なぜ人類は定住生活を送るようになったのか?
現在、人類の大半は定住生活を行っている。そのために私たちは、定住中心主義的な視点から人類史を眺め、遊動生活についての価値判断を行ってしまう。住むことこそが人間の本来的な生活様式であると考えてしまう。 すると、人類の歴史の大部分は定住したくても定住できなかった歴史とみなされることになり、人類史はどうやって定住生活が可能になったのかという視点から眺められることになってしまう。
しかし実際は、遊動生活を維持することが困難になったために、やむを得ず定住化したのではないか?
食料生産は定住生活の結果であって原因ではない。農業などの技術を獲得したから定住したのではなく、定住したからその技術が獲得されたのだ。
また、食料生産を定住生活の前提とする見方は、よく知られた事実(例えば縄文時代の人々は定住していたが食料生産を行っていなかった)を考え直してみるだけですぐに崩れてしまう、もろい偏見なのである。
遊動生活を行っていれば、食料に困ることはないが、定住生活を行うと食料に困る。
人間はすぐに周囲の環境を汚染し、資源を使い尽くすから。
そこで重要なのは貯蔵である。貯蔵の技術が発達すれば、食料のない時期にも飢えをしのげる。だが、場所によっては限界があるため、ここで食料生産が促された原因が生じる。
西田正規『人類史のなかの定住革命』によると、約1万年前の中緯度帯で、足並みをそろえたかのように、ヨーロッパ、西アジア、日本など、ユーラシア大陸の各地に定住集落が現れていることを考古学が明らかにしている。 西田によればその背景には、氷河期から後氷期にかけて起こった気候変動とそれに伴う動植物環境の変化がある。
人類がもともと暮らしていた熱帯環境を出て中緯度帯へ進出したのは、およそ50万年前と考えられている。
中緯度帯は、当時寒冷であったため、草原や疎林が広がっていた。そうした開けた環境では視界がきく。狩りの技術を発達させた人類は、主に槍を用いてウマやウシ、トナカイ、毛サイ、マンモス、洞穴グマなどの有蹄類を狩り、生活していたものと考えられるが、氷河期が終わりを告げた約一万年前、温暖化が進み、中緯度帯が森林化してくると、この生活戦略は大きな変更を迫られることになった。 温帯の森林が拡大してくればそれまで狩っていた有蹄類は減少し、また森林では百メートル先の獣を見出すことすら困難である。森に住む獣は、アカシカやイノシシなど、氷河期の大型獣から比べるといずれも小さな獣であって、それまでは有効であった槍も使えず、手に入れても肉は少ない。
狩猟が困難になれば、植物性食料か魚類への依存を深めるしかない。だが、温帯森林環境では、熱帯森林と異なり、植物性食料のとれる量が季節によって大きく変動する。また、魚類資源に依存するにしても、冬場は水域での活動が困難である。したがって、この地域で生活を続けるためには、貯蔵が必須の条件となる。
また、貯蔵は移動を妨げる。こうして貯蔵の必要に迫られた人類が定住を余儀なくされた。