青識亜論
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自称ネット論客。徳島一の(ある意味)有名人。石川優実との裁判で敗れ、約30万円の支払いを命じられる。また、県庁職員だが2ヶ月分の減俸処分に。現在は海部郡にある病院の主任になっているとのこと。多数の裏アカを持っていることが報告されている(裏アカからはフォローされてましたー)。ここでは青識の「何が言いたいん?」にツッコミ入れていく。あ、青識の「中の人」と森とはリアルでも知り合いです。 徳島新聞で記事になる
https://gyazo.com/6f97899b2a4ba0c2e51aa3c20171859d
「互いの名前を出さない決まりがあるので本件については何も言えない」
謎すぎるロジック。互いの名前を出さないという前提もよくわからないが、出さないことと本件について何も言えないことが一切論理がつながってない。名前は出さずに本件について何か言えばいいのでは。
あと、別にこの裁判で負けたからって、普段自分が言ってることが論破されたわけではないのだから、これはこれ、それはそれで「これについてはおっしゃるとおりです」でいいじゃないんかな。誹謗中傷はすみませんでした、でも......でいい。それなのにそう言わないのが「思想に殉じてない」よね。
青識は本件について「反省している」とも述べている。反省しているなら、自身の言論、特にフェミニズムに関するそれを振り返るべきでは。
県の聞き取りに対し、職員は「深く反省している」と話したということで、県は地方公務員の信用を失墜させる行為にあたるとして、この職員を減給2か月の懲戒処分にしました。
反省。してください。本当に反省しているなら、他のフェミニストからも批判されている誹謗中傷についても、きちんと謝罪すればいいのに。まあ、形だけの「反省」なのかもしれないが。反省だけならほにゃららでもできるって言うし。
スペースでの部落差別発言
「#KuToo」女性をひぼう中傷の県職員 減給の懲戒処分|NHK 徳島県のニュース / 青識亜論については石川優美氏への名誉毀損も酷いが公務員としては増田氏とのスペースのやり取りで酔っぱらって部落に言及した点の問題が大きい。 【「隣に行った(いる?)人間が どこの部落で!どこの出身かっ!がわかるの、なんつうの、あるわけですよ!」】 / と叫んでいた。県庁には住民の様々な個人情報が強制力によって集まる。今まで蓄積されてきた個人情報も多い。それを扱う公務員が公開の場で酔っぱらって叫んだわけです。 それどころか / 青識:電車で部落民が隣に座ってきたときに女性が遠くの席に移動していったら、これは差別ですよね? / 増田:見ただけでどうやって部落民かどうかわかるんだよ / 青識:ニオイで分かるとしたら? / と「ニオイ」と関連付けたりしていた。
これも本当にひどいよなあ.....。徳島も部落差別解消はすごく大事なことなのに、県庁職員がこんなこと言ってるのがマジでありえない。これについてはただの差別発言で言論ですらないので、石川への誹謗中傷だけでなく、これについても処分くだってほしい。
おまゆう / ボケてんのかマジなのかわからん問題
たまにXを覗くと、なんでこの人達こんな年がら年中、喧嘩ばっかしてるんだろうって不思議な気持ちになりますね。
Twitterでそれしかしてこなかった人間が何を言うか.....。これ以上ないおまゆう案件。 案の定コメントで知人らしき人からツッコミ入れられていた。ツッコミ入ると自分でもおかしいと気づいている様子。意味わかんないな......。
「だから、差別主義者やヘイトスピーカー、あるいはフェミニストやリベラルや、私と異なる考えの人々が、私の言葉に納得して、ただちに考えを改めるとは思っていないんです。いや、もちろん、変わったらいいと思いますよ。そう願って、私は彼らに届くための言葉を練る。彼らも、私を変えるために言葉を紡ぐ。それでいいんです。お互いがお互いに言葉を届けようとする過程で、私たちは、実は自分自身を見つめ直すんです……」 そう熱弁するときには、もう一杯のジョッキが空っぽになっていた。 ツマミに注文した厚焼き卵を、私は記者氏と二つに分けて、口に運んだ。記者氏もビールを飲むと、口を開いた。
