繰り返す。こうすることで、粘土はますます粘り気を増していき、ひねってもちぎれない最高の粘土になるのだ。5日目の粘土はトルコアイスのように伸び、僕たちは思わず顔を見合わせて「お〜!」と喜びの声をあげた。
ところで、以前ある考古学者から、発掘される縄文土器は、全体的に下手くそなものが少ないという話を聞いたことがある。ムラの中でも上手な人だけが土器を作り、その中でも納得のいく作品だけを焼いていたのではないかということだった。今ならその理由がわかる気がする。これだけ粘土を作るのが大変だったら、下手くそな土器に使うのはもったいないからだ。きっと縄文人にとっても、粘土は貴重品だったのだろう。
この状態で、少しずつ土器の温度を上昇させていく。土器は急激な温度変化で割れてしまうため、できるだけ段階的に温度を上げていく必要があるのだ。
30分ほどが経過したら、土器の周りに薪をくべていく。熾の熱はすぐに薪に伝わり、土器は瞬く間に炎に包まれて見えなくなった。
https://gendai.media/articles/-/107620?page=2
小学生のときは私は長島茂雄に憧れていた。でも長島茂雄にはなれないというのは、小学生でもわかる。
中学生になると、ひそかに大江健三郎に憧れていた。
「大学生作家としてデビューして、そのまま勤めることもなくずっと作家でありつづける存在」というのは、とても眩しかったのだ。
若者は「学生時代にデビューしてそのままプロになる」というところにすごく憧れてしまう。それはしかたのないところだろう。小説家は、書いたものが認められればなれるわけで、そういうものにすっとなれたらいいな、と夢想していた。
でも、小説は書いていないし、中学のときは存在と経歴を知っているだけで、大江健三郎作品を読んでもいない。
でも大江健三郎のように生きたかった。
それが1970年前半の本好き少年の夢想である。
発表された順にすべての小説を読むというのは「遅れてきた者」にとってけっこう大事な儀式でもある。
昭和30年代の読者が感じた衝撃を同じ順番で感じられる。
イメージを先行させるような若書きに、高校生として強く惹きつけられた。また「ジャガー」を「ジャギュア」と書く気取り、また性的表現にかなりがんばって踏み込んでいくところ、そのあたりが1970年代の少年を強烈に引っ張っていった。
わざと生硬に書いているのではないかと言われた文体(芥川賞選考のおりの石川達三の評)が特徴的であった。たぶんそれが当時の若さの流行りでもあったのだ。
あらためておもうと、そのころ、時代が高橋和巳と大江健三郎を乗り越えようとしているころだったのだろう。
1960年から1970年ころにかけては「学生が政治活動していることがとてつもなくかっこいい」時代であり、その空気の下支えになっていたのはたとえば高橋和巳であった。
「これを如何、これを如何といわざる者は、吾これを如何ともするなきのみ」という孔子の言葉を胸に秘めて京大助教授の職にあった高橋和巳は、学生運動にシンパシーを表明して身を削るように時代と関わっていた。
いまはまず並べられることのない高橋和巳と大江健三郎は、1970年代当時は同じグループの作家だとみられていたとおもう。
でも1980年代に入って、社会がそろそろ「安保闘争と学生運動の亡霊」を取り除かないといけないと真剣に感じはじめたとき、書店で目立つようにおかれていた高橋和巳&大江健三郎が、やがてじわじわと端っこに追いやられていった。
彼らをそっと脇においやってから、やっとはしゃぐバブル景気を迎えることができた。
あれほど熱狂的に、すべての大学生が読んでいたのではないかとおもわれた大江健三郎も(私はその熱狂世代から十数年遅れて下から見上げていたばかりであるが)、1980年代の大学生からは少し距離を置かれるようになっていった。
大江健三郎は、「ぼくたちの物語世界」を支える人ではなくなってしまったと勝手に感じていた。
それを補塡してくれたのが村上春樹だったとおもう。
大江健三郎が1994年にノーベル文学賞をとったとき、そのときに私より若い人たちと話していると、ほぼ誰も大江健三郎を読んでいなくて、おそろしく驚いた覚えがある。
もうひとりのノーベル賞作家の川端康成よりも、かなり読者層が限られている。
読者を選んでしまう小説家なのか、とあらためておもった。
サルトルの実存主義の影響がどこまであるのかは私にはよくわからないが、でも「サルトルの実存主義に興味がある」というポーズを取れないと大江健三郎世界に近づけないというのが1960年代の空気であり、そのイメージがずっとまとわり続けていたようにおもう。