2020/02/09-2020/02/17
#採掘場
過集中よりも過剰適応の方が問題
流れ込む情報とどう付き合うか
正しさの検討や偏らないこと
疲れない
心を乱されない
肉体と生命の逃れられなさ具合
魂が希求するイデア的施策の世界を、あっという間に重力の圏に引きずり下ろす。
哲学とは何なのか? 哲学について門外漢から考えたこと2020
自分たちより偉い者がいなくて、命令してきたり制約されたりしない。
感情に照らして自然なら、それが善。
本当は、情緒法がいちばんやりたいだろうな、とは思う。
出来事は感情を動かすけど、感情の動きは現実を変えない。
鵺考
たしかに、合成獣だ、異形だ、と
単に、視覚情報を文字数を節約して説明しただけかもしれない。
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四道将軍と五畿七道と五街道
ごっちゃ
「ごっちゃ」というページ群
ベーコンさんとベンサムさんとか、そういうところこら確か始めたシリーズ。
(そう考えると失礼なところあるな)
ただ、scrapboxページとしてつくる意味は、「一度ちゃんと調べてメモすると、次から調べ直すのがラクになる」こと以外にも、少なくとも3つあり、
一度は少なくとも主観を通らないと作られない情報だということ
どちらかを思い出せれば、もう一つも探せるようになる
(公開であれば)他の人にとっても、「あるある」になりうる(かもしれない)。
心理的リアクタンス
https://note.com/nokiba/n/nd1ed53da4af5
「あまりのおいしさに伝えずにはいられない」とかいうのは、とても正しいのですがおそらくその反対で、順序としては
なにかを伝えるべく準備された脳がものを味わうと、コミュニケーションするために感覚を増幅し、名づけられた感情を形成する
私たちは昆虫ではないので、なにかを受信すればクオリアという土壌から発信の芽が生えます。あとはじっさいにそれを外に出すかどうか、一考すればいいだけです。
⇒だけど、それでいくと、「蟻や蜜蜂が、自分の巣の意外な近くにすごい餌場を見つけた!」というときには、『アウトプット感情』が発生しているのではないかな。
そう。
人間にも社会性があり、それはそこそこ独立して(≒自動的に)動くモジュールで、生存本能よりは浅いとはいえ、論理や内省よりは深いところでそういう感情が発生する。
そういう感覚もまたあるということなんだろうな。
野球を見れば何かが言いたくなる人はプロ野球を見るし、国会を見れば何かが言いたくなる人は国会中継を見るし、サンドイッチを食べればなにかを言いたくなる人は喫茶アメリカンに出向くわけです。
現に私たちは「地震だ!」と言うではありませんか。ツイッターに投稿だってします。それが必ずしも何かの役に立つとか立たないとか、文章を整えるとか校正するとか考えることなく。
https://nikkan-spa.jp/1643599
なので、とりあえず、「誰が書いてるのか?」がわからない情報は基本的に信じないというスタンスで十分だと思っていたりします。
例えば、署名記事があったとして記者が誰なのかわからなかったとしても、その記事が全国紙に載っているものだったりすれば「間違ってたとしても間違えるのも当然だよね……」と人は思ってくれますが、「まとめサイトに書いてあった」とか言われたら、この人頭悪いな……と思われたりします。
つまり、「誰が書いているのか?」を調べると、間違えたときに責任転嫁しやすいのです。子供に情報の精査を求めるのは難しいので、まずは、そういう段階からスタートするのが良いと思うのです。
⇒「ひろゆき」が、子供へのスマホ利用について答えている記事。
ひろゆき、ですらこのテーマに関してはそれほどアバンギャルドな提言はできなくて、これくらいのところから語り始めるしかない、ってことがある意味で新鮮。