理想と現実の乖離が苦しみを生む場合
sugimoto_kei なにごとも、全然やらないでは上達できない。ちょっとずつやれば、ゆっくり上達する。でも、ちょっとしかできない自分に嫌気がさしてやめてしまうんだな。 成長mindset
理想を持ち、その理想に到達することを目指す考え方
到達している/いないの1bit
現実的には到達していないのがふつうなので常に自己否定することになる
理想と現実が著しく乖離することが苦痛ならば、理想か現実のどちらかを手放すことが解決策
理想を手放す
理想を引き下げる
(離れがたいならば)距離を取る
物理的に今の環境から離れる
理想をゼロにする
現実を手放す
自殺
回避
現実逃避
行動を起こさない
生きるためには現実を手放すことはできない
生きようとすれば理想から距離をとることになる
理想との距離感はどのくらいがよいのか?
理想を掲げることが過程の重視と相反すると感じたため
counterclaim
仮に何かの軸において「進歩によって幸せがより得られる」が真だとする
その場合、目標を設定することで進歩するプレッシャーが生まれ、より進歩できる
ので、漸進的な進歩を意識するより目標を設定するべき
しかし、「北極星」という言葉自体が「理想を持つが到達する必要はない」ということを明示したもの
北極星は漸進的な進歩の方向性を規定するもの
成長mindset(= ある点を目指す)とは異なる
だから漸進的な進歩を重視する思想と矛盾しない
ここがブレるとうまくいかない(北極星に到達できないなら無価値、といった全か無か思考など) 基本的にはa small, good thingsを拾ってモチベーションを保っていくマインドが健康的で結局長続きする。
長続きすればなにか大きなことを成し遂げられる確率も大きくなる(もちろん1にはならない)
1にはならないという自覚が大事。必ず勝てると思い込んでいると負けたときにしんどい
合理性から言っても、自己否定でやる気を稼ごうとするのは割に合わないわけ
これが合理的な精神衛生主義だと思ってる
そもそも一度病んだことがある人間というのは自己否定のクセがついている人間であることが多い
そもそも進歩は必要なのかという論点
自分の目標(短期的、中長期問わず)と環境のインセンティブを一致させることはものすごく大事で、究極それがずれていたら何も進捗しない
自分の目標と環境のインセンティブを切り分けること自体難しいこともある
幸福の手段である「進歩」が目的化している
「今、幸福かどうか?そうでないなら、なぜか?」というのが試金石になるのか
既に自分の中で出てる結論
未知→既知が楽しい