定住化によって起こった変化
遊動生活から定住生活への過程は人類にまったく新しい課題を突きつけた。 人類の肉体的・心理的・社会的能力や行動様式はどれも遊動生活にあわせて進化してきたものだから。 すると、定住化はそれら能力や行動様式のすべてを新たに編成し直した革命的な出来事であったと考えなければならない。
その証拠に、定住が始まって以来の1万年の間には、それまでの数百万年とは比べものにならない程の大きな出来事が数えきれぬほど起こっている。
農耕や牧畜の出現
人口の急速な増大
国家や文明の発生
これこそ、西田正規が定住化を人類にとっての革命的な出来事と捉え、「定住革命」の考えを提唱する理由。 また定住革命によって、次のような事態が生じた。
定期的に清掃活動を行い、ゴミをゴミ捨て場に捨てるという習慣
トイレで用を足すようになること
墓場の発生(生者と死者の棲み分け)
霊や霊界といった観念の発生
コミュニティ内の不和や不満が蓄積による法体系の発生
私有財産の発生
経済格差による権力の発生
退屈を回避する必要性
高度な工芸技術や政治経済システム、宗教体系や芸能の発生
縄文時代の定住者たちは、生計を維持するのには必要のない様々な物品──装身具や土偶、土版、石棒、漆を塗った土器や木器等々を残している。
文明の発生
「退屈を回避する場面を用意することは、定住生活を維持する重要な条件であるとともに、それはまた、その後の人類史の異質な展開をもたらす原動力として働いてきたのである(『人類史のなかの定住革命』) 定住革命は退屈を回避する必要を与えた。ならば定住民は自らの手で、退屈を回避するという定住革命を成し遂げなければならない。ちょうどトイレに行って用を足し、ゴミ捨て場でゴミを捨てる習慣を身につけたように。
(中略)
それどころか、ゴミにはゴミ捨て場、排泄物にはトイレという決定的な解決策が与えられたのに対し、退屈についてはこのような決定的な解決策が見出されていない。つまり、本書が取り組んでいる〈暇と退屈の倫理学〉は、一万年来の人類の課題に答えようとする大それた試みなのだ。
こう考えると、定住とは、パンドラの箱であったのかもしれない。そこから数えきれぬほどの災いが生じたのである。