モホイ=ナジ・ラースロー
ハンガリー・アヴァンギャルド
モホイ=ナジとハンガリー・アヴァンギャルド
新しい芸術としての写真・映画
モホイ=ナジとベラ・バラージュの理論には、
「ハンガリーの近代美学に共通する問として、対象に対する客観性や機械を通じた視覚的な認識の方法論、文化における新しい芸術としての写真・映画の重要性が投影されている。」(井口 217)
ベラ・バラージュ『視覚的人間』
モホイ=ナジ「大都市のダイナミズム」
「絵画・写真・映画」におけるモホイ=ナジの造形理論
絵画は従来の素材の制約を超えたエナメル、セルロイドの使用により光の色彩関係を創造。
写真は人間の目を超越する空間を描写。
(絵画に従属しない)
映画は、自的なものとしてレンズ、時間、運動によって形成されねばならないとする。
つまり「総合」とは
細分化した要素の合計でなく、「すべてを包括する全体作品(生)へ向けてすべての生の契機が自ら構築していく」ための「総合」。
今個別等を組み合わせるのではなく、全体を包括するもの。
「総合」は芸術を創り出す「新しい関連」。
「新しい関連」を「生産」するときにのみ、その造形は価値がある。
光への着目
光や空間、運動が「特有の法則性に従って形成される」総合的な芸術をつくることの試み
「総合」とは、生物学と物理学をそれぞれの関連のうちに統合すること。
芸術の創造過程における、生物としての人間と自然科学、社会科学の総合的な関係性に重点をおく。
モホイ=ナジの総合造形の思想を支える価値観
変化や進化をよしとする歴史観に基づく、芸術の「民主化」(井口 225)。
ハンガリー行動主義作家が抱いた志向。
モホイ=ナジの「構成主義は視覚の社会主義である」が意味するところ
政治的なイデオロギーではなく、芸術の創造性面とその価値の所在を指したもの。
社会との関係のなかで成立するものとしての「総合造形」。
「視覚造所に運動の概念を最初に導入したのは、スウェーデン人のヴィキング・エッゲリング」(井口 221)
モホイ=ナジらはヴィキング・エッゲリングに高い関心。
「MA』 6巻8月号(1921年8月)では「ヴィキング・エッゲリング特集号」が組まれた。
映画《対角線交響曲》の連総会がほか、「運動芸術についての原則解釈」を大々的に掲載。
『新しい芸術家の書』の最後の頁がリヒターとヴィキング・エッゲリングの「抽象映画」。
「これまでの美学をひっくり返す重要な時間の問題を学的に厳密に定式化した」(モホイ=ナジ「絵画・写真・映画) 17)
「生気論者」(シビル・モホイ=ナジ)としてのモホイ=ナジ
20 世紀初頭の世界観としての「生命中心主義」(ボーダー208)。
ダーウィン主義、生物学的決定主義、ニーチェ主義を土台に、一元論、ネオ生気論、全体論(ホーリズム)、エコロジーなどの世界観を信奉する流れ。
ロマン主的感性と「生物学主義」。
(生物学の概念と手法を他の知的領域にあてはめる世界観)
「生物学主義」者
「社会的 ダーウィン主義」(ハクスリー、スペンサー)
「無政府主義」(クロポトキン、ルクリュ、プリュードン 「自然」の例えを用いて利他的な社会的協力を正当化)、シュペングラー、ショーペンハウアー、ニーチェ、フロイト、マッハ、ハンス・ドリーシュとヘッケル(ダーウィンの学説をドイツに広める) などの思想家たち。
また、生活改善運動、生の哲学(ニーチェ、アンリ・ベルクソン)、ドイツ青年運動、一元論者は生命中心主義で説明可能 (ボーター208)。
ラウル・ハインリヒ・フランセ