「言えますよ。そして、私はその、私の意見に納得しない在日コリアンや、LGBTの人々や、フェミニストの人々とも、ぜひ、お話をしたいと思うんです。それで私の考えが変わるかもしれない。あるいは、その人々のほうが変わるかもしれない。でも、それでいいんです」 熱弁、してそう......。
自分が変わる気一切ない人間の「お互いに変わる機会」としての「対話」って、要するに単に「無限に私の相手をし続けてください」でしかないことに気づいてるのか気づいてないのか.....。 青識の根本はまさにこれ。とにかくずっと議論がしたい。なんでなのかというと、話をしている間は、自分のよくわからん(何の役に立つのかさっぱりわからん中途半端かつ恣意的な)論理操作能力を披露できるから。「議論をしている」という空間においてなら、他者とコミュニケーションできるから。何てことはない。青識は単に「対話」をコミュニケーションツールにしてるだけだっていう。 相手の論点で納得行くことについては同意を示し、自身の問題点について何度も精査することではじめてこの手の「対話」はまともになるのだけれど、その努力を一切してない、するつもりのない人間が「対話」の永続を要求することは、「ではアウシュビッツが本当にあったのか議論しましょう」という形で、既にもう話ついてることについて何度でもやりとりを通じて差別を相手に押し付ける歴史修正主義と一切変わるところがない。 誤解のないように言っておくが、配慮は、感謝の対価として差し出されるべきものではないし、感謝は配慮のための貨幣ではない。弱者や少数者ばかりが感謝し続ける社会というのは、アンフェアだ。
そうではなくて、私たちが当たり前と思っているものに、社会の一人一人が感謝しあうことで、「感謝」というリソースを社会のみんなで出し合うような社会が望ましいのではないか、と私は言いたい。
そしてそれは、人類史上、ずっと人間社会に備わってきたものだと思う。現代に生きている私たちが忘れてしまっているだけで。
私たちに必要なことは、そのような仕草を「思い出す」ことなのではないかと、私は思う。
これも意味がわからない。感謝は配慮のための貨幣ではないと言っているのだから、「配慮されることで感謝をしろと言うのはおかしい」という一点で、青識と彼が批判する相手とは同意に達してる。
障害者やマイノリティだけが配慮に対し感謝を強いられることはおかしいという点でも青識亜論と彼の「論敵」(?)とは同意できていることになる。
ならば、単に一般的に何かがなされたとき、感謝の気持ちが大事だし、お互いにそれを忘れないようにしましょう以上のことを実はここでは言ってないことになる。
一般的に感謝って大事ですよーって話なのに、障害者の話にかこつけてその話をするのは、結局障害者に対してのみ感謝をしない連中だという印象づけを行っていることにしかならない。それを狙ってこんなことしてるのがすっごい卑怯でバカ。
青識の特徴と根本的問題点
口では対話の重要性や民主主義というロマンを語るのだが、実際にやってることは大衆煽動であり、聴衆のコントロールであり、自己を変えようとせず他人に延々と議論に付き合わせるという、言ってることとやってることが完璧に矛盾してる。
対話によって自分が変えられる可能性にひらいているならば「フェミニストに打ち込む銀の銃弾」なんて話はせんやろ。
議論やバトル、言い合い、ディベートといった特殊なタイプのコミュニケーションしかコミュニケーションのモードがなく、すぐにそこに持ち込もうとする(「じゃあ、場を設けて話し合いましょう!」)。もし本当に相手に変わってほしいし、自分も変わりたいのなら、議論以外のコミュニケーションなんて無数にあるし、むしろそのほうが有効だったりするがそれはしない、できない。
対話をやたらしたがるが、対話に必要なものが何かという根本的な理解に欠けている。
対話する前に、ラポールの形成が必須だができてないし、する努力が不十分。 また、本当にフラットでフェアな場を設けたいのであれば、残念ながら現実に存在する「フラットでない」権力勾配について相当な理解と傾聴の姿勢が必要で、そうでないとフェアにならない。対話が「フラットな場」だと思えるのは高学歴男性という自身の特権性を意識できていないだけ。