感覚のプロ
味覚のプロの特殊技能
p180.1
★p183.3
これはケンナの物語の最後にして最も重要な教訓でもある。業界の人々やロキシーに集まった客やMTV2の視聴者の熱狂的な反応よりも、市場調査の結果を重視することがなぜ間違っているのかを教えてくれるからだ。プロの第一印象は「違う」のだ。普通の人とは好みが違うという意味ではない。そういうこともあるにはあるが、何かに秀でると、好みは難解で複雑になる。そして自分の好みについて的確な説明をできるのはプロだけなのである。
自分の考えを知る能力の喪失
p183.4
★p184.4
第4章で触れたスクーラーの実験を思い出す。あのときは思考プロセスを書き出させることで、なぞなぞを解く洞察力が損なわれてしまった。今度も大学生にジャムのおいしさを考えさせたら、ジャムの味がよく分からなくなった。
しかし、以前に論じたのは問題を解く能力を損なう事柄についてだった。ここで取り上げているのはもっと根本的な能力、すなわち自分の考えを知る能力の喪失だ。ジャムについての感想さえ、言葉では説明できない。どのジャムがおいしいか無意識のレベルではわかる。ノッツ・ベリー・ファームだ。でも、なぜそう思うのか、しかるべき言葉で説明しろと急に言われても、その言葉の意味がわからない。たとえば、食感、いったいどういう意味だろう? これまでジャムの食感について考えたことなんてないかもしれないし、そもそも深いレベルではあまり気にしていない特徴なのかもしれない。だが今、食感という概念が意識に加わった。食感について考えてみて、ちょっと変かもしれないと判断する。もしかするとこのジャムはおいしくないのかもしれないと思う。
ウィルソンが説明するように、私たちはあるものをなぜ好きなのか、あるいは嫌いなのかについてもっともらしい理由を思いつき、本当の好みをその理由に合わせてしまう傾向がある。
第一印象を再現できるプロ
一方、プロ化が感想を語るときはそんな問題は起きない。試食のプロは特定の食品に対する感想を性格に表現する語彙を学んでいる。
無意識の感想は閉じた部屋から出てくる。部屋の中はのぞけない。でも経験を重ねれば、瞬時の判断と第一印象の裏にあるものを解釈し、意味を読み取れるように行動し、自分を訓練できるようになる。精神分析で行われていることに似ている。患者は訓練を受けたセラピストの助けを借りて、長年、無意識を分析しているうちに、自分の心の動きが分かるようになる。
トライアングルテスト 感覚を何か恒久的なものに置き換えない難しさ
p189.2
確かにペプシとコークを別々のグラスに注いでもらって、どっちがどっちか当ててみてほしい。これは当たったとしよう。おめでとう。ではもう一度テストする。今度は少しやり方を変えよう。グラスを三つ用意して、そのうちの二つに同じ飲み物を注ぎ、残りのひとつにもう一方の飲み物を注いでもらう。飲料業界でトライアングルテストと呼ばれている方法だ。今度はどれがコークでどれがペプシか当てなくていい。かわりに三つのうちどれがほかの二つと違うか当ててほしい。意外に難しい。一〇〇〇人が試したとして、せいぜい三分の一程度しか当たらない。
誰も認めたがらなかったが、彼らのコークとペプシについての知識はかなり浅かったのだ。グラス二つなら、二通りの第一印象と比べるだけでいい。だが三つになると、最初と二番目に飲んだものの味を言葉で表現して記憶に留め、たとえ短時間でも、束の間の感覚を何か恒久的なものに置き換えないといけない。それには味覚を表す語彙の知識と理解が必要だ。
出典