プライミング
プライミングによる潜在記憶の研究
潜在記憶は、ふつうプライミングという方法を用いて研究される。プライミングとは、ある課題を行う時の情報の受容と処理が、その後に行われる課題に与える影響を検討する手法のことである。
直接プライミングと活性
プライミングには、直接プライミングというものがある(反復プライミングとも呼ばれる)。典型的に、次のような実験が行われる。たとえばある単語からなるリストが与えられ、これに対して読むなり、覚えるなりの処理を行う。その後に語彙判断課題と呼ばれる、とても簡単な課題が実施される。この課題は呈示された単語が単語なのか、無意味な文字列なのかを判断する課題である。「りんご」と出ればYESと答え、「むわぱ」が出ればNOと答える、そんな課題である。この語彙判断課題で出てくる文字列の中に、はじめの課題の単語リストに含まれているものとそうでないものがある。このYES/NOの反応のボタンを押すまでにかかる時間を測定すると、以前の課題に出ていた単語への反応時間は、そうでないものに比べて短くなる。つまりプライミング効果が観察されるわけである。
負のプライミング
後続の遂行を抑制する場合もある。こうしたことを負のプライミングと呼ぶ。これを明らかにした代表的な実験は、次の通りである。まず、二つの線画像を重ね合わせたものを呈示する。この二つの画像は異なる色(たとえば赤と緑)で描かれており、実験参加者はこのうちの一方の色(緑)は無視して、もう一方の色(赤)で書かれた線画の命名を行う。その後に語彙判断課題を行う。すると、無視したほうの線画が表す単語の判断が遅くなってしまう。
命名しないほう、つまり注意を向けないほうの線画も見えており、その意味では活性が何らかの形で生じているはずである。しかし、その活性が活かされないどころか、逆に反応を抑制する(といっても一〇〇分の数秒だが)というのはなかなか考えにくい。
これは潜在記憶における自動的な(つまり無意識的な)活性の拡散と、意識的な注意との間の複雑な関係を示している。
語彙判断課題は大変に簡単な課題で、通常の単語を用いる限り〇・五秒程度で判断できる。つまり、「あっ」と言う間もなく完了する。こうした簡単な課題の遂行では、「前にやった課題の中に……」などと考えるよりも、それ自体を見てさっさと判断したほうがずっと早くすむ。実際、この課題の遂行中に前の課題のことを思い出す人は誰もいない。にもかかわらず、前の課題の影響が現れる。だとすれば、前の課題で見た単語が、何らかの形で語彙判断課題処理過程に入り込んできた、つまり想起されたと考えざるを得えない。
私たちは思い出した、思い出せないという二つの状態しか意識できないことが多いが、実はそうではないのだ。全然思い出せない状態から少しは思い出す方向に向かって、もうちょっとで思い出せる状態を経て、思い出したという状態に至るのである。ここで思い出すまでの状態は「思い出していない」と一くくりにされるが、そうではないのである。つまり、連続量として表せるような、思い出し具合とでも呼ぶべきのがあるのだ。これを活性(度)と呼ぶ。 間接プライミング(意味プライミング)と活性拡散
一番目の課題中の情報と二番目の課題の情報が異なっているが、意味的に関連しているものを用いる。たとえば一番目の課題のリストの中に「パン」が含まれ、二番目の語彙判断課題で「バター」が出てきた時に、促進効果が見られるかを検討するわけである。このような実験を行うと、やはりプライミング効果が観察される。関連する語が事前に呈示された場合には、そうでない場合に比べて判断が早くなるのである。
このような現象が生み出されるということは、何を意味するのだろうか。これは関連する語は比喩的にではなく、私たちの記憶システムの中で実際に結びついているということである。そしてこのシステムの中である部分が活性すると、その活性はそれと結びついた部分に拡散していく。つまり、パンは一度活性するとその活性値を保持するだけでなく、記憶ネットワーク上で近傍にあるバターの概念にその活性値を分け与えるというか、流し込むというか、そうしたことを行うのである。それである程度まで活性したバター概念は、ゼロからの活性よりも早く閾値に到達することができ、結果として語彙判断のスピードを速めることになる。こうした活性値の広がりは、活性拡散と呼ばれている。 プライミングの持続時間
プライミング効果は五週間ほど持続し、研究結果によっては一年以上持続する報告がある。
出典
----
行動を促すプライミング実験
p58.1
彼女はいつも彼を心配していた
オレンジはフロリダ産だ
ボールを静かにトスしろ
古い靴を履き替えろ
彼はときどき人々を観察する
彼らは寂しいだろう
空は灰色だ
もう私たちは撤退せねばならぬ
さあビンゴでもしよう
日光がレーズンをしわしわにする
楽勝、と思われるかもしれない。でも、そうはいかない。テストを終えたあと教授の部屋を出て、廊下を歩くあなたの足取りはさっきより重い。あなたの行動に影響を与えたからだ。
p60.4
「お行儀」系の単語ばかり見た学生のほうが「無礼」系の単語を見た学生より、担当者と助手の会話に割って入るまでの時間が長いかどうかを知ろうとする実験だ。
パージは無意識の不思議さにつすてよく知っていて、差は出るはずだと思っていた。だが微妙な差だろうと見ていた。
だがその予測は間違っていた。無礼系の単語を見た学生は平均で約五分たってから会話をさえぎった。一方、お行儀系の単語を見た学生の八二%という圧倒的多数が10分たっても会話をさえぎろうとしなかった。時間の制限さえなければ、辛抱強く笑顔を浮かべて、いつまでも廊下に立っていたかもしれない。
p61.5
プライミング効果は洗脳とは違う。「昼寝」とか「ほ乳瓶」とか「ぬいぐるみ」という単語でプライミングしても、記憶の底にある子ども時代の個人的な情報を引き出すことはできない。私に代わって銀行強盗を働くようにプログラムすることもできない。一方でプライミングの効果は小さくない。
出典